昆虫
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人間との関わり
生物世界で最も種類の多い動物群であり、何らかの関わりなしに生活することが不可能なほどに、あらゆる局面でかかわりを生じる。直接に人間の役に立つものを益虫、人の健康、財産、家畜、農作物などに害を与えるものを害虫と言う。ただし、実害はない不快害虫もいれば、日常生活で益虫・害虫扱いされるものの分類学的には昆虫以外の小動物も含まれる。
益虫は、インセクトブリーダーなどによる昆虫養殖(養蜂、養蚕、ゴキブリ養殖など)が行われる[40]。
昆虫採集や飼育は趣味の一分野である。昆虫標本などは博物館などの展示物として人気があり、名和昆虫博物館(岐阜県岐阜市)、倉敷昆虫館(岡山県倉敷市)[41] のような飼育専門施設の昆虫館もある。生きた昆虫の輸入も行われるが、有害動物は植物防疫法によって輸入禁止である[42]。そいういった輸入された昆虫を放虫した場合は、外来種であり、自然界に様々な悪影響を及ぼすので避けるべきで責任をもって逃がさず育てることが推奨される[43]。
文化として、季節や天候を知るために昔から観察されてきたこともあり、虫(蟄)が冬から解放され(啓いて)動き出す日として24節気のひとつ啓蟄がある[44]ほか、北海道では雪虫は初雪を告げる昆虫として知られている。
古代エジプトでは、一部の甲虫がスカラベとして崇拝対象となった。
学問の昆虫学も大きく発展し、昆虫分類学・応用昆虫学・蚕学・天敵昆虫学(生物的防除)・衛生昆虫学・法医昆虫学・環境昆虫学・遺伝学など幅広い。また、ミツバチや蚕などの産業動物である昆虫は獣医学で取り扱う。
ペットとしての昆虫
採集その他の手段で入手した昆虫を集めたり飼育したりする娯楽は古くから存在する。ダーウィン、ウォーレスなどの泰斗を輩出している博物学の祖国イギリスで顕著であるが、広くヨーロッパにみられ、チョウの幼虫やオサムシ類を飼育する例が多い。現代ではナナフシの人気が高く、観葉植物感覚で飼育される。
日本においては、平安時代の貴族階級において、スズムシ、マツムシ、コオロギなどの「鳴く虫」(直翅目)の飼育、鳴き声の観賞がはじまり[45]、江戸時代中期にはそれらを行商人が売り歩く商業も確立、江戸町民を中心に鳴く虫飼育の文化が広く普及した。鳴く虫のほか、蛍も同様に広く取引された[46]。こうした虫売り文化は昭和初期には最盛期を迎えたものの、戦後は衰退した[47]。元々これらの文化は、中国から伝播したとも、独自に並行発生したともいわれるが定かでない。また、中国では鳴き声の鑑賞のみならずコオロギの格闘を楽しむ娯楽「闘蟋」も古くから親しまれてきた。闘蟋の歴史は唐の玄宗期にさかのぼるとされ、南宋の宰相である賈似道はこの趣味が高じて世界初のコオロギの百科事典『促織経』を著した[48]。一方、児童年齢の子供がカブトムシやクワガタムシなどに昆虫相撲を取らせる古典的遊びも、江戸時代からあり、それらの昆虫は「サイカチ」「オニガラ」「オニムシ」などと呼ばれた。
21世紀現在の日本には、サブカルチャー・ホビーの一つとして、クワガタムシやカブトムシなどの甲虫類に鑑賞価値を見出し累代飼育するファンが多く、10万人単位の愛好者がいるといわれる。
食材としての昆虫
今日の日本においては、昆虫食はあまり一般的ではなく、どちらかと言うとゲテモノ料理や珍味として扱われる機会が多い。その中でイナゴ(佃煮)は全国的に食べられていると言ってもよく、ハチ、セミ、ゲンゴロウ、トビケラやカワゲラ(水生昆虫の幼虫をまとめてざざむしと総称)、カイコガ、カミキリムシなども食用とされることがある。商品として売り出されたところもある。2008年時点で、はちの子、イナゴの缶詰はともに1トン弱、カイコのサナギが300キログラム、まゆこ(カイコのガ)が100キログラム、ザザムシが300キログラム製造されている[49]。なかには、長野県のハチの子の佃煮のように郷土料理や名物になっている地域もある。
世界的にはタガメやアリ、甲虫などの昆虫の幼虫を食べる文化を持っている国や地域、民族は多い。なかでも昆虫の多い亜熱帯から熱帯地域において昆虫食の文化は根付いている[50]。
