レゲエ 世界各国への拡散と受容

レゲエ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/08 06:00 UTC 版)

世界各国への拡散と受容

アフリカ

アフリカ諸国ではレゲエは広く受け入れられており、アフリカ諸国出身のミュージシャンによるレゲエのことをアフリカンレゲエ (en) と呼ぶ[115]ナイジェリアではマジェック・ファシェック (en) らが1970年代より活動しており、ナイジェリアン・レゲエ (en) シーンが確立している。南アフリカ共和国出身のラッキー・デューベは通算25枚のアルバムを発表しているほか、南アフリカのポピュラー音楽ンパカンガ (en) とレゲエとのクロスオーバーを試みている[115]コートジボワールではアルファ・ブロンディやティケン・ジャー・ファコリー (en) などが活動している[115]マスカリン諸島では当地の伝統音楽セガ (en) とレゲエがクロスオーバーし、セゲエ (en) という融合ジャンルが生まれた[116]

ヨーロッパ

マヌ・チャオ(2007年、アメリカ合衆国)

前述の通りイギリスでは1960年代よりレゲエがポピュラーな存在になっていったが、1980年代以降はその他の欧州各国でもポピュラー化していった。ポーランドでは共産主義政権下の1980年代前半よりダーブ (en)、イズリアル (en) らが活動を開始し、ポーリッシュレゲエ (en) シーンが確立している[117]イタリアではサッド・サウンドシステム (en)、ピチュラ・フレスカ (en)、アルマメグレッタ (en) B・R・スタイラーズ (en) らが活動している。ドイツではジェントルマンやパトリス (en)、シード(Seeed)などが活動している[118]。シードのメンバーでもあるペーター・フォックスが2008年に発表したアルバム『Stadtaffe』はドイツ国内で100万枚、EU全体で110万枚を売り上げるヒット作となり、フォックスは2009年のドイツエアプレイチャートにおいてレディ・ガガP!nkと共に最も成功したアーティストとして挙げられた[119]。ジェントルマンが2004年に発表したアルバム『コンフィデンス (Confidence)』はドイツとオーストリアのヒットチャートで1位を獲得した他、トルコ人歌手のムスタファ・サンダルと共演した楽曲「Isyankar」がドイツとオーストリアのヒットチャートでトップ10に入るヒットとなった。

欧州各国のその他のレゲエアーティストとしては、スウェーデンのルートヴァルタ (en)、 スヴェンスカ・アシャデミエン (en)、オランダのトワイライト・サーカス (en) らが有名である。スペイン系フランス人ミュージシャンのマヌ・チャオもレゲエを取り入れた楽曲を多く制作している[118]

中東

1985年、イスラエルテルアビブに「ソウェト (Soweto)」というクラブがオープンすると、ジャマイカ系イギリス人のサウンドマン、ラス・マイケル[注釈 30]が招聘され、人気を博した[120]。マイケルの影響でアミル (Amir)、チュル (Chulu)、シルヴァー・ドン(Silver Don) といったレゲエミュージシャンと幾つかのサウンドシステムが活動を開始した[120]。ソウェトは1997年に閉店したが[120]、2000年代もバンドのハティクヴァ6 (en) などが活動している。ユダヤ系アメリカ人レゲエ歌手のマティスヤフもしばしばヘブライ語で歌唱している。

レバノンではベイルートやジュニエを中心に1990年代にアフリカからの出稼ぎ労働者によってレゲエが紹介され、1996年にはルーディ (Rudy) が同国初のレゲエミュージシャンとして活動を開始した[121]。2000年代以降はジャミット・ザ・バンド (Jammit The Band) や、ラスタ・ベイルート (Rasta Beirut) が人気である[121]

カリブ海・中米

1970年代にはパナマでスペイン語レゲエ (en) が誕生し、ラテンアメリカ諸国やスペイン語話者の多い国々に広がっていった。1990年代前半のプエルトリコではスペイン語レゲエとサルサやヒップホップなどの音楽が混交し、レゲトンというジャンルが生まれた。レゲトンは2004年頃、ダディー・ヤンキーGasolina」、ニーナ・スカイ (en)「Move Ya Body」、ノリ (en)「Oye Mi Canto」などのヒットによってその知名度を拡大させた。

