ヨーガ 論争・問題

ヨーガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/06 17:06 UTC 版)

論争・問題

オウム真理教におけるヨーガによる自己変容体験の悪用

オウム真理教には、ヨーガがきっかけになって入信した信者が多かった。教祖の麻原彰晃は、阿含宗での修行ののちに『ヨーガ・スートラ』に出合い、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』、『ゲーランダ・サンヒター』、『シヴァ・サンヒター』(いずれも佐保田鶴治訳)と教典をもとに独学し、空中浮揚するまでに至ったという。新宗教を研究する沼田健哉は、このように正規のグルにつかずに修行をしていたことで、いわゆる「魔境」に陥った可能性を指摘し、のちに様々な問題を生ぜしめた要因のひとつであると述べている[52][53]。オウム真理教ではヨーガによるクンダリニー覚醒の実践が中心的な位置を占めており、沼田は、「ヨーガによる自己変容としての解脱体験こそ、80年代前半の麻原の宗教的アイデンティティの柱の一つとみなしうる」と述べている。本来ヨーガや瞑想によって常人にない能力を得ることは否定されてはいないが、オウム真理教の信者には超能力を獲得することを主な目的とする者も少なくなかった[52]

ヨーガや瞑想などの修行法、断食などの苦行も、本来は真の自己を見出すためのセルフ・コントロールの一種である。沼田は、破壊的カルトと呼ばれるような新宗教の教団で行われている行為と、東洋の伝統的なヨーガや瞑想などの修行法は似ている部分が少なくないが、行われるコンテクストが異なっていると反対の結果を生じうると述べている。またオウム真理教にみられる強固な教祖 = グル崇拝は、麻原や幹部による洗脳やマインドコントロールをより容易にしたことを指摘している[52]

指導者の無資格問題・講習の質と時間

ヨーガの指導者になるのに定まった資格はなく、だれでもなることができるが、全米ヨガアライアンス(YA)200時間(週末10-12回分)のYoga Teacher Training(YTT)[288]の修了がスタジオやジムで教えるための必須条件となっていることが多いため、これを受ける人が多い。200時間YTTを行うYA認定校は5500以上、YA認定指導者は6万人以上にのぼる。2016年には世界中で10万人以上が年間平均3000ドルを200時間YTTに投資した。200時間YTTは、インドである程度長い時間を費やしてヨーガを習得した初期のアメリカの熟練の講師たちによって、講師の短期間での育成を防ぐために設定された。しかし、200時間は初期の欧米のヨーガの指導者たちが教える立場になるまでに費やした時間とは比べ物にならないほど短く、たった200時間のトレーニングで十分なのかという疑問の声もある。200時間YTTでは、生徒の安全を図るための解剖学に十分な時間を費やしておらず、クラスの作り方や生徒の生徒の肉体的、精神的ニーズへの理解、ヨーガの伝統を十分学ぶことは難しい。YTT修了者には、コースの内容が指導者になるには不十分と感じ、生徒をサポートし安全に指導することはできないと考え、指導者になることをあきらめる人も少なくない。[204]

指導者の低収入

全米ヨガアライアンスの調べでは、ヨーガの指導が主要な収入源となっているインストラクターは30%にも満たない。そのため、コロラド州議会では、ヨーガ講師は職業として認められないという論争があった。[204]

女性への性的虐待

近年では、ヨーガ教室で、指導者が生徒や関係者に不適切な性関係を強いたり、セクシャルハラスメントをしたり、生徒のアジャスト(姿勢の調整)の際に性的な接触を行ったり、セラピーと称して性行為、性儀式を行うといったスキャンダルが相次いでいる。「ヨガジャーナル」の記者は、ヨーガの歴史の中で、ヨガの流派やしきたり、またはヨーガ道場や関連の組織のなかで、違法な性的行為の問題は正しく認識されないことが多く、対策も講じられてこなかったと指摘している[289]

後期密教で行われた女性を性ヨーガの相手に行う貪欲行について、高野山大学密教文化研究所の静春樹は、性ヨーガの相手を務める女性にとって貪欲行は男性修行者と同じ意味を持つのか、貪欲行は女性が理論構築しイニシアチブを取るわけではなく、性ヨーガの相手の女性は男性修行者が悟るための手段としてだけでなく、彼女にとっても成就の手段であるのか、女神崇拝の大きな潮流の影響を受け女性性を重視しているが、むしろそれが男女の権力関係、男性による女性支配、女性差別を隠す装置になっていないかと問いかけている[290]。後期密教で、出家者は性的ヨーガを主に性的イメージを用いる観想として行ったと考えられているが、時には男性出家者が在家の女性信者に対し、「我が身を捧げる無上の供養」として性ヨーガの相手を強要する破戒行為に及ぶこともあった[140]

