SLAM_DUNKとは?

SLAMDUNK

原題:
製作国:日本
製作年:1994
配給:東映
スタッフ
監督:西沢信孝 ニシザワノブタカ
製作:泊懋 トマリツトム

安齊富夫 アンザイトミオ安斎富夫
原作:井上雅彦 イノウエマサヒコ
脚本:菅良幸 
企画:旗野義文 ハタノヨシフミ

佐藤公宣 サトウ

週刊少年ジャンプ 
作画監督:佐藤正樹 サトウマサキ
撮影:福田岳志 フクダ
音楽:増田隆宣 マスダ
美術:坂本信人 サカモト
編集:西山茂 ニシヤマシゲル
録音:池上信照 イケガミ
助監督:松川智充 マツカワ
キャスト(役名
草尾毅 クサオタケシ (桜木花道(声))
平松晶子 ヒラマツ (赤木晴子(声))
梁田清之  (赤木剛憲(声))
緑川光 ミドリカワヒカル (流川楓(声))
皆口裕子 ミナグチユウコ (島村葉子(声))
鈴置洋孝 スズオキヒロタカ (小田竜政(声))
解説
強豪・武園高校との練習試合賭け湘北高校バスケット部・桜木花道活躍を描くアニメ。「週刊少年ジャンプ」(集英社・刊)に連載中の井上雅彦同名漫画の初の劇場公開作で、監督西沢信孝脚本菅良幸担当。「94東映アニメフェア」の一作として公開
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
強豪・武園高校との練習試合意気込んで望んだ湘北バスケ部。だが武園は女生徒が7割を占め学校で、その黄色い声援もプレッシャー一つそんな中桜木花道中学時代フラれた島村葉子出会う彼女は中学からバスケ部活躍し、武園のエースセンターとして活躍している小田竜政を慕って武園に来ていたのだった。その小田から、中学時代に遊んでいたおまえにバスケをやる資格はない、とののしられる花道。そんな小田花道敵意を持つが、試合が始まるとそんなことすら忘れひたすらボールを追う彼の姿に、武園の応援団も、小田心奪われる花道がむしゃら熱意勝利だった。

スラムダンク (バスケットボール)

(SLAM_DUNK から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/30 17:42 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
スラムダンク

スラムダンク(英:slam dunkまたはdunk)は、バスケットボールにおけるショットのひとつで、プレイヤーが跳躍してバスケットリングの高さより上までボールを運び、片手または両手でボールを直接バスケットに通して得点することを言う[1]。ルール上はフィールドゴールの一種とみなされ、成功すると2点加算される。「スラムダンク」という用語は、NBAロサンゼルス・レイカーズのアナウンサーであるチック・ハーン英語版の造語で[2]、それ以前は「ダンクショット」[注釈 1]として知られていた。なお、スラム(slam)は「強くたたきつける」、ダンク(dunk)は「物を液体中に浸す(特にアメリカ英語では、勢いよく中にぶち込むニュアンス)」を意味する言葉である[4]

概要

スラムダンクは一般に最も確率の高いショットであり、観衆を沸かせるショットである。そのため、ダンクの実演はバスケットボール試合から抽出され、毎年のNBAオールスターウィークエンド期間中に開催されるNBAスラムダンクコンテストのように、スラムダンクの競技会として実施されることも多い。同ダンクコンテストの初開催は、1976年ABAオールスターゲームのハーフタイム中に行なわれた。

1967年から1976年まで、全米大学体育協会(NCAA)ではダンク行為が禁止されていた。多くの人々はこれを、当時大学にいた逸材ルー・アルシンダー(現在はカリーム・アブドゥル=ジャバーとして有名)の優越性が原因だったと考えている。このダンク禁止規則はたまに「ルー・アルシンダー・ルール」とも言われる[5][6]。多くの人々はまた、この禁止令には人種的な動機があるとも考えている、と言うのも当時は大学バスケットボールで著名なダンク選手の大半がアフリカ系アメリカ人であり、そして先発メンバーを全員黒人にしたテキサス・ウエスタン大学のチームが、全員白人のケンタッキー大学チームを破ってNCAA全国選手権で優勝(この逸話は『グローリー・ロード』で映画化された)してから、1年も経たずにダンク禁止が実施されたのである[7]

アメリカ英語では「スラムダンク」という言葉が、バスケットボール以外の意味でも「確実なこと(成果が保証されている、またはそう思えるほど達成できそうなこと)」を指す表現として、広く使われるようになっている[注釈 2]。これは、他のショットに対してスラムダンクの成功蓋然性が高いことに関連している。さらに、「ダンクされた(be dunked on)」とは、相手がダンクしてくるのを(普通のショットだと思い込んで)防ごうとして失敗したことへの恥ずかしさに関連して、他人によって簡単に騙されて恥をかいたことを示す表現[注釈 3]としてしばしば使われる。

発端

1940年代と50年代に、オリンピック金メダリストだった身長213cmのボブ・カーランド英語版は定期的に試合中ダンクを行っていた[10]。しかし守備側は、スラムダンクの実行を報復に値する個人的な侮辱と見なした。そのため守備側はしばしば攻撃側プレイヤーを威圧して、その動きを阻止した。サッチ・サンダース(当時ディフェンスで有名な選手)は次のように語っている。

「昔は、あなたが空中にいるときにディフェンス陣があなたの下を走りました...(中略)プレイできないようにして試合から追い出そうとしたのです。それは書かれていないルールでした」[11]

それでも、1950年代後半から60年代初頭にかけて、ビル・ラッセルウィルト・チェンバレンなどの選手は、その動きを自分たちの攻撃的な武器に組み込んだ。攻撃側プレイヤーが敵意を持って叩きつける(slam)という威嚇で、ディフェンス陣を積極的に怯えさせ始めたことで、ダンクはファンに好まれるようになった。1970年代を通じて、スラムダンクは標準的なものになった。デイヴィッド・トンプソンジュリアス・アービングダリル・ドーキンス英語版、や他の選手たちが高い跳躍の動きで観衆を沸かせた。

種類

ダンクの種類は、バスケットへ向かう途中で行われた多彩な動きを反映している。それらは片手または両手の基本的な前向きのダンクに始まり、様々なレベルの運動能力と複雑さが加味される。個別のダンク種類は他の動きを追加することにより変更されうる。例えば、バックボードにボールをパスして、空中でキャッチし、ダブルポンプダンク[注釈 4]をやってのけるプレイヤーは「バックボードでのセルフパス、ダブルポンプ」を完了したと言える。

ダブル・クラッチ

ジャンプする時に、ボールは片手か両手で保持され、空中にて一旦ボールが典型的には胸付近に持ち込まれる。プレイヤーは即座にボールを下方に押しやって腕を完全に伸ばし、ボールを腰の下に持ってくる。最後にボールを頭上に持ってきて、片手または両手でダンクを行う[注釈 5]。ダブル・クラッチは一連の動作として行われる。運動能力の誇示として、ボールを腰下の位置でコンマ数秒以上保持すると、プレイヤーの滞空時間(跳躍能力)を披露できるかもしれない。

180°スピンや離陸時の体の角度による結果だとしても、一般にダブル・クラッチはバスケットリングに向かうプレイヤーの後ろ側で行われる。この位置付けはむしろダブル・クラッチの動作に貢献するが、スパッド・ウェブはバスケットに対面する形でこのダンクを行うことが知られていた。さらに、ケニー・ウォーカー英語版トレイシー・マグレディ(それぞれ1989年と2000年のNBAコンテスト)らはダブルクラッチと360°(1回転スピン)のバリエーションを披露した。2007年頃に、独立系のスラムダンク競技者T-Dubが540°スピンでのダブルクラッチを行い、最後でリングにぶら下がるという技を見せた[13]

トマホーク

1981年にジュリアス・アービングが実演した「バックスクラッチャー」のトマホーク・ダンク。

トマホーク・ダンクは片手または両手で行うことができ、両手を使う場合は「バックスクラッチャー(訳:背中を掻く人)」と呼ばれる。ジャンプ中、ボールは上に掲げられ、ジャンプの頂点でボールをネットに叩き込む前にしばしば頭の後ろへ振りかぶって行う。実行に必要となる身体機能がさほどきつくないため、トマホークは体格を問わず跳躍能力があるプレイヤーに採用されている[要出典]。両手を使うことでボールの安全性が確保されるため、両手でのトマホークは ゲーム形式での定番であり、アリウープ英語版(後述)やオフェンスリバウンドでのプットバック・ダンク[14]でよく使われる。

一般的なバリエーションとしては、トマホークの前またはトマホークをやりながらの360°スピンが挙げられる。2009年頃に、独立系のスラムダンク競技者Troy McCrayが特に複雑なダンクのバリエーションの先駆けとなった。一旦トマホークの動きを完了させたら、ボールをリングに叩きつける代わりに、そこからウインドミル(後述)ダンクを行うものもある[15]

両手でのバックスクラッチャーは、バスケットゴールに甚大な衝撃力を与えることにもなる。1979年、ダリル・ドーキンス英語版はトマホークダンクでNBAのバックボードを2回粉砕し、直ちにルールが改正されて攻撃側がバックボードを壊すのは違反とされた[要出典]。そうしたダンクの衝撃や選手達の重みに耐えられるよう、ブレイクアウェイ・リム英語版[注釈 6]やバックボードに使用される素材の変更、ゴールスタンド自体の強化など、科学技術による強化適応が行われている。

ウインドミル

跳躍前またはジャンプ開始時にボールを下腹部に運び、それからプレイヤーがいっぱいに伸ばした腕で腰下のボールを振り上げることで「ウインドミル(訳:風車)」の動きが始まる。伸ばした腕の回転に従って、ボールは円運動(通常だと前から後へ)を描きつつ上に運ばれ、そこからリングへと叩き込まれる[16]。回す勢いのために、多くのプレイヤーはウインドミルの動き中にずっとボールを手の平で掴んでいられないのだが、向心力がプレイヤーのダンクする片手とボールとを誘導してくれるので、このダンクはしばしば片手で完了される。一部の例では粘着性の樹脂や粉末を手の平につけてもいいとされ、これらが把持を改善してボールの所持こぼれを防止すると考えられる[17]。プレイヤー間でのウインドミル方向の微妙な違いは、利き手に関連した跳躍時の体勢やジャンプ様式(片足か両足か)によるものである。

