走高跳
はしり‐たかとび【走り高跳び】
走高跳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/25 07:01 UTC 版)

走高跳(はしりたかとび、走り高跳び、英語: high jump)は、陸上競技の跳躍競技に属する種目で、助走をつけて片足で踏み切り、飛び越えるバーの高さを競う競技である。近代陸上競技としては19世紀のイギリスで始まった。「はさみ跳び」「ベリーロール」「背面跳び」などの跳躍方法があり、現在では「背面跳び」が主流となっている。2024年現在の世界記録は、男子は1993年のハビエル・ソトマヨルによる2.45m、女子は2024年のヤロスラワ・マフチフによる2.10mである。
ルール
- シューズ
- 靴底のスパイクは長さ12㎜以内のものが11本まで取り付け可能で、靴底の厚さは20㎜以内のものが使用できる[1]。
- マーカー
- 助走の目安となるマーカー(目印)を2個まで置くことができる[2]。
- 主催者側がマーカーを用意していない場合は、選手側が用意した粘着テープなどを使うことができるが、チョークやその類似品、消えないマーカーは使用できない[2]。
- 試技時間
- 試技開始の合図があってから、競技者が4人以上の場合は1分以内、競技者が2-3人の場合は1分30秒以内、競技者が最後の1人の場合は3分以内、競技者が2人以上の場合で同一競技者が同一の高さを連続して試技を行う場合は2分以内に、試技を行わなければならない[3]。
- 混成競技の場合は、競技者が4人以上の場合は1分以内、競技者が2-3人の場合は1分30秒以内、競技者が最後の1人の場合は2分以内、競技者が2人以上の場合で同一競技者が連続して試技を行う場合(高さが変わっても適用)は2分以内に、試技を行わなければならない[3]。
- 試技
- 審判員より事前告知された高さのうち、競技者は任意の高さから開始してもよい[4]。
- 跳躍は、片足で踏み切らなければならない[5]。
- 跳躍中の動作により、バーが落下した場合は無効試技(失敗)となる[5]。
- バーを越えずに、バーの向こう側に触れたり身体の一部が出た場合は、無効試技(失敗)となる。ただし、跳躍になんら有利でないと審判が判断した場合は無効試技とはならない[5]。
- 3回続けて失敗すると、次の跳躍をすることが出来ない[4]。
- ある高さを跳ばずにパスをして次の高さを試技することができる[4]。
- ある高さの1回目あるいは2回目を失敗した状態でパスをすることもできるが、次の高さは「3-(前の高さで失敗した回数)」回しか試技が行えない[4]。
- 最後の1人の試技では、試技者の希望の高さを聞いてバーを上げる[6]。
- 順位決定方法
-
複数の競技者で最後に超えた高さが同一の場合は、順位を以下のように決定する。
- 最後に超えた高さの試技回数が最も少ない方。
- 上記1が同一の場合、試技全体(最後に超えた高さおよびそれまでの高さまでを含めた試技数の全体)のうち、無効試技数の少ない方[7]。
- なおそれでも1位が決定しなかった場合は当事者どうしの決戦試技(ジャンプオフ)がおこなわれる。ただし、競技者は決戦試技を拒否することができ、この場合は同率1位となる[8]。2位以下の場合は同順位となる[9]。
跳躍方法

- はさみ跳び(英語:Scissors jump)
-
→「はさみ跳び」および「en:Scissors jump」も参照
- バーに近い脚→バーから遠い脚を交互に振り上げてバーを超す方法[10][11]。
- 1874年頃にはすでに用いられており[11]、 ウィリアム・バード・ページ(William Byrd Page)が1874年にバーから遠い脚をやや後方に配置する跳び方に改良した[10][注 1]。
- バー正面からの直線助走で行う「はさみ跳び」は日本においては「正面跳び」と呼ばれた[13][11]。
- イースタンカットオフ(英語:Eastern Cut-off)
-
→「en:Eastern cut-off」も参照
- バー正面から助走し、脚を交互に広げ[14]、クリアランス時に体がバーと水平になる様に前屈方向に回転させることでお尻をより持ち上げる跳び方[15]。19世紀後半にマイケル・スウィーニーが編み出した[12]。日本では「正面跳び」と呼ばれた[14][13]。
- ウエスタンロール(英語:Western Roll)
-
→「en:Western roll」も参照
- 斜めから助走し、バー側の脚で踏み切り、踏み切り脚を横向きの体の下側に引き寄せ、体は横回転してバーを越え、着地は脚から行う、といった跳び方[13][16][17]。20世紀初頭にジョージ・ホーリンが開発したとされる[18]。背が下向きとなるバリエーションは「ロールオーバー(Roll Over)」と呼ばれた[16]。
- ベリーロール(英語:Belly Roll、別名:ステラドル Straddle)
-
→「ベリーロール」および「en:Straddle technique」も参照
- ウエスタンロールと同様に斜めに助走し、バーに近い脚で踏み切り、頭部から飛び込み、クリアランス時はバーを中心に腹ばいの状態で胴体を回転させバーを越す跳び方[14][19]。1930年代にデビッド・アルブリットンが編み出したとされる[14][注 2]。1950年代になるとソ連の指導者・選手により、クリアランス時に上体をバーの着地側下方に倒す方法に改良され、「ソ連式ベリーロール」「ダイブ・ストラドル」と呼ばれた[20]。
- 背面跳び(英語:Fosbury Flop)
-
→「背面跳び」および「en:Fosbury Flop」も参照
- バーに向かって半円を描くように助走し、バーから遠い脚で踏み切ると同時にバーに背を向ける方向に回転し、頭部から飛び込み、体を反ってバーを越え、そのまま背中で着地する方法[19][21][17]。ディック・フォスベリーが考案し[14]、1968年メキシコシティーオリンピックで金メダルを獲得し、世に広まった[22]。現在、最も使われている跳び方となっている[14][23]。
歴史
近代陸上競技以前の高跳び
古代ギリシャの競技会では高跳び競技は行われていなかった様である[12][14][注 3]。一方、「垂直方向への跳躍能力」を誇示したり競ったりする儀式・祭事・競技はアジア・アフリカの先住民族などの世界各地で確認されており[25]、またケルトの人々のあいだでは一般的に行われていた様である[12]。
18世紀のドイツでは子供向けの体育教育の一環として高跳びが用いられており[24]、また1834年発行の『英国男性の身体訓練』には軍事訓練の一つとして紹介されている[14][26]。この頃は「バー正面から助走を行い、膝を曲げて跳び、足から安全に着地する」といった跳び方で[27]、高さを競うとともに跳躍姿勢の美しさも求められるものだった様である[26]。
近代陸上競技としての走高跳の黎明
