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うだいじん 2 【右大臣】
(2)明治初期、太政官制の官名の一。三条実美・岩倉具視が任ぜられた。内閣制度発足により廃止。
みぎのおおいもうちぎみ ―おほいまうちぎみ 【右〈大臣〉】
みぎのおとど 【右〈大臣〉】
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右大臣
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/18 02:22 UTC 版)
右大臣(うだいじん)は、朝廷の最高機関、太政官の職の一つ。唐名は「右府」「右丞相」「右相国」「右僕射」「太保」。和訓は「みぎのおおいもうちぎみ/みぎのおとど」。定員1名。官位相当は、正・従二位。太政大臣と左・右大臣(後に左・右大臣と内大臣)とを総称して、三公・三槐と呼ぶ。
左大臣とともに太政官における最高位であるが、左大臣がある場合は議政官の首座は左大臣であり、左大臣が置かれていない場合や差し支えて出仕しない場合に右大臣が朝議を主催した。また、左大臣が関白であった時にも右大臣が政務を司った。明治18年(1885年)内閣制度の発足に伴い廃止。
- ^ 在職期間は『扶桑略記』による。『日本書紀』・『公卿補任』にはただ「大臣」とあるのみで、左右の区別をしていないが、本来はこの方が正確か。なお、『続日本紀』天平宝字6年(762年)9月乙巳条の石川年足薨伝に「後岡本朝大臣大紫蘇我臣牟羅志」と見えることから、斉明朝にはすでに「大臣」の任に就いていたものと推測される。
- ^ 異説として、2月8日(1333年2月22日)説がある。
- ^ 異説として、7月25日(1462年8月20日)説や同月27日説がある。
- ^ 『公卿補任』・『諸家伝』はこの月に左大臣へ転任したとするが、実際はそのまま右大臣に留任していたと考えられる。詳細は左大臣#脚注を参照。
- ^ 『南朝編年紀略』は延元3年6月21日(1338年7月9日)とする。
右大臣と同じ種類の言葉
右大臣に関連した本
- 朱雀院・弘徽殿の大后・右大臣 (人物で読む『源氏物語』) 勉誠出版
- 天華舞う―右大臣源実朝 五車 英男 文芸社
- 右大臣道真の怨霊 (ものがたり日本 歴史の事件簿) 小西 聖一 理論社
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