その他のカリブ海地域出身のレゲエアーティストとしてはマルティニークのカリ (en)、グアドループのアドミラル・T (en)、アメリカ領ヴァージン諸島のミッドナイト (en) やプレッシャー (Pressure) らがいる[118]

南米

オロドゥン(1998年)

ブラジルでは1970年代よりサンバとルーツレゲエがクロスオーバーしたサンバヘギ (en) というフュージョンジャンルが生まれた[122]。1979年にはジルベルト・ジルがボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ「No Woman No Cry」のポルトガル語カバー「Não Chore Mais」をヒットさせた[118]バイーア州のオロドゥン (en) は1980年代以降各地のカーニバルで演奏している他、10枚以上のサンバヘギのアルバムを発表している[122][123]

北米(アメリカなど)

バッド・ブレインズ(1983年、アメリカ合衆国)

アメリカ合衆国においては前述の通り、72年のポール・サイモンとジョニー・ナッシュのヒットの後、70年代後半には、しばらく空白が生まれた。アメリカでレゲエが盛んな地域は1960年代後半よりジャマイカからの多くの移民が居住し、人口も最多のニューヨーク市だった。ジャマイカ移民は、DJクール・ハークを筆頭に、ニューヨークにサウンドシステム文化を伝え、ヒップホップ音楽の誕生に影響を与えた。1990年代前半にはディージェイのジャマルスキーやマッド・ライオン (en) がヒップホップ・グループのブギーダウン・プロダクションズに参加するなどレゲエアーティストとヒップホップアーティストが積極的に交流した結果、ラガ・ヒップホップというフュージョンジャンルが誕生した[124][125]。他にもバッド・ブレインズフージーズノー・ダウトマティスヤフ、グラウンデーション (en) 、マイケル・フランティ (en) といったミュージシャンがレゲエとヒップホップやロック、ジャズとのクロスオーバーを試みている[99][125]。一方で伝統的なルーツレゲエの分野ではビッグ・マウンテンなどが活動している。カナダではトロントにジャマイカ人移民居住地域があり、スノー、リリアン・アレン (en) などが活動している。

オセアニア

オーストラリアではジャマイカからの移民を受け入れていたため、1960年代後半よりレゲエとサウンドシステムが存在していた[126]。1970年代後半からはノー・フィックスド・アドレス (en) やカラード・ストーン (en) などが活動している[126]ニュージーランドでは1970年代後半よりハーブス (en) などが活動している他、2000年代はファット・フレディーズ・ドロップ (en) などが人気があり、レゲエは人気の高いジャンルの一つとなっている[127]。また、ハワイでは1980年代からハワイアン・ミュージックとレゲエがクロスオーバーしたジャワイアンというフュージョンジャンルが生まれた[128]

アジア

アジアでレゲエが盛んな地域は日本フィリピンである。フィリピンでは特にヴィサヤ地方セブドゥマゲテでレゲエ人気が高く[129]、1970年代後半よりココジャム (Cocojam) やジュニア・キラト (en) といったバンドがセブアノ語(ヴィサヤ語)やワライ語で歌い、活動している[129]。フィリピン人によるレゲエは「ピノイ・レゲエ (en)」 と呼ばれている[130]

1990年代前半にインド系イギリス人のディージェイ、アパッチ・インディアン (en) はダンスホール・レゲエとバングラ・ビートを融合させ、バングラガ (en) というジャンルを開拓した[131]大韓民国ではレゲエは退廃的な音楽とされ視聴が禁止されていたが[132]、1992年に視聴解禁されると同時にUB40好きにならずにいられない」がヒットした[132]。以後レゲエバンドのドクターレゲエや、ストーニー・スカンク、レゲエを取り入れたポップグループのルーラ (en) が登場した[132]

