インダス文明とは? わかりやすく解説

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インダス‐ぶんめい【インダス文明】

読み方:いんだすぶんめい

3000年から前1500年ごろにかけて、インダス川流域栄えた文明アーリア人インド侵入以前のもので、金石併用文化持ち公共建築などを完備した高度な計画都市建設した。モヘンジョダロ・ハラッパーなどに遺跡が残る。世界最古文明の一。→四大文明


インダスぶんめい 【インダス(Indus)文明】


インダス文明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/18 10:10 UTC 版)

インダス文明(インダスぶんめい、: Indus Valley Civilisation)は、インドパキスタンアフガニスタンインダス川および並行して流れていたとされるガッガル・ハークラー川周辺に栄えた文明である。


注釈

  1. ^ ラーヴィー期の名称はラーヴィー川英語版に由来する。

出典

  1. ^ ダブルー 1978, pp. 122–123.
  2. ^ 長田編 2013, pp. 4.
  3. ^ 八木ほか 2013, p. 第4章.
  4. ^ 長田編 2013, p. 終章.
  5. ^ 宮内, 奥野 2013, p. 第3章.
  6. ^ 長田編 2013, p. 13.
  7. ^ 佐原 1943, pp. 432–433.
  8. ^ 神谷 2003.
  9. ^ 近藤 2000, pp. 150–151.
  10. ^ 近藤 2000, pp. 152–153.
  11. ^ 長田編 2013, p. 405.
  12. ^ 小磯 2006, pp. 15–17.
  13. ^ 児玉 2013, p. 第9章.
  14. ^ 小磯 2006, p. 21.
  15. ^ 大田, 森 2013, p. 第11章.
  16. ^ ウェーバー 2013, p. 第7章.
  17. ^ 木村 2013, p. 第8章.
  18. ^ a b c 遠藤 2013, p. 第6章.


「インダス文明」の続きの解説一覧

インダス文明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/12 06:48 UTC 版)

標式遺跡」の記事における「インダス文明」の解説

コト・ディジ→先ハラッパー文化標式遺跡のひとつ。 ハラッパー

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インダス文明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 23:03 UTC 版)

アフガニスタンの歴史」の記事における「インダス文明」の解説

詳細は「インダス文明」を参照 19世紀になって存在知られるようになった狭義ではインダス文明は紀元前2600年から紀元前1900年の期間を指す。滅亡には気候変動など様々な原因考えられるが、インダス文明には他の古代文明とは異なり王宮神殿のような建物存在しないヒンドゥークシュ山脈北部バダフシャン地方に数は少ないが遺跡見られる

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インダス文明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 03:20 UTC 版)

貿易史」の記事における「インダス文明」の解説

インダス文明が最盛期迎えた紀元前2600年から紀元前1900年には、海水面が現在よりも約2メートル高く内陸部海岸線があった。インダス川流域から離れているグジャラート地方やマクラーン地方英語版)の集落都市多く当時海岸線近く大河利用した大規模な灌漑農耕ではなく海上貿易生活していたとされるグジャラート地方では良質カーネリアン産出して重要な貿易品にもなった。ドーラビーラインド西アジアをつなぐ貿易都市として繁栄してカーネリアンビーズ工房もあった。ロータルには巨大なプール状の施設があり、海洋生物痕跡メソポタミア産物発見されたことから、交易港ドックだったとする説もある。ドーラビーラロータルでは、ペルシャ湾沿岸に多い円形印章発見されている。メソポタミア輸出されていた装飾品インダス印章原材料は、インド内陸各地から遠距離交易都市へと集められ加工された。陸路には牛車運搬用いたほかに、カッチ湿原周辺では家畜ロバとインドノロバとの雑種交易利用していた説もある。

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インダス文明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 05:55 UTC 版)

インドの歴史」の記事における「インダス文明」の解説

詳細は「インダス文明」を参照 紀元前2600年頃より、インダス川流域にインダス文明が栄えた民族系統諸説あり、Iravatham Mahadevanが紀元前3500年頃に西アジアから移住してきたとのドラヴィダ人仮説Dravidian hypothesis南インドドラヴィダ系民族)を提唱したが、ワシントン大学のRajesh P. N. Raoドラヴィダ人仮説への有力な反例示しフィンランド研究者アスコ・パルボラ(英語版)が支持し研究振り出し戻っている。 パンジャーブ地方ハラッパーシンド地方モエンジョ・ダーロなどの遺跡知られるほか、沿岸部ロータルでは造船が行われていた痕跡がみられ、メソポタミア交流していた可能性がある。 焼き煉瓦用いて街路用水路浴場などを建造し一定の都市計画もとづいて建設されていることを特徴としていたが、紀元前2000年頃から衰退へむかったこの頃になると各地域ごとに文化発展がみられ、アハール・バナス文化英語版) (Ahar-Banas culture)、マールワー文化英語版) (Malava Kingdom, Malwa culture)、ジョールウェー文化英語版) (Jorwe culture) などがその例として挙げられる。 これらの文化滅亡した要因として環境問題紀元前1628年から紀元前1626年までの気候変動原因となったギリシャ・サントリーニ島のミノア噴火)などが指摘されているが、インダス文字が未解読なこともあり、詳細ははっきりとしていない。 (インドの歴史におけるヨーガについては後述