ウインドミルにはいくつかのバリエーションがあり、最も一般的なのは前述の片手または両手の変種である。これらの場合、ウインドミルの動きは先ほど述べた片腕のテクニックを用いて実行され、片手または両手で終了する、もしくはプレイヤーが両手でボールを持ってウインドミルの動きを行い、片手または両手で終了する。さらに、ボールは手と前腕との間で(一般的には利き腕で、手を折り返すようにして)留めても構わない。「カフ留め(cuffed) 」と呼ばれるこのテクニックは、より良いボールの安全性を提供し、より速いウインドミルの動きを可能にするとともに片手でも両手でもフィニッシュにおけるバスケットに与える力を高めることができる。このカフ留め技法を使うことで、プレイヤーは前側に振り上げるウインドミルの動きをする機会も与えられ、フランスの競技者Kadour Zianiが彼のトレードマークであるダブル・ウインドミルを開発した時にこのテクニックが活用された。

たまに試合形式でも、アリウープを経由してのウインドミルが実演されるが、必要とされる滞空時間のためオフェンスリバウンドでのプットバック・ダンクで見られることは稀である。ドミニク・ウィルキンスは試合でもコンテストでも、パワフルなウインドミル(それには両手、セルフパス、360°、リング掴み、およびそれらの組み合わせバリエーションも含まれる)を実演して一般に広めた。

ビトゥイン・ザ・レッグズ

片足踏み切りでジャンプする人は、その直前か跳躍時にボールは一般的に利き手とは逆の手に渡しておく(両足ジャンプの場合、ボールを落とさないよう両手でボールを保持するので、この移行はコンマ数秒遅れることが多い)。飛び上がった空中で、プレイヤーは一般に上げた片脚の下側でボールを利き手へと移す。最後に、ボールは利き手で上方に持ち上げられ、バスケットリングを突き通る。 日本ではこれを「レッグスルー」との造語で呼ぶのが通例である。

ビトゥイン・ザ・レッグズのダンクは、1994年のNBAスラムダンクコンテストでアイザイア・ライダー英語版によって人気を集めたこともあり[18] 、技自体はその10年前のNBAコンテストでオーランド・ウールリッジ英語版が独自に行ったダンクにもかかわらず[19]、俗に「ライダーダンク」と呼ばれることも多い。それ以来、この技はNBAコンテストで多くの参加者によって試みられており、他のコンテストでも定番となっている。要求される手と目の調整、柔軟性、滞空時間によるその難度から、ビトゥイン・ザ・レッグズは競り合いの激しい試合用ではなく、一般的にエキシビジョンやコンテストのためにある。 リッキー・デイビス はこのダンクをNBAの試合で何とかやり遂げたが[20]、彼とジョシュ・スミスは試合中にやろうとして少なくとも1回は失敗している[21][22]

開始やフィニッシュにおける手や上げる脚の組み合わせにより、基本のビトゥイン・ザ・レッグには多くのバリエーションがあり、他のどれよりも多い[23]。例えば、1997年フランスのダンクコンテストで、Dali Taamallahは左手でボールを持って右足で跳躍し、滞空中のダンク完了前に左手のボールを右足の下側で右手に移した[24]。NBAのジェイソン・リチャードソンは、自分自身へのロブパス(山なり軌道のパス)やバックボードを使うセルフパスなど[25][26]、いくつかの有名なビトゥイン・ザ・レッグズのバリエーションを開拓している。独立系競技者のShane 'Slam' Wiseは、ボールのカフ留めで脚の下を移行しての両手ダンクを紹介した[27]。多くの選手が片手または両手での背面ダンクで終えるものの、恐らくこのダンクの最も有名な変種は360°スピンとの組み合わせで、「360(スリーシックスティ)ビトゥイン・ザ・レッグズ」と呼ばれている。運動能力と滞空時間が必要なため、このダンクは観衆に好まれ、全ダンクの頂点としてプレイヤーに称賛されている[要出典]

エルボー・ハング

プレイヤーはバスケットに近づいて、一般的なダンクをするように跳躍する。単純に 片手か両手でダンクする代わりに、プレイヤーは前腕をバスケットに通して、肘をリングに掛けて短時間ぶら下がってみせる。このダンクは2000年のNBA スラムダンクコンテストでヴィンス・カーターによって紹介されたが、その2年前にコービー・ブライアントがフィリピンのエキシビジョンで行ったものが撮影されている[28] 。このダンクには「ハニー・ディップ」「クッキー・ジャー」「エルボー・フック」など様々な異名がある。

2011年のNBAコンテストで、ブレイク・グリフィンはバックボードで自己パスをしてからのエルボー・ハングを行った。ロブのセルフパス、腋の下でぶら下がる 、ウインドミル 、人を飛び越えるなど、さまざまなバリエーションが行われている[29][30][31]。最も注目すべきものは、2012年7月時点でまだコピーされていない2つのバリエーションである。2008年、カナダの競技選手ジャスティン・ダーリントンは、プレイヤーが両方の前腕をリングを挿入して両肘でぶら下がる「ダブル・エルボー・ハング」を紹介した。2009年、フランスの競技選手Guy Dupuyは、ビトゥイン・ザ・レッグズからの エルボー・ハング をする能力があることを動画で見せたが、肘でリングにぶら下がることをしなかった(もしくは最初の試行で肘を痛めた)[32]

ダンク変更因子

この節では、適用時に与えられたダンク種類を変更する動作について説明する。変更因子の動作は、跳躍前または空中において発生する。跳躍前なら、アプローチ(例えば、歩行または停止)、アプローチの角度、バスケットからの跳躍距離(例えば、ベースラインからの)、パスの付随(例えば、アリウープ) またはそれら幾つかの組み合わせを含める。空中では、体の回転(例えば、360°)、自らの視力の妨害(例えば、腕で目隠し)、ダンク種類に余分な身体の動き(例えば、自発的な脚の蹴り)、またはそれらの組み合わせによる。ダンク種類は、跳躍前と空中の両方の活動に影響を及ぼす障害物(例えば、自動車や人を跳び越す)で変更することもありうる。

変更因子はダンクゲーム内特有のもので、ポイントを獲得する手段として成功したダンクに付けられるものである。ダンク種類は変更されるとより難しくなるため、変更因子はスラムダンクコンテストの等級付けにおいて重要である(すなわち、変更されたダンクの成功実施はコンテストにおいて表面的な高得点をもたらす)。

分類目的のためには重要な区別だが、以下説明する変更因子はしばしば一般用語にてダンクの種類とみなされる。 この誤解はおそらく、変更因子が観察者の視点からダンクの最も目立つ要素であることに起因している。 しかしながら、いずれのダンク変更因子も成功したダンク(最も基本的なダンク種類だとしても)である必要がある。

アリウープ

ジャバリ・パーカー(左端)からのパスをケンドリック・ナンが片手で取って、アリウープ英語版のダンクを決める。

アリウープ英語版のダンクとは、口語でも知られているが、空中でパスを受け取ってそのままダンクする(着地する前に)ことを言う。スラムダンクへのアリウープ適用は、試合とコンテストの両方で行われる。試合においては、試合時間やショットクロックにほんの数秒が残っている時、インバウンドパスでのアリウープが試されたりする、なぜならインバウンドプレイヤーがボールに接触するまで、どちらの時計もカウントダウンを再開しないからである。右の画像は1/5秒間(のプレイ)を示したものである。

ベースライン・ダンク

ディフェンダーがポジションを取る前にベースライン・ダンクを行うケンダル・ポラード。

ベースラインダンクは、プレイヤーがコートの境界(バックボードと平行に伸びているベースライン)に沿ってバスケットに近づく形となる、全てのダンク種類のアプローチ変更因子である。試合形式だと、このダンクはパスの結果として頻繁に起こり、味方選手のアシストに貢献する。コンテストだと、ベースラインのアプローチは特定のダンク(例えばバックボードの正面や側面でのバウンドパス)を容易にする利便性の手段として、またはより高いスコアを望めるダンク種類の難易度を高めるために使われることがある。

遠距離から

これは、典型的と見なされるよりもかなりバスケットから離れた所からプレイヤーが跳躍するダンクである。 フリースローラインがこの跳躍地点として最も一般的なものとなっており、それはテレビ視聴者の視点でラインとバスケット間の間隔が容易に観察できることによる影響の可能性が高い。要求される滞空時間および高度に到達するため、プレイヤーは通常コート半面の助走から生まれた勢い(このダンクを完了するのにしばしば必要)を最大限使うべく、片足で踏み切って跳躍する。ダンクコンテストに不可欠である遠距離からのダンクは試合中でも実演され、その大半は速攻で起こる。

フリースローライン

1950年代、ジム・ポラードウィルト・チェンバレンは2人とも、バスケットから15フィート(約4.6m)離れたフリースローラインからダンクしていた[33][34]。チェンバレンはフリースローサークル内から前進して、助走なしにフリースローラインからダンクすることができた[34]。このことが1956年のNCAA規則改定「フリースローを行う時は両足をラインの後ろに維持すること」の要因となった[35]

  • 1976年のABAスラムダンクコンテストで、ジュリアス・アービングがフリースローラインから跳躍してのダンク(ライン上をかかとで踏む)を行い、それ以来フリースローライン・ダンクが一般に広まったとされている。
  • 1988年のNBA スラムダンクコンテストで、マイケル・ジョーダンがアービングと同じようにフリースローラインから跳躍してダンクしたが、両脚を別々に(宙を駆けるように)したことで彼のダンクはアービングよりも革命的なものとなった。
  • 1990年のNBA スラムダンクコンテストで、スコッティ・ピッペンがフリースローラインからダンクした。このダンクで第1ラウンドに50点中47点のスコアを獲得した。しかしピッペンは次のラウンドに進まなかった(同コンテスト優勝者はドミニク・ウィルキンス)。
  • 1996年のNBA スラムダンクコンテストで、ブレント・バリーがフリースローラインからダンクした。このダンクでバリーは49点(50点中)のスコアを獲得した[36]
  • 2011年のNBA スラムダンクコンテストで、サージ・イバーカがフリースローラインの後ろからダンクし、このダンクで45点を獲得、4位で終わった。
  • 2016年、オーストラリアのバスケットボールリーグで行われたスラムダンクコンテストでは、18歳のアメリカ人(輸入)選手テレンス・ファーガソン英語版がまさにフリースローライン上からダンクした[37]
  • 2016年のNBA スラムダンクコンテストで、ザック・ラヴィーンは3パターン(片手、ウインドミル、ビトゥイン・ザ・レッグズ)でフリースローラインからダンクした。全てのダンクが50点を獲得し、同コンテストで優勝した。

