武田鉄矢 エピソード

武田鉄矢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/25 15:39 UTC 版)

エピソード

音楽面

母に捧げるバラード」(1973年(昭和48年))の「今も聞こえるあのお袋の声」の部分のメロディは丸山明宏の「ヨイトマケの唄」の「今も聞こえるヨイトマケの唄」を模倣したと、2007年(平成19年)放送の『オーラの泉』で美輪本人に告白している。

海援隊の楽曲『節子への手紙』は武田鉄矢の妻・節子へ届いた、彼女の母親からの手紙にモチーフを得たもの。

BS-i連続テレビドラマ『恋する日曜日』セカンドシリーズで『僕の部屋から』というドラマが制作された際に、主題歌「僕の部屋から」の作詞を担当した。

別項にあるように坂本龍馬を敬愛しているため、武田は龍馬が亡くなった年齢(33歳)と同じになった年(1982年)に海援隊を解散(後に再結成)した。ただし、龍馬の「33歳」が数え年であったのに対し、武田の「33歳」は満年齢である(龍馬は満31歳だった)。

映画ドラえもんの主題歌

映画『ドラえもん』の第1作目 - 第17作目第5作目を除く)のエンディングテーマ曲の作詞を務めた。第6作,11作,第13作,第15作[注釈 4],第16作目[注釈 5]は武田が歌っている。『ドラえもん のび太と銀河超特急』も海援隊が歌を担当しているがこの作品のみ千葉和臣、中牟田俊男が歌っている。西田敏行が歌唱した『ドラえもん のび太の日本誕生』の主題歌「時の旅人」は後にアルバム『昭和24年 〜いつか見た青い空〜』でセルフカバー。かねてより原作者の藤子・F・不二雄を尊敬していたが、藤子の逝去に伴って「藤子先生が亡くなった今、僕は『ドラえもん』の映画の作詞を引退します」と宣言し、同劇場版シリーズの楽曲参加を勇退した。その後、映画『ドラえもん』30周年を記念し、2010年(平成22年)の劇場版『ドラえもん のび太の人魚大海戦』で14年ぶりに挿入歌を手掛けた。

音楽担当となった当初、藤子スタジオに娘を連れて行ったことがあり、その時に娘が「ドラえもんはどこ?」と尋ねたところ、藤子は「今テレビ局の仕事に行っているんだよ」と答え、武田は彼のやさしさに深い感銘を受けた。

後に藤子・F・不二雄大全集で本人が明かしたところによると、藤子の存命中に一度だけ「映画ドラえもんのテーマ担当から武田を降板させる」という案が藤子に提案されたことがあったが、それを聞いた藤子は普段では考えられないほど激怒し[注釈 6]、「映画ドラえもんのテーマソングは武田でなければならない」という強い意志を感じ取ったスタッフは、以後二度とそういった話を藤子に持ちかけることは無くなったとのことである。それ以前に武田から「これ以上続けるとマンネリになるから」とテーマ担当の辞退を自ら申し出たときも藤子から強く引き留められたという(ぼく、ドラえもんより)。

俳優業

最も影響を受けた俳優には高倉健渥美清を挙げている[要出典]

俳優としては山田洋次監督の映画『幸福の黄色いハンカチ』(1977年 松竹)がスタートであり、デビュー作ながら日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞する演技を見せた。同監督作品の『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』(1978年(昭和53年) 松竹)にも出演。『刑事物語』シリーズ(1982年 - 1987年 東宝)の片山刑事役で、本格的な中国拳法、秘門派「蟷螂拳」や自ら考案した「ハンガーヌンチャクによるアクションシーン」を披露したり、個性派俳優としても活躍。ハンガーヌンチャクを使う殺陣上ではハンガーを振り回している最中、指から摩擦で煙が出てきた逸話をもつ。

一時期ジャッキー・チェンの髪型を真似たほどの自他共に認めるジャッキー・ファンで、『刑事物語3・潮騒の詩』ではジャッキーとの共演を熱望していたらしいが、ギャラの折り合いがつかず断念したという話がある。なお本作のオープニングのビルからの落下は『プロジェクトA』でジャッキーが時計台から落下する場面のパロディで、またラストのヒットマンとの野原での対決は『ヤングマスター 師弟出馬』のラストの死闘のパロディである。