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インダス文明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 05:55 UTC 版)

インドの歴史」の記事における「インダス文明」の解説

インダス文明が後世インド文明与えた影響として、沐浴習慣リンガ信仰などが挙げられるほか、彼らの神像シヴァ神原型でありヨーガ源流になった考えられてきていた。 これは、1921年モエンジョ・ダーロハラッパー遺跡発掘した考古学者ジョン・マーシャルらによって、発掘され印章彫られ図像を、坐法行っているシヴァ神原型であると解釈したのである。そこから宗教学者エリアーデも、これを「塑造された最初期ヨーガ行者表象」であるとした。 近代に至るヨーガ歴史研究したマーク・シングルトンは、この印章がのちにヨーガ呼ばれたのであるかは、かなり疑わしいものであったが、古代ヨーガ起源としてたびたび引用されるようになった、と述べている。 しかし、佐保田鶴治指摘するように、このような解釈は、あくまで推論の域を出ないのであるという。インダス文明には、文字しきものはあっても解読には至っておらず、文字によって文献的証明することのできない物言わぬ考古学的な史料であり、全ては「推測以上に進むことはできない、と佐保田は述べている。 また、インド学者のドリス・スリニヴァサンも、この印章彫られた像をシヴァ神とすることには無理があり、これをヨーガ行法源流解することに否定的であるとしている。 近年このようなヨーガのインダス文明起源説終止符打とうとした宗教人類学者のジェフリー・サミュエルは、このような遺物からインダス文明の人々宗教的実践どのようなものであったかを知る手がかりはほとんど無いとし、現代行われているヨーガ実践を見る眼で過去遺物見ているのであり、考古学的な遺物のなかに過去行法実践読み解くことはできないとしており、具体的証拠に全く欠け研究難しさ物語っている。

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インダス文明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/16 03:28 UTC 版)

インダス川」の記事における「インダス文明」の解説

ガッガル・ハークラー川周辺からインダス文明が発見されている。ガッガル・ハークラー川流域には古くから人が居住しており、紀元前2600年ごろには流域各地小都市建設されるようになった。これはインダス文明と呼ばれエジプト文明メソポタミア文明黄河文明とともに世界四大文明一つ数えられる。とくに上流域現在のパンジャーブ州にあるハラッパーと、下流域現在のシンド州域にあるモヘンジョダロがよく知られている。インダス文明は青銅器文明であり、インダス文字呼ばれる独自の文字持ちガッガル・ハークラー川増水利用した氾濫農耕をおこなっていた。しかし、紀元前2000年ごろに起こった地殻変動によってインダス並行して流れ海に注いでいたガッガル・ハークラー川河道隆起しガッガル・ハークラー川上流域インダス上流域へと注ぎこむようになった。これによってガッガル・ハークラー川下流域干上がって砂漠化し、またインダス川水量急増によって河道不安定になり、氾濫頻発するようになった。これによって文明ネットワーク打撃受けたインダス文明は、紀元前1800年ころに滅亡した

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インダス文明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 14:28 UTC 版)

世界の歴史」の記事における「インダス文明」の解説

インダス文明とは、インダス川流域発展した文明のことであり、位置インドよりも、どちらかと言えばパキスタン寄りである。インダス文明はドラヴィダ人によって作られとされるインド最古文明で、遺跡としては、モヘンジョダロハラッパーなどがある。インダス文字作られたが、いまだ解読されていないまた、この頃のインダス文明では、強大な権力を示す、神殿王宮発見されていない。やがて、滅亡しインド=ヨーロッパ語族アーリヤ人侵入しパンジャーブ地方住み着いたその後ガンジス川進出しその後、今のカースト制呼ばれる身分制につながるヴァルナ制やジャーティ誕生したまた、これらの制度否定してブッダ(ガウタマ=シッダールタ)が仏教を、ヴァルダマーナジャイナ教開いた

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インダス文明

出典:『Wiktionary』 (2021/08/16 02:29 UTC 版)

固有名詞

インダス 文明いんだすぶんめい

  1. インダス川→項を作成ほとりにできた文明排水施設持っていた。

関連語


「インダス文明」の例文・使い方・用例・文例

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