インドネシアのラス・ムハマド (Ras Muhamad) は2008年に「Musik Reggae Ini」をヒットさせ、AMI Awards(en)を受賞した[133]

スリランカでは、2000年から活動を開始したロハンタ・レゲエ (Rohantha Reggae) がレゲエの第一人者である[134]。ロハンタ・レゲエは2007年に同国出身歌手として初めてアメリカ合衆国のレーベルから作品をリリースした[134]

日本

日本では1970年代後半からフラワー・トラベリン・バンドペッカー豊田勇造上田正樹らがレゲエを取り入れた音楽を制作していた[135][136]。1979年にボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズが来日公演を行ったことをきっかけにレゲエ人気が高まり[135]、1980年にはペッカーがアルバム『ペッカー・パワー』、『インスタント・ラスタ』を、豊田がアルバム『血を越えて愛し合えたら』をそれぞれジャマイカで制作し発表した[135][137]。1982年には元フラワー・トラベリン・バンドのジョー山中ウェイラーズバンドと共作したアルバム『レゲエ・バイブレーション1』を発表し[135][136]、ダブ・バンドのMUTE BEATが活動を開始した[138]。1984年にはディージェイのランキンタクシーが活動を開始し[139]、PJ&クールランニングスは日本のレゲエアーティストとして初めてメジャーデビューした[140]。1985年にはスカバンドの東京スカパラダイスオーケストラも活動を開始した[141]。2001年には三木道三のシングル「Lifetime Respect」が[142]、2006年にはMEGARYU我流旋風』と湘南乃風湘南乃風〜Riders High〜』の2枚のアルバムがオリコンチャート1位を記録した[143]。日本のレゲエは「ジャパニーズレゲエ (en)」[144]または「J-レゲエ」[145]、「ジャパレゲ」[146][147][148]と呼称されている。

HAN-KUN(湘南乃風)