その他

遠距離からのダンクは他にも様々な例がある。2006年のNCAAスラムダンクコンテストで、ジェームズ・ホワイトはファウルライン(フリースローラインの左右延長線)ダンクでのトマホークとウインドミルというバリエーションを成功させた[38] 。同コンテストでビトゥイン・ザ・レッグズは成し遂げられなかったが、別の機会でそれを達成したことが知られている[39]

2008年のNBA スラムダンクコンテストで、ジャマリオ・ムーンがファウルラインから跳躍して、利き手とは逆側の手でチームメイトからのパスを受け取ってダンクした[40]

独立系(187㎝)北米の競技選手エリック・ビショップは、「ペイントジョブ」と題されたダンクを紹介した。この題名は、フリースローレーンが「ペイント」エリアとしても知られていることに関連したものである。彼はランニングドリブルでベースラインに沿って接近し、エリア境界にて片足踏切りでジャンプ、片手でダンクするとさらに滑空し、跳んだのとは反対側16フィート(約4.8m)先の境界線を越えて着地した[41]

障害物

プレイヤーはバスケットと障害物に近づいて跳躍し、空中でプレイヤーの身体が障害物の上を超える。脚やその一部を空中に上げて、障害物の上を舞い上がることもある。他の例では足を開いて胴体が上を飛び越える。一般的な障害物には、自動車、 屈んでいるか座っている人、または立っている人、ボール入れ、または他の利用可能な物体がある。

恐らく、最も人気のある障害物変更因子のダンクは「ダブル=アップ」である。先駆者となった米国ミネソタ州出身のダンク競技者T-Dubのエポニムであるダブル=アップは、バスケットの前に立ってボールを頭の上で持っている人物から始まる。プレイヤーは接近して跳躍、頭の上まで鼠径部が舞い上がると、直立した人を跨いで超える。その人を跳び越す前にプレイヤーは(その人が頭上に置いていた)ボールを片手または両手で持って、上げた脚の下でそれを利き手に移し、ボール保持者を飛び越え、ボールをバスケットリングの高さより上に掲げて、最後にそれをバスケットに通して下方へ送る。

ダブル=アップはビトゥイン・ザ・レッグズダンクの模倣だが、ケニー・ダブスとジャスティン・ダーリントンはどちらもアンダー・ボウス・レッグス[42]の変種を演じている[43]

注目に値する他の障害物ダンク。Haneef Munirの演じたダブル=アップは、まず右手でダンクすると、左手で第2のボールを取ってダンクした。ジョーダン・キルガノンが先駆けとなった、非規制リングにおけるダンクはまだ複製されていない。カナダの競技者ジョーダン・キルガノンは、ボールを頭の上に置いて立っている人にベースラインから接近した。キルガノンは跳躍し、胴の正面でボールを持って、ボールをリングの中に入れる前、ボールをリングの水平面より上に持ち上げた。そして両肘を掛けてリングにぶら下がった。

有効性

2015年に、スラムダンクを含むさまざまなショット種類の有効性を示す調査が実施された。5つの異なるレベルのバスケットボール(NBA、ユーロバスケット、スロベニア1部、2つのマイナーリーグ)でこの調査が実施された。同研究では、全体としてスラムダンクはバスケットボールの試合で非常に効果的な得点方法であることが示され、特にNBAでは顕著で、この研究でダンクの割合が最も高かった。[44]

有名なダンク

  • 1950年代、ウィルト・チェンバレンは実験用に設置された12フィート(高さ約360㎝、通常より約55cm高い)のバスケットリングでダンクを行ったことが知られている。[34]
  • マイケル・ウィルソン英語版が2000年4月1日の試合で行ったアリウープ[要出典]
  • 2000年の夏季オリンピックで、ヴィンス・カーターが2.18mあるフランスのセンター、フレデリック・ワイスを飛び越えてダンクした。フランスのメディアは「死のダンク(le dunk de la mort)」と報じた。
  • 少なくとも1人のプレイヤーは720°(セブン・トゥエンティ、空中で2回転ターン)ダンクを行っている。ストリートボールではAir Up Thereの異名で知られるタウリアン・フォンテネット英語版がその達成者である[45]

NBAスラムダンクコンテストにて

毎年のNBAスラムダンクコンテストでは、いくつかの有名かつ注目すべきダンクが参加者たちによって披露されている。

  • 1986年のコンテストで、身長170cmのスパッド・ウェブが同203cmのドミニク・ウィルキンスを破って優勝した[46]
  • マイケル・ジョーダンは、一部のファンに「Leaner(傾いてる)」とも呼ばれるダンクを有名にした。このダンクがそう呼ばれる理由は、ダンクを実行している間ジョーダンの身体が地面に対して垂直ではなかったためである。TNT視聴者はそれをヴィンス・カーターのビトゥイン・ザ・レッグズを超えた「史上最高のダンク」と評価した[要出典]
  • ヴィンス・カーターは2000年のコンテストで、リバース360ウインドミル[注釈 7]、ビトゥイン・ザ・レッグズ、エルボー・ハングを使った[47]。誰もこんなダンクを見たことが無く、実演されたときに、審査員も含め観衆の多くが言葉を失った(カーターのスピン回転は時計回りで、1989年に披露されたケニー・ウォーカーの360ウィンドミルは反時計)。
  • 2008年のコンテストで、ドワイト・ハワードは肩にケープ(実際は他チームのユニフォーム)を結んで彼の愛称であるスーパーマンの衣装となり、「スーパーマン」ダンクを実演した。ネルソン選手がアリウープした際に、ハワードがフリースローサークルラインから飛び込んでそのボールを掴み、投げてリングに通した。このダンクには幾分議論の余地がある、というのも彼の手はリング位置を超えなかったのだ。一部の人は、ボールがバスケットの中に下向きに押し込まれたのでダンクの基本的な定義を満たしており、事実上のダンクと見なされるべきだと主張している。
  • 2009年のコンテストで、ハワードは別のゴールをコート内に持ち込み、そのバスケットリングは標準ゴールよりだいぶ高かった。 ハワードは、1950年代の電話機ブースに入って再びスーパーマンの衣装になった後、ネルソンからのパスを受け取り、より高いゴールで両手ダンクを簡単に成し遂げた。これは記録作りの目的で行われたものではなかったが、このダンクは物語性で満点スコアおよび観衆からの暖かい反応を貰った。また、このコンテストでは177cmのネイト・ロビンソンが緑の衣装を着てクリプトナイトを表現し、緑色の「クリプトナイト」ボールを使い、183cmのハワードを飛び越えてダンクした。このダンクと物語性は、ロビンソンにとって同コンテストの勝利をもたらし、NBAのファン投票によって彼は優勝者に選ばれた。ロビンソンは、彼を飛び越えるダンクを寛大にも許してくれたハワードに感謝し、万雷の拍手をハワードに贈るよう観客たちにお願いした。
  • ジャベール・マギーは現在、単独ジャンプでの最多ダンク世界記録を保持している。2011年のコンテストで、マギーは2つのボールを所持して飛びあがり、それぞれをダンクすると、チームメイトからのパスも受け取ってアリウープを叩き込んだ[48]

バックボード破壊

詳細はバックボード粉砕英語版を参照。

過去には、プレイヤーがバスケットボールをダンクしてリングを激しく引き下げ、リング周辺にあるバックボードのガラスを叩き割ったり、時にはバックボード全体が粉砕したり、ゴールスタンド自体が壊れてしまう可能性があった。補強されたバックボードと ブレイクアウェイ・リム英語版が、大学やプロレベルでこれを最小限に留めているが、依然としてより低いレベルで発生する。

ガス・ジョンソンはNBAで最初に有名になったバックボード破壊者で、1960年代から70年代にかけての現役時代に3度叩き割っている[49]。オールスター選手のルシウス・ジャクソン 英語版もまた、1968年にバックボードを叩き割った。

「フィラデルフィアの剛健なルーク・ジャクソンが、ダンクショットを行ってバスケットにぶら下がった時にリングを係留部からもぎ取ってガラス製バックボードを叩き割ってしまい、試合が30分近く遅れることになった。[50]

1979年、ダリル・ドーキンス英語版は2回バックボードを叩き割ったため有名(悪い意味で)で、結果としてリーグは彼に罰金を科すと脅し、最終的にはブレイクアウェイ・リムを導入することになった[51]シャキール・オニールは新人時代(1992-93)の試合中に2回非常に激しいダンクをして、1度はゴールスタンドの水力重りを壊し、別のゴールスタンドでは溶接部を壊してバスケットを床に落下させた、ただしどちらの場合もガラスは割れなかった。これがバックボードの支持体も強化させることにつながった。同じシーズン中にクリス・モリスは対シカゴ・ブルズの試合でバックボードを叩き割った(NBAにおける現時点で最新のバックコード破壊事象)。NBAは、バックボード破壊をテクニカルファウルとした。次回出場停止を引き出すことができるプレイヤーカウントの7回や試合退場の2回にはカウントされないが、パーソナル・ファウル6回にはカウントされる。これは、チームポイントを消費する可能性があるので、同行為を抑止するための手助けとなった。

ABAでは、1970年11月6日にチャーリー・ヘンツ英語版が同じ試合で2回バックボードを破壊し、コールドゲーム(その時点で試合打ち切り)となった[52]。 NCAAでは、ジェローム・レーン英語版が1988年レギュラーシーズンの試合中にバックボードを破壊し、ダーバン・ハム英語版 は1996年に同じことをした。

プレミア・バスケットボール・リーグ英語版(PBL)では、バックボードを破壊されてしまったスラムダンクが2つある。2008年と2009年のどちらもPBL決勝で起きており、両方ともサミー・モンローがやってしまった。

女性によるダンク

シルビア・ファウルスは、WNBAの試合中にダンクを決める5選手のうちの1人

男性の試合と比べて、女性のバスケットボールではダンクはあまり一般的ではない。練習セッションだとダンクがもう少し一般的だが、負傷や得点失敗のリスクがあるため、多くのコーチは対戦試合でのダンクに反対している[53]

