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オレたちひょうきん族
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/07 02:37 UTC 版)
(ひょうきん族 から転送)
『オレたちひょうきん族』(オレたちひょうきんぞく)は、1981年5月16日から1989年10月14日までフジテレビ系列局で土曜日 20:00 - 20:54 (JST) に放送されていたお笑いバラエティ番組。
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- ^ また、すでに体力・精神共に疲弊していたいかりや長介がネタ作りを放棄(しかし、いかりやは著書でこれを否定し、「干された」と言っている)して、1982年頃に志村けんや加藤茶が主導権を握るようになっており、翌1983年にいかりやから「もう俺は疲れた番組を止めよう」と発言して徐々に終了の方向にシフトしていった事も大きい(いかりや長介『だめだこりゃ』・居作昌果『8時だョ!全員集合伝説』)。
- ^ 2004年9月10日朝日新聞「懐かしのお笑い、なぜ人気(サブch.)」
- ^ ビートきよしの出演が無くなってからは、「ツービート」表記は無くなった。
- ^ 初代OP時でのクレジット上での扱いは正式レギュラーが顔つきで紹介された後に、タレント名だけがテロップで表示される、いわゆる「準レギュラー」格での扱いで、正式レギュラー扱いとなったのは1983年、2代目のOPに切り替えられてからのことであった。
- ^ 一時、裏番組『ダントツ笑撃隊!!』(日本テレビ)に出演して番組を離れるも1982年に復帰。「ぼんちおさむ」を名乗るようになってからも当番組では「おさむ」名義のままだった
- ^ 1982年頃に降板し、約2年間番組を離れていたが石井章雄の洋七が好評で「W洋七」として復帰し、太平サブローの洋八と「B&B」として活躍
- ^ オープニングでは「赤信号」の名義だった。
- ^ 放送局の損失額は2億3000万円に
- ^ 最後に退場した山田邦子にスタッフから大きな拍手が送られた。これはひょうきん族の流れを『やまかつ』で継ぐ意味もあった。
- ^ ED放送の前年1982にシングルレコードで発売された曲で、当番組のED用に用意された曲ではない。2011年現在までCD化されたことは無く、歌手もこの曲以外で、目立った芸能活動はしていない。
- ^ 1984年10月放送用にTVスタジオで収録されたアレンジバージョン。当初は演奏シーンともにエンディングに流れた。そのためこの演奏形態でのDOWN TOWNはEPOのレコードおよびCDには収録されておらず、2012年現在、当番組のED映像資料以外での視聴は困難である。
[続きの解説]
「オレたちひょうきん族」の続きの解説一覧
オレたちひょうきん族に関連した本
- オレたちひょうきん族 (1982年) サンケイ出版
- 80年代こども大全集 (別冊宝島) (別冊宝島 1765 カルチャー&スポーツ) 宝島社
- ニセ夫婦漫才~笑いひと筋23年信頼のラジオビバリー昼ズ~ 清水 ミチコ 双葉社
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