温泉 日本の温泉

温泉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/21 15:45 UTC 版)

日本の温泉

環境省によると、日本には2016年度時点で3038の温泉地(源泉数は2万7422)がある[25]。温泉はヨーロッパでは医療行為の一環として位置付けられる側面が強いが、日本では観光を兼ねた娯楽である場合が多い。学校合宿修学旅行に取り入れる例も多い。もちろん、湯治に訪れる客も依然として存在する。

歴史

日本は火山が多いために火山性の温泉が多く、温泉地にまつわる神話開湯伝説の類も非常に多い。神話の多くは、温泉の神とされる大国主命少彦名命にまつわるものである。例えば日本三古湯の一つ道後温泉について、『伊予国風土記』逸文には、大国主命が鶴見岳(現在の大分県別府市)の山麓から湧く「速見の湯」(現在の別府温泉)を海底に管を通して道後温泉へと導き、少彦名命の病を癒したという神話が記載されている。

また、発見の古い温泉ではその利用の歴史もかなり古くから文献に残されている。文献としては『日本書紀』『続日本紀』『万葉集』『拾遺集』などにの神事や天皇の温泉行幸などで使用されたとして玉造温泉有馬温泉道後温泉白浜温泉秋保温泉などの名が残されている。平安時代の『延喜式神名帳』には、温泉の神を祀る温泉神社等の社名が数社記載されている。日本の温泉旅館のうち、「慶雲館」(西山温泉)、「千年の湯 古まん」(城崎温泉)、「法師」(粟津温泉)はいずれも飛鳥時代創業とされており、宿泊施設として世界でも現存最古級である。

考古学の観点からは、を含む温泉に、塩分を求めて草食動物が集まり、その動物たちを狩る人間が温泉の周りに集まり、人の営みが生まれ、温泉に親しむ日本の文化が生まれたのではという推察がある[26]

六国史に見える温泉の記述

鎌倉時代以降になると、それまで漠然として信仰の存在となっていた温泉に対し、医学的な活用が増え、実用的、実益的なものになった。一遍らの僧侶の行う施浴などによって入浴が一般化した。鎌倉中期の別府温泉には大友頼泰によって温泉奉行が置かれ、元寇の戦傷者が保養に来た記録が残っている。さらに戦国時代の武田信玄上杉謙信は特に温泉の効能に目を付けていたといわれる。

江戸時代頃になると、農閑期に湯治客が訪れるようになり、それらの湯治客を泊める宿泊施設が温泉宿となった。湯治の形態も長期滞在型から一泊二日の短期型へ変化し、現在の入浴形態に近い形が出来上がった。

貝原益軒後藤艮山宇田川榕庵らにより温泉療法に関する著書や温泉図鑑といった案内図が刊行されるなどして、温泉は一般庶民にも親しまれるようになった。この時代は一般庶民が入浴する雑湯と幕吏代官藩主が入浴する殿様湯、かぎ湯が区別され、それぞれ「町人湯」「さむらい湯」などと呼ばれていた。各藩では湯役所を作り、湯奉行、湯別当などを置き、湯税を司った。

一般庶民の風習としては正月の湯、寒湯治、花湯治、秋湯治など季節湯治を主とし、比較的決まった温泉地に毎年赴き、疲労回復と健康促進を図った。また、現代も残る「湯治風俗」が生まれたのも江戸時代で、砂湯打たせ湯、蒸し湯、合せ湯など、いずれもそれぞれの温泉の特性を生かした湯治風俗が生まれた。

そして上総掘りというボーリング技術による源泉の掘削「湯突き」が19世紀末にかけて爆発的に普及した事で、明治以降には温泉資源を潤沢に利用出来るようになった。日本の温泉源泉総数のうちおよそ1/10を抱える大分県別府市では、1879年(明治12年)頃にこの技術が導入されて温泉掘削が盛んとなり、発展した。

温泉とレジャー

1929年(昭和4年)から翌年にかけて国民新聞主催で「全国温泉十六佳選」という読者投票イベントが実施され[27]、各地の温泉に関心が注がれた。

箱根温泉神奈川県足柄下郡箱根町)や熱海温泉(静岡県熱海市)のように交通が便利な地域に形成された大規模な温泉街もあれば、交通の便が悪い山奥などにあるものの泉質や閑静な雰囲気などを求める秘湯めぐりというジャンルもある。