1978年、コーテ・ヒックス(Cardte Hicks)はプロの試合で、オランダでの男性プロの試合中にダンクを決めた最初の女性になった[54]

1984年、ウェストバージニア大学でプレイした身長201cmのジョージアン・ウェルズ英語版は、12月21日の対チャールストン大学との試合で、女性の大学試合においてスラムダンクの得点をした最初の女性となった[55]

2014年までに、WNBAの試合で11回のダンクが得点を決めている。最初と2番目はリサ・レスリーで、2002年7月30日と2005年7月9日にダンクを決めている。他のWNBAのダンクはミシェル・スノー英語版キャンデース・パーカー(2回)、 シルビア・ファウルスによるものである。

WNBAダンクの最多記録はブリトニー・グリナーが持っている。高校時代に彼女は32試合で52回のダンクを行い、1試合でダンク7回という記録を作った[56]ベイラー大学で頭角を現したグライナーは、女性の大学バスケットボール試合でダンクする7人目の選手となり[57]、大学のゲーム1試合中に2回ダンクする2番目の選手になった[58]。2013年5月27日のWNBAデビューで、グリナーは2度ダンクし、2014年にはプレーオフ試合の第1戦(2014年8月25日)を含め5つのWNBAダンクを決めた。

2012年ロンドンオリンピックでは、オーストラリア代表のエリザベス・キャンベージがオリンピック大会で最初にダンクした女性になった(対ロシア戦)[59]

ダンクコンテストでの女性

2004年、高校のシニアとして、キャンデース・パーカーはマクドナルズ・オールアメリカン・ゲーム[注釈 8]に参加するよう招待され、その祭典に同行し、そこで競ったスラム・ダンクコンテストで優勝した[60]。 次の年から、他の女性がコンテストに参加した(とはいえ、マヤ・ムーアほか有力な女子選手が同コンテストに参加できないこともあった[61] )。ブリトニー・グリナーは2009年の同コンテストに参加しようとしたが、彼女の高校の出席政策のためにイベントに参加できなかった[62]。2012年のコンテストでは3人の女子選手が出場したが、うち2人はダンクを決めることに失敗、ブレアナ・スチュワート英語版(191cm)は第1ラウンドで2位になったが、最終ラウンドの2回目の試技で失敗した[63][64]

表現としての使用

様々なスポーツ慣用句の一つとして、「スラムダンク」はバスケットボール以外だと、特定の成果や成功を保証されているもの(「確かなもの」)を指す表現として、口語でよく使用される[65]

脚注

注釈

  1. ^ 日本国内で一般的に使われる「ダンクシュート」は、和製英語(日本だけで通じる造語)である[3]
  2. ^ すでに一部のオンライン英和辞書にもこの訳語が掲載されている[8]
  3. ^ 例として、2015年のゲーム『Undertale(英語版)』Gルート最終ボスとの戦闘中、もう戦いを止めてくれの提案に乗ってしまうと、無慈悲に殺されゲームオーバー画面で「geeetttttt dunked on!(騙し討ちされたああ!)」と表示される[9]
  4. ^ ダブルポンプダンクとは、跳躍後にボールを持った腕を頭上に掲げ、一旦おろし、再び掲げて(2度ポンプアップする)行うスラムダンク。試合中では、ディフェンス陣がシュートブロックに来た時のフェイント効果がある[12]
  5. ^ 伸ばした腕とボールをクラッチレバーに見立てて、胸→腰下→頭上と2度動かすため、ダブル・クラッチ。
  6. ^ バックボードの取り付け位置にバネとヒンジがあるバスケットリング。プレイヤーがこれにぶら下がったりするとリングが下側に傾き、手を離せばすぐに元の水平位置に(バネの力で)戻る仕組み。NBAが1981年に導入。
  7. ^ 日本では「リバースダンク=背面ダンク」と紹介するテキストが一般的だが、それ以外にも、跳躍後にリング手前ではなく奥側から叩き込むダンクもリバースダンクに含まれる(要は、リバースレイアップショットのダンク版)。カーターが成功させたリバース360ウインドミルも後者の例。
  8. ^ アメリカとカナダの少年少女を対象にした、高校バスケットボール版のオールスターゲーム。

出典

  1. ^ Merriam-Webster refers the term "slam dunk" to the term "dunk shot", which is defined as "a shot in basketball made by jumping high into the air and throwing the ball down through the basket". M-W dates "slam dunk" at 1972, and "dunk shot" as "circa 1961".
  2. ^ sportsillustrated.com, Lakers announcer Hearn dead at 85. Retrieved 15 April 2007.
  3. ^ ダンクシュートとは」コトバンク、大辞林 第三版の解説より。
  4. ^ いずれもgoo辞書(英和和英)での検索結果から
  5. ^ time.com, Lew's Still Loose. Retrieved 15 April 2007.
  6. ^ Caponi, Gena (1999). Signifyin(G), Sanctifyin', & Slam Dunking. Amherst: University of Massachusetts Press. p. 4. ISBN 978-1-55849-183-0. 
  7. ^ Frank Fitzpatrick,"When college basketball outlawed the dunk",The Inquirer,March 23, 2014.
  8. ^ slam dunk の意味英ナビ!辞書
  9. ^ DoctorDos0016,"Undertale - Spare Sans",youtube,2015/11/27. 2019年1月2日閲覧。
  10. ^ Jackie, Krentzman (February 12, 1996), Jam boree - basketball's dunk shot; includes related articles, The Sporting News, http://findarticles.com/p/articles/mi_m1208/is_n7_v220/ai_17932941 
  11. ^ NBA Jam Session: A Photo Salute to the NBA Dunk. History. Page 22. 1993, NBA Publishing.
  12. ^ Youtube,Blake's Double-Pump Dunk,NBA,2012/01/25.
  13. ^ YouTube: T-Dub Dunks”. 2012年5月22日閲覧。 Fast-forward to 00:09 in the video.
  14. ^ リバウンドを取った時のジャンプで、そのままダンクを決めること。こちらの動画を参照。
  15. ^ 101Retro - Troy McCray. https://www.youtube.com/watch?v=KSkQptkSysc&t=1m20s 2012年5月21日閲覧。 
  16. ^ . https://www.youtube.com/watch?v=MkH2nxb5LUs+2019年1月2日閲覧。 
  17. ^ JUMPUSA.com: Stickum Grip Powder”. 2012年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年5月21日閲覧。
  18. ^ Isiah Rider's Between-the-Legs Dunk”. 2012年7月8日閲覧。
  19. ^ Orlando Woolride :: 1984 between-the-legs dunk”. 2012年7月8日閲覧。
  20. ^ Rick Davis between the legs”. 2012年7月8日閲覧。
  21. ^ Ricky Davis failed dunk”. 2012年7月8日閲覧。
  22. ^ Josh Smith misses between the legs dunk”. 2012年7月8日閲覧。
  23. ^ For both one- and two-footed jumper there are four possible between-the-legs and finishing-hand combinations.
  24. ^ Flying 101 :: Dunk Encyclopedia -- Taamallah”. 2012年7月8日閲覧。
  25. ^ Jason Richardson Lob reverse BTL”. 2012年7月8日閲覧。
  26. ^ Jason Richardson”. 2012年7月8日閲覧。
  27. ^ Flying 101 :: Dunk Encyclopedia :: Cradle BTL”. 2012年7月8日閲覧。
  28. ^ Kobe Bryant Elbow hang dunk”. 2012年7月11日閲覧。
  29. ^ Armpit hanging on the rim dunk”. 2012年7月12日閲覧。
  30. ^ Haneef Munir Windmill Elbow hang”. 2012年7月11日閲覧。
  31. ^ Kenny Dobbs Slam Interview (half way down page)”. 2012年7月11日閲覧。
  32. ^ TFB :: Guy Dupuy dunks (@ 02:00)”. 2012年7月11日閲覧。
  33. ^ The Official NBA Basketball Encyclopedia,. Villard Books. (1994). p. 49. ISBN 0-679-43293-0. 
  34. ^ a b c Ostler, Scott (1989年2月12日). “The Leaping Legends of Basketball”. Los Angeles Times 
  35. ^ “That Stilt, Wilt, Responsible For 2 Rule Changes; Kansas' Chamberlain Even Dunked His Foul Shots”, Toledo Blade, (November 28, 1956) 
  36. ^ 1996 Brent Barry Dunk From The Freethrow Line
  37. ^ Terrance Ferguson WOWs Australian NBL fans in the 2016 Dunk Comp
  38. ^ James White 06 NCAA Slam Dunk Contest”. 2012年12月1日閲覧。
  39. ^ James White free-throw line between the legs @ 04:50”. 2012年12月1日閲覧。
  40. ^ Jamario Moon @ 03:01”. 2012年12月1日閲覧。
  41. ^ Dunk Encyclopedia :: Paint Job”. 2012年12月31日閲覧。
  42. ^ 飛び上がった空中でいったん屈むような姿勢になり、両腿の下でボールを持ち替えてから行うダンク。こちらの動画を参照。
  43. ^ DUNK BATTLE : Kenny Dobbs VS Justin Darlington”. 2018年12月29日閲覧。該当するものは01:04付近から。
  44. ^ Er?ulj, F. (2015). Basketball Shot Types and Shot Success in Different Levels of Competitive Basketball . PLOS One , e0128885.
  45. ^ Video, Dunk. “720 Dunk by "The Air Up There"”. Notable Dunks. 2011年9月14日閲覧。
  46. ^ '86 dunk winner Webb to judge contest”. ESPN.com (2010年2月13日). 2015年3月8日閲覧。
  47. ^ Vince Carter Looks Back on the 2000 Slam Dunk Contest,NBA,2015/02/09
  48. ^ Most basketball dunks in a single jump”. 2016年9月8日閲覧。
  49. ^ Goldaper, Sam (1987年4月30日). “Gus Johnson, Ex-N.B.A. Star with Baltimore, is Dead at 48”. The New York Times. https://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B0DE6D6153FF933A05757C0A961948260 
  50. ^ Milwaukee Sentinel. (1968年11月12日) 
  51. ^ Bierman, Fred (2007年2月4日). “In the Distance, the Sound of 'Chocolate Thunder'”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2007/02/04/sports/basketball/04glass.html?_r=1&oref=slogin 
  52. ^ “A Roundup Of The Sports Information Of The Week”. Sports Illustrated. (1970年11月16日). オリジナルの2008年10月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20081006235133/http://vault.sportsillustrated.cnn.com/vault/article/magazine/MAG1084305/index.htm 
  53. ^ Palmer, Brian (2012年3月23日). “Below the Rim: Why are there so few dunks in women's basketball?”. Slate Magazine. http://www.slate.com/articles/sports/explainer/2012/03/brittney_griner_dunk_why_are_there_so_few_jams_in_women_s_basketball_.html 2012年3月25日閲覧。 
  54. ^ Pioneers Cardte Hicks, Musiette McKinney embrace Las Vegas Aces”. Las Vegas Review Journal. 2018年4月2日閲覧。
  55. ^ wsj.com, The First Dunk: A Sports Milestone in Women's Basketball. Retrieved 9 October 2009.
  56. ^ http://www.baylor.edu/lariat/news.php?action=story&story=64166[リンク切れ]
  57. ^ Griner Dunks Twice in WBB's 99-18 Win”. Baylorbears.com (2010年1月2日). 2010年4月3日閲覧。
  58. ^ Brittney Griner dunks twice, Baylor wins by 81 (video).
  59. ^ Page not found - NBC Olympics”. 2016年9月8日閲覧。
  60. ^ McDonald's All-American Game#Dunk Contest McDonald's All-American Game :: Past Slam Dunk Contest winners at Wikipedia
  61. ^ Archived copy”. 2012年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年6月1日閲覧。 Article at GirlsHoops.com about the Ladies being denied participation in the '07 Contest.
  62. ^ [1] ESPN.com article about Britney Griner missing '09 Contest
  63. ^ [2][リンク切れ] Results of 2012 Contest.
  64. ^ [3] Review of 2012 Contest.
  65. ^ "He Shoots, He Scores; She Shoots, She Scores. 'Slam Dunk' Terms Resound". Voice of America News. 14 March 2007

