中日ドラゴンズ デザイン

中日ドラゴンズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 04:23 UTC 版)

デザイン

球団旗の変遷

名古屋軍時代

  • 創立(1936年) 白地にえび茶色の円が入っており、その中に白抜きで鯱鉾で「N」の字をあしらい「B」と「L」の字を入れたマークが描かれていた。
  • 1937年 - 1940年
    • えび茶色地に先述のマークが入ったものが使われた(「L」の字が省かれたマークのものも使用)。
    • 「N」は名古屋(Nagoya)の、「B」はベースボール(Baseball)のそれぞれ頭文字だが、「L」に関しては、綱島理友が著書『プロ野球ユニフォーム物語』で、「名古屋軍主導で大日本野球連盟というリーグ(League)を独自に立ち上げていたこと(結局は頓挫し、系列会社傘下の大東京軍とともに日本職業野球連盟に合流)と関係しているのではないのか」という旨で推測している。
  • 1940年秋 - 1943年
    • 紺色地に、「名」の字をあしらったマーク(赤に白縁取り)が入ったデザイン。
    • 「名」マークは、当時の赤嶺昌志球団理事(代表)がハーケンクロイツを参考にデザインしたとされる。

※産業軍時代(1944年) - 中部日本軍時代(1946年)は不明。

中部日本ドラゴンズ - 名古屋ドラゴンズ時代

  • 1947年 - 1948年
    • オレンジ地に、中央に大きく黒の中日新聞社社章(中日マーク)。
  • 1949年 白地に、左上に赤の中日マーク、右寄りに大きく西洋風のドラゴンの絵(黒基調)が入る。
  • 1950年 バックが山吹色になる。
  • 1951年 - 1953年
    • 上が白・下がえび茶色のセパレート型。上の左よりにドラゴンの顔をデフォルメした絵(黒)が、下に白く「DRAGONS」の文字が入る。

第2次中日ドラゴンズ(現在の中日ドラゴンズ)時代

  • 1954年 - 1964年
    • 1949年に使われたデザインからドラゴンの絵に代わり、えんじ色で筆記体の「Dragons」ロゴが入ったもの(中日マークはそのまま)。
  • 1965年 - 1967年
    • ここから、中日新聞社社旗(上が赤・下が紺のセパレート型。赤の左寄り部分に中日マークが、紺の右寄り部分に「中日」の文字がそれぞれ白文字で入る)をアレンジしたものが使われる(ただし、赤のスペースがやや狭く、紺のスペースがやや広くなっている)。真中に大きく白文字で「D」が入り、その左(赤色部分)に白色で「中日」の文字が入る。
  • 1966年ごろ - 赤・紺それぞれ5分5分のデザインとなる。上には大きく筆記体の「Dragons」、すなわち次項(ロゴマーク、以下同)でいうロゴ1となり、下には大きく「中日」が入る(どちらも白文字)。1966年のオールスターゲームのポスターで上記球団旗のイラストが見られる。
    • 1967年よりユニフォームの筆記体「Dragons」がロゴ2となったが、球団旗は1985年ころまで引き続きロゴ1が使われたとの著作(綱島理友『プロ野球ユニフォーム物語』)がある。ただし球場掲揚や入団会見などの写真、出典などは明らかにされず、むしろロゴ2や3が使用されたと推測される資料も多い。
    • 1968年の春季キャンプと思われる全メンバー記念写真では、ロゴ2を使用した球団旗がメンバーに保持されている。ユニフォームもロゴ2。
    • 1977年のイヤーブック表紙の田尾安志のバックに、ロゴ2を使用した球団旗のイラストが配されている。ユニフォームはロゴ3。
    • 1982年のシーズンおよび日本シリーズの写真では、多くのファンがロゴ2を使用したミニ球団旗で応援している。ユニフォームはロゴ3。
    • 1983年オフの山本昌らの入団発表記者会見のバックにはロゴ2を使用した球団旗が掲出されている。ユニフォームはロゴ3。
    • 1985年の春季キャンプの全メンバー記念写真では、ロゴ3を使用した球団旗がメンバーに保持されている。ユニフォームもロゴ3。
    • このように、ユニフォームのロゴが1から3の間で変化する中で、数年以上遅れて球団旗のロゴが修正されていることが推定され、その時期も厳密ではない。またロゴ4は球団旗に使用されたことはない。2019年現在はユニフォーム、球団旗ともにロゴ2である。
  • 1990年代後半ころまで、『週刊ベースボール』のプロ野球選手名鑑号におけるドラゴンズの名鑑最初のページでは、ロゴ1の球団旗が掲載されていたとしている(綱島理友 同著)。
  • 1990年代後半ころからそれぞれのロゴが小さいものを併用する(印刷物には、それ以前から小さい方のデザインが掲載される傾向にある[注 26])。

