台風
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台風の発生から消滅
ほとんどの台風は北半球における夏から秋にかけて発生する。最盛期のコースを例にとると、発生当初は貿易風の影響で西寄りに北上しつつ、太平洋高気圧の縁に沿って移動し、転向した後は偏西風の影響で東寄りに北上し、ジェット気流の強い地域に入ると速度を速めて東進し、海水温や気温の低下に起因する中心部上昇気流勢力の低下、海上に比べ起伏が激しくまた昼夜の温度差が大きい陸への上陸によって勢力を弱めていく。ただこのような教科書的なコースを辿るものはそれほど多くなく、太平洋高気圧の影響により西進し続けたり、停滞したりと、複雑な経路をとるものもしばしば現れる。日本列島やフィリピン諸島、台湾、中国華南・華中沿海部、朝鮮半島などに大きな被害を与える。コースによってはベトナムやマレーシア、マリアナ諸島、ミクロネシアなどを通ることもある。稀ではあるが冬季にも、海水温の高い低緯度で発生する[注 4]。コースの北限はジェット気流であり、その流路変化に伴って暖かくなるにつれコースは北に移り、夏を過ぎると南に下がってくる。
台風の一生
台風の発生
台風やハリケーン・サイクロンなどの熱帯低気圧を発生する機構については様々な説が唱えられてきた。熱帯の強い日射により海面に生じた上昇気流によるという説、熱帯収束帯(赤道前線)上に発生するという説などが出されたが、どれも不完全であった。
現在では、「偏東風波動説」が多くの支持を集めている。南北両半球の北緯(南緯)30度付近には、赤道で上昇して北上(南下)した空気塊(潜熱を含む空気)がハドレー循環により上空に滞留してのち下降し、「亜熱帯高圧帯」が形成される。北太平洋高気圧もその例であるが、これらの高気圧から赤道方向に向けて吹き出した風はコリオリの力を受けて恒常的な東風になる。これが偏東風で、この風の流れの中にうねり(波動)ができると反時計周りの渦度が生じ、水蒸気が凝結する際に発生する潜熱がエネルギー源となり熱帯低気圧となるという考えである。なぜ波動が出来るのかはまだはっきりしないが、実際の状況には最もよく合致した説である。[要検証 ]
ただし、そうして発生した波動の多くは発達せずにつぶれてしまう。1万メートル以上の上層に高気圧を伴う場合には高気圧の循環による上昇気流の強化により台風に発達すると思われる。
一般に台風が発生する場合は海面の水温が26 - 27 ℃以上であり[23]、高温の海面から蒸発する水蒸気が原動力になっている[24]。また台風の発生のうえでコリオリの力は必要であり、コリオリの力が小さい赤道付近(緯度5度くらいまで)では顕著な熱帯低気圧が発生しない[4]。
台風の発達
台風の発達過程はかなり詳しくわかっている。台風の原動力は凝結に伴って発生する熱である。温暖な空気と寒冷な空気の接触等による有効位置エネルギーが変換された運動エネルギーが発達のエネルギー源になっている温帯低気圧との大きな違いはここにある。
上昇気流に伴って空気中の水蒸気は凝結し、熱(潜熱)を放出する。軽くなった空気は上昇する。すると地上付近では周囲から湿った空気が中心に向かい上昇し、さらに熱を放出しエネルギーを与える。このような条件を満たすときに台風は発達する。このような対流雲の発達の仕方をシスク(CISK、第2種条件付不安定)という。
なお、台風が北半球で反時計周りの渦を巻くのは、風が中心に向かって進む際にコリオリの力を受けるためである。
2個の台風が1,000 km以内にある場合、互いに干渉し合って複雑な経路をたどることがある。これを提唱者である第五代中央気象台長の藤原咲平の名前をとって藤原の効果と呼ぶ。その動きは、相寄り型、指向型、追従型、時間待ち型、同行型、離反型の6つに分類されている。
一般に、台風は日本の南海上で発達し日本列島に接近・上陸[1]すると衰える傾向がある。これは、南海上では海水温が高く、上述した台風の発達に必要な要素が整っているためで、日本列島に近づくと海水温が26 ℃未満(真夏~初秋は日本列島付近でも26 ℃以上の場合があり、台風が衰えない場合もある)になることにより台風の発達は収束傾向になる。初夏および晩夏~秋に日本列島へ近づく台風の多くは高緯度から寒気を巻き込んで、徐々に温帯低気圧の構造へと変化し、前線が形成されるようになる。温帯低気圧化が進んだ台風は南北の温度差により運動エネルギーを得るため、海水温が25℃以下の海域を進んだり上陸してもほとんど衰えない場合がある。さらに高緯度へ進み、前線が中心部にまで達すると温帯低気圧化が完了となる。もしくは、台風内の暖気核が消滅することで温帯低気圧化することもあるが、この場合は必ずしも低気圧の中心まで前線が描かれない場合がある[27]。
日本列島に上陸せず対馬海峡を通過して日本海南部に入った場合、または台風が日本列島にいったん上陸し、勢力が衰えた後に日本海南部へ出た場合は、暖流である対馬海流(海水温が26 ℃以上の場合のみ)の暖気が台風へエネルギーを供給することで再発達し、普段は台風による被害を受けにくい北海道、東北地方に甚大な被害を与える場合もある。1954年の洞爺丸台風(昭和29年台風第15号)や、1991年の平成3年台風第19号(りんご台風)、2004年の平成16年台風第18号などがその例である。