19世紀になるとイギリスの各学校で始まった陸上競技大会の一種目として走高跳が行われる様になり[24]、1865年には「同一の高さの試技は3回まで」「両足踏み切り禁止」といった現在に繋がるルールが制定された[12]。当時の競技環境は、走幅跳のようなバー正面からの直線の助走路で、着地場所は普通の地面や芝生で[27][13]、着地の安全対策としてその上になめし皮やベッドマットを敷いたりする程度であった[13]。助走路の制約や着地の安全性の観点より[27]、当時の跳躍は「バー正面から助走し膝を折り畳んで跳ぶ」[14][28]、「バー正面から助走するはさみ跳び(正面跳び)」[19][27][注 4]、「正面を向いたままで走り幅跳びの様な跳び方」[13]、「正面を向いたままでハードルを飛び越える様な跳び方」[13]といった様々な方法が取られていた[24]。1864年の第1回オックスフォード対ケンブリッジ大学対抗戦では1.66mの記録が残っている[26]。その後、イギリスにおいては、1875年にはAAC選手権でマイケル・ジョージ・グレイズブルックが1.80mを、1880年にはキャリック・オン・シュア・スポーツでパトリック・ダヴァン(Patrick Davin)が1.90mの記録を残した[24][29]。
アメリカでの跳躍法の改良
走高跳がアメリカに伝わると、1868年には初の正式な競技会が開催された(記録は1.67m)[24]。その後、着地地点を砂場にし着地の安全対策が進むと、クリアランス時に無理な態勢をとっても安全に着地できる様になり[13]、1874年にはウィリアム・バード・ページ(William Byrd Page)が「はさみ跳び」を改良[10][注 5]、また、マイケル・スウィーニーがさらに改良し「イースタンカットオフ」を編み出した[12]。「イースタンカットオフ」は、バー正面から助走し、脚を交互に広げ[14]、クリアランス時に体がバーと水平になる様に前屈方向に回転させることでお尻をより持ち上げる跳び方で[15]、1880年代にはアメリカにおいて主流の跳び方となり[14]、1895年にはマイケル・スウィーニーがこの跳び方で1.97mを記録した[14][29]。「イースタンカットオフ」やその派生の跳び方は、1940年頃まで、速い助走を好む選手に用いられていた[18]。
また、1896年アテネオリンピックでオリンピック競技に初めて採用され、アメリカのエラリー・クラークが1.81mで金メダルを獲得した[24]。
20世紀に入ると、ジョージ・ホーリンが「斜めから助走し、バー側の脚で踏み切り、踏み切り脚を横向きの体の下側に引き寄せ、体は横回転してバーを越え、着地は脚から行う」といった新しい跳び方「ウエスタンロール」を開発した[13][16][注 6]。「ウエスタンロール」に対しては「ダイビングの様であり走高跳の跳躍方法とはいえない」と異議が申し立てられ、「頭部は腰より高い位置に置き、両足から先にバーを越えること」との規則が追加されることになった[13]。「ウエスタンロール」によって、1912年にはジョージ・ホーリンが2.00mを、1937年にはメル・ウォーカーが2.09mを記録した[16]。「ウエスタンロール」は1936年ベルリンオリンピック頃までは主流の跳び方であった[19]。
ベリーロールの登場
1933年には「頭の位置は腰より高く」との規則が、また1936年には「頭や胴体よりも足が先にバーを越えなければならない」との規則がそれぞれ撤廃された[12][30]。この時期にデビッド・アルブリットンが「ウエスタンロール」と同様に斜めに助走し、クリアランス時はバーを中心に腹ばいの状態で胴体を回転させバーを越す」といった新しい跳び方「ベリーロール」を編み出した[14][19][注 2]、デビッド・アルブリットンはこの跳び方で1936年に2.07mを記録するなど[31]、この当時の最も効率的な跳び方として[19]、主流の跳躍方法となった[30]。
「ベリーロール」で、1956年にはチャールズ・デュマが2.15m、翌1957年にはソ連のユーリー・ステパノフが2.16mを記録したほか[32][注 7]、1960年にはほぼすべての競技者が「ベリーロール」を使用する様になっていた[19]。1950年代から始まるソ連の指導者・選手による「ベリーロール」の技術改良[注 8]により、1963年にはワレリー・ブルメルが228cmまで記録を伸ばした[32]。
背面跳びの登場(1968年)後の1970年代も、ベリーロールを用いる選手と、背面跳びを用いる選手が混在し、互いに競っていたが[22]、1978年にウラジミール・ヤシュチェンコが出した室内記録2.35m[34]、屋外での記録2.34mが[35]、「ベリーロール」での最後の世界記録となった[36][23]。
背面跳びの登場
1960年代半ばには、着地用マットの整備が進むと、「曲線で助走し、背面を下側にバーを越え肩や背中で着地する」といった新しい跳躍方法「背面跳び」がディック・フォスベリーにより編み出された[12][14][19][28][21]。1968年メキシコシティーオリンピックでディック・フォスベリーがこの跳び方で金メダルを獲得し(記録2.24m)[31]、多くの選手がこの跳び方を採用するようになった[22]。1970年代は「ベリーロール」と「背面跳び」は互いに競っていたが[22]、1980年代以降は「背面跳び」が世界で最も使われている跳び方となっている[14][23]。2021年現在の世界記録は、1993年にハビエル・ソトマヨルが「背面跳び」で出した2.45mである[23][37]。
女子競技とパラリンピック
女子競技はアメリカにおいて1895年に初めて開催され、オリンピックでは1928年のアムステルダム大会より正式種目となった[12]。ヨランダ・バラシュは「はさみ跳び」を使い、1958年1.78mを皮切りに1961年1.91mまで世界記録を更新し、1971年まで世界記録を保持した[38][39]。「ベリーロール」では、1971年にイローナ・グーゼンバウアーが1.92mを記録、1977年にはローズマリー・アッカーマンは女子初の2.00mを記録した[40]。1978年にサラ・シメオニが「背面跳び」で2.01mを記録、2024年にはヤロスラワ・マフチフが「背面跳び」で2.10mを記録、これが現在の女子世界記録となっている[40]。
パラリンピックでは、男女とも1976年のトロント大会より実施されるようになった[41]。
記録
世界記録の変遷
日付 | 記録 | 名前 | 国籍 | 跳躍方法など |
---|---|---|---|---|
1850年9月21日 | 1.675m | フランシス・テンプル(Francis Temple) | ![]() |
|
1860年3月27日 | 1.70m | ロバート・バートン(Robert Burton) | ||
1864年7月9日 | 1.705m | トーマス・ミッチェル(Thomas Mitchell) | ||
1866年3月5日 | 1.725m | ジョン・ルーペル(John Roupell) | ||
1866年3月23日 | 1.75m | トーマス・リトル(Thomas Little) | ||
1866年3月23日 | 1.75m | ジョン・ルーペル | ||
1871年4月3日 | 1.765m | ロバート・ミッチェル(Robert Mitchell) | ||
1873年7月7日 | 1.785m | トーマス・ダヴィン(Thomas Davin) | ||