1950年代には、温泉地に向かう鉄道の臨時電車も設定されるなど、戦後の混乱から徐々に脱却し、温泉地に向かう余裕のある客も増えてきたが、さすがに年末年始の時期に温泉に向かう客は少なく、週末に東京から伊豆方面へ温泉客を運んでいた臨時電車「いこい」「いでゆ」(現在の特急踊り子号の前身)が運休する年もあった[28]

バブル期のリゾートマンションには、天然温泉付きというものもあった(そういった名称ではないものの1960年前後に既に存在したという説もある)。

1997年の多摩テッククア・ガーデン」(既に閉園)を先駆けとし、テーマパーク遊園地)に天然温泉施設を併設する動きが2000年代初頭に相次いだ。

入浴以外での利用

景観

火山性温泉の周辺には、火山活動に伴う地形や現象などが観光資源になっている例もある(大涌谷や各地の地獄谷など)。成分や湯温などが入浴に適さないなどの理由で、観光客が見て楽しむ熱水泉もあり、別府地獄めぐりや世界各地にある間欠泉が有名である。

地獄谷温泉 (長野県)は人間が泊まる温泉宿以外に、ニホンザル露天風呂につかる地獄谷野猿公苑があることで日本国外にも知られている。

湯の花などの採取

湯の花小屋(明礬温泉

温泉に含まれる成分が析出沈殿したものを「湯の花」と呼ぶ。採取して入浴剤などとして販売している温泉地もある[29]明礬温泉(別府市)の「湯の花小屋」における湯の花からの明礬製造技術は国の重要無形民俗文化財に指定されている。

大塩裏磐梯温泉(福島県)では、濃い食塩泉を煮詰めて製塩(山)が行われている。

食品加工などへの利用例

温泉発電

温泉の熱を、アンモニアフロンなどの水よりも沸点が低いものに与えることで蒸気を発生させ、その蒸気圧によってタービンを回すことで電力を発生させるバイナリー発電が行われている。従来の地熱発電と比べ、開発コストが低い、温泉枯渇のリスクが低い、というメリットがある。長崎県雲仙市大分県別府市などで運用されている[31]

温泉泥の利用

その他の温泉熱利用

土湯温泉(福島県)では温泉熱をテナガエビ養殖に、草津温泉(群馬県)では水道水の加温や暖房、道路の融雪に利用している[32]


注釈

  1. ^ 石英など結晶に圧力を加えると電気が発生する(圧電効果)。地盤にひずみが起きると地中の結晶状の岩石が圧電効果を起こし電磁エネルギーを蓄える。蓄えた電磁エネルギーは電磁波として放出されるが、電子レンジと同じマイクロ波の波長で放出されると、電子レンジ同様に地中に含まれる水分を加熱させるため温水となる。 また、圧電効果を起こす結晶に電圧をかけると逆にひずみを引き起こすことが知られている(逆圧電効果)。
  2. ^ ある日イベリア王国国王のヴァフタング1世が狩りをしていると、彼のハヤブサが傷ついたキジを捕まえてきた。その後王が歩いていると突然彼のハヤブサとキジが水の中に落ち死んでしまった。王が確認するとそこには茹で上がったハヤブサとキジと温かい水、つまり温泉があった。その後ヴァフタング1世はイベリア王国の首都をムツヘタからアバノツバニのある場所に遷都し、その場所はジョージア語で"あたたかい"、"あたたかい場所"を意味するトビリシ(アソムタヴルリ:ႲႡႨႪႨႱႨ, ムヘドルリ: თბილისი)という名前が付けられた[37]

