外交 外交の概要

外交

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/11 08:03 UTC 版)

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Ger van Elk, Symmetry of Diplomacy, 1975, Groninger Museum.
支倉常長日本外交官(1615年)

外交戦略に基づき立案される政策外交政策、または実際に二国間ないし多国間で行われる具体的な国家間交渉を外交交渉という。

定義

外交という言葉は外国との交際に関わるさまざまな政治的活動の総称であるが、その内容には二つの意味に大きく分類することができると考えられている。ハロルド・ニコルソンの『外交』によれば、それは「外交交渉」という技術的側面と、「外交政策」という政治的側面である。外交という言葉は両者の全く性質が異なる概念を包括しており、使い分けられるべきものである[1]

今日、外交とは国家間の政府外交のみならず民間外交、議員外交、あるいはNGOなどによるトラックII外交など、多様な主体が行う国際交流ないし交渉をさすが、そもそも外交とは、国家が国益の最大化を図るために行う諸活動のことを指すものであり、国際社会一般、あるいは国際法において正当な外交の主体とは主権国家であり、すなわちその国を代表する政府が担うことを基本としている。

また外交は古来から秘密裏に行われてきており、また現代においてもその交渉の過程については秘密裏に行うことが認められている。これは交渉過程が明らかになることによって外交交渉の運用そのものが制限されることを避けるためであり、国際的に認められている外交上の慣習である。

外交は本来、政府間の交渉のことを指すが、昨今では一議員やNGO関係者が外国要人などと会談する、いわゆる民間外交や議員外交も盛んになっている。このような外交の場はセカンドトラックと呼ばれるが、これを外交と呼ぶかどうかについては疑問を持つ専門家もいる。

外交における諸活動

外交における諸活動とは、一般的には国家による国際社会の軍事経済・政治など諸問題に関する交渉活動である。

多くの国が、政府に外交を担当する組織を(日本の場合外務省)設け、また自国と関係の深い国に大使館領事館などの在外公館を設置し外交官を常駐させて、上記の活動を担当している。

外交そのものに独自の政治的役割があるわけではなく、本質的には他の分野との関係性の上に成立する手段的な存在である。

現代の外交においては現実主義的な国益と国際法の観点からの国際利益の両者の追求が求められるため、その理念は基本的に二重構造となる。ゆえに、どうしても交渉においては理想と現実の妥協が大きな課題となる。

歴史

古代

6世紀梁朝元帝(蕭繹)の職貢図の模写。左から且末、白題(匈奴部族)、胡蜜丹、呵跋檀、周古柯、鄧至、狼牙修、亀茲百済波斯滑/嚈噠からの使者。
カデシュの戦いの休戦条約を記した粘土板(大小2点のうち小さいもの) イスタンブール考古学博物館内オリエント博物館にて撮影 (紀元前1274年)

外交自体は異なる二つの政治勢力が接点を持った場合必然的に発生するものであり、例えば手紙を持たせた使者を交換することや、戦場において停戦の交渉を行うために軍隊の指揮官が対面することなどの限定的、補助的な手段としての外交は古代から存在している。現存する外交文書のうち最も古いものはエジプトで発見されたアマルナ文書であり、これは紀元前14世紀エジプト第18王朝アメンホテプ4世のもとに、ミタンニバビロニアなどの周辺諸国から届いた粘土板の外交文書である。紀元前13世紀中盤には、エジプト第19王朝ヒッタイト帝国の間で世界最古の平和条約が締結された[2]

近代にいたるまでは、世界の各地域ごとにそれぞれの外交関係が構築されていた。東アジアにおいては、圧倒的な力を持つ中国大陸の諸王朝が周辺国への冊封を行い、名目的な君臣関係を結ぶ、いわゆる冊封体制が築かれていた。

近代

現代へと続く外交慣行は、15世紀末のヨーロッパに起源があるとされている。この時期、イタリアの都市国家群において、各国に外交使節を常駐させるようになった[3][4]。外交を専門的に取り扱う部署を設けて、現代のように運用するようになったのはフランスのリシュリューが1624年に外務省を開設したのちのことである[5]1644年から1648年にかけて三十年戦争の講和会議であるウェストファリア講和会議が行われたが、これはヨーロッパではじめての列国会議であり[6]、以後大戦争の際に大規模な国際会議が開催される先駆けとなった。18世紀にはヨーロッパの外交言語がラテン語からフランス語へと移行し、以後20世紀中期に英語にとってかわられるまでフランス語は外交言語の地位にありつづけた[7]