  1. ^ レゲエにおけるカッティング奏法のことをスキャンク (skank) という。
  2. ^ ジャマイカでは慣例的にメントを「カリプソ」とも称するが、メントとトリニダード・トバゴのカリプソとは異なる音楽ジャンルである。
  3. ^ 「ワンドロップ」の開発者としては、バレットの他にウィンストン・グレナン (en)、ヒュー・マルコム (Hugh Malcolm)、ジョー・アイザックス (Joe Isaacs) が言及される。
  4. ^ 左手で弦に軽く触れた状態でピッキングすること
  5. ^ メイトーンズ (en)、アイタルズ (en)、ブライアン&トニー・ゴールド (en) など。
  6. ^ カルチャー (バンド)ジャスティン・ハインズ&ザ・ドミノスなど。
  7. ^ DJ、Deejay。本項ではラジオパーソナリティ選曲者と区別するためトースティングをする者を「ディージェイ」と表記する。
  8. ^ チャカ・デマス&プライヤーズ (en) など
  9. ^ クリント・イーストウッド&ジェネラル・セイント (en)、ミチガン&スマイリー (en) など。
  10. ^ ガンジャやルードボーイの称揚や暴力的な反抗・抵抗など
  11. ^ 「ガンジャ (ganja)」、「カリ (collie)」(以上大麻のこと)「チラム (chillum)」(大麻用吸引具の一種のこと)、などはヒンディー語を語源としている。鈴木 (1995)
  12. ^ 中央アフリカのコンゴ系奴隷から伝わったという異説もある。鈴木 (1995)
  13. ^ 当初は万国阿片条約締結を受けて、アヘンの取締りを主目的として立法された。鈴木 (1995)
  14. ^ その他の呼称としては「バティマン (batty man)」、「チチマン (chi chi man)」、「ソドマイト (sodomite)」、「ファゴット (faggot)」、「プンハイ・マン (pungai man)」などがある。ドナ・P・ホープ「ホモは死ぬべきだ」、森本 (2008, p.36)
  15. ^ レビ記18:22「あなたは女と寝るように男と寝てはならない。これは憎むべきことである」をはじめ、「レビ記」20:13「女と寝るように男と寝る者は、ふたりとも憎むべき事をしたので、必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰するであろう」や「創世記1:28および29「神は彼らを祝福して言われた、『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ』」「 神はまた言われた、『わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう』」、「ローマの信徒への手紙1:26-27「それゆえ、神は彼らを恥ずべき情欲に任せられた。すなわち、彼らの中の女は、その自然の関係を不自然なものに代え、男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである」といった聖書の記述は同性愛嫌悪の根拠としてしばしばレゲエの歌詞に引用される。ホープ、森本 (2008, p.33)
  16. ^ 森本は同合意書を「レゲエ思いやりの決意表明」と訳している。
  17. ^ 選曲者の意。1970年代まではオペレーター (operator) と呼ばれることもあり、セレクターとの区別はなかった。
  18. ^ レーベルは1957年に創業開始。
  19. ^ JBCは1958年に国営化、1987年再び分割民営化され、ラジオ部門はRJRに吸収合併された
  20. ^ ZQIが民営化
  21. ^ 同楽曲のプロデューサーは後にジャマイカの首相となるエドワード・シアガである。
  22. ^ その多くは7インチ盤で流通している。
  23. ^ 独立記念行事である「フェスティバル」は独立の翌年1963年より開催
  24. ^ ダブの発明者はリー・ペリー、またはエロル・トンプソンとする異説もある。
  25. ^ 当初はウェイラーズとしてデビューしたが、1974年に大幅なメンバーチェンジが行われ、表記のバンド名となった。
  26. ^ 最も速いものでBPM=180程になった。北中 (2007, p.24)
  27. ^ 同部門は1992年より「ベスト・レゲエ・アルバム部門」と改名された。
  28. ^ ただし「ダブ・ポエトリー」という呼称は1979年、ジャマイカの詩人オク・オヌオラによって名づけられた。鈴木 (2000, pp.90 - 92)
  29. ^ 例えば、1999年の西インド諸島大学全学部における男性:女性の割合は28:72である。大西, (2001, p.10)
  30. ^ サンズ・オブ・ニガスのリーダーのラス・マイケル (en) とは別人。
  1. ^ a b O'Braien Chang & Chen (1998, p.10)
  2. ^ “レゲエ音楽、ユネスコの無形文化遺産に登録”. ロイター通信. REUTRS. (2018年11月30日). https://jp.reuters.com/article/music-reggae-idJPKCN1NZ071 2019年5月6日閲覧。 
  3. ^ Doumerc (2003, pp.81 - 82)
  4. ^ O'Braien Chang & Chen (1998, pp.10 - 13)
  5. ^ ジャマイカの伝統:ジョンカヌーの歴史とその音楽” (日本語). ワールドレゲエニュース (2009年1月28日). 2010年3月3日閲覧。