1874年3月30日 | 1.80m | マーシャル・ブルックス | ||
1876年3月17日 | 1.83m | 「a feet first technique」[12] | ||
1876年4月7日 | 1.89m | |||
1880年7月5日 | 1.90m | パトリック・ダヴァン(Patrick Davin) | ||
1887年8月15日 | 1.91m | ウィリアム・バード・ページ(William Byrd Page) | ![]() |
|
1887年10月7日 | 1.93m | |||
1892年10月8日 | 1.935m | マイケル・スウィーニー | イースタンカットオフ[29] | |
1895年8月19日 | 1.945m | ジェームズ・ライアン(James Ryan) | ![]() |
|
1895年8月28日 | 1.955m | マイケル・スウィーニー | ![]() |
|
1895年9月2日 | 1.965m | |||
1895年9月21日 | 1.97m | イースタンカットオフ[14] | ||
1912年3月29日 | 1.985m | ジョージ・ホーリン | ウエスタン・ロール[43] | |
1912年5月18日 | 2.00m | |||
1914年5月2日 | 2.01m | エドワード・ビーソン | ||
1924年5月27日 | 2.03m | ハロルド・オズボーン | ||
1933年5月13日 | 2.04m | ウォルター・マーティ | ||
1934年4月28日 | 2.06m | ウォルター・マーティ | ||
1936年7月12日 | 2.07m | コーネリアス・ジョンソン | ウエスタン・ロール[44] | |
1936年7月12日 | 2.07m | デビッド・アルブリットン | ベリーロール[44] | |
1937年8月12日 | 2.09m | メル・ウォーカー | ウエスタン・ロール[44] | |
1941年4月26日 | 2.10m | レスター・スティアーズ | ベリーロール[44] | |
1941年5月24日 | 2.105m | |||
1941年6月17日 | 2.11m | |||
1953年6月27日 | 2.12m | ウォルト・デイビス | ウエスタン・ロール[44] | |
1956年6月29日 | 2.15m | チャールズ・デュマ | ベリーロール[44] | |
1957年7月13日 | 2.16m | ユーリー・ステパノフ | ![]() |
|
1960年4月30日 | 2.17m | ジョン・トーマス | ![]() |
|
1960年6月24日 | 2.18m | |||
1960年7月1日 | 2.22m | |||
1961年6月18日 | 2.23m | ワレリー・ブルメル | ![]() |
|
1961年7月16日 | 2.24m | |||
1961年8月31日 | 2.25m | |||
1962年7月22日 | 2.26m | |||
1962年9月29日 | 2.27m | |||
1963年7月21日 | 2.28m | |||
1970年11月8日 | 2.29m | 倪志欽 | ![]() |
|
1973年7月11日 | 2.30m | ドワイト・ストーンズ | ![]() |
背面跳び[35] |
1976年6月5日 | 2.31m | |||
1976年8月4日 | 2.32m | |||
1977年7月3日 | 2.33m | ウラジミール・ヤシチェンコ | ![]() |
ベリーロール[35] |
1978年6月16日 | 2.34m | ![]() |
||
1980年5月25日 | 2.35m | ヤチェク・ウショラ | ![]() |
背面跳び[35] |
1980年8月1日 | 2.36m | ゲルト・ベッシク | ![]() |
|
1983年6月11日 | 2.37m | 朱建華 | ![]() |
|
1983年9月22日 | 2.38m | |||
1984年6月10日 | 2.39m | |||
1985年8月11日 | 2.40m | ルドルフ・ポバルニツィン | ![]() |
|
1985年9月4日 | 2.41m | イゴール・パクリン | ![]() |
|
1987年6月30日 | 2.42m | パトリック・ショーベリ | ![]() |
|
1988年9月8日 | 2.43m | ハビエル・ソトマヨル | ![]() |
|
1989年7月29日 | 2.44m | |||
1993年7月27日 | 2.45m |
日付 | 記録 | 名前 | 国籍 | 跳躍方法など |
---|---|---|---|---|
1911年7月12日 | 1.27m | エミリー・コンスタブル(Emily Constable) | ![]() |
はさみ跳び[46] |
1918年6月16日 | 1.32m | ヘレーネ・リッテナウアー | ![]() |
|
1918年6月29日 | 1.335m | マリア・ケラー | ||
1918年6月29日 | 1.335m | ヒルデ・ラー | ||
1919年4月27日 | 1.40m | テア・バーショウ(Thea Barschow) | ![]() |
|
1920年11月13日 | 1.42m | エリーゼ・コンスタン(Elise Constant) | ![]() |
|
1921年3月26日 | 1.472m | |||
1921年7月17日 | 1.50m | ヴァルトラウデ・シュミット(Waltraude Schmidt) | ![]() |
|
1923年6月10日 | 1.51m | ゲルトルード・デューリンク(Gertrude Döring) | ||
1925年7月11日 | 1.524m | フィリス・グリーン(Phyllis Green) | ![]() |
|
1926年7月21日 | 1.536m | ヴィオラ・エドワーズ(Viola Edwards) | ![]() |
|
1926年8月2日 | 1.552m | フィリス・グリーン | ![]() |
|
1926年9月6日 | 1.58m | エセル・キャサーウッド | ![]() |
|
1927年3月10日 | 1.585m | マージョリー・クラーク | ![]() |
|
1928年6月23日 | 1.60m | |||
1929年3月30日 | 1.603m | ジーン・シャーリー | ![]() |
|
1929年8月18日 | 1.605m | リエン・ヒソルフ | ![]() |
|
1930年4月19日 | 1.612m | ジーン・シャーリー | ![]() |
|
1932年6月12日 | 1.62m | リエン・ヒソルフ | ![]() |
|
1932年8月7日 | 1.65m | ジーン・シャーリー | ![]() |
|
1932年8月7日 | 1.65m | ベーブ・ディドリクソン=ザハリアス | 「ダイビング・ロール」[47] | |
1939年5月29日 | 1.66m | ドロシー・オーダム | ![]() |
|
1943年5月30日 | 1.71m | フランシナ・ブランカース=クン | ![]() |
