とうきょうものがたり〔トウキヤウものがたり〕【東京物語】
東京物語
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『東京物語』(とうきょうものがたり)は、1953年(昭和28年)に公開された日本映画である。監督は小津安二郎、主演は笠智衆と原節子。モノクロ、スタンダード・サイズ、136分。
注釈
- ^ 「ロー・アングル」とは異なる手法である。カメラの仰角を上げ、あおる手法である「ロー・アングル」に対し、小津の「ロー・ポジション」においてカメラがあおられることはない。「ロー・ポジション」(ロー・ポジ)では、低い位置にカメラを固定し、角度をわずかに上にあげていた。
- ^ 四方田犬彦は「小津はそれ【家族制度のゆるやかな解体】を、正面の切返し、構図のなかの人人物の大きさの厳密な調整、これ以上削れないほどに単純化された科白といった様式のもとに、臆することなく描いた。おそらくそれは日本映画史のなかでもっとも禁欲的なフィルムであるだろう」と評している[10]。
- ^ 末延芳晴も指摘しているように、これはジョン・フォード監督の『わが谷は緑なりき』でモーリン・オハラとあらぬ噂を立てられて去ろうとする牧師ウォルター・ピジョンから息子が時計を受け取る場面から採っている。『東京家族』でも、紀子(蒼井優)が同じように義母の時計をもらう場面がある[16]。
- ^ ビジネスガールのこと。OL(女性従業員)の古い呼び方。
- ^ 東京に帰る紀子(原)が形見の時計を見る客車内のシーン(127m46s – 128m15s)は、大船駅の修理場で待機している本物の客車を借りて撮影[23]。
- ^ 厚田雄春の撮影記録によれば墨田区アヅマ町クリーニング屋と思われる[37]。
- ^ 厚田の撮影記録に八重洲口改札口で、撮開23時、徹夜、前4時終了、オールスターなどと記されている[44]。
- ^ この食事シーンではなく、笠が東京で旧友役の十朱久雄、東野英治郎と飲むシーン(62m00s頃)で「竹村家でか?」と話す場面がある。
- ^ 平山周吉家として撮影された戸田家は2008年頃取り壊され新築された。庭木の一部のみ撮影当時の物が現存しているという[54]。
- ^ 撮影台本では「海を見晴らす丘の上で子どもたちが写生をしている」だったが、それにふさわしい丘が尾道になく、同小学校の窓から京子が、帰京する紀子の乗った汽車を見送る」に変更された[26]
出典
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