ロゴマーク

近年のユニフォームにみる「Dragons」ロゴを分類すると以下のとおりである。

  1. 1950年から66年まで、および2014年から16年まで使用された、うねりが大きく文字が密着した、ヒゲがsからすぐ左へ短く伸びる(gにかからない)もの。1948年の「Doragons」というスペルミスのロゴが原型。
  2. 1967年から68年、1987年から2003年、および2012年から13年、17年以降に使用される、うねりが小さく文字がはっきり分かれ、ヒゲがsから一旦右に流れた後に反転し左へ長く伸びてgにかかるいわゆる「Dodgers」タイプのもの。67年の初登場時はDの文字が若干小ぶりだがここに分類される。また96年から2003年はヒゲが極めて長い。
  3. 1969年から86年まで使用された、1のタイプのヒゲが長くなった(gにかかる)もの。
  4. 2004年から11年まで使用された、大文字ブロック体の「CDRAGONS」(CとDは重なっている)。

これを使用順にすると1→2→3→2→4→2→1→2となる。

商標としては、ロゴ3を1983年2月4日に出願し、1986年2月28日に登録された。登録番号:第1843922号。

ロゴ2は1987年から1996年の帽子に使用した同じ書体の「D」マークとともに、1990年4月10日に出願し、1993年5月31日に登録された。登録番号:第2543391号。ロゴ2単体でも1991年8月26日に出願し、1994年1月31日に登録された。登録番号:2618847号。

1987年 - 1996年に使われたドラ坊や(1981年に登場したマスコットキャラクター)ペットマークも1993年6月29日出願し、1997年10月9日登録された。登録番号:4065874号。

ロゴ4は2003年12月22日出願、2004年7月9日登録。登録番号:第4786013号。

ロゴ1は商標登録されていない。

また、「ドラ坊や」登場前は「東洋龍」に中日新聞マークを添えたものをペットマークに使用。当時のジャンパーやユニフォームの袖にワッペンが縫い付けられていた(少年用のレプリカキャップには玉を口にくわえたもの、手に持ったものなど派生版が見られた)。

ユニフォームの変遷

名古屋軍・産業軍時代

  • 1936年 帽子…白に黒の「N」マーク。シャツ…立ち襟付きのスタイル。アンダーシャツ…白。ストッキング…白を基調としながら、上部にえんじ色と黒の線が2本入っていた。胸マーク…黒に白縁取りのブロック体で「NAGOYA」(2004年以降の胸マークに近い書体)のロゴがアーチ状に入る。左袖には、黒の長方形に金色の「NBL」マーク(球団旗の節参照)が入ったマークが付けられた。ベルト…茶。
    • 帽子ツバにえんじ色。シャツ・パンツ…白。
    • シャツ・パンツ…グレー。
  • 1937年 - 1938年
    • 帽子…黒に金糸で「N」・銀糸で「B」を重ねたマーク(球団旗の節参照)。シャツ…立ち襟付きのスタイル。アンダーシャツ…黒。ストッキング…上部に赤・下寄りに白を配し、赤部分には黒を黄色で挟んだ線が入る。背番号…赤。左袖…三弁宝珠を模した新愛知新聞社社章が入る(赤に黄色縁取り)。
    • シャツ・パンツ…白。線(前立てラケット線・袖・パンツサイド)…赤。左胸マーク…ボールを模した赤円(縫い目・輪郭に黄色)に「NB」マーク(帽子と概ね同じ。ただし「N」黄色・「B」はブルーグレー)が描かれたものが入り、赤円の下に同じく赤で「NAGOYA」の文字が入る。
    • 帽子天ボタン・ツバに赤。シャツ・パンツ…グレーを基調に赤の縦じま入る。胸マーク…赤に黄色縁取りで「NAGOYA」。
  • 1938年 - 1939年
    • 概ね1937年からのデザインに近いものを使用。線は無く、左胸に「N」の飾り文字(1939年は「n」)が入っていた。右袖に新愛知社章。
  • 1939年 - 1940年
    • '40年の満州遠征終了時まで使用 帽子…白に赤く「N」マーク(飾り文字)・赤ツバ。シャツ・パンツ…白。アンダーシャツ…白。線(前立て2本・袖口2本・パンツサイド1本)…赤。左胸マーク…黒で「N」マーク。背番号…黒。左袖…黄色に黒縁取りで新愛知社章。ベルト…黒。ストッキング…'37年 - '38年のものに近いが、線は黒が2本入ったのみ。パンツ右尻部分にポケット無し。
      • 1940年の満州遠征終了後(日本野球連盟による、球団名などの日本語化以降)使用 「N」マークが「名」マーク(球団旗の節参照)に変更(胸・帽子ともに、黒色)。
    • 1939年シーズン途中、小西得郎が監督就任した頃より使用 創立時に近いデザイン。帽子…従前と同じ。アンダーシャツ・ベルト・ストッキング…創立時と同じ。胸マーク…創立時とほぼ同じ(配色は、黒に白・赤縁取り)。背番号…黒。左袖…赤に黒縁取りで新愛知社章。
      • シャツ・パンツ…白。
      • シャツ・パンツ…グレー。
  • 1940年 - 1942年 帽子…黒に金糸で「名」マーク。シャツ・パンツ…グレー。アンダーシャツ…黒。左胸マーク…赤に黒縁取りで「名」マーク。背番号…赤に黒縁取り。左袖…赤に黒縁取りで新愛知社章。ベルト…茶。ストッキング…上部黒・下寄りに白。
  • 1943年 - 1944年 帽子(軍帽型)・シャツ・パンツ…国防色(オリーブグリーン系)。アンダーシャツ…黒。ベルト…黒。ストッキング…黒。
    • 1943年 帽子マーク…金糸・黒ぶちで桜のマーク。背番号…黒。
    • 1944年(産業軍時代) 左胸…白円に黒線で独特の囲み方をしたマーク。背番号廃止。