はさみ跳び[48] |
1951年7月7日 | 1.72m | シーラ・レーウィル | ![]() |
ベリーロール[48] |
1954年5月22日 | 1.73m | アレクサンドラ・チュジナ | ![]() |
はさみ跳び[48] |
1956年5月5日 | 1.74m | セルマ・ホプキンス | ![]() |
ベリーロール[48] |
1956年7月14日 | 1.75m | ヨランダ・バラシュ | ![]() |
はさみ跳び[48] |
1956年12月1日 | 1.76m | ミルドレッド・マクダニエル | ![]() |
ベリーロール[48] |
1957年11月17日 | 1.77m | 鄭鳳栄 | ![]() |
イースタンカットオフ[38] |
1958年6月7日 | 1.78m | ヨランダ・バラシュ | ![]() |
はさみ跳び[38] |
1958年6月22日 | 1.80m | |||
1958年7月31日 | 1.81m | |||
1958年10月4日 | 1.82m | |||
1958年10月18日 | 1.83m | |||
1959年9月21日 | 1.84m | |||
1960年6月6日 | 1.85m | |||
1960年7月10日 | 1.86m | |||
1961年4月15日 | 1.87m | |||
1961年6月18日 | 1.88m | |||
1961年7月8日 | 1.90m | |||
1961年7月16日 | 1.91m | |||
1971年9月4日 | 1.92m | イローナ・グーゼンバウアー | ![]() |
ベリーロール[38] |
1972年9月24日 | 1.94m | ヨルダンカ・ブラゴエワ | ![]() |
|
1974年9月8日 | 1.95m | ローズマリー・ヴィチャス | ![]() |
|
1976年5月8日 | 1.96m | ローズマリー・アッカーマン(旧姓:ヴィチャス) | ![]() |
|
1977年8月14日 | 1.97m | |||
1977年8月26日 | 2.00m | |||
1978年8月4日 | 2.01m | サラ・シメオニ | ![]() |
背面跳び[49] |
1982年9月8日 | 2.02m | ウルリケ・マイフェルト | ![]() |
|
1983年8月21日 | 2.03m | |||
1983年8月21日 | 2.03m | タマラ・ブイコワ | ![]() |
|
1983年8月25日 | 2.04m | |||
1984年6月22日 | 2.05m | 背面跳び[50] | ||
1984年7月20日 | 2.07m | リュドミラ・アンドノワ | ![]() |
|
1986年5月31日 | 2.08m | ステフカ・コスタディノヴァ | ![]() |
|
1987年8月30日 | 2.09m | ![]() |
背面跳び[50] | |
2024年7月7日 | 2.10m | ヤロスラワ・マフチフ | ![]() |
世界歴代10傑
記録 | 名前 | 国籍 | 日付 | |
---|---|---|---|---|
1 | 2.45m | ハビエル・ソトマヨル | ![]() |
1993年7月27日 |
2 | 2.43m | ムタズ・エサ・バルシム | ![]() |
2014年9月5日 |
3 | 2.42m | パトリック・ショーベリ | ![]() |
1987年6月30日 |
ボーダン・ボンダレンコ | ![]() |
2014年6月14日 | ||
イワン・ウーホフ | ![]() |
2014年2月15日 | ||
6 | 2.41m | イゴール・パクリン | ![]() |
1985年9月4日 |
7 | 2.40m | ルドルフ・ポバルニツィン | ![]() |
1985年8月11日 |
ソリン・マテイ | ![]() |
1990年6月20日 | ||
チャールズ・オースチン | ![]() |
1991年8月7日 | ||
ビャチェスラフ・ヴォロニン | ![]() |
2000年8月5日 | ||
デレク・ドルーアン | ![]() |
2014年4月25日 | ||
アンドリー・プロツェンコ | ![]() |
2014年7月3日 | ||
ダニール・リセンコ | ![]() |
2018年7月21日 |
記録 | 名前 | 国籍 | 日付 | |
---|---|---|---|---|
1 | 2.10m | ヤロスラワ・マフチフ | ![]() |
2024年7月7日 |
2 | 2.09m | ステフカ・コスタディノヴァ | ![]() |
1987年8月30日 |
3 | 2.08m | カイサ・ベリークヴィスト | ![]() |
2006年2月6日 |
ブランカ・ブラシッチ | ![]() |
2009年8月31日 | ||
5 | 2.07m | リュドミラ・アンドノワ | ![]() |
1984年7月20日 |
アンナ・チチェロワ | ![]() |
2011年7月22日 | ||
7 | 2.06m | ヘストリー・クルーテ | ![]() |
2003年8月31日 |
エレーナ・スレサレンコ | ![]() |
2004年8月28日 | ||
アリアネ・フリードリヒ | ![]() |
2009年6月14日 | ||
マリア・ラシツケネ | ![]() |
2017年7月6日 |
世界各エリア記録
エリア | 記録 | 名前 | 国籍 | 日付 |
---|---|---|---|---|
アフリカ | 2.38m | ジャック・フライターク | ![]() |
2005年3月5日 |
アジア | 2.43m | ムタズ・エサ・バルシム | ![]() |
2014年9月5日 |
ヨーロッパ | 2.42m | パトリック・ショーベリ | ![]() |
1987年6月30日 |
北中米カリブ海 | 2.45m | ハビエル・ソトマヨル | ![]() |
1993年7月27日 |
南アメリカ | 2.33m | ジルマール・マヨ | ![]() |
1994年10月17日 |
オセアニア | 2.36m | ティム・フォーサイス | ![]() |
1997年3月2日 |
ブランドン・スターク | ![]() |
2018年8月26日 |
エリア | 記録 | 名前 | 国籍 | 日付 |
---|---|---|---|---|
アフリカ | 2.06m | ヘストリー・クルーテ | ![]() |
2003年8月31日 |
アジア | 2.00m | ナデジダ・ドゥボヴィツカヤ | ![]() |
2021年6月8日 |
ヨーロッパ | 2.10m | ヤロスラワ・マフチフ | ![]() |
2024年7月7日 |
北中米カリブ海 | 2.05m | チャウント・ロー | ![]() |
2010年6月26日 |
南アメリカ | 1.96m | ソランジュ・ウィッテフェーン | ![]() |
1997年9月8日 |
オセアニア | 2.03m | ニコラ・マクダーモット | ![]() |
2024年1月27日 |
U20世界記録
記録 | 名前 | 国籍 | 日付 | |
