諡号とは? わかりやすく解説

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し‐ごう〔‐ガウ〕【×諡号】

読み方:しごう

貴人僧侶などに、その死後生前行い尊んで贈る名。贈り名


おくり‐ごう〔‐ガウ〕【贈(り)号/×諡号】

読み方:おくりごう

戒名のこと。


諡号

読み方:オクリナ(okurina)

死後生前徳行たたえて追贈する称号

別名 諡、贈名


しごう 【諡号】

高徳の人に没後追贈する称号をいうが、仏僧場合没後朝廷から贈られる賜り名をいい、大師菩薩国師禅師和尚法師上人三蔵などの各号がある。例=最澄伝教大師叡尊興正菩薩など。中国に始まる。(勅号という場合生前賜った号を呼ぶことが多い)

(諡号 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/10 04:29 UTC 版)

おくりなし)、あるいは諡号しごう、旧字体諡號は、漢字文化圏において、主に帝王相国などの貴人の死後に奉る、生前の事績への評価に基づく名のことである。「諡」の訓読み「おくりな」は「贈り名」を意味する。


注釈

  1. ^ これらは史料に諡と明記されているわけではなく実態は不明であり『史記本紀で武王が父祖に贈った「文王」「太王」「王季」が明記された最古の諡(謚)である。
  2. ^ ただし、降伏後、金によって昏徳公という侮蔑的な封号をつけられ、そのままで没している。死後に天水郡王に改封[6]
  3. ^ 顕宗天皇は奴隷として隠れた後に皇族の身分を明かしたという伝承に基づく諡号である。
  4. ^ 諡号には「ヤマトネコ」「タラシヒコ」のように同じ称を持つものがある。例えば、まだ諡号がなかった時代の7代孝霊、8代孝元、9代開化の諸天皇は「ヤマトネコ」の称を、12代景行、13代成務、14代仲哀の諸天皇は「タラシヒコ」の称をもっているが、これらの称はずっと下って7世紀の初めに実在した天皇の諡号にも見られ、後世の諡号を遡って付けた可能性(つまり、実在しなかった天皇を造作したのではないかという疑問)が提示されている。この外には「ワケ」「イリ」の称を共通に持っている天皇のグループがある。これらは同じ王朝を示す称であり、実在した天皇ではないかと推測する説もある。
  5. ^ 後述するように臣下では三輪子首の先例がある。また『日本書紀』では神功皇后の葬儀の日、追尊して気長足姫尊といったとあるが、実在性が疑われるため一般的には採用されない。
  6. ^ 後に重祚して48代称徳天皇となる。
  7. ^ 「聖」と「孝」は唐の多くの皇帝の諡号に使われた文字であり「文武」は上記の通り太宗李世民の諡号に使われている。
  8. ^ 藤氏家伝』によると不比等の父・藤原鎌足は太公の著書とされる『六韜』『三略』を愛読したという。
  9. ^ 西宮記』には光仁天皇の漢風諡号選定に関する記事があるが、ここでいう「光仁天皇」は現在の光孝天皇と見られ、その経緯は明らかではない。吉川真司は光仁天皇は崩御から100年近く和風諡号しか存在しなかった可能性を指摘した上で、光孝天皇の諡号が何らかの事情で「光仁」から「光孝」に変更された後に漢風諡号が存在していなかった光仁天皇の諡号に転用されたとする説を唱えている[14]
  10. ^ 詩経』では天乙も武湯または武王と呼ばれている。ただし武丁漢の武帝のように初代でない場合もある。