中部日本軍 - 中日ドラゴンズ(1954年 - 1959年)時代

  • 1946年 - 1947年
    • 帽子…白にえび茶色のツバ(えび茶色の「C」マークが付いたものもあり)。シャツ(立ち襟付き)・パンツ…白。アンダーシャツ…白ないしは、えび茶色のものを使用。線(前立て2本・袖・パンツサイド)…えび茶色。胸マーク…2段組みで上に「CHUBU」下に「NIPPON」のロゴが入る(上はアーチ状。1946年は物資不足のため、ペンキで描かれていた)。背番号…えび茶色。ベルト…茶。ストッキング…グレーを基調とし、上部にえび茶・白・えび茶の線が入る。
  • 1947年帽子…黒に白の「C」マーク。シャツ・パンツ…ダークグレー(シャツ前立て部分…白)。袖線…白・赤縁取り。前立て線…赤。ベルトループ・パンツサイド線…白。ポケット線…白。ベルト…茶。ストッキング…上・中部がグレー(上寄り部分に白・赤縁線が2本入る)。下部が白。胸にアーチ状で白・赤縁の「CHUNICHI」ロゴが入る。背番号…白・赤縁。左袖…シーズン途中より、金糸で西洋風ドラゴンのマーク(1949年から1950年の球団旗にも黒を基調に描かれる)が入る。
「Doragons」と書かれた1948年のユニフォームを着用した国枝利通
  • 1948年帽子…白に紺ツバ。紺・赤縁の「C」マークが入る。シャツ(立ち襟付き)・パンツ…白。アンダーシャツ…紺。線(袖・立ち襟・前立て・ベルトループ・パンツサイド)…紺。胸マーク…紺の筆記体で「Doragons」(ロゴ1の原型にあたり、本来はローマ字で「Doragonzu」にしようとしたとみられるが、物資不足のため、スペルミスのまま使われた[164])。腰番号(パンツ左部分に存在)・背番号…紺。ベルト…茶。ストッキング…白に太めの紺線2本。
    • 前年のものをマイナーチェンジ。帽子マークは「D」に変更。前立て部分もダークグレーとなり。そこに白と赤の線が入る。パンツ線も白と赤の線になる。アンダーシャツ…白のほかに、あずき色のものも使用。ストッキング…白に、太めの紺線3本追加。
  • 1949年 - 1950年
    • 帽子…濃紺に赤・白縁の「C」マーク(1950年より、金糸の「C」と白の「N」を重ねたマークを使用)。シャツ・パンツ…グレー。アンダーシャツ…濃紺。ベルト…茶。
    • 帽子…先述のほかに、グレーに濃紺ツバ、赤・白縁の「C」マークが入ったものも使用。線(袖口2本・前立て2本・ベルトループ部分2本・パンツ2本・ポケット部分)…濃紺。左胸…赤・白縁の飾り文字で「D」マーク。ストッキング…白地に太めの濃紺線2本入る。
    • 線(袖 - 脇 - パンツサイド・前立て2本・ポケット)…赤。左胸…赤・青縁の「C」と「N」を重ねたマーク。左袖…赤・青縁の中日新聞社社章(以下、中日マーク)入る。腰番号(パンツ右部分に存在)・背番号…赤。ストッキング…上部濃紺、下部白[注 27]。胸マーク…1949年に前年のスペルミスしたものから「Dragons」と英語で正しく表記される[164]
  • 1950年 - 1951年
    • 帽子…濃紺に、金糸「C」と白「D」を重ねたマークの入ったもの。シャツ・パンツ…白。アンダーシャツ…黒。線(袖2本・前立て2本・脇〜パンツサイド・ポケット)…青。胸マーク・腰番号(パンツ左部分に存在)・背番号…濃紺。左袖…青の中日マーク。ベルト…茶。ストッキング…濃紺を基調としたデザイン(太めの白線〔黄色の縁取り・真中にも黄色の線が入ったもの〕が入ったものと、太めの黄色線が2本入ったものの2種類を使用)。
  • 1950年 - 1953年
    • 帽子…濃紺に、白く「N」マーク。シャツ・パンツ…濃紺の縦じまが入ったスタイル。胸マーク・腰番号(パンツ右部分)・背番号…濃紺(腰番号以外は白縁取り入り)。ベルト…茶。ストッキング…濃紺と黄色を基調としたスタイル(上中部に濃紺と黄色線1本、下部に黄色のデザインと、太めの黄色線2本入ったものの2種類を使用)。
    • ホーム用(1952年のフランチャイズ制導入時より正式に) - シャツ・パンツ…白。胸に筆記体で「Dragons」(ロゴ1)。
    • ビジター用(1951年まで) シャツ・パンツ…グレー。胸に花文字で「NAGOYA」。
  • 1951年サマーユニフォーム 帽子…白に赤ツバ、赤「N」マーク。シャツ・パンツ…白。アンダーシャツ…赤。線(袖・前立て・パンツサイド)…赤。胸マーク(若干アレンジされた筆記体で「Dragons」(ロゴ1~4に属さない))・背番号…赤。ベルト…茶。ストッキング…赤を基調に、上寄り、紺に白で挟んだ線が3本入る。
  • 1952年 - 1959年
    • 帽子…濃紺に白のマーク( - 1953年…「N」、1954年 - …「C」)。アンダーシャツ…濃紺。胸マーク・背番号…濃紺。ストッキング…濃紺。左袖…1954年以降濃紺で中日マーク入る。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。胸に筆記体で「Dragons」(ロゴ1)。
    • ビジター用 シャツ・パンツ…グレー。胸マーク(アーチ状)…'55年までは「NAGOYA」、その後は「CHUNICHI」。
      • '54年には、胸に「Dragons」が、左袖にアーチ状で「NAGOYA」(背番号も含め、それぞれ濃紺に白縁取り)が入ったものも使用。