---|---|---|---|---|
1 | 2.37m | ドラグティン・トピッチ | ![]() |
1990年8月12日 |
スティーブ・スミス | ![]() |
1992年9月20日 | ||
3 | 2.36m | ハビエル・ソトマヨル | ![]() |
1986年2月23日 |
4 | 2.35m | ディートマー・メーゲンブルク | ![]() |
1980年5月26日 |
5 | 2.34m | ウラジミール・ヤシチェンコ | ![]() |
1978年6月16日 |
ティム・フォーサイス | ![]() |
1992年7月4日 | ||
7 | 2.33m | 朱建華 | ![]() |
1982年12月1日 |
パトリック・ショーベリ | ![]() |
1983年7月9日 | ||
マクシム・ネダセカウ | ![]() |
2017年7月22日 | ||
10 | 2.32m | 黄海強 | ![]() |
2006年8月17日 |
記録 | 名前 | 国籍 | 日付 | |
---|---|---|---|---|
1 | 2.05m | ヤロスラヴァ・マフチフ | ![]() |
2018年10月15日 |
2 | 2.01m | オルガ・トゥルチャク | ![]() |
1986年7月7日 |
ハイケ・バルック | ![]() |
1989年6月18日 | ||
4 | 2.00m | ステフカ・コスタディノヴァ | ![]() |
1984年8月25日 |
アリーナ・アスタフェイ | ![]() |
1988年7月29日 | ||
6 | 1.99m | ヴァシュティ・カニンガム | ![]() |
2017年6月23日 |
7 | 1.98m | シルビア・コスタ | ![]() |
1983年7月11日 |
エレーナ・エレシナ | ![]() |
1988年8月13日 | ||
アンジェリーナ・トピッチ | ![]() |
2024年5月19日 | ||
10 | 1.96m | シャーメイン・ウィーバーズ | ![]() |
1981年4月4日 |
スヴェトラーナ・レセヴァ | ![]() |
1986年8月11日 | ||
マリーナ・カプツォーワ | ![]() |
2000年7月26日 | ||
ブランカ・ブラシッチ | ![]() |
2002年7月20日 | ||
アイリーン・パルシテ | ![]() |
2011年8月21日 | ||
エレノア・パターソン | ![]() |
2013年12月7日 |
記録 | 名前 | 国籍 | 日付 | |
---|---|---|---|---|
男子 | 2.33m | ハビエル・ソトマヨル | ![]() |
1984年5月19日 |
記録 | 名前 | 国籍 | 日付 | |
女子 | 1.96m | シャーメイン・ウィーバーズ | ![]() |
1981年4月4日 |
オルガ・トゥルチャク | ![]() |
1984年9月7日 | ||
エレノア・パターソン | ![]() |
2013年12月7日 | ||
ヴァシュティ・カニンガム | ![]() |
2015年8月1日 | ||
アンジェリーナ・トピッチ | ![]() |
2022年6月26日 |
日本歴代10傑
順 | 記録 | 名前 | 所属 | 日付 |
---|---|---|---|---|
1 | 2.35m | 戸邉直人 | つくばツインピークス | 2019年2月2日 |
2 | 2.33m | 醍醐直幸 | 富士通 | 2006年7月2日 |
3 | 2.32m | 君野貴弘 | 順天堂大学 | 1993年9月18日 |
4 | 2.31m | 吉田孝久 | ミズノ | 1993年5月9日 |
真野友博 | 九電工 | 2020年9月20日 | ||
赤松諒一 | SEIBU PRINCE | 2024年8月10日 | ||
7 | 2.30m | 阪本孝男 | 東海スポーツ | 1984年5月6日 |
衛藤昂 | AGF | 2017年4月16日 | ||
9 | 2.28m | 氏野修次 | 近大和歌山高校教員 | 1984年7月21日 |
井上基史 | 筑波大学 | 1987年6月7日 | ||
野中悟 | 洛北高校教員 | 1993年6月13日 | ||
宇野雅昭 | 福岡大学 | 1993年8月8日 | ||
尾上三知也 | スズキ | 1997年5月5日 | ||
高張広海 | 日立ICT | 2015年5月10日 | ||
平松祐司 | 筑波大学 | 2015年5月16日 | ||
藤田渓太郎 | 佐竹食品AC | 2020年10月24日 |
記録 | 名前 | 所属 | 日付 | |
---|---|---|---|---|
1 | 1.96m | 今井美希 | ミズノ | 2001年9月15日 |
2 | 1.95m | 佐藤恵 | 福岡大学 | 1987年5月17日 |
1.95m | 太田陽子 | ミキハウス | 2002年7月21日 | |
4 | 1.93m | 福光久代 | 大昭和製紙 | 1981年6月7日 |
5 | 1.92m | 青山幸 | 吹田市立第一中学校教員 | 2004年7月3日 |
髙橋渚 | センコー | 2025年2月8日 | ||
7 | 1.90m | 八木たまみ | 関東学園大学 | 1978年10月19日 |
貞廣千波 | 中京女子大学 | 1994年11月2日 | ||
9 | 1.86m | 松井昌美 | 京都府立桃山高等学校教員 | 1988年7月9日 |
岩切麻衣湖 | プレジャー企画 | 2001年5月26日 |
日本ジュニア記録
記録 | 名前 | 所属 | 日付 | |
---|---|---|---|---|
男子 | 2.29m | 君野貴弘 | 順天堂大学 | 1992年9月20日 |
記録 | 名前 | 所属 | 日付 | |
女子 | 1.93m | 太田陽子 | 日本体育大学 | 1993年9月18日 |
順 | 記録 | 名前 | 所属 | 日付 |
---|---|---|---|---|
1 | 2.25m | 中谷魁聖 | 福岡第一高等学校 | 2024年10月13日 |
2 | 2.23m | 戸邉直人 | 専修大学松戸高等学校 | 2009年10月5日 |
3 | 2.22m | 境田裕之 | 北海道旭川北都商業高等学校 | 1989年7月16日 |
2.22mi | 中澤優 | 富山県立富山商業高等学校 | 2015年2月8日 | |
5 | 2.21m | 山本寿徳 | 岡山県美作高等学校 | 1979年10月28日 |
小林俊一 | 八千代松陰高等学校 | 1994年10月31日 | ||
平松祐司 | 京都府立西城陽高等学校 | 2015年3月22日 | ||
8 | 2.20m | 小野晃司 | 静岡県立浜松北高等学校 | 1984年11月3日 |
吉田孝久 | 神奈川県立上郷高等学校 | 1987年8月4日 | ||
葛西広一 | 東海大学第四高等学校 | 1989年6月23日 | ||
海鋒佳輝 | 八千代松陰高等学校 | 1989年8月4日 | ||
君野貴弘 | 堀越高等学校 | 1990年6月23日 | ||
