人工妊娠中絶 日本の状況

人工妊娠中絶

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/01 06:11 UTC 版)

日本の状況

日本の人工妊娠中絶に関する統計
1955年以降の日本の人工妊娠中絶件数の推移[36]
1955年以降の日本の年齢階級別人工妊娠中絶件数の推移[36]
1955年以降の日本の女性1,000人当たりの年齢階級別人口妊娠中絶件数の推移[37]
1955年以降の日本の人工妊娠中絶率の推移[36][38]
1966年が突出しているのは、丙午の迷信により、地方や農村部を中心に妊娠を避ける夫婦が多かったことから。
日本の出生に対する人工妊娠中絶の割合[36][38]
年度 実施数 出生数 実施率
(対出生比:%)
1949 101,601 2,696,638 3.8
1950 320,150 2,337,507 13.7
1951 458,757 2,137,689 21.5
1952 798,193 2,005,162 39.8
1953 1,068,066 1,868,040 57.2
1954 1,143,059 1,769,580 64.6
1955 1,170,143 1,730,692 67.6
1956 1,159,288 1,665,278 69.6
1957 1,122,316 1,566,713 71.6
1958 1,128,231 1,653,469 68.2
1959 1,098,853 1,626,088 67.6
1960 1,063,256 1,627,939 66.2
1961 1,035,329 1,611,772 65.1
1962 985,351 1,639,631 60.9
1963 955,092 1,681,242 57.6
1964 878,748 1,737,277 51.2
1965 843,248 1,844,452 46.2
1966 808,378 1,378,968 59.4
1967 747,490 1,956,725 38.6
1968 757,389 1,893,219 40.5
1969 744,451 1,910,927 39.4
1970 732,033 1,955,277 37.8
1971 739,674 2,022,204 37.0
1972 732,653 2,059,533 35.9
1973 700,532 2,091,983 33.5
1974 679,837 2,029,989 33.5
1975 671,597 1,901,440 35.3
1976 664,106 1,832,617 36.2
1977 641,242 1,755,100 36.5
1978 618,044 1,708,643 36.2
1979 613,676 1,642,580 37.4
1980 598,084 1,576,889 37.9
1981 596,569 1,529,455 39.0
1982 590,299 1,515,392 39.0
1983 568,363 1,508,687 37.7
1984 568,916 1,489,786 38.2
1985 550,127 1,431,577 38.4
1986 527,900 1,382,976 38.2
1987 497,756 1,346,658 37.0
1988 486,146 1,314,006 37.0
1989 466,876 1,246,802 37.4
1990 456,797 1,221,585 37.4
1991 436,299 1,223,245 35.7
1992 413,032 1,208,989 34.2
1993 386,807 1,188,282 32.6
1994 364,350 1,238,328 29.4
1995 343,024 1,187,064 28.9
1996 338,867 1,206,555 28.1
1997 337,799 1,191,665 28.3
1998 333,220 1,203,147 27.7
1999 337,288 1,177,669 28.6
2000 341,146 1,190,547 28.7
2001 341,588 1,170,662 29.2
2002 329,326 1,153,855 28.5
2003 319,831 1,123,610 28.5
2004 301,673 1,110,721 27.2
2005 289,127 1,062,530 27.2
2006 276,352 1,092,674 25.3
2007 256,672 1,089,818 23.6
2008 242,326 1,091,156 22.2
2009 226,878 1,070,036 21.2
2010 212,694 1,071,305 19.9
2011 202,106 1,050,807 19.2
2012 196,639 1,037,231 19.0
2013 186,253 1,029,817 18.1
2014 181,905 1,003,539 18.1
2015 176,388 1,005,721 17.5
2016 168,015 977,242 17.2
2017 164,621 946,146 17.4
2018 161,741 918,400 17.6
2019 156,430 865,239 18.0
2020 141,433 840,832 16.8
2021 126,174 811,604 15.5
2022 122,725 770,747 15.9

日本では、平安時代の『今昔物語集』に既に堕胎に関する記載が見られるが[39]、最も盛んだったのは江戸時代である[40]

中絶が制度化される以前は、民間によって中絶が行われていた。何度か堕胎禁止の指導があったが止まることはなく、看板を掲げて中絶を商売にする者すら出てきたため[41]明治政府1868年慶応4年・明治元年12月24日に、富国強兵などの理由もあり、産婆による売薬・堕胎を禁止する法令を公布[42]1880年(明治13年)の旧刑法と1907年(明治40年)の現行刑法において「堕胎罪」を制定した。しかし、その後も隠れて行なわれており[43]、大正末期には、大阪で医院と製薬会社と旅館が結託し大規模な堕胎手術を行なっていたとして摘発された[44]

