初代教会
初代教会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 09:59 UTC 版)
教会は始めから唯一の普遍的(公同的)集団であるという考えと、普遍的教会は後に成立したという考えがある。 「公同の教会」および「カトリック (概念)」も参照 前者の考えは「目に見える(可視、可見、見ゆる)普遍的教会」と言われる。初代教会から継承され、民族や地域を越えて全世界の教会が教理や礼拝を一致させて作り上げてきている「目に見える教会」である。1つ1つの教会が普遍教会なのである。この考えはニカイア・コンスタンティノポリス信条(信経)や使徒信条(使徒信経)に述べられている。 一般的に目に見える普遍教会の伝統では、三位一体、贖罪(キリストの犠牲によって得る罪の赦し)、からだの復活といった共通の信仰の下に洗礼を受けた者は誰でも教会に受け入れられる。この教えは、目に見えない神の恵みを目に見える証として行う秘跡(サクラメント)の儀式に導入されており、「神が人間に与えた啓示、真のキリスト教徒全てによって認められている真理、特に聖書の言葉や聖なる伝統の中に伝えられるもの」(Deposit of faith)として次世代に受け継がれていく。 一方、プロテスタントは人間の目に見える1つ1つの教会のバックボーンとなる「目に見えない(非可視、不可見、見えざる)普遍的教会」という考えを持つ。教派など目に見える違いがあろうとも、過去から未来までイエス・キリストを信じる者全てが民族や地域を超えて作り上げるイエス・キリストのからだ、つまり目に見えない普遍的教会に属するという考えで、これは中世ヨーロッパ末期に宗教改革が起こるまで明白にされなかった。 少数派ではあるが、聖書で「教会」と訳されているのはほとんどが地元の自治体や集会を指していると主張する教派もある。英語の"Church"は、「主の家」という意味の古代ギリシア語のκυριακον から派生した。コイネー・ギリシア語では教会をεκκλησία(ecclesia エクレシア)と言うが、キリスト教以前には古代ギリシア都市国家の立法府などある目的のために集った会という意味で用いられた。この流れをくむ教派は、原始キリスト教(初代教会)からコンスタンティヌス1世の台頭を通して見られた中央集権化を目指す教会内の動きが真のキリスト教からの逸脱であると考え、ニカイア・コンスタンティノポリス信条(二ケア信条)や使徒信条を否定している。
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初代教会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/08 09:06 UTC 版)
2世紀の記録には、交唱形式による賛美歌や罪の告白やモーセの十戒の朗読があった。使徒信条の原型になった信仰告白文が用いられた。 聖書の言葉と聖餐式から構成されて、任職された教職者による神からの語りかけと、礼拝者の応答の部分からなっていた。
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