野村智宏 | 堀越高等学校 | 1993年5月1日 | ||
眞鍋周平 | 香川県立高松高等学校 | 2000年6月4日 |
順 | 記録 | 名前 | 所属 | 日付 |
---|---|---|---|---|
1 | 1.90m | 佐藤恵 | 新潟市立沼垂高等学校 | 1983年7月10日 |
2 | 1.87m | 太田陽子 | 湘南工科大学附属高等学校 | 1992年10月25日 |
3 | 1.85m | 八木たまみ | 太田市立商業高等学校 | 1976年10月25日 |
4 | 1.82m | 平沢美樹 | 富山県立富山商業高等学校 | 1981年6月8日 |
宗包麻里菜 | 京都市立西京高等学校 | 2013年7月31日 | ||
6 | 1.81m | 池部真奈美 | 木更津中央高等学校 | 1985年9月22日 |
松永知子 | 鹿児島女子高等学校 | 1988年9月15日 | ||
貞廣千波 | 香川県明善高等学校 | 1990年11月12日 | ||
今井美希 | 愛知県立瑞陵高等学校 | 1993年10月25日 | ||
青山幸 | 夙川学院高等学校 | 1994年6月3日 | ||
上島みどり | 花園高等学校 | 2011年10月10日 | ||
浅井さくら | 岡崎城西高等学校 | 2016年7月30日 |
記録 | 名前 | 所属 | 日付 | |
---|---|---|---|---|
男子 | 2.10m | 境田裕之 | 旭川市立春光台中学校 | 1986年11月2日 |
記録 | 名前 | 所属 | 日付 | |
女子 | 1.87m | 佐藤恵 | 新潟市立木戸中学校 | 1981年10月25日 |
オリンピック・世界選手権における日本人入賞者
開催年 | 大会 | 開催国 | 選手名 | 成績 | 記録 | |
---|---|---|---|---|---|---|
男子 | 1928年 | 第9回オリンピック・アムステルダム大会 | ![]() |
木村一夫 | 6位 | 1.88m |
1932年 | 第10回オリンピック・ロサンゼルス大会 | ![]() |
木村一夫 | 6位 | 1.94m | |
1936年 | 第11回オリンピック・ベルリン大会 | ![]() |
矢田喜美雄 | 5位 | 1.97m | |
朝隈善郎 | 6位 | 1.94m | ||||
田中弘 | ||||||
2022年 | 第18回世界陸上・オレゴン大会 | ![]() |
真野友博 | 8位 | 2.27m | |
2023年 | 第19回世界陸上・ブダペスト大会 | ![]() |
赤松諒一 | 8位 | 2.25m | |
2024年 | 第33回オリンピック・パリ大会 | ![]() |
赤松諒一 | 5位 | 2.31m | |
女子 | 1992年 | 第25回オリンピック・バルセロナ大会 | ![]() |
佐藤恵 | 7位 | 1.91m |
脚注
注釈
- ^ 「はさみ跳びはページが初めて使用した」[12]とする資料もある。
- ^ a b 「1919年頃までには登場したが、普及したのが1930年代」[30]とする資料もある。
- ^ 「当初は実施されていなかった」[24]、「実施された形跡はほとんどない」[25]、「実施されていた」[19]、とする資料もある。
- ^ 「(後の)1874年にウィリアム・バード・ページが初めて使用した」[12]、「着地地点に砂場が出現した後にはさみ跳びが出現した」[13]、とする資料もある。
- ^ 「ページが初めて使用した」[12]と、「砂場になり、はさみ跳びが出現した」[13]、とする資料もある。
- ^ 背が下向きとなるバリエーションは「ロール・オーバー」と呼ばれた[16]。
- ^ この当時は靴底の厚さについての規制が無く、最大5cmものの特注厚底靴が競技に使われていた。ステパノフのこの記録もこのような厚底靴を使用したもので、翌1958年には国際陸連により靴底の厚さが規制されるようになった。[33]
- ^ クリアランス時に上体をバーの着地側下方に倒す方法で、「ソ連式ベリーロール」「ダイブ・ストラドル」と呼ばれた[20]。
- ^ 国際陸上連盟(IAAF)設立以前の1912年3月29日までの記録はアマチュア記録のみを記載。
- ^ 国際女子スポーツ連盟(FSFI)設立以前の1920年11月13日までの記録は木製バー使用の記録のみを記載(ロープ、竹製バー使用の記録は未記載)。
出典
- ^ 日本陸上競技連盟 2021, pp. 133–135, 138.
- ^ a b 日本陸上競技連盟 2021, p. 220.
- ^ a b 日本陸上競技連盟 2021, p. 226.
- ^ a b c d 日本陸上競技連盟 2021, p. 230.
- ^ a b c 日本陸上競技連盟 2021, p. 235.
- ^ 日本陸上競技連盟 2021, p. 231.
- ^ 日本陸上競技連盟 2021, p. 232.
- ^ “俺もお前も金メダル! 男子走り高跳び決勝で珍事 | 陸上 | 東京オリンピック”. 東京2020オリンピック | NHK. 2021年8月2日閲覧。
- ^ 日本陸上競技連盟 2021, pp. 232–234.
- ^ a b c Jürgen Schiffer 2009, p. 11.
- ^ a b c 真鍋周平 2020, p. 43.
- ^ a b c d e f g h i j k l “High jump - Introduction” (英語). oaaf.org Hme of World Athletics. International Association of Athletics Federations. 2012年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月14日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l 岡尾惠市 (2019年3月19日). “陸上競技のルーツをさぐる30 走高跳の歴史<そのIII>”. 筑波大学陸上競技部OB・OG会. 2021年7月12日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 苅部俊二 (2012年10月20日). “苅部俊二のダッシュ!!>vol.31「走高跳」”. ハマスポ. 横浜市スポーツ協会. 2021年7月8日閲覧。
- ^ a b 真鍋周平 2020, p. 44.
- ^ a b c d e 真鍋周平 2020, p. 45.
- ^ a b 細谷真澄 1977, p. 91.
- ^ a b Jürgen Schiffer 2009, p. 10.
- ^ a b c d e f g h i Jürgen Schiffer 2009, p. 9.
- ^ a b 真鍋周平 2020, p. 50.
- ^ a b 真鍋周平 2020, pp. 51–52.
- ^ a b c d 真鍋周平 2020, p. 52.
- ^ a b c d 真鍋周平 2020, p. 56.
- ^ a b c d e f g 真鍋周平 2020, p. 40.