戦前の状況として、当時は母体保護法のような法律はなく、中絶は産婆(助産婦)が行う場合も正規の医師が行う場合も堕胎罪に問われる違法行為であったが、実際にはヤミ行為として頻繁に行われていた。伝統的な日本の産児調節の方法は間引きと中絶が主流で、避妊は信頼できる方法もなく一般に普及していなかった。大正期に入ってマーガレット・サンガー産児制限運動が紹介されるようになったものの、自国の強国化を図る国は兵力増に結びつくナタリスト政策(産めよ殖やせよ)をとり、国の様々な掣肘や圧力によって、産児制限はその概念すら一般にはなかなか広まることはなかったとされる。[45]


第二次世界大戦後、引揚者の中で朝鮮人ソ連兵中国人などによる度重なる強姦(性的暴行)を受けた日本人女性に堕胎手術や性病の治療が、福岡県二日市保養所で行われた[46]。当時、堕胎は違法行為(堕胎罪)であったが、施設閉鎖まで500件の堕胎手術が実施された[46]優生保護法の施行に伴い、全国の指定医師が中絶手術を行えるようになったため、1947年秋頃に二日市保養所は閉鎖した[46]

1948年、優生保護法が成立し、中絶が合法化された。優生保護法第14条には、

一 本人又は配偶者が精神病、精神薄弱(知的障害)、精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇型を有しているもの
二 本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇型を有しているもの
三 本人又は配偶者が癩疾患(ハンセン病)に罹つているもの

の中絶も認められていた。だが、これらの中には病気と遺伝との関係に対するあからさまな誤解や偏見に基づく項目も混じっており、また、「障害者であればこの世に生まれてこないよう抹殺すべきである」といった差別的な考えを助長する虞(おそれ)があるとの障害者団体からの反発が根強かったことから、法改正に伴って削除された(後述)。

1996年、優生保護法は母体保護法として改正された。優生保護法と同じく指定医師が合法的に人工妊娠中絶を行っている。母体保護法では人工妊娠中絶を「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」と定義し、下記2つを正当な中絶の理由として定めている。違反したものは堕胎罪に問われる。

四 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
五 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの

母体保護法の第2条第2項には、人工妊娠中絶を行う時期の基準は、「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期」と定められており、妊娠22週未満とされた。1976年以前までは通常28週未満、1976年から1990年までは通常24週未満、1978年に「妊娠満23週以前」の表現へ修正、1990年以降に未熟児の生存可能性に関する医療水準の向上を受け、通常22週未満と基準期間が短縮された。また、個々の事例での生存可能性については、母体保護法指定医師が医学的観点から客観的に判断を加味すべきことも、付記および保健医療局精神保健課長からの同日通知で示された。

出生に対する人工妊娠中絶の割合は、1955年は約40.3%であったが、2022年は約13.7%と減少している。しかしながら2017年以降は、出生数の減少が人工妊娠中絶の減少スペースより大きいため、2019年コロナウイルス感染症流行による緊急事態宣言などの外出自粛による影響があった2020年2021年を除いて占める割合が増加している。なお、1955年以降最少の割合となった年は2021年であり、約13.5%であった。但し、2019年コロナウイルス感染症の流行の経済悪化の影響で、収入が減少し限定的ながら出産を躊躇い中絶を選んだ女性がいることも事実である[47]

一般に中絶というと未婚若年者のイメージが強いが、妊娠者が中絶を実施する割合は10歳代に次いで40歳代が高くなっている。2022年は、全体では約13.7%であり、15歳未満が約84.5%、10代後半は約67.5%、20代前半が約36.6%なのに対し、40歳前半は約19.3%、40代後半は約41.3%が中絶している。逆に最も低いのは30代前半の約7.4%であり、次いで30代後半の約10.7%であった[36][48]
ただし絶対数では、妊娠者自体の多さから20-30歳代が大半を占めており、全体の約93.2%を占めていた。

件数は厚生労働省の統計によれば、1955年に約117万件、1965年に約84万件、1980年に約60万件、1990年に約46万件、1990年代後半から2001年にかけては30歳未満(特に20歳未満)の中絶件数が増加した時期の最中である2000年は約34万件である。2002年以降は減少しており、2011年は約20万件、2022年は約12万件である[36]。なお、15歳未満と19歳の中絶数は2022年は前年に比べて増加しており、増加率は10%以上であった。

