オレたちひょうきん族とは?

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オレたちひょうきん族

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/06/04 07:14 UTC 版)

オレたちひょうきん族』(オレたちひょうきんぞく)は、フジテレビ系列1981年5月16日から1989年10月14日まで毎週土曜日20:00 - 20:54(JST)に放送されていた日本お笑いバラエティ番組。通称「ひょうきん族」「ひょうきん」。




  1. ^ 2004年9月10日朝日新聞「懐かしのお笑い、なぜ人気(サブch.)」
  2. ^ 尤も、吉本自体大正時代には早くも東京に進出しており、当時東京最大の歓楽地であった浅草公園六区に劇場を建設、戦前にはプロ野球の読売ジャイアンツの設立や映画会社の経営に関与するなど全国規模での活動をしていたが、戦後の浅草の急激な斜陽化とともに吉本は撤退した。その後1980年に上京する芸人のマネジメントをする「東京連絡事務所」を設立していたが、社員は2名のみと戦前と比較して小規模な状況でのスタートだった。
  3. ^ ビートきよしの出演が無くなってからは、「ツービート」表記は無くなった。
  4. ^ 初代OP時でのクレジット上での扱いは正式レギュラーが顔つきで紹介された後に、タレント名だけがテロップで表示される、いわゆる「準レギュラー」格での扱いで、正式レギュラー扱いとなったのは1983年、2代目のOPに切り替えられてからのことであった。
  5. ^ 一時、裏番組『ダントツ笑撃隊!!』(日本テレビ)に出演して番組を離れるも1982年に復帰。「ぼんちおさむ」を名乗るようになってからも当番組では「おさむ」名義のままだった
  6. ^ 1982年頃に降板し、約2年間番組を離れていたが石井章雄の洋七が好評で「W洋七」として復帰し、太平サブローの洋八と「B&B」として活躍
  7. ^ オープニングでは「赤信号」の名義だった。
  8. ^ 放送局の損失額は2億3000万円に[リンク切れ]
  9. ^ ただし、衛星受信の放送のみに許可されており、IPTV向けの放送では許可されていない。
  10. ^ 当時のさんまは月曜日の当番組収録後に、毎日放送で『MBSヤングタウン』の生放送にレギュラー出演するスケジュールを取っていた。
  11. ^ 千原ジュニア40歳記念ライブでの話し。
  12. ^ 「なるみ 岡村の過ぎるTV」2015年1月18日放送等より。
  13. ^ 最後に退場した山田邦子にスタッフから大きな拍手が送られた。これは『ひょうきん族』の流れを『やまかつ』で継ぐ意味もあった。






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