テレビドラマへの進出について武田は「僕は吉田拓郎さんみたいな歌手になりたかった。でも、どうあがいてもなれなかった。それで仕方なく横に流れたんですね。それはテレビに出るということです。もう、今はなんてことないけど、当時はテレビに出ないというのがフォークシンガーのステータスでね。荒井由実小椋佳、吉田拓郎、井上陽水..といった主流がテレビに出るのを拒否していたんです。そんな時に僕がテレビに出たもんだから風当たりが強くてね、当時は相当きつかった」などと話している[10]1970年代は『あこがれ共同隊』(TBS、1975年)のようにニューミュージック系歌手がゲスト出演したり端役で出るというケースはあったが主役級で出演するようなことはなかった。1979年(昭和54年)6月に土曜ワイド劇場枠『戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件』(テレビ朝日)で犯人役を演じて話題を呼んだ泉谷しげると共に、同年の10月からスタートした『3年B組金八先生』(TBS)の主役に抜擢された武田は、俳優兼ニューミュージック系歌手の先駆けといえる[11]。やはり『2年B組仙八先生』(TBS、1981年)から、早めにテレビに進出したなぎら健壱は「テレビ出演拒否はもういいと、わりあい早い時期に気づいた武田や泉谷なんかが今も生き残っている」と話している[11]

テレビドラマは、1979年(昭和54年)にスタートした『3年B組金八先生』(TBS)の坂本金八役を担当。2007年までシリーズ化された。大河ドラマ徳川家康』(1983年(昭和58年))での豊臣秀吉役、『太平記』(1991年(平成3年))での楠木正成役、『101回目のプロポーズ』(1991年 フジテレビ)でのさえない中年・星野達郎役などを演じている。

2006年(平成18年)、大河ドラマ『功名が辻』で主人公・山内一豊の古参の家来・五藤吉兵衛役のオファーがあったが、『竜馬がゆく』の敵役(土佐藩上士)の先祖を演じることに抵抗があり、当初は拒否したという。後にNHK側から「土佐に入る前に死んでしまう役ですから」と説得され、出演することとなった。共演の前田吟とともに、「これが最後の大河出演」と決めていたらしいが、『龍馬伝』で前言を撤回、龍馬の師の勝海舟を演じている(なお、後に前田も前言を撤回し『おんな城主 直虎』に出演している)。NHKでのハイライト放送では勝役を「俳優業の集大成」、そして「先生冥利に尽きる」と語っている。

『金八先生』シリーズの各卒業式で生徒に贈る言葉は最初は3行の台本を20分掛けて喋るというが、直近のシリーズではスタッフがわざと台本の台詞部分を空白にして全て武田のオリジナルで語っている。

また、同作品中で「人と言う漢字は、人と人が互いに支え合っている」と説明する場面があるが、漢文学者で古代漢字学の第一人者である白川静の著書で「人と言う字は支えあっていない」と事を知り、深く衝撃を受けたという[12]

2017年に『水戸黄門』で水戸黄門シリーズにおける6代目の水戸黄門を演じるが、その役どころを「いたわりを強要したり、老いのずるさもあって完璧なご老公じゃない。助さんも『この、くそじじい』と言うしね」と明かしている[13]。そしてこの役を引き受けたのは「これは老いの(老人の役をやっていくための)練習」であることを理由としている[14]。また武田は6代目に抜擢される20年前に東洋水産の『マルちゃん赤いきつねと緑のたぬき』のCMで既に水戸黄門を演じており、役柄も散々な目にあうという本編と変わらないキャラクターとなっている。

脚本家

片山蒼の名義で、映画、ドラマ、舞台の脚本を執筆している。

趣味、嗜好

高校時代に読んだ司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の影響からバンド名に「海援隊」と名付けるほど、坂本龍馬を敬愛しており、龍馬役や龍馬に関連する人物の役をすることがある[注釈 7]。金八先生の名字の「坂本」は龍馬の姓に、金八の娘の「乙女」は龍馬の姉の名にちなんだものである。また、ソフトバンクモバイルのCMでは「坂本龍馬かぶれ」と揶揄される内容で出演。なお、「高校時代に最初に買った本はかなりボロボロになっていますが、大事に持っています。」とのこと[15]