日本の現行法(母体保護法)では、出生前診断などで障害児であることが判明したことを理由とする中絶は直接的表現としては認められていないが、「経済的理由」という名目を拡大解釈した上で障害胎児であることの事実上の中絶が行われている。

中絶の方法としては、電動吸引管を使用する方法や手動真空吸引法のほか、掻爬法も行われている。WHOの必須医薬品にも指定されている経口中絶薬は日本では認可されていないため、世界標準での安全な中絶が実現できていないと指摘する産婦人科医もいる[49]

中絶可能週数は22週までで、中絶の同意書には配偶者の同意者が必要である。未婚者の場合でもパートナーの合意を求める病院があり男性も交際相手の女性の中絶同意書に署名する責任がある。しかしこの制度は性暴行の加害者にも同意を求めなくては手術を行うことができない現状に繋がっているため弁護士から批判を浴びていた[50]愛知県では連絡が取れなくなった胎児の父の中絶同意署名を求めるうちに中絶可能週数を経過し、公園のトイレで出産した21歳女性が子供を適切な医療措置を行わず死亡させ遺体をビニール袋に入れて遺棄した事件があり、女性が懲役3年、執行猶予5年の判決となった[51]。また、この事件については、中絶可能期間が過ぎても、産婦人科が行政に連絡し、特定妊婦として行政支援が受けられた可能性があることも指摘されている[51]

更に、2020年6月には性暴力で妊娠した未婚女性が複数の医療機関に中絶手術を断られるケースがあったとして、「犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)」が現状に対する運用改善を申し入れ、これを受け入れる形で、日本医師会2021年3月4日に厚生労働省に「妊婦が夫のDV被害を受けているなど婚姻関係が実質破綻しており、中絶について配偶者の同意を得ることが困難な場合、本人の同意だけで足りると解してよいか」と照会した6日後に同意すると回答した。これを受けて、日本産婦人科医会は、同月14日に都道府県の産婦人科医会に通知を出し、婚姻関係の破綻の有無については、「本人からの申し出に基づき、産科医会が指定する医師が判断するが、親族か、夫婦関係を知る第三者に確認するのが望ましい」とした[52]。判断の理由についてもカルテに記載するよう求める方針とする予定である。またこの流れとは別に2021年2月にDV被害者を支援するNPO法人「全国女性シェルターネット」により、母体保護法の配偶者同意要件を撤廃するよう求める要望書を国に提出していた[53]

しかしながら、母体保護法第14条第2項により未婚の場合や暴行脅迫によって妊娠した場合などは本人のみの同意でき、日本産婦人科医会の通達があるにも関わらず、手術後に父親から民事訴訟を受けることを恐れ、本来必要のない配偶者の同意を求めるケースが相次いでいる[54]。そのため、2021年9月14日に「国際セーフ・アボーション・デーJapanプロジェクト」により母体保護法第14条の規定にある配偶者の同意を撤廃するよう約4万人分の署名とともに厚生労働省に要望書を提出した[54][55]

2018年にある女性が、沖縄県内のクリニックで人工妊娠中絶を希望。女性は「配偶者(夫)とは離婚調停中であり、DVのような行為も受けていた」と話したため、クリニックの産婦人科の医師は夫の同意を得ることなく中絶手術を実施した。これに対し、夫が「(手術をした)医師の行為は母体保護法違反にあたる」などとして那覇地方裁判所慰謝料を求め提訴。2021年11月に同地裁は「女性の説明は具体的であり、医師が女性を信頼したのは合理的である」などとして訴えを退けたため、夫は福岡高等裁判所那覇支部に控訴していたが、2022年12月5日に同支部は控訴を退ける判決を出した[56]


注釈

  1. ^ 例えばアメリカのマサチューセッツ州では、妊娠24週目までの中絶なら合法である。
  2. ^ 例えばアメリカのテキサス州では、妊娠6週目までの中絶なら合法である。
  3. ^ 女性は最高裁の判決が下される前に中絶してしまっていた。
  4. ^ 日本では民法の第四編第三章第二節第五款、第817条の2から第817条の11に規定されている。
  5. ^ 日本では、出産後に出産育児一時金として産んだ子供1人につき42万円が戻ってくるほか、出産時にお金が用意できなくても、出産一時金直接支払制度や自治体の入院助産制度を利用すれば、産む時に費用が直接病院に支払われる。

出典

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