外部リンク


SLAM DUNK

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/02 03:32 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
SLAM DUNK(スラムダンク)
ジャンル スポーツ漫画バスケットボール
学園漫画
少年漫画
漫画
作者 井上雄彦
出版社 集英社
掲載誌 週刊少年ジャンプ
レーベル ジャンプ・コミックス
発表期間 1990年42号 - 1996年27号
巻数 全31巻
完全版全24巻
新装再編版全20巻
話数 全276話
アニメ
原作 井上雄彦
シリーズディレクター 西沢信孝
脚本 菅良幸岸間信明
キャラクターデザイン 佐藤正樹
音楽 増田隆宣BMF
アニメーション制作 東映動画
製作 テレビ朝日、東映動画
放送局 テレビ朝日系列
放送期間 1993年10月16日 - 1996年3月23日
話数 全101話
テンプレート - ノート
プロジェクト 漫画アニメ
ポータル 漫画アニメ

SLAM DUNK』(スラムダンク)は、高校バスケットボールを題材にした井上雄彦による少年漫画作品。『週刊少年ジャンプ』にて、1990年(42号)から1996年(27号)にかけて全276話にわたり連載され、アニメやゲームも制作された。

概要

主人公の不良少年桜木花道の挑戦と成長を軸にしたバスケットボール漫画。単行本第21 - 23巻の初版発行部数250万部は、当時としての最高記録である[1]。シリーズの国内累計発行部数は1億2000万部を突破している[2]

本作品の舞台は神奈川県の主に湘南地区であり、登場する高校などは基本的に架空の名称が使われている。作中の年代は翔陽戦翌日の新聞記事から原作では1992年、アニメでは1994年の3月 - 8月頃となっているが、現実の暦と日付と曜日が一致していない。連載終了後の2001年、バスケットボールは大幅に公式ルールの改正が行われたため、作中のゲームは現在とは異なるルールに基づく。また、連載中の1995年にも小幅な改正が行われたが、作中では最後まで1994年以前のルールが使用されている。

第40回平成6年度(1994年小学館漫画賞少年部門受賞。2006年文化庁が実施した文化庁メディア芸術祭日本のメディア芸術100選」にてマンガ部門で1位を獲得[3]

ダ・ヴィンチ』調べによる漫画家、評論家、書店員、読者の総勢808人が選んだ漫画史50年の中のコミックランキングで第1位に選出。

ジャンプ歴代最高部数653万部を達成した1995年3 - 4号で巻頭オールカラーを飾り、最終回となる1996年27号では表紙と巻頭カラーの両方を飾った。なお、ジャンプ史上において最終回の掲載された号での表紙を単独で飾った史上初の作品であり、これは他には2016年9月に完結した『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が飾ったのみである。

2001年に発売された完全版コミックスは、集英社における一連の名作の完全版コミックス化の先駆けとなった。

2006年に井上が創設したスラムダンク奨学金は、本作品の印税の一部が原資として充てられている。

連載終了とその後

本作は連載が唐突に終了した。物語がインターハイのトーナメント戦の途中にあり、後の対戦相手かのように登場した名朋工業高校、愛和学院高校、大栄学園高校らとの試合は描かれないままの終了であった。

連載について作者は本誌のあとがきで「続きはやりたい」とコメントを残している。本誌上では最終ページに「第一部完」と書かれており、ジャンプ・コミックスの紹介でも既刊扱い[4]とされている。なお、単行本の最終回最終ページでは、本誌とは異なり「第一部完」の言葉がなく、最後に作者のあとがきが載せられている。また、『ジャンプ』とコミックでは最終話の台詞が若干異なっている。

井上は連載終了について「インターハイの組み合わせを作った時点で山王戦が最後と決めていた」「トーナメント表を出したからには決勝まで行くっていう決まった道はもう進みたくない」「前の試合よりもつまんない試合は絶対描きたくない」「山王戦より面白い試合は描けないと思っていた」「テンション高いところで終わらないと、作品にとって不幸になっていく」と語っている[5][出典無効]。続編については「あるかもしれない」という含みのある発言をし[6][出典無効]、自身の公式サイトでは「描きたくなった時に描く」と言っている。

資生堂AlephのCMにおいて、本作の登場人物が使用されている。このCMの中には宮城の背番号が4になっていたり、流川のバッシュがジョーダン5からジョーダン12になっていたり、花道の髪が若干長くなってプレイしているなど、最終回以降の描写がなされている。2004年7月にジャンプ・コミックス版単行本日本国内発行部数が1億部を突破した。それを記念して、同年8月11日には全国紙6紙朝刊紙上にて、作者の井上が一面広告で湘北メンバー6人それぞれの描き下ろしイラストを掲載。2004年12月には統合により現在は使われていない当時の神奈川県立三崎高等学校校舎において「1億冊ありがとうファイナル」を開催。各教室の黒板に漫画「スラムダンク-あれから十日後」を描いた。作者の公式サイトのみでしか告知されなかったにもかかわらず、3日間で5000人を超えるファンが訪れた。現段階での正統な続編。

2006年9月に発売された『超こち亀』の中で、作者が1Pの作品を寄稿しており、その中で主人公の桜木花道を含めた桜木軍団達が、両津勘吉と一緒に歩いている絵が描かれている。2007年7月に『週刊少年チャンピオン』で「水島新司先生画業五十周年記念号」に1Pの作品を寄稿しており、花道がピッチャーで殿馬一人がバッターの絵が描かれている。

2009年4月に「スラムダンク-あれから10日後」完全版が発売。

あらすじ

神奈川県立湘北高校に入学した赤い髪の不良少年である桜木花道は、中学時代に50人の女性から振られ続けたうえに、最後に振られた女性が「バスケ部の小田君」に好意を持っていたため、バスケットボールが大嫌いになっていた。

しかし、廊下で自身に声をかけてきた赤木晴子に自身の長身と筋肉、身体能力の高さを見出された花道は、彼女にバスケット部への入部を薦められる。花道は晴子に一目惚れし、バスケットボールは全くの初心者であるにもかかわらず、彼女目当てに入部。その後、地道な練習や試合を通じて徐々にバスケットの面白さに目覚め、その才能の芽を急速に開花させる。湘北バスケ部には、監督である安西光義のもと、晴子の兄でもある主将の赤木剛憲と副主将の木暮公延らに加え、スーパールーキーといわれる流川楓らが加入。さらに、前年度のインターハイ県予選ベスト4である陵南高校との練習試合後には入院していた宮城リョータと元バスケ部の三井寿も復帰する。

夏のインターハイ制覇を目指す湘北は緒戦で前年度のインターハイ県予選ベスト8である三浦台高校を破り、その後も予選を順調に勝ち進み、インターハイ常連校の翔陽高校に勝利したことで決勝リーグに進出。決勝リーグの初戦で前年度までに過去16年連続インターハイ出場を果たしている王者・海南大附属高校と激戦を繰り広げるも敗退。2戦目で前年度のインターハイ県予選ベスト4である武里高校に勝利。3戦目では宿敵の陵南を破り準優勝。優勝した海南大附属とともにインターハイ出場を果たす。

広島県で行われるインターハイ[7][8]のトーナメント1回戦で、湘北は大阪府代表校の豊玉高校と対戦し、勝利。2回戦では、前年度までのインターハイで3連覇を果たした秋田県代表校の山王工業高校と対戦する。一時は20点以上の差をつけられるが、驚異的な粘りで反撃する。花道は負傷した背中の痛みに耐えながらプレーを続け、試合終了間際のジャンプシュートによる決勝点で湘北を逆転勝利に導く。しかし、全てを出し切った湘北は、続く3回戦で愛知県代表校の愛和学院高校との対戦で、ウソのようにボロ負けした。

インターハイ後、3年生は赤木と木暮が引退し、三井のみ残留。新キャプテンにリョータが就任し、晴子を新たにマネージャーとして迎えるなど、チームは冬の選抜に向けて、新体制となる。流川は全日本ジュニアの代表に選ばれ、花道はリハビリを続けながら再びコートに立てる時を待つ。

