クイズ世界はSHOW by ショーバイ!! クイズルールの変遷

クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/07/27 05:30 UTC 版)

クイズルールの変遷

『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』時代初期-中期(逸見店長時代-店長代理時代)

解答者席にテレビモニターの「ミリオンスロット」と呼ばれるスロットマシンを設置。問題ごとに解答者がスロットの回転をストップボタンを押して止め「ショーバイマネー」(得点)を決定、正解で表示されたショーバイマネーを得点分として獲得できる[7]。そのため、この番組の大きな特徴として「同じ問題に正解しても獲得するショーバイマネーが異なる」という点が挙げられる。スロットは筆記クイズの場合はシンキングタイム後に行われ[8]、早押しクイズの場合はクイズの出題直前に行われた。このミリオンスロットのシステムは、タイトーが制作した。またスロットは下から上に向かって回転する

最終問題の「ラストクイズ」は、正解者のみが司会者席のミリオンスロットを使用して「ラストスロット」に挑戦する形式。ラストスロットには、解答者席にある出目の他に「100萬」や後に「破産」の出目が加わっている。そのため、たとえそれまで1問も正解していなくてもラストクイズのみの正解でゴールドプレート獲得のチャンスが存在したため、このラストスロットでさまざまなドラマが生まれ、また山城新伍をはじめとする解答者が一喜一憂した。また、正解者が2人以上いる場合はそれまで獲得していたショーバイマネーの低い順にスロットを回したため、例えばトップが90萬で「あと10萬を出せばゴールドプレート獲得」という局面になっても、横取り40萬(後述)を出してゴールドプレート獲得を阻止し、逆転で売上NO.1となるケースもあった。

売り上げ合計が100萬に達したパネラーが出なかった場合、合計金額が多かった解答者は「売上No.1」となり、ナゲット金貨1988年10月 - 1989年3月)やパンダ金貨(1989年4月 - 1990年8月)やゴールドバー(1990年9月 - 最終回)などの商品が授与された。さらに、クイズの途中でも売上が100萬に到達した時点で番組特製・時価100万円相当の純金製「ゴールドプレート」(三菱金属→三菱マテリアル)が贈られ、ゴールドプレートの獲得を番組の目的としていた。また、1994年1月19日放送分からは、売上80萬以上獲得で協賛航空会社であるJALの「ひとっ旅クーポン」が副賞として贈呈されるようになった。

解答者は、番組開始当初は5人制であったが、1992年7月8日放送分で6人制に増設された。

得点(売上)単位は「」で、ミリオンスロットの出目は当初、「5萬」「10萬」「20萬」「30萬」「50萬」の5種類。司会者席のミリオンスロットには、これらに加えて「100萬」が存在した[9]。後に以下の出目が追加された。

