性とジェンダーの区別
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本記事では、生物学上の性(英:sex)とジェンダー(英:gender)の区別について記述する。
概要
通常の会話の中では、性(英:sex)とジェンダー(英:gender)という用語は、同一の意味で使用されることもよくあるが[1][2]、現代の学術文献では、特に人を指す場合、この用語は明確な意味を持つ。つまり、「性」は一般に生物の生物学的性別を指すが、「ジェンダー」は人の性別に一般的に関連付けられている社会的役割(性別役割)、または内的意識に基づいた自分自身の性別の個人的な識別(ジェンダーアイデンティティ)のいずれかを指す[3][4][5][6]。
現代のほとんどの社会科学者[7][8][9]、行動科学者や生物学者[10][11]、多くの法制度や政府機関[12]、世界保健機関(WHO)などの政府間機関[13]はジェンダーと性を区別している。
ほとんどの人において、性別のさまざまな生物学的決定要因は一致しており、個人の性同一性と一致しているが、状況によっては、個人に割り当てられた性別とジェンダーが一致せず、その人はトランスジェンダーである可能性がある[3]。また、場合によっては、性別の割り当てを複雑にする性的特徴を持っている人や、インターセックスである可能性もある。
「sex」と「gender」の用語の歴史
1919年にドイツのベルリンにマグヌス・ヒルシュフェルトによって世界初の性(sex)とジェンダー(gender)の研究機関である性科学研究所が設立された[14]。しかし、1933年にナチスによって解体され、研究資料は燃やされた[14][15]。
英語圏においては、「sex」と「gender」という単語は、複雑な歴史の中で意味が変移してきた。もともと「gender」は言語学における文法的性を表すのに使われていた[16]。それに対して「sex」は14世紀から2つの主要な生物学的形態(男女の二分類)を指す意味で使われていた[16]。しかし、1474年の時期に、「gender」が「sex」の同義語として使用された例も確認されている[17]。そして20世紀には「sex」が性行為を意味するようになるにつれ、「gender」が男女の生物学的グループ分けを表す通常の語として「sex」に取って代わるようになり始めた[17]。ところが、20世紀中にさらに「gender」は典型的に一方の性に関連付けられる行動的、文化的、心理的特性を指すようになり、用法が拡大した[16]。「gender」という単語そのものがジェンダー・アイデンティティ(性同一性)の同義語として使われる事例も現れた[16]。「gender」の単語の意味の拡大は、1955年に性科学者のジョン・マネーがジェンダー・ロールの概念を導入したことに遡るが、フェミニストに採用されたことが大きな変化に繋がった[18]。
メリアム=ウェブスター辞典は、現在も「sex」と「gender」の用法は現在も決して定まっていないと解説しており、両方の用語が意図された同義語であることを明示した上で使用されることもあると紹介している(例えば「sex/gender discrimination」といった表現)[16]。
「sex」と「gender」という二分のアプローチは英語圏の慣習であるのに対し、日本語では伝統的に「性」という言葉ひとつで性の在り様を表してきたため、「性」という言葉は多義的に使用されている[19]。
定義
辞書の定義
オックスフォード英語辞典では、「sex」を「人間や多くの生物が生殖機能に基づいて分類される2つの主要なカテゴリー(男性と女性)のいずれか」と定義している[20]。また、「sexという言葉は現在は生物学的な差異を指す傾向があり、genderは文化的または社会的な差異を指すことが多い」という注釈がある[20]。
メリアム=ウェブスター辞典では、「sex」を「多くの種に存在し、特に生殖器官や構造に基づいてそれぞれ雌または雄として区別される、個体の2つの主要な形態のいずれか」、または「生物が雄と雌を区別する構造的、機能的、そして時には行動的特性の総体」と定義している[16]。
アメリカン・ヘリテージ英語辞典では、「sexという言葉は、男性または女性であることの生物学的側面や性行為を指すためにのみ使用すべきであり、genderは社会文化的役割を指す場合にのみ使用すべきだと主張する人もいる」と使用上の注意を説明している[21]。
学術的な定義
生物学において、性(sex)の定義は簡単なようで実は難しく、さまざまな生物に確認できる性別の在り方は多様で、それゆえに生物学者の間で意味の混乱を生み出しており、学者の間でも性別について少しずつ違う見方をしていると、ジョン・ホイットフィールドは述べている[22]。
性別を連続的に捉える考え方もあり[23]、例えば、『Nature』にてクレア・エインズワースは「sexは2つであるという考えは安易であり、現在の生物学者はsexはスペクトラム(多様な形態)であると考えている」と説明している[24]。ネイサン・H・レンツは、基本的にすべての社会性動物は、性と生殖へのアプローチに多様性を持つと語っている[25]。
一方、ヴォルフガング・ゴイマンらは、生物学的な性(sex)は二元的であるとの見解を示している[26]。アディティ・バーガヴァらは、「sexは2つに分けるものであり、受精卵における性別の決定は、性染色体遺伝子の不均等な発現に起因し、ヒトと動物の両方にsexがあるが、genderがあるのはヒトだけである」と述べている[27]。