  6. ^ Cassidy & Le Page (2003, p.380)
  7. ^ a b c d e The History of Jamaican Music 1959-1973” (英語). niceup.com. 2010年8月25日閲覧。
  8. ^ Barrow & Dalton (2003, p.108)
  9. ^ Turner & Schoenfeld (2003)
  10. ^ a b Badger
  11. ^ White (2006, p.16)
  12. ^ (2004年) Various Artists『To The King』のアルバム・ノーツ [CD]. USA: Lion of Zion Records.
  13. ^ a b Prahlad (2001, pp.47 - 48)
  14. ^ a b Constantinides (2002)
  15. ^ 石川武「リズム・トラック考」『RM レゲエ・マガジン』第45号、1995年、 p.93。
  16. ^ a b c Archard (1998, pp.64 - 65)
  17. ^ a b c d マニュアル・オブ・エラーズ (2010, pp.62 - 63)
  18. ^ 石川武「リズム・トラック考」『RM レゲエ・マガジン』第42号、1994年、 pp.45 - 47。
  19. ^ 石川武「リズム・トラック考」『RM レゲエ・マガジン』第44号、1994年、 pp.50 - 51。
  20. ^ a b c Moskowitz (2005, p.23)
  21. ^ a b c Barrow, Steve (1998年). Johnny Clarke『Dreader Dread 1976 - 1978』のアルバム・ノーツ [CD, PDF]. イギリス: Blood & Fire.
  22. ^ a b 「Jamaican Producers」『ROVE』第30号、2010年2月、 p.39。
  23. ^ Veal (2007, p.32)
  24. ^ Veal (2007, p.128)
  25. ^ a b Habekost (1993, p.59)
  26. ^ a b c d e f g h 「レゲエとジャマイカ社会」『RM レゲエマガジン』第36号、1993年、 pp.176 - 183。
  27. ^ 石井(2006, p.161)
  28. ^ Prahlad (2001, pp.58 - 59)
  29. ^ ソニア・スタンリー・ナイア「『今はボーグルの時代だ』- ジャマイカのダンスホールにおけるダンスとアイデンティティー」、森本(2008, pp.83 - 86)
  30. ^ a b c d 鈴木慎一郎「Yard Livity part 5 - ジャマイカのガンジャ文化」『RM レゲエマガジン』第46号、1995年、 pp.129 - 132。
  31. ^ Dangerous Drugs Act (PDF)” (英語). ジャマイカ法務省. pp. pp.6 - 10 (1996年). 2010年8月26日閲覧。
  32. ^ a b 森本幸代「Yard Man Philosophy ジャマイカと同性愛、ダンスホールアーティストのバッシング」、『Rove Vol.21』、2008年, pp.109 - 114
  33. ^ 大西 (2001, pp.4 - 5)
  34. ^ Offences Against the Person Act (PDF)” (英語). ジャマイカ法務省. pp. p.40 (2005年). 2010年8月26日閲覧。
  35. ^ a b Matt Akersten (2012年7月2日). “[http://www.samesame.com.au/news/international/8622/Jamaican-singer-Diana-King-Yes-I-am-a-lesbian.htm Jamaican singer Diana King: "Yes!! I am a lesbian"]”. same same. 2012年7月3日閲覧。
  36. ^ GayJapanNews (2007年7月3日). “レゲエ・アーティストら ホモフォビックな歌を歌わないことに同意”. 2010年9月9日閲覧。
  37. ^ a b GayJapanNews (2007年8月17日). “「レゲエ特別配慮規定」署名のレゲエ・アーティスト 署名の事実を否定”. 2010年9月9日閲覧。
  38. ^ ピーター・タッチェル公式サイト (2008年4月11日). “BEENIE MAN'S SIGNED STATEMENT - REGGAE COMPASSIONATE ACT”. 2010年9月9日閲覧。
  39. ^ TicketNews (2009年8月31日). “AEG Live and Live Nation axe Buju Banton concerts due to controversy”. 2010年9月9日閲覧。
  40. ^ The New Zealand Herald (2009年11月12日). “Controversial anti-gay rapper to perform at Big Day Out”. 2010年9月9日閲覧。
  41. ^ De Telegraaf (2007年6月23日). “Beenie Man ook geweerd van festival Brussel”. 2010年9月9日閲覧。