  • 横取り40萬1991年4月3日放送の『4月は人気番組でSHOW by ショーバイ!!』(『スーパークイズスペシャル』の前身番組)より導入された出目。この出目で正解すると他の解答者1名から40萬を横取りして自分のショーバイマネーにすることができる。指名された解答者はショーバイマネーを表示する電光掲示板のライトが効果音とともに点灯し、横取り行為終了後に消える。ショーバイマネーを40萬以上持っている解答者がいない場合、導入当初は逸見がポケットマネーから不足分を出していたが、1992年1月15日放送分で視聴者からポケットマネー廃止を求める手紙(2通)が来たため[10]、その時点で獲得しているショーバイマネー分しかもらえないことになった。また、1994年3月16日に福澤が2代目店長に就任するまでは、売上100萬以上達成者からは横取りが不可能だった。
    最初にこの出目を出したのは『刑事貴族2』チームであり、犠牲チームは『どちら様も!!笑ってヨロシク』チームである。また、この回の決勝クイズ前までトップであった『刑事貴族2』チームは、決勝進出を決めるミリオンスロットで『知ってるつもり?!』チームに2度目の横取り40萬を出されて犠牲になったうえ、決勝進出も逃した。
  • 破産1992年9月16日放送分より司会者席のミリオンスロットに導入された出目。この出目を出すと、それまで獲得していたショーバイマネーが全て没収されて0萬になってしまうという恐ろしいもの。破産を出した場合、テレビ画面には「○○○○[11]破産!!」というテロップが出ていた。ちなみに逸見店長時代から店長代理時代は涙付きで回転しており、この出目を出すと、涙と「破産」の文字が点滅する状態だったが、福澤が2代目店長に就任してからは涙の出ていない状態で回転しており、この出目を出すと涙のみ点滅するという状態に変わった。
    1992年9月16日放送分から1994年4月13日放送分までの通常放送では、破産を出した解答者のショーバイマネーをラストクイズで不正解した解答者全員に人数分で等分した金額が与えられていた[12][13]
    最初にこの出目が出たのは1992年9月30日放送の『秋は人気番組で!!SHOW by ショーバイ世界まる見えマジカル頭脳で笑ってヨロシクどんなMONだい?!』で、犠牲チームは『夜も一生けんめい。』チームであった[14]
    破産を出して没収されたショーバイマネー最高額は、通常放送では1994年3月16日放送の『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!新装開店スペシャル』で清水圭が破産を出した際に没収された150萬、『スーパークイズスペシャル』では1994年10月5日放送の『秋は人気番組で!!SHOW by ショーバイ世界まる見えマジカル頭脳で笑ってヨロシク特ホウ王国』で『新装開店!SHOW by ショーバイ!!』チームの山城新伍が破産を出した際に没収された390萬、特番では1993年12月29日放送の『クイズ年末はSHOW by ショーバイ!!』で山城チームの高田純次が破産を出した際に没収された1110萬である。また、『スーパークイズスペシャル』では、本戦ラストクイズでのスロットで、決勝進出圏内にいたチームが破産を引いて0萬になると同時に最下位に転落するという悲劇が数度あった。

『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』時代後期(福澤店長時代初期)

2代目司会者に福澤が就任した1994年3月16日の放送から「ミリオンスロット」が「スーパーミリオンスロット」にバージョンアップし、解答者席のミリオンスロットにも「100萬」が出るようになった。また、新ルールとして「ショーバイマネーマイナス制」が導入され、横取り40萬で正解した場合、40萬以上持っていない解答者からも40萬分を横取りできるようになった[15]。また横取り40萬で正解した場合、逸見店長時代には不可能だった売上100萬以上達成者からの横取りも可能になり、それに伴いゴールドプレート獲得の条件も最終的にショーバイマネーが100萬以上でないと獲得出来ないルールに変更された。新セットになってからはシンキングタイム時、スーパーミリオンスロット回転時に得点ボードの電光掲示板、電卓を模したバックのランプ、ミリオンスロット縁のランプが点滅するようになった[16]。スーパーミリオンスロットには新たに以下の出目が追加された。

  • 差し上げ25萬:この出目で不正解になると、他の解答者1名に自分が獲得しているショーバイマネーを25萬あげなければならない。25萬以下しか持っていない場合は横取り40萬同様、25萬分あげて不足分はマイナスで表示された。また、横取り40萬と重複した場合はこちらを優先して行っていた。同年9月14日放送の『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!200回記念スペシャル』から差し上げ制度が廃止されてただの25萬となった。また、1994年3月30日に放送された番組対抗特番『春は人気番組で!!SHOW by ショーバイ世界まる見えマジカル頭脳で笑ってヨロシク』では司会者席のみがスーパーミリオンスロットになったが、正解者しか叩かなかったため、出現しても特に説明されなかった。
  • 200萬:司会者席のスーパーミリオンスロットに追加された出目であるが、ラストスロットでこの200萬が出たのは1994年11月30日放送分の1回のみで、出したのは解答者に成り代わってラストスロットに挑戦した福澤朗であった。出た後のBGMは高田純次が初めて100萬に到達した際に流れたBGMでもあった。

1994年4月20日放送分を最後にラストスロットで破産を出した場合の破産分配制度が廃止された。また、副賞のひとっ旅クーポンの獲得条件が売上80萬から10萬アップして売上90萬になったが、1994年7月20日放送分を最後に事実上廃止された。

『新装開店!SHOW by ショーバイ!!』時代(福澤店長時代中期)