現代のヨーガの世界でも、男性指導者を教祖や聖者であるかのように思わせる、カリスマ的な物語があふれている[291]

現代ハタ・ヨーガの一種であるアヌサラ・ヨーガ英語版の創始者ジョン・フレンド英語版は、ウイッカカブン魔術的な性関係を持ち(セックス・ヨーガを含むタントラ・ヨーガ(ネオタントラ)を指導していたと言われるが、伝統的なものではないと言われる[292][293][294])、既婚者を含む関係者や生徒と不適切な性関係を持っていると告発された。このスキャンダルで教師は次々辞職し、ジョン・フレンドは指導者の地位を退いている[295][296][294](加えて、被雇用者の年金等の雇用条件に関する違法行為の疑惑がある[295][294])。

現代ハタ・ヨーガ、ホット・ヨーガの一種であるビクラムヨガでは、創始者で巨大ヨーガスクールを経営し世界的にフランチャイズ展開していたビクラム・チョードリー英語版が、生徒からセクハラ、パワハラ、性犯罪で民事告訴された[297][298]

2017年の#MeToo運動の盛り上がりの際には、ヨーガ教師で企業家のレイチェル・ブラゼンが、ヨーガ教室・コミュニティ内で女性が受けた性的虐待、セクシャルハラスメント、性的暴行の経験の告白を300件以上集め、ヨーガの世界に衝撃を与えた[299]。ブラゼンは、このような被害の申し立ては比較的最近に始まったが(2018年時点)、「何十年もの間、ヨガのコミュニティ内での虐待については皆知っていました」と述べ、長年続く問題であると指摘した[299]。「少なくとも、虐待を行ったティーチャーが信用を失う仕組みが必要です」と苦言を呈しており、生徒や関係者の女性に性的虐待を行ったヨーガ指導者が信用を失うことなく講師を続け、被害者が泣き寝入りをしている現状がうかがえる[299]。ヨーガの生徒には、社会的な立場が弱く、心のバランスや静けさを求めて学びに来る人も多く、虐待の被害者は、神聖で安全であると考えていた場所で、尊敬する教師やメンバーから暴行されたことで非常に大きなショックを受けているという[289][299]。ヨーガ産業の中心に君臨するアシュターンガ・ヴィニヤーサ・ヨーガを創始したパッタビ・ジョイス英語版は、慈悲深い父親的存在として尊敬を集めてきたが、生前も死後もヨーガの指導での性的虐待の噂があり、#MeToo運動で性的な不正行為および性的暴行を繰り返していたとして、指導者や生徒から告発があった[291][289]

スピリチュアルな世界では、権力の乱用による虐待は珍しい話ではない[289]。Kripalu Center for Yoga & Healthの元CEOであるリプシウスは、性的虐待のヨーガ界への影響は壊滅的なものであり、加害者が追放されても被害者の後遺症が数十年間も続く現実を見てきたという[289]。全米ヨガアライアンスは、被害者のためのホットラインと支援を始め、状況の改善を試みている[289][299]