出典

  1. ^ 鄭樵『通志』巻四十六諡略・序論第三では、当時の南宋の人々が「桀・紂が最悪の諡だ。その次に悪いのが桓・霊だ」といっていることについて「これは誤りである。桀・紂は名であり、諡ではない。桓は経書を見ると、周の武王の果断さと盛徳を称える意味である。詩経に『桓桓たる武王』という詩句があるのをこういう連中は知らないのだろうか。斉の桓公が偉大な人物だったことを知らないのか。霊も悪い意味など無い。」と呆れ果てている。実際、呉の武烈帝孫堅を称える韋昭の漢詩(『宋書』楽志及び『楽府詩集』)で「漢の末、董卓乱す。桓桓たるかな武烈、時運に応じ、義兵を興す。」(後漢末の董卓の乱を平定するため、桓桓たる武烈帝孫堅が立ち上がる)という詩句が存在する。
  2. ^ 平勢隆郎『世界の歴史2 中華文明の誕生』中央公論社、2001、P28-36
  3. ^ 前述の鄭樵『通志』巻四十六諡略・序論第三にある。
  4. ^ 成王という例のように、最初に成王が霊王という悪謚に与えられたが、成王の遺体の目が閉じなかったので、その代わりに成王というまあまあの美謚に与えられた
  5. ^ 懐帝は特に無能な皇帝に贈られ、曹操に専横されてほとんど政治的には無能力者だった後漢の献帝は劉備から「愍帝」と諡され、劉備の子、蜀の劉禅劉淵による追尊で「懐帝」と言われている。
  6. ^ 金史より。
  7. ^ 小島毅「国家祭祀における軍神の変質-太公望から関羽へ-『決定版「三国志」考証事典』別冊歴史読本 新人物往来社 1996年(平成8年) ISBN 4404024096[要ページ番号]
  8. ^ 帝室制度史』第6巻P728・766-767。
  9. ^ 藤田覚「天皇号の再興」(『近世政治史と天皇』(吉川弘文館、1999年) ISBN 978-4-642-03353-4 第八章)
  10. ^ 野村朋弘 『諡』p134 中央公論新社2019年 ISBN 978-4-12-005194-4
  11. ^ a b c 中村元ほか(編)『岩波 仏教辞典』(第二版)岩波書店、2002年10月、422頁。 
  12. ^ 天皇が高僧に贈る「大師号」って何? 平安時代から1000年、授かったのは25人:東京新聞2022年4月9日
  13. ^ 帝国学士院帝室制度史』 6巻 652-653
  14. ^ 吉川真司「後佐保山陵」(初出:『続日本紀研究』331号、続日本紀研究会、2001年/所収:吉川『律令体制史研究』岩波書店、2022年 ISBN 978-4-00-025584-4)2022年、P286-288.
  15. ^ 森鷗外 1919, p. 181.
  16. ^ 森鷗外 1919, p. 187-188.
  17. ^ 森鷗外 1919, p. 181-182.
  18. ^ 森鷗外 1919, p. 188-189.
  19. ^ 森鷗外 1919, p. 191-192.
  20. ^ 親長卿記』文明3年2月別記(内外書籍『史料大成. 続編 第39』、24-26p)
  21. ^ 森鷗外 1919, p. 210.
  22. ^ 森鷗外 1919, p. 208.
  23. ^ 森鷗外 1919, p. 211-212.
  24. ^ 潘蕾「孟子の政治思想と『日本書紀』」 2016-03-30 中國古典文學研究 広島大学中国古典文学プロジェクト研究センター、首都師範大学中国詩歌研究中心
  25. ^ a b c 清の諡号を隠した朝鮮後期の国王たち 朝鮮日報 2007/09/16


「諡」の続きの解説一覧

諡号

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 16:48 UTC 版)

李淵」の記事における「諡号」の解説

崩御後大武皇帝贈られたが、後に高宗により神堯皇帝改められ674年)、続いて玄宗により神堯大聖皇帝749年)、さらに同じく玄宗により神堯大聖大光皇帝754年)と改称された。

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諡号

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元明天皇」の記事における「諡号」の解説

和風諡号は、日本根子天津御代豊国成姫天皇(やまと ねこ あまつみよ(みしろ) とよくに なりひめの すめらみこと旧字体:−豐國成姬−)である。 漢風諡号元明天皇げんめいてんのう)は代々天皇と共に淡海三船によって撰進されたとされる

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諡号

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天智天皇」の記事における「諡号」の解説

和風諡号は天命開別尊(あめみことひらかすわけのみこと / あまつみことさきわけのみこと)。漢風諡号である天智天皇は、代々天皇漢風諡号同様に奈良時代淡海三船撰進した。森鴎外は『帝諡考』において、その典拠に『逸周書』世俘解、『淮南子』主術訓、『韓非子』解老篇を候補挙げている。

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諡号

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武則天」の記事における「諡号」の解説

遺詔には「帝号を取り去り則天大聖皇后称すべし」とあったといわれる唐王朝での諡号はその後変遷を経る。 唐隆元年710年)、中宗天后改める。 景雲元年710年)、睿宗大聖天后改める。 延和元年712年)、睿宗天后聖帝改める。 開元4年716年)、玄宗、則天皇后と改める。 天宝8年749年)、玄宗、則天順皇后の諡を追加する

