四日市ぜんそくとは? わかりやすく解説

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よっかいち‐ぜんそく【四日市×喘息】

三重県四日市市昭和37年(1962)ころより、石油コンビナートから排出された硫黄酸化物による大気汚染公害のため、住民多数発生した気管支喘息訴訟が起こされて昭和47年(1972)に患者側の勝訴となり、排出量の規制公害健康被害補償法制定などに影響与えた。


四日市ぜんそく(よっかいちぜんそく)

四日市ぜんそくは4大公害一つだ。石油コンビナートからの亜硫酸ガス三重県四日市市空気汚染した。その大気汚染によって工場周辺住民ぜんそくになったものだ。特に気管支悪影響出た

四日市ぜんそくの発生時期は、1961年ころからだ。また、おもな被害地域は、三重県四日市市石油コンビナート周辺だ。

(2000.11.08掲載


四日市ぜんそく

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 12:05 UTC 版)

四日市ぜんそく(よっかいちぜんそく)とは、三重県四日市市塩浜地区を中心とする四日市市南部地域・四日市市中部地域)[注釈 1]と、南側に隣接する三重郡楠町(現:四日市市)[注釈 2]で、高度経済成長期(1960年代)に四日市コンビナートから発生した戦後日本の公害問題。1959年(昭和34年)から1972年(昭和47年)にかけて政治問題化した大気汚染による集団喘息障害である。


注釈

  1. ^ 塩浜地区など四日市市南部地域と海蔵地区など四日市市中部地域のみで四日市公害が発生した。患者は「死ぬより辛い」というほどの発作に苦しんだ。四日市市北部地域の富田地区・富洲原地区と四日市市西部地域は四日市公害の被害とは無関係である
  2. ^ 四日市市のみの公害と誤解されるが隣接する三重郡楠町にも公害患者が多数いた
  3. ^ 簡易表記や教育内容の教科書や正式名の四日市ぜんそくの呼称以外に難解漢字表記や医学用語では四日市喘息や水質汚染や喘息以外の病気など公害全体を指す四日市公害の呼称や四日市喘息の呼称がある
  4. ^ 四日市ぜんそくは他の三つの公害の水俣病・イタイイタイ病・新潟水俣病を日本政府が昭和43年に公害病と認定したが、四日市ぜんそくは日本政府の公害病認定がなくて公害病扱いされず、四日市のぜんそく事件と呼ばれていて、公害病ではなくて事件扱いされていた。
  5. ^ 戦時中の原子爆弾投下を繰り返さないノーモア広島ノーモア長崎の原爆ノーモアのヒロシマ・ナガサキがあるが、戦後の革新政党や環境運動家が叫んだノーモアとして公害問題では水俣病のノーモア水俣と四日市ぜんそくと四日市公害に反対するノーモア四日市と新潟水俣病再びのワンモア水俣がある。イタイイタイ病は富山病ではなくて呼称が地名ではなくてノーモアと言われなかった。
  6. ^ 静岡ではノーモア四日市と第二の四日市公害が叫ばれた
  7. ^ 2000年代の日本の都道府県で1人当たりの県民経済計算の所得がプラスとなったのは三重県・愛知県・静岡県・神奈川県・東京都・鹿児島県の6都県のみ。それ以外の府道県はマイナス成長か0%成長であった。三重県はシャープの立地、鹿児島県はキャノンの立地によるものである。
  8. ^ 社会科日本史戦後の公害の記述では四日市ぜんそくについては亜硫酸ガスが原因とされているが、水俣病・イタイイタイ病のように原因物質が正確には立証や特定されていない

出典

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  5. ^ 四日市ぜんそくの原因の質問と回答より
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  8. ^ 『四大公害病』政野淳子執筆192頁2行目から4行目
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  11. ^ (参考文献)は、四日市市史(第19巻)通史編現代。
  12. ^ (引用ホームページ)は、「四日市公害。学習案内。ガイドブック NO.1」四日市公害ぜんそく。
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