1814年から1815年にかけて、ナポレオン戦争の戦後処理を目的として開催されたウィーン会議は、列強間の勢力均衡を軸としたウィーン体制をヨーロッパに築き上げ、1870年までヨーロッパに比較的平和な期間をもたらすとともに、以後列国間で国際会議を随時行うことで平和を維持する方針がつくられた[8]。しかしこの方針は19世紀後半の帝国主義時代に機能しなくなり、2つのブロックに分断されたヨーロッパに国家対立を仲裁できるだけの勢力は存在しなくなって、1914年第一次世界大戦が勃発することで破局を迎えた[9]

一方、産業革命を迎えたヨーロッパ諸国の国力は他地域を圧倒するようになり、それまで欧州の外交秩序の外にいたアジアやアフリカの諸国もこの体制に組み込まれることとなった。オスマン帝国16世紀からフランスをはじめとする西洋諸国にカピチュレーションを与えていたが、18世紀に入ると力関係の逆転によってこれが不平等条約化し、カピチュレーションに含まれる治外法権が乱用されるようになった[10]。この治外法権は他国にも適用されるようになり、欧州から見て小国や非文明国とみなされた国家では、法令の未整備を理由としてしばしば治外法権や領事裁判権が押し付けられるようになった。この時期の外交の中心はパリであり、第二次世界大戦においてドイツに占領されるまでその地位にあった[11]

現代

1864年ジュネーヴ条約の原本

ヨーロッパにおいて、絶対王政時代から第一次世界大戦終結までは、外交は貴族や国王などの一部の特権階級による宮廷外交が主流であった。各国の大使は母国から独立した大きな権限を保有しており、嘘や謀略を張り巡らし、軍事協定なども秘密にしたため秘密外交とも呼ばれ、2国間外交を基本とした。こうした外交は旧外交と呼ばれる[12]

しかし民主化が進むにしたがって外交の担い手は徐々に貴族から職業外交官へと移行していき、秘密外交の基礎となる共通の階級という前提が崩れていった[13]。ついでロシア革命によって成立したソビエト政権が1917年11月8日に「平和に関する布告」を発し、ロシア帝国時代に結ばれていた秘密条約を公開して、旧来の外交を否定した。さらにこれを受けてアメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領が1918年1月に「十四か条の平和原則」を発して、やはり秘密外交の廃止を訴えた[14]

こうして外交革命と呼ばれる転換が起き、秘密外交は廃止され、第一次世界大戦後には、列国間の調整機関として国際連盟が設立されるなど、国際協調主義、軍事力行使禁止の原則などが打ちたてられて、選挙を通じた民主的統制に基づく外交が行われるようになった。この転換後の外交形態は新外交と呼ばれる[15]。しかしこの新外交体制は機能不全が目立ち、外交の民主的統制は各国の排外的な空気に振り回され、ナショナリズム民族自決ファシズムの台頭などに何ら手を打つことができず、第二次世界大戦の勃発によって外交秩序は崩壊した[16]

第二次世界大戦によって世界中が大きな損害を被ると、連盟の反省を踏まえて1945年国際連合が設立され、外交の秩序がふたたび構築された。戦後の外交はアメリカ合衆国とソヴィエト連邦の2大国間の対立、すなわち冷戦下で行われることとなったが、いっぽうで国際機関の激増によって多国間外交の重要性が高まり、また交通・通信手段の改善によって政府首脳や本国の機関が現地駐留の大使館を飛び越えて交渉を行うことも多くなった[17]。ソヴィエト連邦の崩壊によって冷戦は終結したが、情報技術の進展によって一般市民も外国の情報を容易に大量に入手できるようになり、非政府組織多国籍企業なども外交に影響力を及ぼすようになった[18]