登場人物

桜木花道(さくらぎ はなみち)
- 草尾毅
本作の主人公で、高校からバスケを始めた初心者だが、持ち前の身体能力と、弛まぬ努力から、次第に才能を開花させ、特にリバウンドにかけてはまさに天才的な能力を発揮する。
赤木晴子(あかぎ はるこ)
声 - 平松晶子
花道の憧れの人物で、本作のヒロイン。
赤木剛憲(あかぎ たけのり)
声 - 梁田清之
湘北バスケ部主将。「ゴール下のキングコング」の異名を持つプレイヤー。
流川楓(るかわ かえで)
声 - 緑川光
中学時代からバスケットのスタープレイヤーで、花道とは「終生のライバル」といわれるようになる。
三井寿(みつい ひさし)
声 - 置鮎龍太郎
怪我が原因で一度は挫折し不良となるも、バスケットへの熱意を捨てきれずバスケ部に復帰した。
宮城リョータ(みやぎ リョータ)
声 - 塩屋翼
小柄だが、湘北バスケ部の次期キャプテンといわれる実力者で、赤木と木暮の引退後のバスケ部主将となった。
木暮公延(こぐれ きみのぶ)
声 - 田中秀幸
湘北バスケ部副主将。赤木とは中学時代からのチームメイトであり親友。花道のよき理解者。
安西光義(あんざい みつよし)
声 - 西村知道
湘北バスケ部監督。5年前までは某大学で鬼コーチと恐れられていたが、現在では白髪仏(ホワイトヘアードブッダ)と呼ばれており、部員たちから親しまれている。

テレビアニメ

テレビ朝日系列にて1993年10月16日 - 1996年3月23日に放映。全101話+SP版2話。製作は東映動画。ナレーションは木暮公延役も兼任する田中秀幸が担当した。原作に基本的に沿った流れになっており、インターハイに出場決定して試合会場に出発するところまでがアニメ化された。前述のとおり、原作におおむね準じているもののアニメオリジナルストーリーも入っている。これにより、桜木軍団の活躍をクローズアップした回を入れたり、花道と晴子が夏休みに縁日に行くというエピソードなどが製作された。インターハイ出場を控えた湘北メンバーが陵南と翔陽の混成チームと対戦する話がアニメ版のラストを飾った[9]

第21話と第22話の間に放送されたSP1は、第21話までの内容をダイジェストで約45分にまとめ、木暮、晴子、彦一らが回想するという内容であったが、本放送以降はほとんど再放送されておらず、DVDにも収録されていない。また、第61話と第62話の間に放送されたSP2に至っては、本放送以降は1度も再放送されておらず、こちらもDVDに収録されていない。

2003年に、大手スポーツウェアメーカーデサント製による登場人物の桜木花道、流川楓、赤木剛憲、三井寿、宮城リョータと同じコスチュームが付属する限定版DVD-BOXが発売され、後に単巻発売された。また、2008年にも登場人物の花道、牧紳一、仙道彰と同じコスチュームが付属する限定版DVD-BOXが発売され、湘北高校、海南大付属高校、陵南高校の選手のコスチュームも期間限定で特注販売された。

2013年にはテレビアニメ化20周年記念プロジェクトにより、様々な企画が大々的に行われた。その第1弾としてキッズステーションでテレビシリーズのHDマスター版の放送が行われた。2014年にはGYAO!でテレビシリーズの無料配信が行われ、niconicoでも同年8月9日(土)から8月16日(土)まで「ニコニコ生放送」でテレビシリーズの無料配信を行った[10]ほか、テレビシリーズや劇場版のBlu-rayソフトも発売された。8月13日(水)には20周年記念プロジェクトのファイナル企画として「Blu-ray Collection発売記念SLAM DUNKファンミーティング」が行われ、花道役の草尾毅、流川役の緑川光、三井役の置鮎龍太郎が生出演。niconicoがその模様を生中継した[11]。また、オープニングアニメーションに登場する鎌倉高校前駅付近の踏切が台湾からの観光客の人気スポットとなっていることが報じられた[12]

SLAM DUNKのオープニングアニメーションに登場する江ノ電鎌倉高校前踏切

スタッフ

  • プロデューサー - 岩本太郎(テレビ朝日)、中村重喜(電通)、籏野義文西沢信孝、佐藤公宣(東映)
  • 原作 - 井上雄彦(連載誌 - 『週刊少年ジャンプ』)
  • 製作担当 - 松下健吉、岡田将介→藤本芳弘
  • 音楽 - 増田隆宣(第1話 - 第69話)→BMF (Being MUSIC FACTORY INC.)(第70話 - )
  • 音楽協力 - テレビ朝日ミュージック
  • キャラクターデザイン - 佐藤正樹
  • チーフアニメーター - 大西陽一(第82話 - )
  • 美術デザイン - 坂本信人
  • シリーズディレクター - 西沢信孝
  • 仕上 - スタジオポッケ、スタジオマーチ、スタジオボギー
  • 色指定 - 塚田劭、平井典子、黒田進
  • 特殊効果 - 岡嶋雄二、山本公、前川孝
  • 撮影 - 三晃プロダクション
  • 編集 - 西山茂
  • 録音 - 池上信照
  • 音響効果 - 伊藤道廣(E&M→サウンドリング) → 石野貴久(サウンドリング)
  • 選曲 - 渋江博之
  • 記録 - 小川真美子 → 原芳子
  • 演出助手 - 中村哲治、渡辺健一郎、金子伸吾、松川智充、多田俊介、冬野徹也、森一敏、春野徹也、池田洋子
  • 製作進行 - 坂本憲生知、広瀬公一、森山義秀、山本善之
  • 美術進行 - 北山礼子
  • 仕上進行 - 荻野光雄、山本花夢、喜多川育子
  • 広報 - 丹羽敦子→奥村彰浩→吉田香絵(テレビ朝日)
  • 録音スタジオ - タバック
  • 現像 - 東映化学
  • 制作協力 - 電通
  • 制作 - テレビ朝日東映動画

主題歌

オープニングテーマ

君が好きだと叫びたい」(1 - 61話) 歌 - BAAD
最終回ラストでも挿入歌として使用された。
ぜったいに 誰も」(62 - 101話) 歌 - ZYYG

エンディングテーマ

あなただけ見つめてる」(1 - 24話) 歌 - 大黒摩季
世界が終るまでは…」(25 - 49話)歌 - WANDS
煌めく瞬間に捕われて」(50 - 81話) 歌 - MANISH
マイ フレンド」(82 - 101話)歌 - ZARD
なお、「煌めく瞬間に捕われて」以外のエンディングテーマは全てミリオンセラーを達成している。

アイキャッチ

2頭身あるいは3頭身で描かれた花道らの映像をバックに「君が好きだと叫びたい」(Aパート)および「あなただけ見つめてる」(Bパート)のアレンジBGM(第81話まで。第82話以降は異なるBGMに変更)に乗せて、以下の英語によるナレーションを述べたものになっている。声は古沢幸。

  • Aパート
    • Hi, guys! The first part of SLAMDUNK was fun, wasn't it? Basketball is great! Let's play it together.(みんな!『SLAM DUNK』前半、おもしろかった?バスケって最高!一緒にやろうよ)
    • Hi, guys! Finally, Hanamichi will put on the show on the court. Let you remain.(みんな!ついに花道がコートで活躍するよ。チャンネルはそのまま)
    • Let's play basketball, guys! You'll feel like the wind when you've got the ball and go to the basket.(バスケしようよ、みんな!ボールを持ってゴールへ向かうとまるで風になった気分)
    • Let's show your girl your best move. It doesn't matter if you win or lose as long as you give it your best!(最高の動き、彼女に見せてやろう。ベストを尽くせば勝ち負けなんて関係ないさ!)
    • One out of every five junior high students plays basketball. Did you know that?(中学生の5人に1人はバスケをやっているんだって。知ってた?)
  • Bパート
    • Thanks for waiting! The second part of SLAMDUNK will start in a minute. Let's get together in front of TV.(お待たせ!『SLAM DUNK』後半、まもなく始まるよ。テレビの前に集まろう)
    • If you can hold the ball in a hand, you'll be a great basketball player.(もし片手でボールを掴めたら、君はすごいバスケ選手になれるよ)
    • Let's go for it! It's cool to be with your brothers!(頑張ろう!仲間と一緒ってかっこいい!)
    • Pass the ball! Someone is waiting. Trust will be the key to getting his friendship.(パスを出せ!誰かが待ってる。信頼こそが友情を勝ち取るカギなんだ)
    • It's great to pull off basketball techniques one after the other like Hanamichi.(花道みたいに次々とバスケのテクニックを掴んでいけたらすごいよね)

