追号
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 10:20 UTC 版)
追号は本人の遺詔により「後小松院」と贈られた。「小松帝」とは、兄の孫にあたる陽成天皇が廃位されたのち皇位につき、その子孫が長きにわたって皇統を保った第58代光孝天皇の異名である。南朝の皇統を断つかたちで天下唯一の天皇となったのもつかの間、自らの皇統はわずか2代にしてさらに別の系統に移ることが現実となったとき、彼はこの「後小松」を追号にすることによって自らの歴代天皇としての正統性を顕示しようとしたものと考えられている。また後小松は、称光天皇の容態が思わしくなかった1426年に『本朝皇胤紹運録』の編纂を命じて皇室の系図の整理を行わせているが、この行動も彼のそうした心境の反映だと考えられている。
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追号
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