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諡号

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仁祖」の記事における「諡号」の解説

清か贈られた諡号は、「荘穆王」である。この諡号は、治世中の公式記録から徹底して取り除かれており、『朝鮮王朝実録』、朝鮮国王行状、『陵誌文』といったほとんど全ての公式記録から取り除かれ外交文書以外にはほとんど使用されなかった。『朝鮮王朝実録』は、清から諡号を授かった事実記録するのみで贈られた諡号を記録していない。その理由は、「夷狄」とみなした清からの諡号を恥辱感じていたからであり、表向き清に対して朝貢冊封事大おこない恭順姿勢装うが、清に対す反発拭い難く根付いていた。

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寧公」の記事における「諡号」の解説

史記』が記す諡号は、「秦始皇本紀」では「憲公」、「秦本紀」では「寧公」である。1978年陝西省宝鶏楊家太公出土した青銅器「秦公鎛」では、秦の初期歴代公を「文公静公憲公」と銘記する。「秦公鐘」の銘文も「憲公となっている。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/26 15:52 UTC 版)

追贈」の記事における「諡号」の解説

中国史では皇帝崩御後生前功績基づいて謚号贈られた。文帝武帝宣帝などが代表的な謚号にあたる。しかし、武則天以降は諡号が複雑長大になり、皇帝宗廟ではなく固有の廟が建てられるようになったことから廟号で呼ぶことが通例となった。 「諡」を参照

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諡号

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/27 20:50 UTC 版)

宣皇后」の記事における「諡号」の解説

武宣皇后卞氏 - 曹操(魏の武帝)の妻で曹丕文帝)の生母皇后追贈された。 武宣劉皇后劉娥) - 前趙昭武帝劉聡皇后一人叱奴太后 - 宇文泰北周文帝)の側妻武帝生母で、その即位後に皇太后とされた。 司馬興男 - 東晋公主明帝の娘)で桓温の妻、桓玄嫡母義母)。桓玄桓楚建てた後に皇后追贈された。 沈容姫 - 南朝宋文帝側妃明帝生母で、その即位後に皇太后とされた。 章要児 - 南朝陳の武帝皇后

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諡号

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/28 00:45 UTC 版)

穆皇后」の記事における「諡号」の解説

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諡号

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章皇后」の記事における「諡号」の解説

東アジア世界王朝における皇后の諡号。以下の人物に贈られた。 穆章皇后何法倪中国語版)) - 東晋穆帝司馬聃の皇后恭譲章皇后胡善祥) - 明の宣宗宣徳帝朱瞻基最初皇后孝恭章皇后孫皇后) - 明の宣宗宣徳帝朱瞻基2番目の皇后哲仁章皇后哲仁王后朝鮮語版中国語版)) - 朝鮮哲宗李昪王妃皇后追贈された。 儀天章皇后(范氏姮(ベトナム語版、中国語版)) - 阮朝大南憲祖紹治帝阮福暶の皇后

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諡号

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/13 09:10 UTC 版)

元皇后」の記事における「諡号」の解説

王政君 - 前漢元帝皇后明元皇后郭氏 - 魏の元帝曹叡皇后楊艶武元皇后) - 西晋武帝司馬炎皇后武元皇后 (前趙) - 漢(前趙)の昭武帝劉聡の1番目の皇后李皇后 (北魏文成帝)文成元皇后) - 北魏文成帝側室献文帝の母。皇后追尊された。 袁斉嬀文元皇后) - 南朝宋文帝皇后孝元貞皇后 - 明の泰昌帝光宗)の正室即位前没)。皇后追贈された。

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諡号

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 14:45 UTC 版)

安徳天皇」の記事における「諡号」の解説

文治元年1185年7月3日九条兼実発議により、諡号を贈ることが決まった文治3年1187年4月23日、「安徳帝」と漢風諡号贈られた。平安中期から天皇号贈られず、院号用いられていたが、安徳のみには天皇号贈られている。

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諡号

出典:『Wiktionary』 (2021/08/13 05:42 UTC 版)

名詞

(しごう)

  1. 主に帝王相国などの貴人死後奉る生前事績への評価に基づく

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