参議院 歴史

参議院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/28 16:20 UTC 版)

歴史

大日本帝国憲法は、(天皇の)立法権の協賛機関として衆議院貴族院の二院からなる帝国議会を置いた。民選(公選)議員のみからなる衆議院に対して、貴族院は、皇族議員、華族議員、勅任議員(帝国学士院会員議員、多額納税者議員など)によって構成されていた。

これに対して日本国憲法は、立法機関として衆議院参議院の二院からなる国会を置き、参議院は、衆議院と同様「全国民を代表する選挙された議員」のみによって構成されるものとした(日本国憲法第43条第1項)。

日本国憲法の制定過程では1945年10月11日に近衛文麿内大臣府御用掛に任命され、内大臣府が憲法調査に当たり、調査結果として近衛と佐々木惣一の2つの案が示された[3]。このうち近衛案では 「貴族院ノ名ヲ改メ特議院 (仮称) トシソノ議員ハ衆議院ト異リタル選挙其ノ他ノ方法ニヨリ選任ス」 とされ[3]、近衛が1945年11月22日に奉答した案では貴族院に代わる第二院を「特議院」と仮称している[10]。また、佐々木案では「特議院ハ特議院法ノ定ムル所ニ依リ皇族及特別ノ手続ヲ経テ選任セラレタル議員ヲ以テ組織ス」とされた[3]

一方、連合国最高司令官総司令部(GHQ)のマイロ・E・ラウエル民政局法規課長によって作成された「日本の憲法についての準備的研究と提案のレポート」では「立法部は一院でも二院でもよいが、 全議員が公選により選ばれなければならない」と提案されている[3]

幣原内閣は憲法改正は内大臣府ではなく内閣がその任に当たるべきであるという立場をとったことから、 1945年10月13日には松本烝治国務大臣を委員長とする憲法問題調査委員会(松本委員会)が設置された[3]。 憲法問題調査委員会では二院制を維持すべきであるが、構成を民主的なものに改めるべきとの意見が支配的であり、その名称についても第7回調査会(1945年12月24日)で「貴族院ノ改称ニツイテ、今マデ出タ名称ハ上院・下院、 第一院・第二院、 左院・右院、南院・北院、 元老院・衆議院、参議院・衆議院、公選院・特選院、 特議院・衆議院、 公議院・衆議院、耆宿院・衆議院、審議院・衆議院等々ノ組合セガアルガ、参議院アタリガ無難ト云フベキデアラウカ」 との意見にまとまった[3]

1946年1月26日の第15回調査会では、 松本委員長執筆の 「憲法改正要綱」 (甲案)及びその基本となった 「憲法改正私案 (一月四日稿)」 さらに 「憲法改正案」 (乙案) が配付検討されたが、松本は甲案の審議において 「参議院」 の名称について「『両議院』 と呼べるように『議院』の語をつける方がよいと考え、 一応この名称とした」 と説明している[3]。こうして日本国政府が取りまとめた松本試案および2月8日に占領軍に提出された憲法改正要綱において貴族院を参議院と改めると規定された[11]。議員の選出は、選挙による選出と、勅選議員の二本立てとされた[12]

一方、GHQでは1946年2月5日の民政局長会合で簡明な一院制を日本政府に提案することとなった[3]。民政局長ホイットニー准将は、1946年2月13日、吉田茂外務大臣及び松本烝治憲法改正担当国務大臣と会見した際、衆議院のみの一院制とする憲法改正案(マッカーサー草案)を提示したが[13]、その場で松本が、一院制では選挙で多数党が変わる度に、前政権が作った法律をすべて変更し政情が安定しないことを指摘し、二院制の検討をホイットニーに約束させている[14][15]

その後、帝国議会と枢密院での議論のために法制局が作成した想定問答集では、「問 一院制を採らず両院制を採る事由如何」「答 一院制を採るときは、いはゆる政党政治の弊害、即ち多数党の横暴、腐敗、党利党略の貫徹等が絶無であるとは保し難いのであって(以下略)」[16]と「政党政治の弊害」を両院制を採る理由としている。

参議院は全く新しく作られた組織で貴族院との直接のつながりは無い。ただし、初期の参議院が職能代表を指向したのは、かつての貴族院改革案のリバイバルであったという指摘もある[17]。また、第1回参議院議員通常選挙は貴族院出身者が少なからず当選し、彼らが中心になって組織した院内会派緑風会は初期の参議院で大きな影響力を持っていた。


注釈

  1. ^ 議長尾辻秀久(自由民主党)・副議長:長浜博行(立憲民主党)を含む[1]
  2. ^ 例えば、吉田武弘『戦後民主主義と「良識の府」-参議院制度成立仮定を中心に-』[18]にも由来は記載されていない。戦後、参議院設置を決めた日本国憲法の審議をした帝国議会の議事録には「良識の府」という語は登場せず、国会の議事録に初めて「良識の府」の語が登場するのは参議院設置後5年を過ぎた昭和27年7月2日参議院本会議の中田吉雄議員の発言である。