  42. ^ ダイアナ・キング (2012年6月28日). “YES!! I AM A LESBIAN”. 2012年7月3日閲覧。
  43. ^ bmr (2012年7月2日). “ダイアナ・キングがカミングアウト、「ずっと怖くて認められなかった」”. 2012年7月3日閲覧。
  44. ^ 歌詞と対訳2010年3月3日閲覧。
  45. ^ 鈴木 (2000, pp.20 - 35)
  46. ^ 石井(2006, pp.59 - 66)
  47. ^ Brewster & Broughton (2000, p.114)
  48. ^ a b Habekost (1993, p.69, p.92)
  49. ^ 西村 (p.15)
  50. ^ 「SHAGGY インタビュー」『ROVE』第29号、2009年、 p.51。
  51. ^ Thomas, Vaitilingam & Brown (2003, pp.441 - 442)
  52. ^ a b 石井 (1996, pp.16 - 17)
  53. ^ ブラッドリー (2007, pp.14 - 16)
  54. ^ Veal (2007, p.50)
  55. ^ 森穂高「サウンドの誕生と変遷」『STRIVE』第41号、 p.4 - 5。
  56. ^ Various Artists『Take Me To Jamaica』のアルバム・ノーツ. イギリス: The Pressure Sounds.
  57. ^ ブラッドリー(2007, pp.55 - 57)
  58. ^ a b c d HISTORY OF RADIO JAMAICA LTD. (PDF)” (英語). The Jamaican Amateur Radio Association. 2010年8月26日閲覧。
  59. ^ Caribbean Islands Transportation and Communications” (英語). www.country-data.com. 2010年9月2日閲覧。
  60. ^ The History of IRIE FM” (英語). chat-bout.net. 2010年8月31日閲覧。
  61. ^ 石井 (2006, pp.25 - 26)
  62. ^ ブラッドリー (2007, pp.62 - 63)
  63. ^ ブラッドリー (2007, pp.70 - 73)
  64. ^ Fitz-Bartly, G (2000年). “Byron Lee Bio” (英語). The Byron Lee Group. 2010年8月30日閲覧。
  65. ^ The Skatalites Bio” (英語). www.skatalitesmusic.com. 2010年8月30日閲覧。
  66. ^ ブラッドリー (2007, pp.160 - 163)
  67. ^ ブラッドリー (2007, pp.119 - 122)
  68. ^ a b c d ブラッドリー (2007, pp.166 - 187)
  69. ^ 石井(2006, pp.78 - 80)
  70. ^ 北中 (2007, p.22)
  71. ^ barrow & Dalton (2004, p.56)
  72. ^ ブラッドリー (2007, pp.333 - 335)
  73. ^ CD『VERSION DREAD・18DUB HITS FROM STUDIO ONE』ライナーノーツ、HEART BEAT、2006年
  74. ^ a b 「バニー・リー インタビュー」『ROVE』第30号、2010年2月、 pp.30 - 31。
  75. ^ a b c ブラッドリー (2007, pp.208 - 215)
  76. ^ "Shocks Of Mighty: An Upsetting Biography" - www.upsetter.net, 2010年3月3日閲覧。
  77. ^ 石井 (2006, p.43)
  78. ^ a b c ブラッドリー (2007, pp.182 - 213)
  79. ^ a b ブラッドリー (2007, pp.270 - 295)
  80. ^ 鈴木慎一郎「Yard Livity part 3 ガーヴィー以降のガーヴィーズムとUNIA(1)-」『レゲエ・マガジン』44号、1994年、126-129ページ
  81. ^ 鈴木慎一郎「Yard Livity part 12 国家のイデオロギーと音楽 -ジャマイカ・フェスティヴァルの歌について-」『RM レゲエ・マガジン』第53号、1996年、 pp.132 - 135。
  82. ^ 鈴木慎一郎「Yard Livity part 13 国家のイデオロギーと音楽 -ジャマイカ・フェスティヴァルの歌について(2)-」『RM レゲエ・マガジン』第54号、1996年、 pp.145 - 148。
  83. ^ a b c O'Sullivan, Kevin"U-ROY Biography" - www.enotes.com, "Melody Maker"August 21, 1976. 2010年3月3日閲覧。
  84. ^ a b 牧野 (2005, pp.149 - 154)
  85. ^ a b c Takahashi, Kentaro 「Dubwise Revolution」 - 『RIDDIM』Vol.300, 2008年、2010年3月3日閲覧。
  86. ^ https://www.scribd.com/document/447976853/Mother-and-Child-Reunion-is-About-Joe-Hill