谷村新司と並ぶニューミュージック界の二大ビニ本マニアとして知られ、『3年B組金八先生』第2シリーズの収録終了時に、卒業記念として男子生徒役の役者に自分のコレクションをプレゼントしていたが、直江喜一沖田浩之は当時既に18歳だったため、「お前ら二人は自分で買え」とのことで武田のコレクションは貰えなかった[16]

プロ野球は福岡ソフトバンクホークスのファンである。ちなみに、幼少時は西鉄ライオンズのファンだった。セ・リーグでは読売ジャイアンツファンと掛け持ちである。

語ることが好きである。NHK大河ドラマ『功名が辻』の収録では本番直前まで、共演者であり同じく話好きである前田吟とずっと話し続け、本番の際にセリフを忘れることがあった[17]

本名

「鉄矢」は本名であるが、大学生の時まで「鉄也」だと思い込んでいた。これは親が「鉄也」と教えていたためであり、試験の際に記入した氏名に対して、担当教官から「ペンネームを使うな」と指摘されたことで発覚した。両親も届け通りの本名を指摘されるまで忘れていたという[注釈 8]。本名発覚当初は困惑していたが段々と受け入れ、使用するようになった[18]。既婚者で娘が二人いるが一般人のため、個人情報の取り扱いが厳格になった現在は公表していない[注釈 9]。1974年11月27日、カトリック大名町教会で山田節子と結婚。妻は熊本農家の娘で元銀行員

大阪嫌い

母親譲りの大阪嫌いとして有名で、2007年(平成19年)4月4日にTBS系列で放送された『笑福亭鶴瓶のメインキャスト!』において、「数を数える時に節を付けるのがおかしい」「大阪は他人に頼ってきたから主体性が無い」「大阪人は信用できん」「すぐに人を騙す」などと発言。また、ドラマの控え室で大阪府に居住歴のある木村拓哉にずっと大阪に対する悪口を吹き込んでいたため笑福亭鶴瓶が止めに入ったが、武田はそれに対して「大阪のどぶ鼠が!」と切り返した。笑福亭鶴瓶は、テレビ東京系列で放送されている『きらきらアフロ』で「根に持っている」と、『ヤングタウン日曜日』でも一連のやり取りを発言するなど不満を表明している。2007年(平成19年)7月6日放送の武田鉄矢・今朝の三枚おろし内で森喜朗元総理の失言(大阪に対する悪口)を具体的に紹介、隣にいた水谷加奈を大笑いさせた。これらの笑福亭鶴瓶とのやり取りに対し、武田本人は「笑福亭鶴瓶との喧嘩みたいに、芸能人の営業のうちだよ」と答えており、「芸能人の営業」のために大阪や大阪人を揶揄しているともとれる発言をしている[19]

ただし、『白夜行』の大阪府警・笹垣潤三役(神戸弁[20]や『純と愛』の狩野善行役など、関西弁で話す役柄を演じることが度々あり、『JIN-仁-』で緒方洪庵役を演じた際には、緒方の大坂居住歴が長いことに着目し、当初共通語であった台詞を上方言葉に改めて演じた[21]。このエピソードから、俳優としては大阪嫌いのエピソードとは関係なく演じていることがある。

なお、大阪弁は現在でも苦手で、苦手になった理由については「昔、フランスパリへ旅行に行った時に、エッフェル塔の展望台に登ったんです。そこでパリの風景を堪能していたところ、日本人の旅行グループに遭遇して、彼らが大阪弁をやかましくしゃべっていたんです。それを聞いた瞬間に今まで見ていたパリの風景が壊れてしまった」という趣旨の発言をしている。なお、武田に関西弁のうち、大阪弁だと聞き分けることが可能なのかは不明である。

その他

運転免許を取得したのがかなり遅く、1996年に取得した[15]。本人曰く「取得に20年かかった」という[22]。そのため、『幸福の黄色いハンカチ』では運転するシーンはトレーラーでけん引しながら撮影された[注釈 10]。この免許取得の経験が、ドラマ『教習所物語』の原案に繋がっている。