出典

  1. ^ 議員情報 会派別所属議員名一覧”. 参議院 (2022年8月5日). 2022年8月6日閲覧。
  2. ^ 会派別所属議員数一覧”. 参議院 (2023年1月18日). 2023年1月18日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i 田中 嘉彦 日本国憲法制定過程における二院制諸案 レファレンス平成16年12月号、国立国会図書館
  4. ^ 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、119-122頁
  5. ^ 前田 1997.
  6. ^ “参院に独自性は必要か 創論・時論アンケート”. 日本経済新聞. (2013年6月30日). http://www.nikkei.com/news/print-article/?R_FLG=0&bf=0&ng=DGXNASGH2700P_X20C13A6000000&uah=DF260620133648 2014年7月7日閲覧。 
  7. ^ いまさら聞けない参議院選挙の仕組み②選挙区と比例区 | 選挙ドットコム
  8. ^ [早わかり 参院選Q]組織内候補とは?…業界団体・労組の擁立候補”. 読売新聞 (2019年7月17日). 2022年6月12日閲覧。
  9. ^ a b c 押しボタン式投票 - 参議院
  10. ^ 児島襄 『史録 日本国憲法』 文春文庫 pp.152-154 (文庫版1986年5月,単行本1973年5月)
  11. ^ 日本国憲法の制定過程における各種草案の要点 衆議院憲法調査会事務局 (2000年)
  12. ^ 憲法改正要綱 - 国立国会図書館
  13. ^ 前田 1997, p. 8.
  14. ^ Record of Events on 13 February 1946 when Proposed New Constitution for Japan was Submitted to the Prime Minister, Mr. Yoshida, in Behalf of the Supreme Commander(「1946年2月13日に新憲法案が最高司令官に代理し吉田首相(実際は当時は外相)に提出された際の記録」チャールズ・L・ケーディス大佐ほか作成) "Dr. Matsumoto then said that most other countries have a two House system to give stability to the operation of the legislature. If, however, only one House existed, said Dr. Matsumoto, one party will get a majority and go to an extreme and then another party will come in and go the opposite extreme so that, having a second House would provide stability and continuity to the policies of the government. General Whitney then said that the Supreme Commander would give thoughtful consideration to any point such as that made by Dr. Matsumoto which would lend support to a bicameral legislature and that, so long as the basic principles set forth in the draft Constitution were not impaired, his views would be fully discussed."
    「松本氏はそして『他の多くの国は、立法府の活動の安定化のために二院制を取る。』と言った。『もし一院しかなければ、ある政党が多数を取れば一方の極に振れ、その後に別の政党が多数を取れば逆の極に振れるので、第2院が存在することにより政府の政策に安定性と連続性が与えられる。』と彼は言った。ホイットニー将軍は『最高司令官は、松本氏が出した二院制を支持する主張を熟慮するであろうし、憲法案にある基本原則が阻害されない限り、松本氏の考えは十分に議論されるであろう。』と言った。」
  15. ^ 二月十三日會見記略(松本憲法改正担当国務大臣の手記)
    「二院制の存在理由に付一応説明を為したる所先側に於ては初めて二院制の由来と作用を聴きたるかの如き観あり」
  16. ^ 憲法改正草案に関する想定問答(法制局)の「第4章第38条関係」(草案段階では第38条であったが、現行憲法では第42条に当たる)の3番目の問
  17. ^ 貴族院のなかの参議院 『歴史書通信』 2009 No.183 - 内藤一成
  18. ^ 吉田武弘「戦後民主主義と「良識の府」──参議院制度成立過程を中心に (PDF) 」 『立命館大学人文科学研究所紀要』第90号、立命館大学人文科学研究所、2008年3月、 155-176頁、 ISSN 0287-3303NAID 110009526362。“『立命館大学人文科学研究所紀要No.90』(2008年3月)目次ページ国立国会図書館サーチより
  19. ^ “「良識の府」は幻想か”. 読売新聞. (2007年6月13日). https://web.archive.org/web/20080220062211/http://kyushu.yomiuri.co.jp/news-spe/election07/kikaku2/k2_07061301.htm 2017年10月14日閲覧。  ※ 現在はインターネットアーカイブ内に残存
  20. ^ 竹中治堅『参議院とは何か』(中央公論新社) ISBN 978-4120041266
  21. ^ 後藤謙次「小沢一郎 50の謎を解く」(文春新書)
  22. ^ 参議院議員選挙制度の変遷(参議院関連資料集):資料集:参議院”.  . 2020年9月8日閲覧。
  23. ^ “選挙権年齢「18歳以上」に 改正公選法が成立”. 47NEWS. (2015年6月17日). https://web.archive.org/web/20150617032536/http://www.47news.jp/CN/201506/CN2015061701001110.html 2017年10月14日閲覧。  ※ 現在はインターネットアーカイブ内に残存
  24. ^ 会派名及び会派別所属議員数”. 参議院 (2022年10月7日). 2022年10月7日閲覧。
  25. ^ a b c d e 参議院役員等一覧”. 参議院. 2022年3月14日閲覧。
  26. ^ 参議院-今国会情報”. 2022年1月23日閲覧。
  27. ^ a b c 石倉賢一「国会会議録について」『大学図書館研究』第25巻、大学図書館研究編集委員会、1984年、 39-44頁、 doi:10.20722/jcul.769ISSN 0386-0507NAID 110004566590






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