注釈

  1. ^ 論じた例:辻雅之 (2006年6月5日). “日本の外交、やっぱり「三流」?”. ビジネス・学習. All About. 2011年11月24日閲覧。

出典

  1. ^ 外交[要ページ番号]
  2. ^ 「国際政治学をつかむ」p166 有斐閣 2009年11月30日初版第1刷
  3. ^ 「国際政治学をつかむ」p166 有斐閣 2009年11月30日初版第1刷
  4. ^ 「大使館国際関係史 在外公館の分布で読み解く世界情勢」p52 木下郁夫 社会評論社 2009年4月25日初版第1刷
  5. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p59 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  6. ^ 「近代ヨーロッパへの道」p224-225 成瀬治 講談社学術文庫 2011年4月11日第1刷
  7. ^ 「国際政治学をつかむ」p167 有斐閣 2009年11月30日初版第1刷
  8. ^ 「国際政治学をつかむ」p170-171 有斐閣 2009年11月30日初版第1刷
  9. ^ 「国際政治学をつかむ」p30-31 有斐閣 2009年11月30日初版第1刷
  10. ^ 「大使館国際関係史 在外公館の分布で読み解く世界情勢」p154-155 木下郁夫 社会評論社 2009年4月25日初版第1刷
  11. ^ 「大使館国際関係史 在外公館の分布で読み解く世界情勢」p71-72 木下郁夫 社会評論社 2009年4月25日初版第1刷
  12. ^ 「国際政治学をつかむ」p171 有斐閣 2009年11月30日初版第1刷
  13. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p84 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  14. ^ 「政治学の第一歩」p216 砂原庸介・稗田健志・多湖淳著 有斐閣 2015年10月15日初版第1刷
  15. ^ 「国際政治学をつかむ」p171 有斐閣 2009年11月30日初版第1刷
  16. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p130-132 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  17. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p164-165 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  18. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p166-169 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  19. ^ 軍事力と現代外交 歴史と理論で学ぶ平和の条件[要ページ番号]
  20. ^ 「国際政治の基礎知識 増補版」p325-326 加藤秀治郎・渡邊啓貴編 芦書房 2002年5月1日増補版第1刷
  21. ^ 「政治学の第一歩」p217 砂原庸介・稗田健志・多湖淳著 有斐閣 2015年10月15日初版第1刷
  22. ^ 国益」『国際政治事典』[要ページ番号]
  23. ^ 第14回 外交とは何か (PDF)”. 2011年11月24日閲覧。
  24. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p183-187 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  25. ^ 「国際政治の基礎知識 増補版」p260-264 加藤秀治郎・渡邊啓貴編 芦書房 2002年5月1日増補版第1刷
  26. ^ 「大使館国際関係史 在外公館の分布で読み解く世界情勢」p55-57 木下郁夫 社会評論社 2009年4月25日初版第1刷
  27. ^ 「現代国際関係の基礎と課題」内第4章「国際関係の法制度」瀬川博義 p79 建帛社 平成11年4月15日初版発行
  28. ^ 「現代国際関係の基礎と課題」内第4章「国際関係の法制度」瀬川博義 p79 建帛社 平成11年4月15日初版発行
  29. ^ 「大使館国際関係史 在外公館の分布で読み解く世界情勢」p94-95 木下郁夫 社会評論社 2009年4月25日初版第1刷
  30. ^ 「大使館国際関係史 在外公館の分布で読み解く世界情勢」p97 木下郁夫 社会評論社 2009年4月25日初版第1刷
  31. ^ 「現代国際関係の基礎と課題」内第4章「国際関係の法制度」瀬川博義 p80 建帛社 平成11年4月15日初版発行
  32. ^ 「国際関係・安全保障用語辞典 第2版」p339 小笠原高雪・栗栖薫子・広瀬佳一・宮坂直史・森川幸一編 ミネルヴァ書房 2017年11月20日第2版第1刷
  33. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p120-121 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  34. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p156 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  35. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p71 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  36. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p159 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷
  37. ^ 「国際政治の基礎知識 増補版」p315 加藤秀治郎・渡邊啓貴編 芦書房 2002年5月1日増補版第1刷
  38. ^ 「外交 他文明時代の対話と交渉」p164 細谷雄一 有斐閣 2007年12月30日初版第1刷







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