各話リスト

放送日はテレビ朝日および同時ネットのもの。なお、朝日放送は17:00からの先行ネットだが、内容はテレビ朝日と同じ。

話数サブタイトル脚本(コンテ)
演出
作画監督美術放送日
(テレビ朝日)
1天才バスケットマン誕生!? 菅良幸西沢信孝加々美高浩坂本信人1993年
10月16日
2くたばれバスケ! 花道VS流川 明比正行横山健次10月30日
3ゴリラVS花道! 究極の対決!! 岸間信明志水淳児堀澤聡志11月6日
4バスケットマン花道入部! 有迫俊彦大西陽一11月13日
5根性なしの午後 菅良幸(明比正行)
又野弘道
板野一郎11月20日
6流川VS赤木・本物対決! 竹之内和久清山滋崇12月4日
7花道デビュー! ダンクさく裂 岸間信明明比正行須田正己12月11日
8花道ピンチ! 柔道男の罠 菅良幸志水淳児横山健次12月18日
9オレはバスケットをやる! 有迫俊彦堀澤聡志12月25日
10庶民のシュートはむずかしい 岸間信明又野弘道大西陽一1994年
1月8日
11二人だけの愛の秘密特訓!? 西沢信孝小林利充1月15日
12倒せ陵南! 決戦前夜の猛特訓 菅良幸明比正行直井正博1月22日
13湘北VS陵南 燃える主将! 中村哲治清山滋崇1月29日
14超高校級! 陵南ドトウの攻撃 志水淳児須田正己中山恭子2月5日
15花道キンチョーの晴れ舞台! 有迫俊彦横山健次小名木麻起子2月12日
16なんだコイツは!? 田岡の誤算 又野弘道堀澤聡志萩原正己2月19日
17リバウンド王 桜木花道の苦悩 岸間信明明比正行大西陽一北原美佐2月26日
18ラスト2分! 仙道は俺が倒す 志水淳児小林利充中山恭子3月5日
19タイムアップ! 決着陵南戦 有迫俊彦須田正己小名木麻起子3月12日
20バスケットシューズ 菅良幸中村哲治横山健次明石貞一3月19日
21スーパー問題児! 花道VS宮城 又野弘道堀澤聡志萩原正己3月26日
SP1アニメ・スペシャル SLAM DUNK 決意の湘北バスケ部 -4月9日
22史上最悪どあほうコンビ誕生 明比正行大西陽一北原美佐4月16日
23湘北バスケ部最後の日 竹之内和久直井正博中山恭子4月23日
24正義の味方・桜木軍団参上! 志水淳児小林利充小名木麻起子4月30日
25全国制覇をめざした男 中村哲治須田正己萩原正己5月7日
26三井寿15歳の悩み 又野弘道清山滋崇北原美佐5月14日
27バスケがしたいです! 明比正行横山健次中山恭子5月21日
28インターハイ予選開始 有迫俊彦堀澤聡志小名木麻起子5月28日
29花道! 公式戦デビュー 岸間信明志水淳児上野ケン萩原正己6月18日
30ハンセイ軍団の大反撃 中村哲治直井正博北原美佐6月25日
31強敵三浦台の秘密兵器 又野弘道小林利充中山恭子7月2日
32天才花道! 必殺ダンク 明比正行須田正己小名木麻起子7月16日
33退場王!? 桜木花道 志水淳児横山健次田中資幸8月6日
34ゴリ直伝・眼で殺せ! 菅良幸中村哲治堀澤聡志萩原正己8月20日
35男たちの熱き想い 岸間信明又野弘道上野ケン中山恭子8月27日
36シード校・翔陽登場 菅良幸明比正行直井正博小名木麻起子9月3日[13]
37花道・初スタメン! 角銅博之小林利充萩原正己9月10日
38流川の反撃! 竹之内和久須田正己北原美佐9月17日
39電光石火のリョータ! 志水淳児堀澤聡志中山恭子9月24日
40リバウンド王・桜木花道 中村哲治横山健次北原美佐10月1日
41翔陽エース・藤真登場 又野弘道上野ケン小名木麻起子10月1日
42翔陽エース藤真の実力 岸間信明明比正行大西陽一萩原正己10月15日
43三井、限界か!? 角銅博之小林利充北原美佐10月22日
44三井! 嵐の3ポイント 志水淳児清山滋崇中山恭子11月5日
45退場目前!? 花道ピンチ 中村哲治須田正己小名木麻起子11月26日
46花道、熱きダンク 又野弘道堀澤聡志萩原正己12月3日
47ライバルからの挑戦状 菅良幸明比正行横山健次北原美佐12月10日
48打倒海南を誓う男 角銅博之上野ケン中山恭子12月17日
49武園・最後の闘志 志水淳児大西陽一萩原正己12月24日
50王者への挑戦 (西沢信孝)
又野弘道
小林利充北原美佐1995年
1月7日
51計算外!? 花道絶好調! 中村哲治清山滋崇中山恭子1月14日
52桜木封じの秘密兵器! 又野弘道須田正己萩原正己1月21日
53ゴリ負傷! 絶体絶命!? 明比正行横山健次北原美佐1月28日
54キングコング・弟 有迫俊彦高野和史中山恭子2月4日
55ゲームを支配する男 志水淳児上野ケン萩原正己2月11日
56エース牧・全開! 角銅博之三浦和也北原美佐2月18日
57安西・勝利への賭け! 中村哲治小林利充坂本信人2月25日
58しぶとい奴ら! 又野弘道清山滋崇中山恭子3月4日
59ラスト10秒! 完全決着 岸間信明明比正行須田正己萩原正己3月11日
60がけっぷちの湘北 有迫俊彦横山健次北原美佐3月18日
61ボーズ頭の逆襲! 志水淳児近藤優次中山恭子3月25日
SP2スラムダンク・スペシャル
激闘2連戦! 湘北対武里 & 湘北対海南!
ニュー花道・炎の猛特訓!
-4月8日
62特訓3DAYS 中村哲治上野ケン萩原正己4月8日
63頂上決戦! 海南VS陵南 又野弘道直井正博
高野和史
北原美佐4月8日
64本領発揮! 王者・海南 明比正行三浦和也中山恭子4月15日
65最強対決! 仙道VS牧 吉沢孝男小林利充萩原正己4月29日
66仙道・一瞬の賭け! (有迫俊彦)
又野弘道
須田正己北原美佐5月13日
67最終決戦! 湘北VS陵南 菅良幸志水淳児清山滋崇中山恭子5月20日
68救世主!? 桜木花道 中村哲治横山健次萩原正己5月27日
69ゴリ異変! 又野弘道近藤優次北原美佐6月3日
70ゴリラダンクII 明比正行林明美中山恭子6月10日
71ゴリ・復活の雄叫び! 岸間信明吉沢孝男直井正博
高野和史
萩原正己6月17日
72人生最大の屈辱 角銅博之上野ケン北原美佐7月1日
73流川・後半戦への賭け 菅良幸志水淳児三浦和也中山恭子7月8日
74最も危険な挑戦者 中村哲治須田正己萩原正己7月15日
75ファインプレイ 又野弘道小林利充北原美佐7月22日
76勝利の予感 岸間信明角銅博之近藤優次中山恭子8月5日
77君たちは強い 志水淳児横山健次田中功一8月12日[14]
78復活! 闘将・魚住純 吉沢孝男高野和史萩原正己8月19日
79BW! 陵南の反撃 菅良幸中村哲治上野ケン原田みか8月26日
80湘北の不安要素 又野弘道三浦和也北原美佐9月2日
81仙道ファイヤー! 湘北崩壊!! 角銅博之近藤優次武藤隆裕9月23日
82ド素人・花道本領発揮 岸間信明志水淳児大西陽一中山恭子10月21日
83副主将メガネ君の執念 (明比正行)
又野弘道
須田正己芳野満雄10月28日
84勝敗 吉沢孝男横山健次田中功一11月4日
85あらたなる挑戦! 全国制覇 菅良幸中村哲治高野和史萩原正己11月11日
86流川の野望 角銅博之小林利充北原美佐11月18日
87日本一の高校生 又野弘道三浦和也中山恭子11月25日
88バスケットの国アメリカ 岸間信明明比正行近藤優次原田みか12月2日
89鬼気迫る! 流川 志水淳児上野ケン萩原正己12月9日
90湘北 真のエース! 吉沢孝男須田正己北原美佐12月16日
91全国が危ない! 菅良幸中村哲治横山健次中山恭子12月23日
92男の友情!? 桜木軍団 岸間信明角銅博之大西陽一武藤隆裕1996年
1月13日
932万本への挑戦 菅良幸明比正行三浦和也萩原正己1月20日
94静岡の激闘! 湘北VS常誠 志水淳児
中村哲治
直井正博北原美佐1月27日
95花道の最も熱き一日 菅良幸明比正行上野ケン篠田邦宏2月3日
96バスケットシューズII 岸間信明中村哲治横山健次中山恭子2月10日
97熱き思い・魚住再び! 菅良幸明比正行須田正己田中功一2月17日
98激闘開始! 湘北VS翔陽・陵南 角銅博之近藤優次北原美佐2月24日
99湘北危うし! 脅威の最強軍団 吉沢孝男大西陽一篠田邦宏3月2日
100奇跡の男・桜木花道! 中村哲治上野ケン中山恭子3月9日
101栄光のスラムダンク 岸間信明角銅博之横山健次3月23日

放送局

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
関東広域圏 テレビ朝日 テレビ朝日系列 制作局
北海道 北海道テレビ 同時ネット
青森県 青森朝日放送
岩手県 テレビ岩手 日本テレビ系列 遅れネット
宮城県 東日本放送 テレビ朝日系列 同時ネット
秋田県 秋田朝日放送
山形県 山形テレビ
福島県 福島放送
山梨県 テレビ山梨 TBS系列 遅れネット
新潟県 新潟テレビ21 テレビ朝日系列 同時ネット
長野県 長野朝日放送
富山県 北日本放送 日本テレビ系列 遅れネット
石川県 北陸朝日放送 テレビ朝日系列 同時ネット
福井県 福井放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
遅れネット
静岡県 静岡朝日テレビ テレビ朝日系列 同時ネット
中京広域圏 名古屋テレビ
近畿広域圏 朝日放送 先行放送 [15]
島根県
鳥取県
山陰放送 TBS系列 遅れネット
広島県 広島ホームテレビ テレビ朝日系列 同時ネット [16]
山口県 山口朝日放送
徳島県 四国放送 日本テレビ系列 遅れネット
香川県
岡山県
瀬戸内海放送 テレビ朝日系列 同時ネット
愛媛県 テレビ愛媛 フジテレビ系列 遅れネット 1995年3月まで
愛媛朝日テレビ テレビ朝日系列 同時ネット 1995年4月開局から
高知県 テレビ高知 TBS系列 遅れネット
福岡県 九州朝日放送 テレビ朝日系列 同時ネット
長崎県 長崎文化放送
熊本県 熊本朝日放送
大分県 大分朝日放送
宮崎県 宮崎放送 TBS系列 遅れネット [17]
鹿児島県 鹿児島放送 テレビ朝日系列 同時ネット
沖縄県 琉球放送 TBS系列 遅れネット 1995年9月まで
琉球朝日放送 テレビ朝日系列 同時ネット 1995年10月開局から
日本全域 キッズステーション CS放送 HDリマスター版
字幕放送[18]


テレビ朝日 土曜19時台後半(1993年10月 - 1996年3月)
前番組 番組名 次番組
SLAM DUNK
テレビ朝日 土曜19:58 - 20:00(1993年10月 - 1995年9月)
We
※一旦休止
SLAM DUNK
【2分拡大して継続】
We
※再スタート

劇場アニメ

全国東映系で上映。

スラムダンク
1994年3月公開
湘北対陵南の練習試合直後の湘北対武園の練習試合を描く。原作第1話において、花道の50人目の告白玉砕相手である少女と彼女の思い人の小田も設定を進めて登場。
スラムダンク 全国制覇だ! 桜木花道
1994年7月公開
原作第79話でダイジェストが描かれた、IH予選4回戦湘北対津久武の試合をアレンジしたもの。
スラムダンク 湘北最大の危機! 燃えろ桜木花道
1995年3月公開
湘北対海南のIH予選終了直後の湘北対緑風の練習試合が舞台になっている。
スラムダンク 吠えろバスケットマン魂!! 花道と流川の熱き夏
1995年7月公開
流川と彼の中学時代の後輩である水沢イチローに主軸が置かれた作品。前の3作が県の強豪校との激しい対戦が描かれていたのに対し、この作品では人間ドラマに重点が置かれている。