  87. ^ Billboard Hot 100チャート・データベース - japan-post.com, 2010年3月3日閲覧。
  88. ^ 北中 (2007, p.26)
  89. ^ French, Howard W. (1991-05-13). “Celebrating Bob Marley, Voice of the Dispossessed”. New York Times (New York Times). http://www.nytimes.com/1991/05/13/arts/celebrating-bob-marley-voice-of-the-dispossessed.html 2010年9月2日閲覧。. 
  90. ^ Barrow & Dalton (2004)
  91. ^ O'Brien Chang & Chen (1998, pp.48 - 56)
  92. ^ 牧野 (2005, pp.207 - 214)
  93. ^ a b c O'Brien Chang & Chen (1998, pp.59 - 61)
  94. ^ BBC - The Story of Reggae - Dancehall - niceup.com, 2010年3月3日閲覧。
  95. ^ a b A Brief History of Dancehall Music - bonjamtv.blogspot.com, 2010年3月3日閲覧。
  96. ^ 「タフ・リディムの現在」『ミュージック・マガジン』第4号、株式会社ミュージックマガジン、1993年。
  97. ^ a b 「クリーヴィー・ブラウニー インタビュー」『ROVE』第30号、2010年2月、 pp.30 - 31。
  98. ^ Ishii Shizuo「Wayne Smith Under Me Sleng Teng」、『Riddim』第295号、2007年、2010年8月31日閲覧。
  99. ^ a b c 北中 (2007, p.24)
  100. ^ 北中 (2007, p.27)
  101. ^ a b c 石井(2006, pp.195 - 197)
  102. ^ Acland (2007, pp.104 - 105)
  103. ^ a b Short History of Immigration” (英語). BBC online. 2010年8月31日閲覧。
  104. ^ General Timeline of Blacks in Britain”. Centre for African American Studies. University of California, Los Angeles. 2010年8月31日閲覧。
  105. ^ a b c d e 牧野 (2005, pp.215 - 235)
  106. ^ VIVID, RADIANT AND UNIQUE – LONDON'S NOTTING HILL CARNIVAL” (英語). The Official London Notting Hill Carnival Website. 2010年8月31日閲覧。
  107. ^ UKシングルチャート・データベース - everyhit.com, 2010年3月3日閲覧。
  108. ^ Shimizu, Norio「GOMA×DON LETTS」『ROVE』第15号、 p.42。
  109. ^ ジャー・シャカ公式サイト Archived 2001年7月21日, at Archive.is - 2010年3月3日閲覧。
  110. ^ a b c Walker (2005, pp.81 - 86)
  111. ^ O'Brien Chang, Chen (1998, p.116)
  112. ^ 大西, (2001, p.10)
  113. ^ Moskowitz (2005, p.243)
  114. ^ Larkin (1998)
  115. ^ a b c Lavaine, Bertrand (2010年2月19日). “Africa pumps up the volume” (英語). rfi English. 2010年8月31日閲覧。
  116. ^ Masters, Carillet & Jean-Bernard (2007, p.45)
  117. ^ South by Southwest (Austin American-Statesman): p.18. (3 1992). 
  118. ^ a b c d 「World Topics」『ROVE』第15号、2007年10月、 pp.52 - 53。
  119. ^ Bundesverband Musikindustrie. “Jahreswirtschaftsbericht 2009”. 2010年9月8日閲覧。
  120. ^ a b c Yadid, Gilad. “Israel Reggae Story - The Soweto” (英語). reggae.co.il. 2010年11月15日閲覧。
  121. ^ a b Khourchid, Maya (2009年5月10日). “Lebanon's Redemption Song - Reggae's popularity rises in Beirut” (英語). nowlebanon.com. 2010年11月15日閲覧。
  122. ^ a b McGowan & Pessanha (1998, pp.128 - 129)