台風の消滅
台風が海面水温の低い海域に達して水蒸気の供給が減少したり、移動する際の地表との摩擦によって台風本来のエネルギーを失うと熱帯低気圧や温帯低気圧に変化する[28]。特に台風が北上して北方の冷たい空気を巻き込み始めると温帯低気圧に構造が変化する[28]。
ただし、台風から温帯低気圧への変化は低気圧の構造の変化であり、必ずしも雨量や風速が弱くなるわけではない[28]。2004年の台風18号では温帯低気圧に変化した後も中心気圧968hpa、最大風速30m/sの勢力をもち、この低気圧で北海道札幌市では最大瞬間風速50.2m/sを観測した[28]。
各国への影響
日本
台風が日本本土を襲う経路は様々であり、類型化は難しいが、典型的な台風として、北緯15度付近のマリアナ諸島近海で発生して西寄りに時速20キロメートル程度で進み、次第に北寄りに進路を変えて北緯25度付近、沖縄諸島の東方で転向し、北東に向けて加速しながら日本本土に達するというパターンが考えられる。台風の経路として書籍にもしばしば掲載される型であるが、実際にはこのような典型的な経路を取るものは少なく、まれには南シナ海で発生してそのまま北東進するもの、日本の南東海上から北西進するもの、あるいは狩野川台風(1958年〈昭和33年〉台風第22号)のように明確な転向点がなく北上するものなどもある。さらに、盛夏期で台風を流す上層の気流が弱く方向も定まらないような時期には、複雑な動きをする台風も見られる。
日本の気象庁の定義によれば、台風の上陸とは、台風の中心が北海道、本州、四国、九州の海岸に達することをいう[1]。したがって、台風の中心が上記4島以外の島の海岸に至っても上陸とは言わないため、沖縄県に台風が上陸することはない。台風の中心が、小さい島や半島を横切って、短時間で再び海上に出ることは、台風の通過と呼ばれる[1]。また、ある場所への台風の接近とは、台風の中心がその場所から半径300km以内に達することである[1]。
日本には、平均して、毎年11個前後の台風が接近し、そのうち3個くらいが日本本土に上陸する[29]。2004年には10個の台風が上陸し、上陸数の記録を更新した(2004年の台風集中上陸参照)。その一方で1984年、1986年、2000年、2008年、2020年のように台風が全く上陸しなかった年もある。
台風が日本本土に上陸するのは多くが7月から9月であり、年間平均上陸数は8月が最も多く、9月がこれに次ぐ。8月は、太平洋高気圧が日本付近を覆い、台風が接近しにくい状況ではあるが、台風発生数も最も多く、また高気圧の勢力には強弱の周期があるため、弱まって退いた時に台風が日本に接近・上陸することが多い。無論、西に進んでフィリピン・台湾・中国に上陸したり朝鮮半島方面に進んだりするものも少なくない。6月や10月にも数年に1度程度上陸することがある。最も早い例では1956年4月25日に台風3号が鹿児島県に上陸したことがあり[30]、最も遅いものとしては、1990年11月30日に台風28号が紀伊半島に上陸した例がある[30]。
フィリピン
フィリピンでは毎年6月から12月にかけてに台風が襲来するリスクが高くなる[31]。フィリピンでは年平均で約20個の台風が領域内で発生するか領海内に進んできており、うち6~9個の台風が上陸している[31]。フィリピンでは2004年から2014年にかけての11年間に88の台風の影響を受け、合計死者数18,015人、合計負傷者43,840人、合計経済損害額13,700百万USドルの被害が発生した[31]。
注釈
- ^ ただし、サイクロンは、温帯低気圧を含めた全ての低気圧を意味することもある[要出典]。
- ^ ハリケーンは台風やサイクロンよりも風速の基準が高い。なお、この区域で最大風速が17.2m/s以上32.7m/s未満のものをトロピカルストームと呼ぶ。
- ^ 中心付近は遠心力が強く、中心へ収束しようとする暴風と打ち消し合う。
- ^ 例えばユーラシア大陸からの冷たい寒気が対馬暖流の上を移動する事で、下層と上層の温度差が極地方の海上並みに非常に大きくなる等して発生し得る。
- ^ 船舶向けは1997年(平成9年)7月から。
- ^ 値が空白となっている月は、平年値を求める統計期間内に該当する台風が1例もなかったことを示している。
- ^ 接近は2か月に跨る場合があり、各月の接近数の合計と年間の接近数とは必ずしも一致しない。
- ^ 括弧内は1970年 - 2000年の平均値。
- ^ 「本土」は本州、北海道、九州、四国のいずれかの気象官署から300km以内に入った場合を指す。
- ^ 「沖縄・奄美」は沖縄地方、奄美地方のいずれかの気象官署から300km以内に入った場合を指す。
- ^ 地方の区分については、気象庁のサイトを参照。
- ^ 「九州北部地方」は山口県を含み、「中国地方」は山口県を含まない。
- ^ 「関東地方」は伊豆諸島および小笠原諸島を含まない。
出典
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