2006年8月1日 - 8月4日まで、NHK BS-2の「BS夏休みアニメ特選」枠内にて上記4作品を放送していた。テレビ大阪でも、2007年1月3日に2.と3.、1月8日に4.が放送された(1.は未放映)。

ゲーム

本作のゲームのうち、1990年代のソフトはバンダイもしくはバンプレストより発売されているが、タイトルが「From TV animation スラムダンク」または「テレビアニメ スラムダンク」という表記になっている。これはコナミより『スラムダンク』(本作とは無関係)というタイトルのアーケードゲームが1993年に出ていて、先に商標登録されていたためである。

2010年代に東映アニメーションが配信したアプリもアニメ版がベースだが、「From TV animation」や「テレビアニメ」の表記はなくなっている。

なお、下記はバンダイナムコエンターテインメントの公式サイトでの表記であるが、商品自体には「勝利へのスターティング5」(ゲームギア版)、「IH予選完全版!!」(スーパーファミコン版『スラムダンク2』)という副題が付けられている。

  • バンダイ 『From TV animation スラムダンク 四強激突!!』(スーパーファミコン):1994年3月26日
  • バンダイ 『From TV animation スラムダンク がけっぷちの決勝リーグ』(ゲームボーイ):1994年8月11日
  • バンダイ 『テレビアニメ スラムダンク』(ゲームギア):1994年12月16日
  • バンダイ 『From TV animation テレビアニメ スラムダンク2』(スーパーファミコン):1995年2月24日
  • バンダイ 『From TV animation スラムダンク2 全国へのTIP OFF』(ゲームボーイ):1995年3月17日
  • バンダイ 『テレビアニメ スラムダンク 強豪 真っ向対決!』(メガドライブ):1995年4月28日[19]
    • テレビアニメに準拠したストーリーで、アニメファン向きの作品。ゲーム内容はオーソドックスなバスケットゲームであり、バスケットゲーム初心者であっても取り付きやすい内容[20]。特徴として、自分の使うキャラクターを選択すればボールを持ってない状態でもそのキャラクターを動かして試合を進められる「セルフィッシュモード」の搭載が挙げられる。
  • バンダイ 『From TV animation スラムダンク I Love Basketball』(セガサターン):1995年8月11日[21]
  • バンダイ 『From TV animation スラムダンク 〜SDヒートアップ!!〜』(スーパーファミコン):1995年10月27日
  • バンプレスト 『スーパースラムズ -FROM TV ANIMATION SLAM DUNK-』 (アーケード):1995年(開発元:ビデオシステム
  • 東映アニメーション『スラムダンク for モバゲー』(Mobage):2011年3月(機種:FP)・2011年8月(機種:SP
  • 東映アニメーション『SLAM DUNK〜目指せ!最強チーム!!〜』(Mobage):2013年2月12日(機種:FP・SP)

日本国外での展開

  • 台湾では続編として『スラムダンク2』が作者に無許可で作られた。高校教師となった流川楓が主人公
  • 韓国では物語の設定が韓国物として変更されている。地名や登場人物の固有名詞も韓国風になっており、画の中の日本語(店の看板など)もハングルに書き換えられている。しかし、完全版では地名と店の看板が日本語となっている。
  • アメリカ合衆国では、2002年にアメリカ初の週刊マンガ雑誌として売り出した『Raijin Comics』に掲載されたのが最初で、単行本が2003年に発売された。しかし、会社はアメリカでのマンガ出版事業から撤退。『スラムダンク』もわずか数冊刊行されただけで終わった。2008年にビズメディアがライセンスを取得し、『SHONEN JUMP』のレーベルで新たに出版を開始した。

関連商品

書籍関連

  • 単行本『SLAM DUNK』全31巻
  • 完全版『SLAM DUNK』全24巻
  • 単行本『SLAM DUNK 新装再編版』全20巻 ※2018年6月から9月まで発売[22]
  • 小説版『SLAM DUNK』全1巻
  • 『SLAM DUNK1億冊感謝記念黒板カード』 〜SLAM DUNK 10 DAYS AFTER〜 (公式Webのみで購入可能なポストカード)
  • スラムダンク1億冊感謝記念 ファイナルイベントDVD 「SLAM DUNK 10 DAYS AFTER」(DVDが付属するが書籍扱い。DVDの特典映像として黒板漫画が収録されている) ISBN 978-4-87118-935-4
  • 大型本『スラムダンク あれから10日後完全版』

CD関連

  • CD「TV Animation SLAM DUNK Original Soundtrack 〜Special TV Version〜」(ZAIN RECORDS1995 品番 ZACL-1023)
  • CD「SLAMDUNK Original Soundtrack 3 」(ZAIN RECORDS 1995 品番 ZACL-1025)

ソフト関連

  • VHS(ビデオテープ)
    • SLAM DUNK(映画)
    • SLAM DUNK 全国制覇だ!桜木花道
    • SLAM DUNK 湘北最大の危機!燃えろ桜木花道
    • SLAM DUNK 吠えろバスケットマン魂!!花道と流川の熱き夏
  • DVD
    • SLAM DUNK VOL1 - 17
    • SLAM DUNK THE MOVIE1 - 2

上記商品全て東映ビデオから発売。

脚注・出典

[脚注の使い方]
  1. ^ 初版最高の252万部、四国新聞社、2002年7月5日
  2. ^ 『スラムダンク』新装再編版の第15~20巻書影初公開 完結となるインターハイの激闘 ORICON NEWS
  3. ^ “日本のメディア芸術100選”が選出――“太陽の塔”“やわらか戦車”などアスキー2006年10月04日、2015年1月26日観覧
  4. ^ 全31巻ではなく、以後続刊。
  5. ^ NHK『トップランナー』2000年6月15日放送分出演時
  6. ^ NHK『トップランナー』2000年6月15日放送分出演時
  7. ^ 「スラムダンク」ファンの聖地、温泉旅館が破産 広島”. 朝日新聞 (2013年4月5日). 2013年4月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2019年10月31日閲覧。
  8. ^ 「スラムダンク」聖地の閉館に作者・井上雄彦「ありがとうみどり荘」[リンク切れ]
  9. ^ 花道が合宿シュートを仲間たちの前で披露すべく、藤間たちが激励に来たことを利用して開催。試合は76対74で湘北の勝ち。
  10. ^ 安西先生・・・!!バスケがしたいです・・・・・・ニコ生で「スラムダンク」全101話一挙放送
  11. ^ Blu-ray Collection発売記念SLAM DUNKファンミーティング【草尾毅,緑川光,置鮎龍太郎 出演】
  12. ^ 大賀有紀子 (2014年11月16日). “鎌倉に「スラムダンクの踏切」? 台湾から観光客増”. 朝日新聞. 2014年11月15日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2019年12月28日閲覧。
  13. ^ 広島ホームテレビはプロ野球『広島 vs ヤクルト』中継のため9月5日(月)17:00から放送。
  14. ^ 広島ホームテレビはプロ野球『広島 vs 横浜』中継のため9月14日(月)17:30から放送。
  15. ^ ドラマ『部長刑事シリーズ』をネットしていた影響で先行放送だった。ただし、「夏の高校野球」期間中は大会終了後の11時台に遅れ放送をしていた。
  16. ^ プロ野球の広島東洋カープ戦中継実施時は、平日午後に遅れネットとなる場合があった。
  17. ^ テレビ宮崎(フジテレビ系・日本テレビ系とのトリプルネット)に放送枠がなかった関係で、宮崎では宮崎放送がネットしていた。
  18. ^ 花道の声は黄色、晴子の声は水色、その他のキャラクターの声は白で表示される。
  19. ^ バンダイから発売された最後のメガドライブ用ソフト。
  20. ^ 株式会社QBQ編 『懐かしのメガドライブ 蘇れメガドライバー !!』マイウェイ出版発行、2018年。ISBN 9784865118704 p89
  21. ^ バンダイセガサターン参入第1弾ソフト。
  22. ^ 「SLAM DUNK」新装再編版、井上雄彦描き下ろしの1巻カバーを公開”. コミックナタリー (2018年5月21日). 2018年5月21日閲覧。

関連項目

外部リンク




固有名詞の分類

日本の漫画作品一覧 冒険どきの私達伝説  ランブルフィッシュ  SLAM DUNK  クリア・クオリア  キャプテン翼
漫画作品 す スペオペ宙学  ストライプブルー  SLAM DUNK  すすめ!!パイレーツ  スローステップ
映画作品 湖畔の思い出  ニーベルンゲン クリームヒルトの復讐  SLAMDUNK  レインボウ  アジアンタムブルー
スーパーファミコン用ソフト スーパー鉄球ファイト!  燃えろ!!プロ野球  SLAM DUNK  マッスルボマー  ガンフォース
セガサターン用ソフト 伝説のオウガバトル  燃えろ!!プロ野球  SLAM DUNK  太閤立志伝II  スペースハリアー
ゲームボーイ用ソフト ロックマンワールド5  ゲームボーイカラー  SLAM DUNK  メダロット5 すすたけ村の転校生  Sa・Ga2 秘宝伝説
メガドライブ用ソフト 三國志II  スーパーハングオン  SLAM DUNK  スペースハリアー  ゲイングランド
テレビ朝日系アニメ 機動武闘伝Gガンダム  銀牙 -流れ星 銀-  SLAM DUNK  サイボーグ009  ガタピシ
アニメ作品 す 睡蓮の人  ずっこけナイトドンデラマンチャ  SLAM DUNK  スフィアーズ  ストラトス・フォー
ゲームギア用ソフト ガンスターヒーローズ  ファミスタシリーズ  SLAM DUNK  テイルスのスカイパトロール  スペースハリアー
1993年のテレビアニメ 3丁目のタマ うちのタマ知りませんか?  勇者特急マイトガイン  SLAM DUNK  ポコニャン  YAIBA

英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「SLAM_DUNK」の関連用語

SLAM_DUNKのお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



SLAM_DUNKのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
MovieWalkerMovieWalker
(C)MovieWalker
キネマ旬報 (c)キネマ旬報社
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのスラムダンク (バスケットボール) (改訂履歴)、SLAM DUNK (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2020 Weblio RSS