  123. ^ About Olodum” (英語). Olodum Official Home Page (1996年8月). 2010年8月31日閲覧。
  124. ^ 二木崇「ラガ・ヒップ・ホップって何だ!?」『RM レゲエ・マガジン』第40号、1993年4月。
  125. ^ a b 二木崇「続・ラガ・ヒップ・ホップって何だ!?」『RM レゲエ・マガジン』第42号、1993年8月。
  126. ^ a b Coyle (2006, p.88)
  127. ^ Murrell, Spencer & McFarlane (1998, pp.194 - 195)
  128. ^ Makoni (2003, p75)
  129. ^ a b Budoy Marabilesインタビュー (PDF) 」 『Cebu Pot』、Hiroko Sato, Yoshi Tadauchi、2007年6月、 p.11、2010年11月14日閲覧。
  130. ^ Hedman (2001, p.150)
  131. ^ 神波京平「アパッチ・インディアン」『RM レゲエ・マガジン』第43号、1994年10月、 pp.30 - 33。
  132. ^ a b c サワヤリュウコ (1994年). “韓国レゲエ無法地帯” (日本語). 2010年11月15日閲覧。
  133. ^ Bolderson, Claire (2009年5月22日). “Indonesia's reggae ambassador” (英語). BBC NEWS (BBC). http://news.bbc.co.uk/2/hi/8063835.stm 2010年11月15日閲覧。 
  134. ^ a b ROHANTHA REGGAEスペシャルインタビュー” (日本語). DUDE Magazine (2009年7月11日). 2010年11月15日閲覧。
  135. ^ a b c d 花房浩一. “ペッカー” (日本語). smashingmag.com. 2010年8月26日閲覧。
  136. ^ a b 印南敦史 (2009年10月). “ジョー山中×上田正樹インタビュー” (日本語). e-days. 2010年8月26日閲覧。
  137. ^ 小林アツシ (1996年). “『豊田勇造/血を越えて愛し合えたら』ディスクレビュー” (日本語). JARA!. 2010年8月26日閲覧。
  138. ^ Artists こだま和文” (日本語). Delphonic. 2010年8月26日閲覧。
  139. ^ Rankin Taxi Profile” (日本語). bacchanal45.com. 2007年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月9日閲覧。
  140. ^ Endo, Mika「BASS SOUND CONNECTION 第五回:PJ」『STRIVE』第30号、STRIVE、2008年2月、2010年3月3日閲覧。
  141. ^ ナタリー. “東京スカパラダイスオーケストラスペシャルコンテンツ”. 2010年9月9日閲覧。
  142. ^ 一生一緒に 三木道三、結婚していた” (日本語). デイリースポーツ (2009年12月4日). 2010年8月26日閲覧。
  143. ^ 湘南乃風アルバムヒットの軌跡” (日本語). オリコンスタイル (2006年9月20日). 2010年8月26日閲覧。
  144. ^ ROCKERS channel (2010年8月16日). “ジャパニーズ・レゲエ〜ブームとなったきっかけは?〜”. 2010年9月9日閲覧。
  145. ^ オリコン (2006年3月3日). “MEGARYUいよいよブレイク!「J-レゲエ」早くも盛り上がりの気配!”. 2010年9月9日閲覧。
  146. ^ CDJournal.com (2009年8月25日). “ジャケットには“江口ちり”も登場、ジャパレゲ・コンピ『IRIE IRIE』! 発売記念イベント開催も”. 2010年9月9日閲覧。
  147. ^ ナタリー (2010年3月12日). “ジャパレゲファン必携!LIFE STYLE RECORDS初のベスト”. 2010年9月9日閲覧。
  148. ^ BARKS (2008年12月9日). “「愛」をテーマにしたジャパレゲ・コンピ”. 2010年9月9日閲覧。
  149. ^ Global Reggae Conference” (英語). University of the West Indies. 2010年8月25日閲覧。
  150. ^ The rhetoric of Reggae Music” (英語). University of Vermont. 2010年8月25日閲覧。
  151. ^ Reggae music of Jamaica UNESCO
    レゲエがユネスコによって世界文化遺産に正式登録 udiscovermusic 2018年12月1日





レゲエと同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「レゲエ」の関連用語

レゲエのお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



レゲエのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのレゲエ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2020 Weblio RSS