1994年10月19日放送分から番組タイトルが『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』から『新装開店!SHOW by ショーバイ!!』になり、解答者は2人1組のペア×5枠の10人制となった[17]。ペアの組み合わせは、当初は「席決めカルタ」で決められていたが、1995年3月1日放送分からはあらかじめ決められた組み合わせとなった。改名と同時に、商売以外の話題やエピソードから出題されるクイズや、ミリオンスロットを使用しないクイズが増え、売上100萬到達の賞品であるゴールドプレートも廃止された。賞品はラストクイズである「スーパージャックポットクイズ」にピタリ正解した場合のみ、それまでの売上と同額の純金、ならびにクイズで使用された器に入っている硬貨を獲得できるというものになった。これにより、それまでの売上が2位以下の解答者でもスーパージャックポットクイズにピタリ正解すれば優勝者扱いとなり、本来の売上No.1の解答者は負けとされるので、スーパージャックポットクイズがラストスロットにかわる番組の山場となった[18]

1995年1月18日放送分からは久本雅美がレギュラー解答者から司会に加わり、福澤朗・渡辺正行を含めて司会陣は3人となった。

1995年2月1日放送分から、筆記問題が廃止されて早押しクイズが中心となり、時間短縮のために横取り40萬制度も事実上廃止された。このあともミリオンスロットに横取り40萬の出目は存在し、止まって正解した場合は横取り行為を行っていたが、放送ではカットされていた。

また、ショーバイマネーのインフレ化も起こり、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』時代の通常放送では考えられなかった売上300萬や500萬などが当たり前になり、ときには1000萬が出たこともあった。通常放送で獲得したショーバイマネーの最高額は、番組タイトルが『新装開店!SHOW by ショーバイ2』となった1995年12月6日放送分で清水圭が獲得した2740萬である。当時はショーバイマネーを表示する電光掲示板が3桁だったため、番組内では999萬であった。このことを受けて、翌1996年1月10日放送分より電光掲示板が4桁表示になった。

最低得点は1996年3月13日放送分のジミー大西が記録した-700萬。

『新装開店!SHOW by ショーバイ2』時代(福澤店長時代後期)

1995年10月18日放送分より、番組タイトルが『新装開店!SHOW by ショーバイ!!』から『新装開店!SHOW by ショーバイ2』となってからは、解答者8人制の個人戦となり、番組開始当初からの名物であったミリオンスロットが廃止された。改名当初はさまざまなタイプのクイズを出題したが、2択クイズである「ギャンブルタイム」が登場するとそれをメインとした内容となった。「ギャンブルタイム」では、お色気路線の問題や出演者のゲーム対決の勝敗を予想する問題など、変り種の問題も数多く出題された。そして、1996年4月10日放送分からは体を使ったゲームが登場するなど、当初の番組趣旨である「商売」からはかけ離れた内容となったが、商売を題材にしたクイズは一応出題されていた。




