洞院公定とは?

とういんきんさだ とうゐん- 【洞院公定】 ○

1340~1399南北朝時代公家左大臣。後中園と称される。「尊卑分脈」を編纂また、内乱期の世情伝え日記二巻を残す。

洞院公定

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/10 06:00 UTC 版)

洞院 公定(とういん きんさだ)は、南北朝時代から室町時代初期にかけての公卿内大臣洞院実夏の長男。官位従一位左大臣後中園左大臣と号す。


  1. ^ 正親町忠季の子
  2. ^ 洞院実信の子
  3. ^ 実守は正平一統の際に北朝を離反して南朝に仕えながら、公賢薨去時と実夏薨去時に突如北朝に帰参して家督争いを繰り返し、敗れて南朝に戻った。実夏の娘婿であった近衛道嗣は「南北之往来頗忠貞之儀乎」(『愚管記』)と呆れている。
  4. ^ 森茂暁『増補改訂 南北朝期公武関係史の研究』(思文閣出版2008年ISBN 978-4-7842-1416-7 P435-436


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