西田敏行とは、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』でコント共演をして以来、家族ぐるみの付き合いをしている。「西やん」、「鉄ちゃん」と呼び合うほど仲のいい親友である。2010年(平成22年)にはNHK-BS2のBSエンターテイメント「西田・武田の笑モード」で久しぶりに共演している。

ファンに対しての対応が冷たいことでも有名であり、街中でサイン写真を求められても拒否し、握手すら拒否をする。この武田のファンに対しての姿勢に上沼恵美子は「ファンと一緒に写真を撮るのはありがたいこと。何言うてるの武田!いい加減にせなあかんで!」「私はサイン頼まれたら箸袋の裏にでもサインする。何が金八先生や!」と『上沼・高田のクギズケ!』の番組内で武田を痛烈に批判している。

独特の喋りと癖から多くの芸人にモノマネされる事が多く、代表作の金八先生の物真似は勿論の事、全盛期に特徴的だった長髪を撫で上げる仕草や話をしている最中に体を大きく動かす癖が定番となっており、武田自身はモノマネについて『悪意丸出しじゃなければ大目に見る』と語っていたものの[23]、『ワイドナショー』に出演した際に共演した神田愛花から『(モノマネは)誇張してなかった』とイジられ困惑した事もあった[24]

いじめ問題に関しては2006年に「いじめるヤツにどんなに説教しても変わらない。大事なのはいじめられているヤツを鍛えること」と語っていた[25]




注釈

  1. ^ 「武田鉄矢(海援隊)」名義で、映画に合わせて海援隊名義で再リリースした。双方では、キーなど若干の違いがある。
  2. ^ (なかばる、旧中原村)
  3. ^ 大学活性化の為に、学長の任命で無償での教育研究活動に従事できる。
  4. ^ 「武田鉄矢一座」として歌唱
  5. ^ 「海援隊」として歌唱
  6. ^ 藤子は普段温厚な人物として知られ、滅多な事では怒ることはないといわれている。
  7. ^ 片山蒼の名義で脚本家を担当した『幕末青春グラフィティ』3作品以外では、『奇兵隊』(1989年)など。
  8. ^ 名前の由来は『鉄砲でも矢でも飛んで来い!』という理由だという記載がある
  9. ^ 海援隊時代には、妻や長女の名前を冠した楽曲も発表している上、過去の著書でも度々家族の名前を記していた。「ふられ虫の唄」(講談社)には、カバー部分に長女と次女の名前が記載されている。楽曲「家族」の歌詞中にも長女・次女の名前が出てくる。絵本として発表された著作「雲の物語」の絵は、長女・次女が描いたため、共著者として名前が掲載されている
  10. ^ ただし、「花王ファミリースペシャル武田鉄矢 絶対取るぞ運転免許」では「当時は仮免許は持っていた」と本人が主張している。
  11. ^ 海援隊出場時も含めると、計5回「NHK紅白歌合戦」に出場している。
  12. ^ 海援隊出場時も含めると、計2回(1974年、同回)歌唱している。