- ^ a b 岡尾惠市 (2019年3月5日). “陸上競技のルーツをさぐる28 走高跳の歴史<そのI>”. 筑波大学陸上競技部OB・OG会. 2021年7月8日閲覧。
- ^ a b c 岡尾惠市 (2019年3月12日). “陸上競技のルーツをさぐる29 走高跳の歴史<そのII>”. 筑波大学陸上競技部OB・OG会. 2021年7月8日閲覧。
- ^ a b c d 真鍋周平 2020, p. 42.
- ^ a b 細谷真澄 1977, p. 94.
- ^ a b c Richard Hymans 2021, p. 172.
- ^ a b c 真鍋周平 2020, p. 46.
- ^ a b 岡尾惠市 (2019年3月26日). “陸上競技のルーツをさぐる31 走高跳の歴史<そのIV>”. 筑波大学陸上競技部OB・OG会. 2021年7月13日閲覧。
- ^ a b 真鍋周平 2020, p. 49.
- ^ “High Jump”. World Athletics. 2021年7月14日閲覧。
- ^ Richard Hymans 2021, p. 478.
- ^ a b c d Richard Hymans 2021, p. 176.
- ^ “Yashchenko, the last king of the straddle” (英語). WORLD ATHLETICS (1999年12月1日). 2021年7月11日閲覧。
- ^ Richard Hymans 2021, p. 177.
- ^ a b c d Richard Hymans 2021, p. 340.
- ^ 真鍋周平 2020, pp. 59–60.
- ^ a b 真鍋周平 2020, p. 60.
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- ^ Richard Hymans 2021, pp. 171–177.
- ^ Richard Hymans 2021, p. 173.
- ^ a b c d e f Richard Hymans 2021, p. 174.
- ^ Richard Hymans 2021, pp. 336–343.
- ^ Richard Hymans 2021, p. 337.
- ^ Richard Hymans 2021, p. 338.
- ^ a b c d e f Richard Hymans 2021, p. 339.
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- ^ a b Richard Hymans 2021, p. 342.
- ^ “All time Top lists>Senior Outdoor High Jump Men” (英語). World Athletics. 2021年7月17日閲覧。
- ^ “All time Top lists>Senior Outdoor High Jump Women” (英語). World Athletics. 2021年7月17日閲覧。
- ^ “Record>High Jump>Men - SENIOR - Outdoor” (英語). WORLD ATHLETICS. 2021年7月11日閲覧。
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- ^ “All time Top lists>U20 Outdoor High Jump Men” (英語). World Athletics. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “All time Top lists>U20 Outdoor High Jump Women” (英語). World Athletics. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “All time Top lists>U18 Outdoor High Jump Men” (英語). World Athletics. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “All time Top lists>U18 Outdoor High Jump Women” (英語). World Athletics. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “2021日本最新ランキング【男子】”. 月陸Online. 陸上競技社. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “2021日本最新ランキング【女子】”. 月陸Online. 陸上競技社. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “U20日本記録>男子”. 日本陸上競技連盟. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “U20日本記録>女子”. 日本陸上競技連盟. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “2021高校最新ランキング【男子】”. 月陸Online. 陸上競技社. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “2021高校最新ランキング【女子】”. 月陸Online. 陸上競技社. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “2021中学最新ランキング【男子】”. 月陸Online. 陸上競技社. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “2021中学最新ランキング【女子】”. 月陸Online. 陸上競技社. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “日本の五輪入賞者一覧”. 月陸Online. 陸上競技社. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “陸上競技ヒストリー>世界選手権入賞者>第1回〜第10回(1986〜2005)”. 日本陸上競技連盟. 2021年7月18日閲覧。
- ^ “陸上競技ヒストリー>世界選手権入賞者第11回~(2007~)”. 日本陸上競技連盟. 2021年7月18日閲覧。
参考文献
- 日本陸上競技連盟『陸上競技ルールブック』(PDF)(2021年度版(正誤表反映版))日本陸上競技連盟、2021年4月16日。ISBN 978-4-583-11350-0 。2021年7月18日閲覧。
- Jürgen Schiffer「The high jump Overview」『New Studies in Athletics』第24巻第3号、International Association of Athletics Federations、2009年3月、9-22頁、2021年7月15日閲覧。
- 真鍋周平『走り高跳びの教科書』(上巻 Ver.1.0.5)トヨタ自動車陸上競技部、2020年5月5日 。2021年7月8日閲覧。
- 細谷真澄「走高跳の技術についての一考察」『横浜国立大学教育紀要』第17巻、横浜国立大学、1977年11月30日、89-98頁、 ISSN 05135656、2021年7月13日閲覧。
- Richard Hymans 編(英語)『Progression of World Athletics Records』(2020年版)World Athletics、2021年4月16日 。2021年7月14日閲覧。
関連項目
- 立ち高跳び
- 陸上競技の世界記録一覧
- 陸上競技のオリンピック記録一覧
- 世界陸上競技選手権大会 大会記録
- 陸上競技の日本記録一覧
- 日本陸上競技選手権大会の記録一覧 (男子)