  1. ^ 逸見没後の1994年3月16日の放送からは福澤朗、福澤の愛称は「若旦那」。
  2. ^ 1988年10月19日の第1回放送はピンクだった。
  3. ^ ○○にはその週ごとの職業が入る。第1回放送のテーマは「世界のタクシードライバー」。
  4. ^ http://www.videor.co.jp/data/ratedata/junre/06quiz.htm
  5. ^ この回は、山瀬まみが野沢直子に代わる新レギュラー解答者となった最初の回でもある。
  6. ^ ミリオンスロットに表示されている番組タイトルは『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』のままだった。
  7. ^ ただし筆記クイズでは不正解だが正解に近い解答の場合は出したショーバイマネーの半額、または1萬などが与えられたことがあった。
  8. ^ 初回は全員の解答の後に行われた。また、BGMは開始から数回は司会者の絵から解答者の絵になってBGMが流れたが、後に司会者の絵の切り替えと同時に流れた。
  9. ^ 番組開始当初は通常のミリオンスロットにも「100萬」が存在したが、すぐに削除された。
  10. ^ このときの該当者が山城新伍で、正解者は山城と高田純次の2人だけだった。その時点でショーバイマネーを獲得していたのは高田だけであり、この結果、山城は高田の持っていた10萬しかもらえなかった。
  11. ^ 通常放送の際は解答者名・スペシャルの際はチーム名。
  12. ^ 不正解の解答者数で割り切れない時は、店長のポケットマネーを追加して切り上げる。例えば不正解解答者が3名で、70萬の解答者が破産を出した場合、分配金は70÷3=23.3333…となるため、ポケットマネーの追加により、3名は24萬を獲得できる。
  13. ^ これを「破産分配制度」と呼ぶことがある。
  14. ^ 厳密には、同回の席決め早押しクイズで『進め!電波少年』チームが出したのが最初であるが、もともと0萬だった。
  15. ^ 横取りされた解答者は不足分がマイナスで表示される。
  16. ^ のちにシンキングタイム時は電卓ボタンを模したランプのみ点滅。
  17. ^ 厳密には1994年9月14日放送の『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!200回記念スペシャル』からペア制になった。
  18. ^ 司会者席にあるミリオンスロットは福澤が行う「ひとりだけでスーパーミリオンスロット」や後に司会に加わる久本雅美が行う「マチャミリオンスロット」で使用される以外ほとんど使用されなくなった。
  19. ^ この際、大番頭代理は明石家さんまが務めたが、チームのメンバーおよび渡辺からはさんまがキャプテンとして扱われていた。
  20. ^ なお、1990年、1991年、1995年の年末は2時間だった。
  21. ^ なお、逸見と山城両名は阪神タイガースファンである。
  22. ^ 得点加算にはSHOW by ショーバイ!!のミリオンスロットを使用し、得点単位もSHOW by ショーバイ!!の「萬」に統一された。
  23. ^ 司会者席から向かって左側がSHOW by ショーバイ!!のセット、右側がマジカルのセット。ただし、マジカル側のセットは司会者席の配置の都合上、通常とは並びが逆であった。
  24. ^ 『マジカル頭脳パワー!!』チームが勝利した場合は「100万円のゴールドプレート」が、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』チームが勝利した場合は「マジカルミステリーツアー」がもらえるルールであった。
  25. ^ 『笑ってヨロシク SHOW by ショーバイ!!』ではパートナーだった野沢直子がこの方法で解答していた。
  26. ^ なお、1991年3月27日放送、1992年3月25日放送の『クイズ春満開SHOW by ショーバイ!!』では「新伍のウソつき4択」として出題されたこともある。
  27. ^ 厳密には1993年11月3日放送分から「ホンモノいくつ!?クイズ」になっていた。
  28. ^ 福澤が2代目司会者として就任した最初の放送。
  29. ^ 最初のみ右から左へ横にスライドするシャッターで隠した。
  30. ^ 最初のみシャッターを左から右に開けて、大きい位の数字から発表した。
  31. ^ 与えられるマネーは、『スーパークイズスペシャル』では100萬、通常放送では横取り40萬→ミリオンスロットの金額→それまでの売上2倍と回を重ねるごとに変わっていった。
  32. ^ 上3桁より下の桁は、あらかじめ公表している。スペシャル数回と最終回では一番上の1桁も公表した。
  33. ^ 正解発表の際に「オープン ザ・キロー(kg)!」と叫んだり、一部BGMもスーパージャックポットクイズと同様の物が使われたりなど、随所に名残が見られていた。
  34. ^ この問題は逸見が正解し後半10秒押さないハンデをつけた対戦相手の山城に対し「とにかく何が何でも勝てばいい」と言い返した。
  35. ^ 「×」の札が2つになった場合。これを逸見は「ダブルバツ」と称していた。
  36. ^ 3回目の「×」の札は1993年7月14日放送分から導入された。
  37. ^ 前期の特番では2回お手つき・誤答で失格。
  38. ^ 個人戦早押しクイズを除く。
  39. ^ クイズ登場当初は、先述の「オープニング早押しクイズ」と同様、「オープニング、スロット!」と掛け声をしていた。
  40. ^ お手つきのペナルティは廃止され、正解が出るまで1人何回でも解答できた。
  41. ^ 1つしか当たってない場合は与えられない。
  42. ^ 1994年末の2時間半スペシャルの2回戦は200萬。
  43. ^ 1994年末の2時間半スペシャルの1回戦は5萬。
  44. ^ M.B.MOOK『懐かしゲームボーイパーフェクトガイド』 (ISBN 9784866400259)、31ページ







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