出典

  1. ^ 武田鉄矢 公式サイト プロフィール
  2. ^ 長崎市亀山社中記念館ウェブサイト「就任のことば」参照。
  3. ^ ファミリーヒストリー|2014/11/21(金)放送”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2014年11月22日閲覧。
  4. ^ ファミリーヒストリー|2014/11/21(金)放送”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2014年11月22日閲覧。
    (九州には肥前武田氏、肥後武田氏、ほかに岡藩をはじめ豊後、筑前など)
  5. ^ ippongi.com
  6. ^ ファミリーヒストリー|2014/11/21(金)放送”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2014年11月22日閲覧。
  7. ^ 徹子の部屋2010年3月19日出演時に本人語る
  8. ^ 「金八教授「鉄学」講義 武田鉄矢さんの母校・福岡教育大学で就任」2010年5月13日付『西日本新聞』朝刊
  9. ^ 調査対象は日本の人口バランスに合わせた比率の10代〜70代(2000人)で、全国のあなたの街に住みます芸人による街頭調査およびリサーチ会社による調査を行った。ノミネートされた人物の中には戦国武将などの歴史的人物も含む。
  10. ^ 『プレイボーイの人生相談 1966-2006』 週刊プレイボーイ編集部 集英社 2006年 123頁
  11. ^ a b 爆笑問題『対談の七人』 新潮社 2000年 30、31頁
  12. ^ 2015年3月12日放送BS日テレ木曜スペシャル』「武田鉄矢の思えば遠くへ来たもんだ」
  13. ^ 日刊スポーツ 2017年8月3日
  14. ^ 武田鉄矢 水戸黄門役を引き受けた理由を明かす”. スポーツニッポン (2020年2月2日). 2020年2月2日閲覧。
  15. ^ a b ひとインタビュー 歌も芝居も本性をさらしてきた 病気を自身の老いのスタートに 第二百十回 武田鉄矢さん どらく 2012年2月27日付
  16. ^ FOCUS』1995年12月12日号による。
  17. ^ 『NHK大河ドラマ・ストーリー功名が辻 前編』(NHK出版) 102ページ
  18. ^ 自著『母に捧げるバラード』より
  19. ^ 週刊文春 2008年12月25日号 『新バトル 武田鉄矢が小倉智昭に「ウソツキの目だ!」』[リンク切れ]
  20. ^ [1] TBS「白夜行」インタビュー #11 武田鉄矢
  21. ^ [2] TBS 日曜劇場『JIN -仁-』 インタビュー Vol.5 武田鉄矢さん(緒方洪庵役)
  22. ^ その模様は「花王ファミリースペシャル武田鉄矢 絶対取るぞ運転免許」で放送された。
  23. ^ 武田鉄矢 ものまねに「悪意丸出しじゃなければ大目に見る」
  24. ^ ワイドナショー』2020年2月2日放送分より
  25. ^ スポーツニッポン 2006年11月10日付 紙面記事
  26. ^ 青年海外協力隊50周年ソングを川嶋あい、乙武洋匡、倉木麻衣、宮沢和史ら16組歌う”. 音楽ナタリー (2015年10月1日). 2015年10月1日閲覧。
  27. ^ “佐藤健、坊主頭で連ドラ主演 豪華共演陣も発表”. modelpress. (2014年12月5日). http://mdpr.jp/news/detail/1451247 2014年12月5日閲覧。 
  28. ^ “武田鉄矢、テレ東の“金8”ドラマ『釣りバカ日誌』出演”. オリコン. (2015年10月14日). http://www.oricon.co.jp/news/2060692/full/ 2015年10月17日閲覧。 
  29. ^ “武田鉄矢が朝ドラ「あさが来た」福沢諭吉役で出演”. 日刊スポーツ. (2015年11月5日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1562175.html 2015年11月5日閲覧。 
  30. ^ 武田鉄矢さん出演決定”. コレ見て!ムービー あさが来た. NHK (2015年11月5日). 2015年11月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月8日閲覧。
  31. ^ 黒柳徹子さんのエッセイをドラマ化!『トットてれび』制作開始!|土曜ドラマ|ドラマトピックスブログ:NHKブログ”. NHK (2016年2月26日). 2016年2月26日閲覧。
  32. ^ “藤木直人&ココリコ田中、文系の天才教授&ダメ刑事でドラマ初共演”. オリコン. (2016年4月5日). http://www.oricon.co.jp/news/2069642/full/ 2016年4月6日閲覧。 
  33. ^ “武田鉄矢、浅野忠信と『金八』以来の共演! 木村拓哉ドラマにゲスト出演”. マイナビニュース. (2017年2月5日). http://s.news.mynavi.jp/news/2017/02/05/012/ 2017年2月7日閲覧。 
  34. ^ “「精霊の守り人 最終章」 出演者発表!”. NHKドラマトピックス. (2017年1月15日). https://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/20000/260801.html 2017年1月16日閲覧。 
  35. ^ “キャスト”. 映画「セーラー服と機関銃 -卒業-」公式サイト. http://sk-movie.jp/cast/ 2016年4月27日閲覧。 
  36. ^ “武田鉄矢、29年ぶりハンガーヌンチャク復活に「封印解いて振ってみた」”. ステージナタリー. (2016年7月4日). http://natalie.mu/stage/news/193247 2016年7月5日閲覧。 
  37. ^ HIKAKIN、”金八先生”とのCM共演に感無量「不安だったが優しく教えてくれた」” (日本語). AbemaTIMES (2019年12月3日). 2019年12月6日閲覧。





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