- 日本陸上競技選手権大会の記録一覧 (女子)
- オリンピックの陸上競技・男子メダリスト一覧#走高跳
- オリンピックの陸上競技・女子メダリスト一覧#走高跳
外部リンク
走高跳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 07:36 UTC 版)
「日本陸上競技選手権大会の記録一覧 (女子)」の記事における「走高跳」の解説
第12回大会(1925年)より実施。 優勝第12回1925年 吉田喜久枝アルモンド 1m25 第13回1926年 宮本美代子夕陽丘女 1m28 第14回1927年 永田喜代土浦女 1m40 第15回1928年 浜崎千代京二条女 1m35 第16回1929年 浜崎千代京二条女 1m38 第17回1930年 山形勝子日方女 1m35 第18回1931年 広橋百合子羽咋高女 1m46 第19回1932年 相良八重東女体専 1m47 第20回1933年 広橋百合子東女体専 1m43 第21回1934年 広橋百合子東女体専 1m45 第22回1935年 西田順子札幌女出 1m47 第23回1936年 有永喜代子国東女 1m49 第24回1937年 広橋百合子鎮西女教 1m40 第25回1938年 有永喜代子中京高女 1m51 第26回1939年 山内リエ中京高女 1m57 第27回1940年 山内リエ中京高女 1m58 第28回1941年 中止 第29回1942年 山内リエ菊花高女教 1m62 第30回1946年 山内リエ京都 1m61 第31回1947年 西原稔子佐賀陸協 1m30 優勝第32回1948年 米陀京子魚津高女 1m45 第33回1949年 米陀京子中京体専 1m46 第34回1950年 佐藤妙子福島陸協 1m50 第35回1951年 山内リエ京都AC 1m50 第36回1952年 林怜子愛知学院大学 1m45 第37回1953年 室恵美子祇園高校 1m50 第38回1954年 高橋美代子三島高校 1m50 第39回1955年 渡辺恭子東北学院大学 1m53 第40回1956年 渡辺恭子東北学院大学 1m54 第41回1957年 近藤由美子愛媛土居高校 1m54 第42回1958年 高橋美代子中央大学 1m55 第43回1959年 田中初世八幡製鉄 1m64 第44回1960年 神谷恵美子大昭和 1m60 第45回1961年 神谷恵美子大昭和 1m60 第46回1962年 O・ゲレユーゴスラビア 1m73 第47回1963年 I・バラシュルーマニア 1m80 第48回1964年 青木政子飯能高校 1m60 第49回1965年 堤絹子日立 1m60 第50回1966年 竹田真実中京大学 1m61 第51回1967年 山三保子美作大学 1m64 優勝第52回1968年 稲岡美千代小松島高校 1m68 第53回1969年 曽根幹子上下高校 1m60 第54回1970年 鈴木久美江東洋大学 1m69 第55回1971年 鈴木久美江東洋大学 1m71 第56回1972年 稲岡美千代中央大学 1m65 第57回1973年 曽根幹子東洋大学 1m74 第58回1974年 曽根幹子東洋大学 1m77 第59回1975年 曽根幹子大昭和 1m77 第60回1976年 曽根幹子大昭和 1m82 第61回1977年 八木たまみ群馬陸協 1m81 第62回1978年 八木たまみ関東学園大学 1m80 第63回1979年 八木たまみ関東学園大学 1m84 第64回1980年 福光久代大昭和 1m91 第65回1981年 佐藤恵水戸中学校 1m87 第66回1982年 福光久代大昭和 1m78 第67回1983年 佐藤恵沼垂高校 1m84 第68回1984年 福光久代大昭和 1m90 第69回1985年 佐藤恵福岡大学 1m92 第70回1986年 松井昌美京都エイム 1m84 優勝2位3位第71回1987年 佐藤恵福岡大学 1m90 漆原延江筑波大学 1m78 佐山淳子美作女子大学 1m78 第72回1988年 佐藤恵福岡大学 1m94 松井昌美京都エイム 1m81 佐山淳子 美作女子大学谷野美重 東京都立駒場高校 1m75 第73回1989年 金希宣韓国 1m90 佐藤恵福岡県教委 1m84 野中昌美エンドレスAC 1m75 第74回1990年 佐藤恵福岡県教委 1m90 ラフロワソビエト連邦 1m84 ボッフオーストラリア 1m78 第75回1991年 佐藤恵ミズノTC 1m90 三浦美登里栃木陸協 1m75 松永知子筑波大学 1m75 第76回1992年 佐藤恵ミズノTC 1m92 太田陽子湘南工大付高校 1m83 貞広千波中京女子大学 1m83 第77回1993年 佐藤恵ミズノ 1m84 貞広千波中京女子大学 1m83 太田陽子日本体育大学 1m83 第78回1994年 貞広千波中京女子大学 1m84 太田陽子日本体育大学 1m81 佐藤恵ミズノ 1m81 第79回1995年 今井美希中京女子大学 1m87 貞広千波日本電装 1m84 佐竹里美 福岡大学太田陽子 日本体育大学 1m70 第80回1996年 太田陽子日本体育大学 1m81 今井美希中京女子大学TC 1m81 三浦美登里ヤマヒラAC 1m81 第81回1997年 太田陽子ミキハウス 1m93 今井美希中京女子大学TC 1m90 貞広千波デンソー 1m90 第82回1998年 今井美希中京女子大学TC 1m91 貞広千波デンソー 1m88 青山幸甲南大学 1m84 第83回1999年 今井美希ミズノ 1m85 太田陽子ミキハウス 1m80 日高里子トヨタ自動車 1m75 第84回2000年 太田陽子ミキハウス 1m88 今井美希ミズノ 1m80 青山幸中京女子大学 1m75 第85回2001年 今井美希ミズノ 1m92 太田陽子ミキハウス 1m86 岩切麻衣湖プレジャー企画 1m86 第86回2002年 太田陽子ミキハウス 1m92 今井美希ミズノ 1m92 岩切麻衣湖プレジャー企画 1m83 第87回2003年 今井美希ミズノ 1m92 青山幸WWA 1m89 貞広千波三重陸協 1m80 第88回2004年 今井美希ミズノ 1m83 ハニカット陽子ミキハウス 1m83 貞広千波 三重陸協青山幸 大阪陸協 1m80 第89回2005年 ハニカット陽子日本体育大学AC 1m86 青山幸大阪陸協 1m83 米津毎順天堂大学 1m75 第90回2006年 青山幸大阪陸協 1m83 ハニカット陽子日本体育大学AC 1m80 藤沢潔香ファイテン 1m80 第91回2007年 青山幸大阪陸協 1m81 ハニカット陽子日本体育大学AC 1m78 米津毎オールホンダ 1m78 第92回2008年 福本幸大阪陸協 1m86 藤沢潔香ファイテン 1m78 藪根ゆい 法政大学佐々木美歩 東北学院大学 1m75 第93回2009年 福本幸大阪陸協 1m85 三村有希関西大学 1m82 藤沢潔香鎌ヶ谷みちるAC 1m75 第94回2010年 藤沢潔香鎌ヶ谷みちるAC 1m77 森あゆ美筑波大学 1m77 三村有希関西大学 1m74 第95回2011年 福本幸甲南AC 1m79 秋塚潔香鎌ヶ谷みちるAC 1m76 三村有希チームミズノ 1m73 第96回2012年 前田愛純順天堂大学 1m80 京谷萌子 北海道教育大学福本幸 甲南学園AC 1m75 第97回2013年 福本幸甲南学園AC 1m90 三村有希チームミズノアスレティック 1m75 加藤玲奈 東海大学金井瞳 筑波大学 1m70 第98回2014年 渡邉有希ミライトテクノ 1m75 井上七海OKUWA 1m70 前田愛純神戸高体連ク 1m70 第99回2015年 渡邉有希ミライトテクノ 1m81 井上七海オークワ 1m78 津田シェリアイ東大阪大学 1m78 第100回2016年 京谷萌子北海道ハイテクAC 1m78 平山遥北部指導者クラブ 1m75 福本幸 甲南学園AC仲野春花 早稲田大学津田シェリアイ 東大阪大学 1m70 第101回2017年 仲野春花早稲田大学 1m80 福本幸甲南学園AC 1m77 津田シェリアイ東大阪大学 1m77 [先頭へ戻る]
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