出典

  1. ^ 神奈川県温泉地学研究所、(1) 温泉法による温泉の定義、2020年8月31日閲覧。
  2. ^ 鉱泉分析法指針(平成26年改訂)』環境省自然環境局、2014年、3頁https://www.env.go.jp/council/12nature/y123-14/mat04.pdf 
  3. ^ 温泉法”. e-Gov法令検索. 2024年1月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月9日閲覧。
  4. ^ ナノミスト、超音波で温泉水濃縮 旅館向け装置販売”. 日本経済新聞 電子版 (2012年11月20日). 2017年1月30日閲覧。
  5. ^ a b c あんしん・あんぜんな 温泉利用のいろは 環境省
  6. ^ 妊婦の温泉入浴OKに 「禁忌症」から32年ぶり削除 環境省”. MSN産経ニュース (2014年4月3日). 2014年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月4日閲覧。
  7. ^ 日帰り入浴施設におけるレジオネラ症集団発生事例と衛生管理上の対策―神奈川県”. www.niid.go.jp. 2022年12月23日閲覧。
  8. ^ エコとバイオで町興しと健康づくり・産業観光振興 湯原温泉郷”. 国土交通省. 2023年6月22日閲覧。
  9. ^ 競走馬リハビリテーションセンター(常磐支所) Racehorse Rehabilitation Center”. 競走馬総合研究所. 2024年1月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月9日閲覧。
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  11. ^ 温泉硫化水素 道内7カ所で基準超 全国では計33カ所 どうしんweb 北海道新聞(2017年1月17日)2017年1月28日閲覧
  12. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2018年2月22日). “高濃度の二酸化炭素滞留か 有馬・歴史資料館で職員死亡 専門家が指摘”. 産経ニュース. 2022年12月27日閲覧。
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  14. ^ 湯あたり』 - コトバンク
  15. ^ Corporation, 株式会社テレビ東京-TV TOKYO. “温泉旅館のお饅頭には深い意味が!? 知らなかった「温泉の正しい入浴法」|テレ東プラス”. 2022年12月27日閲覧。
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  17. ^ 癒やされるはずが逆効果?=温泉での湯かぶれにご用心”. 時事メディカル. 2022年12月23日閲覧。
  18. ^ 湯傷』 - コトバンク
  19. ^ 中標津町の“野湯”で死亡事故 閉鎖危機”. NHK北海道. 2022年12月27日閲覧。
  20. ^ 寒い時期にお風呂に入る際の注意点「ヒートショック」と「浴室熱中症」”. TBSラジオ FM90.5 + AM954~何かが始まる音がする~. 2022年12月27日閲覧。
  21. ^ 杉山尚「湯あたり」『日本温泉気候学会雑誌』第25巻第1号、日本温泉気候物理医学会、1961年、1-15頁、CRID 1390001205365318400doi:10.11390/onki1935.25.1ISSN 0369-4240 
  22. ^ ドクターフィッシュの生態学〜日経サイエンス2007年8月号より - 日経サイエンス”. www.nikkei-science.com (2007年6月25日). 2022年12月23日閲覧。
  23. ^ 日本でも人気、皮膚をきれいにするドクターフィッシュ 海外ではアトピー治療の一方、感染症恐れ禁止する国も”. J-CAST ニュース (2015年11月5日). 2022年12月23日閲覧。
  24. ^ アスクレピアデス』 - コトバンク
  25. ^ 温泉に関するデータ (PDF) 環境省(2018年7月13日閲覧)
  26. ^ “テルマエ・ニッポン:温泉と遺跡の関係…考古学的研究進む”. 毎日新聞. (2014年2月19日). オリジナルの2014年2月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140227224315/http://mainichi.jp/select/news/20140219k0000e040245000c.html 2014年2月23日閲覧。 
  27. ^ 関戸明子メディア・イベントと温泉:「国民新聞」主催「全国温泉十六佳選」をめぐって」『群馬大学教育学部紀要. 人文・社会科学編』第54巻、群馬大学教育学部、2005年、67-83頁、CRID 1050282812637360512hdl:10087/1203ISSN 0386-4294NAID 120000913245 
  28. ^ 「温泉列車を運休 年末・年始の週末に」『朝日新聞』昭和25年12月2日3面
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  30. ^ 【食のフロンティア】「おんせん野菜」人気じわり 肥料に使い「甘みアップ」『日経MJ』2018年12月24日(フード面)。
  31. ^ yh (2021年12月18日). “「温泉大国・日本」における地熱(温泉)発電普及の課題とは?”. 太陽光発電最安値発掘隊. 2022年12月13日閲覧。
  32. ^ 【eco活プラス】温泉熱でまちづくり エビの養殖・融雪…とことん活用『朝日新聞』夕刊2018年5月15日(2018年7月13日閲覧)
  33. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2017年9月17日). “【イタリア便り】風呂との縁切ってしまった中世ヨーロッパ”. 産経ニュース. 2022年12月23日閲覧。
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  35. ^ 地球の歩き方 セーチェニ温泉 「プールだけでなく温泉も混浴なので水着着用」
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  38. ^ Soaking in Sulphur: A History of the Tbilisi Bathhouses”. theculturetrip.com. 2020年2月9日閲覧。
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  40. ^ 日経BP「旅名人ブックス 台湾の温泉&スパ」





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