昆虫はタンパク質やミネラルを豊富に含んで栄養価が高い上、従来の家畜に比べ飼料の転換効率がよいため、将来的に重要な食料となるとの見方を国連食糧農業機関は示している[51]。
薬材としての昆虫
中国の生薬を集めた『本草綱目』には、多種の昆虫が記載されている。一例としてシナゴキブリは、シャチュウ(䗪虫[52])の名で、血行改善作用があるとされている。学問的に薬効は必ずしも明らかになっていない例が多いが、他にも薬酒の原料としてスズメバチ、アリ、ゴミムシダマシ、冬虫夏草(昆虫の幼虫から真菌キノコが成長したもの)などが使われたり、粉末にして外用薬にされる昆虫もある。また、昆虫そのものではないが、セミの抜け殻は蝉退(センタイ)といって、解熱、鎮静、鎮痙などに用いられる。
飼料としての昆虫
世界的な人口増加により昆虫由来の飼料が研究されており、2020年4月に農林水産省にフードテック研究会が新設された[53]。
農薬としての昆虫
日本の法律(農薬取締法)は、農作物を害する昆虫、ダニ、細菌などの防除に使われる薬剤のみならず、防除に有益な天敵をも一括して農薬と整理した。このため、農薬として登録されている昆虫、クモ、ダニ、細菌、ウイルスなどがあり、これらは生物農薬とも呼ばれる。これらは法律上は農薬であるため、用法、用量、販売にも規制がある。現在日本で登録されている天敵昆虫には、オンシツツヤコバチ、ヨコスジツヤコバチ、タイリクヒメハナカメムシ、ヤマトクサカゲロウ、ナミテントウ、コレマンアブラバチなどがある。こうした天敵農薬による生物的防除としては、19世紀末のアメリカにおいて、イセリアカイガラムシの大発生を原産地オーストラリアにおける天敵ベダリアテントウの導入によって防いだ例などが知られ、成功すれば大きな効果を上げるものの、目的の害虫以外の虫が攻撃され大被害を受けることも珍しくないため、導入には細心の注意が必要である[54]。
産業用の昆虫
歴史的に最も広範に利用されている産業用昆虫として、絹糸を生産するためのカイコガがある。絹は歴史を通じて高級繊維としての地位を確立しており、これを生み出すカイコを育てる養蚕は産業の一つとして成立している。カイコは家畜化された歴史が長いためすでに野生では存在せず、人間の手を離れては生きられなくなっている[55]。なお、カイコ以外にも絹糸を生成できる虫はヤママユ(テンサン、天蚕)やその亜種であるサクサン(柞蚕)などいくつか存在し、野蚕と総称される。ミツバチ類は蚕と並んでもっとも重要な産業用昆虫であり、蜂蜜やロイヤルゼリー、さらに蜜蝋の採取目的で飼育されている[56]。ミツバチのもう一つ重要な用途としては果樹や野菜といった虫媒花の受粉が挙げられる。受粉は農業上非常に重要であり、養蜂は蜂蜜採取よりも授粉用の需要の方が大きくなっている[57]。授粉用昆虫としては、このほかにマルハナバチ類も多用される。カイコとミツバチは昆虫でありながら家畜になっているといえる。イボタロウムシも蝋の生産に重要である。
この他、海外では赤色染料の原料としてカイガラムシ類が広く利用され、なかでも良質のコチニール色素の取れるコチニールカイガラムシはアステカで珍重されて、19世紀中盤に化学染料が優勢になる前は世界で広く栽培されていた[58]。またラックカイガラムシは染料としても使用されていたが、それよりもシェラックと呼ばれる樹脂の生産で知られており、かつてはワニスなど様々な用途に使用されていた[59]。また、幼虫(ウジ)を釣り餌として利用するために累代飼育されているハエや爬虫類の餌として飼育販売されているコオロギなどのような例もある。
装飾用の昆虫
タマムシ、チョウ、ガなど、色彩や光沢の鮮やかな昆虫は、工芸品などの装飾材料にも利用される。日本で国宝に指定されている玉虫厨子は、本来タマムシの羽を装飾として使用していたことでこの名がついており、オリジナルの玉虫厨子でその装飾が失われた後も、タマムシの羽をふんだんに使用して作成当時の姿を復元したレプリカがいくつか作成されている[60]。
モデル生物として