補注

  1. ^ 禅定はヨーガの一種であるが[14]禅宗の坐禅とインドの古典ヨーガの瞑想は、思想・方法とも、必ずしも同じというわけではない[15]
  2. ^ 唯物論チャールヴァーカと祭事に専念するミーマーンサー学派を除く[2]
  3. ^ カタ・ウパニシャッド」では、「感官(感覚器官)の彼方に対象あり、対象の彼方に意あり…未顕現の彼方に純粋精神あり。純粋精神の彼方には何ものもなし。」とサーンキヤ哲学(数論学派。ヨーガ学派との関係が深い)の諸原理が説かれており、今西順吉によると、これはヨーガによる精神の沈潜の深まりに対応すると考えられる[13]
  4. ^ ただし、日本語の長母音はサンスクリット語の三倍母音なので長くのばしすぎるのも問題である。インド人の発音を聞くとヨゥガと言っているように聞こえる。
  5. ^ マヌ法典』では、女性はどのヴァルナ(身分)であっても、入門式(ウパナヤナ)を受けてヴェーダを学ぶ男子として「再生」するドヴィジャ(二度生まれる者、再生族)ではなく、入門式を受けられず一度生まれるだけのエーカージャ(一生族)とされていたシュードラ(隷民)と同等視され、女性は再生族である夫と食事を共にすることはなく、祭祀を主催したり、マントラを唱えることも禁止されていた[67]
  6. ^ 伊藤武によると、ヨーギニーという言葉は本来、尸林英語版(シュマシャーナ)で土俗信仰の女神を祀り特異な儀礼にたずさわった巫女たちを指す言葉で、魔女の意味合いを帯びるようになった。その多くは被差別カーストの出身であった[68]。性ヨーガの相手をする女性たちは特殊な階級に属し、母から娘へと特殊な性的テクニックを伝承する娼婦だったともいわれる[69]。母系制社会を形成していた彼女たちは、中世インドの後期密教の時代にヨーギニー(瑜伽女)またはダーキニー(拏吉尼)と呼ばれた[70]。密教で説かれる性ヨーガの相手のステレオタイプは16歳の処女であるが、男を食い殺すような獰猛な女とも描写される[69]。経典では同時的に複数の女性を愛せとも説かれるが、実践者の記録では、おおむね一人の女性と長期的に性ヨーガを行ったようである[69]。彼女らは男性行者を導く師の役割を演じることもあり[71]、9-12世紀頃のインドの後期密教時代に活躍した大成就者英語版たちの伝記である『八十四成就者伝』には悟りを得た女性が5名登場する[72][69]。後期密教の性的儀礼における男性行者の相手の女性はムドラー(印契)とも呼ばれた[73]。『ハタヨーガ・プラディーピカー』は、ヴァジュローリー・ムドラーでラジャス(性分泌物と解される)を再吸収し、保持することのできる女性をヨーギニーと呼んでいる[74]
  7. ^ 例えば、近代インドを代表する聖者であるラマナ・マハルシ[156]の『あるがままに - ラマナ・マハルシの教え』は、修練方法としてジュニャーナ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガを勧めている。ラマナは、霊性の向上は「心」そのものを扱うことで解決ができるという基本的前提から、ハタ・ヨーガには否定的であった。また、クンダリニー・ヨーガは、潜在的に危険であり必要もないものであり、クンダリニーがサハスラーラに到達したとしても真我の実現は起こらないと発言している[157]
  8. ^ 伊藤雅之はこれを1920年代から1930年代のこととしているが、シングルトン 2014によれば、少なくともクリシュナマチャーリヤに関して言えば1930年代以降のことである。伊藤論文では西洋式体操から編み出された近代ハタ・ヨーガをひとりクリシュナマチャーリヤのみに帰しているような記述となっているが[43]、シングルトンによれば同時代のスワーミー・クヴァラヤーナンダ英語版シュリー・ヨーゲーンドラ英語版も重要であり、クヴァラヤーナンダの活動はクリシュナマチャーリヤに先行している。また、伊藤は近代ハタ・ヨーガにはインド伝統武術に由来する要素もあるとしているが、シングルトンの著書にはそれを示唆する記述はない。
  9. ^ a b AYUSHは、次の頭文字をとった略語。AはAyurveda(アーユルヴェーダ)、YはYoga&Naturopathy(ヨーガとナチュロパシー=自然療法)、UはUnani(ユナニ医学)、SはSiddha(シッダ医学)、HはHomeopathy(ホメオパシー)。
  10. ^ 宗教学者の大田俊寛は、「シャクティーパット」を一言でいうと催眠術であり、フランツ・アントン・メスメルメスメリズム(動物磁気療法)の方法と酷似していると述べている[237]
  11. ^ オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律に基づき給付金の支給を受けた被害者数(公安調査庁
  12. ^ アシュタ=8つ、アンガ=枝、支分、部門。
  13. ^ 伊藤武の解釈するところによると、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』のいうラージャ・ヨーガはハタ・ヨーガの奥義を意味し、ラヤ・ヨーガ(クンダリニー・ヨーガ)のことを指している[264]
  14. ^ 印度哲学研究者の山下博司によると、これは通俗語源的な解釈である。
  15. ^ ゴーラクシャを山下は10-12世紀[10]、伊藤は12世紀前半の人物とする[11]

出典

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