アメリカ精神医学会では、「sex」は「解剖学的、ホルモン的、あるいは遺伝学的根拠に基づいて定義される生物学的概念」とし、「gender」は性同一性と性表現の2つの要素があると説明している[28]。
アメリカ心理学会では、「sex」は性別を生物学的に割り当てることを指すとし、「gender」は「特定の文化において個人の生物学的性別に結び付けられる態度、感情、行動」と説明している[29]。「場合によっては生物学的要因と文化変容要因が明確に区別されないことがある」とも補足している[29]。
アメリカ医師会は、「sexとgenderは似た概念であり、どちらも社会的に構築されている」とし、「安定した客観的カテゴリーではない」と説明している[30]。また、「多くの人々はsexのカテゴリーを不変で男性か女性かの二者択一と誤解している」とし、インターセックスについて言及している[30]。
全米アカデミーズは、「genderは出生時に割り当てられた性別や特定の性的特徴と関連しているが、どちらか一方に還元することはできない」と説明している[31]。
アメリカ内分泌学会では、「gender」の一要素である性同一性の根底には永続的な生物学的要素があることを示唆する相当な科学的証拠があると説明している[32]。
各機関や政府の見解
世界保健機関は「gender」を「社会的に構築する特性」と説明し、「社会によって異なり、時間の経過とともに変化する可能性がある」としている[33]。また、「gender」は「sex」と相互作用するものの、「sex」は異なるもので、「染色体、ホルモン、生殖器など、女性、男性、インターセックスの人々の異なる生物学的および生理学的特性」を指すとしている[33]。
国際連合フリー・アンド・イコールキャンペーンでは、「sex」を「人を女性、男性、またはインターセックスの性徴を持つ者として分類すること」と定義し、乳児は通常は出生時に外見のみに基づいて男性または女性の性別が割り当てられるが、人の性別は様々な身体的特徴の組み合わせである」と説明している[34]。「gender」は「社会が性別に基づいて人々に期待する一連の行動、活動、表現形態」と定義している[34]。
欧州評議会では、「sex」を表すのに「生物学的性別」、「gender」を表すのに「文化的・社会的性別」が用いられることがあるとしつつ、双方の言葉は互換的に使用されることもあると説明している[35]。また、欧州ジェンダー平等研究所は、「sex」を「人間を女性または男性と定義する生物学的および生理学的特性」と説明しつつ、「これらの生物学的特性の組み合わせは相互に排他的ではなく、両方を兼ね備える個人も存在するが、これらの特性は人間を女性または男性と区別する傾向がある」と解説している[35]。
アメリカでは共和党の政治家たちが主導して、州法における「性別」の定義を見直す動きが2020年代から盛んになっており、定義を狭める傾向がみられる[36]。例えば、「gender」の用語を「sex」に置き換えたり、「sex」と同義語とみなし、性同一性や性表現の意味合いを削除している[36]。そして、2025年1月20日にドナルド・トランプがアメリカ合衆国大統領として二度目の就任時に発令した「ジェンダー・イデオロギー過激主義から女性たちを守り、連邦政府に生物学的真実を取り戻す」と題した大統領令14168号では、「sex」とは「男性または女性という不変の生物学的分類」として理解されるべきとし、公的立場で活動する機関および連邦職員に対し、「genderではなくsexという用語を使用する」ように指示した[37]。加えて、女性とは「受精時に大きな生殖細胞を生み出す性別」に属する人、男性とは「受精時に小さな生殖細胞を生み出す性別」に属する人を意味すると宣言した[37][38]。これに対して、生物学の専門家や学会からは、人間の性別(sex)を定義する要因は複数あるため定義として正確ではなく、インターセックスの人を排除していると批判された[37]。
フェミニスト理論
マテリアル・フェミニズムでは、「sex」と「gender」を、再生産の搾取と家庭内の従属を通じて生み出される社会的構成概念とみなしている[39]。
ジュディス・バトラーは、「生物学的で人為操作できないものとしてのセックス」と「文化によって構築されたものとしてのジェンダー」という二項対立の枠組み・区別を設定することに対する構造的な批判を試みた[40]。バトラーは、「自然に由来する事実としてのセックス」とは、政治的・社会的な利害に寄与するため、さまざまな科学的言説によって自然な事実であるかのように作り上げられたものであると指摘し、本来は、セックスもジェンダーと同様、社会的に構築されたものであると指摘する[40]。そして、ジェンダーを独立させて「言説・文化としてのジェンダー」を語ることによって、本来は社会的に構築されたものであるセックスが、「前-言説的」な自然の事実として受容されることになったと指摘する[40]。
脚注
注釈
出典
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参考文献
- ジュディス・バトラー 著、竹村和子 訳『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』青土社、2018年。
関連項目
- 男女同権(ジェンダー平等)
- ジェンダー二極化 (英語版)
- 心理学における性差 (英語版)
- ステレオタイプ
- クィア異性愛 (英語版)
- 性とジェンダーの区別のページへのリンク