モデル生物として重要なものもある。ショウジョウバエやカイコが遺伝学で、アズキゾウムシやコクヌストモドキが個体群生態学で演じた役割は非常に大きい。昆虫は小型で扱いやすく、狭い環境でも飼育が可能で、また短い時間で複数世代が観察できる。上記のような昆虫はそのような点でモデル生物として好適であった。また、処理のしやすさについても独特である。ハワード・エヴァンズは著書『虫の惑星』で昆虫の変態ホルモンに関する実験で、複数の幼虫の首を切ってつなぎ合わせてその変態を見る実験について説明した後、この実験をネコで行うことが想像できるか?と述べている。
また、ゴキブリは、昆虫の中でも大きい方なので、研究用の生物(昆虫)としても利用されている。
法医昆虫学
アメリカ合衆国などでは、クロバエなどが死体に産卵する特性と幼虫(ウジ)の成長の程度が、遺体の放置時間を推定する際の手掛かりの一つとされている[61]。
医療としての昆虫
医療、治療方法として、無菌状態にしたハエなどの幼虫のウジに患部の壊死した組織を食べさせるマゴットセラピーがある。これは1930年代にアメリカで広まったものの、1940年代にペニシリンが開発されると急速に使用されなくなっていったが、1990年代末から再び使用が増加しつつある[62]。
バイオ医薬品などの組換えタンパク質の生産宿主としても昆虫や昆虫細胞は用いられている。宿主としてはカイコやイラクサギンウワバ、ツマジロクサヨトウ、ウイルスベクターとしてはバキュロウイルスが用いられており[63]、このような発現系はバキュロウイルス発現ベクター系(BEVS)と呼ばれる[64]。昆虫由来培養細胞とAutographa californica multiple核多角体病ウイルス(AcMNPV)を用いた組換えタンパク質の生産法は1983年にテキサスA&M大学のゲール・スミスやマックス・サマーズらによって開発され、カイコ幼虫個体とカイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)を用いた方法は1985年に鳥取大学の前田進らによって開発された[64]。BEVSはインターフェロンや抗体などの試薬のほか『サーバリックス』や『Novavax COVID-19ワクチン』といったワクチン用タンパク質の生産にも役立てられている。
生態系の調整・基盤サービスの担い手としての昆虫
上に記したような、食料、医薬品や医療、農業、衣料あるいはペットなどとしての利用は、生態系サービスのうちの供給サービスあるいは文化的サービスに当たるが、それ以外にも生態系の調整サービスや基盤サービスの担い手として重要な役割を果している[65][66]
例えば、ミツバチ以外にも様々なハナバチや、アブやハエ、チョウやガ、ハナムグリやカミキリ等の甲虫などが、植物の受粉を担っている。また、枯木や倒木、デトリタス、枯葉は、シロアリ、ゴキブリ、クワガタ、カミキリ、土壌性昆虫、水中ではトビケラや双翅目幼虫などが分解している。野生動物の糞や死体は、ハエ、シデムシ、糞虫などにより分解される。特定の虫が大発生することを、多くの捕食寄生昆虫や肉食性昆虫が抑制している。
他方では、クモ、鳥、コウモリ等の哺乳類、両生類、爬虫類、淡水魚などの餌として、生態ピラミッドのより高次の消費者を支えている。
こうして多種多様な昆虫により様々な自然生態系が維持され、ひいては人間にも様々な生態系サービスをもたらしている[67]。
害虫
上記のような益虫のほか、人類に害を与える害虫も数多く存在する。一部の昆虫は媒介者として伝染病の感染源となっている。こうした媒介者の中で最も有害な昆虫はカであり、マラリアやデング熱などさまざまな伝染病を媒介して、2016年のデータでは1年間で死者は83万人にも上り、「地球上でもっとも人類を殺害する生物」となっている[68]。人間だけでなく、農作物や家畜に害を与える昆虫も多く存在する。なかでもイナゴやバッタなどは相変異を起こした大集団が周囲のすべての草本類を食らいつくす蝗害を発生させることがあり、この場合周囲の生態系は大打撃を受け飢饉が発生することもある。
注釈
出典
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