中日ドラゴンズ(1960年 - 現在)時代

1960年 - 1968年
  • 1960年 - 1961年
    • 帽子…えび茶色に、銀糸の「C」と金糸の「D」を組み合わせたマークが入る。アンダーシャツ…えび茶色。線(袖2本・首周り・ベルトループ・パンツサイド2本)…えび茶色。胸マーク・左袖マーク・胸番号・背番号…えび茶色。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。左袖マーク…えび茶色で中日マーク。胸に筆記体で「Dragons」(ロゴ1)。
    • ビジター用 シャツ・パンツ…グレー。左袖マーク…上に中日マーク、下に「NAGOYA」マーク(いずれもえび茶色)。胸にアーチ状で「CHUNICHI」。
  • 1962年
    • 帽子…濃紺に、金糸の「C」と銀糸の「D」を組み合わせたマーク(書体変更)が入る。アンダーシャツ…濃紺。線(首周り・袖・パンツサイド)…山吹色を濃紺で挟んだ。胸マーク・胸番号・背番号…山吹色を濃紺で挟んだ。左袖マーク…金糸・濃紺縁の中日マーク。ストッキング…濃紺。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。胸に筆記体で「Dragons」(ロゴ1)。
    • ビジター用 シャツ・パンツ…グレー。胸にアーチ状で「CHUNICHI」。
  • 1963年 - 1964年
    • 帽子…青に、銀糸の「C」と金糸の「D」を組み合わせたマークが入る。アンダーシャツ…青。線(首周り・袖2本・パンツサイド2本)…青。胸マーク・胸番号・背番号…青×白。左袖マーク…金×青で中日マーク。ベルト…青。ストッキング…青。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。胸に筆記体で「Dragons」(ロゴ1)。
    • ビジター用 シャツ・パンツ…グレー。胸にアーチ状で「CHUNICHI」。
  • 1965年 - 1968年
    • シーズン途中(5月前半頃) 帽子・アンダーシャツ…1962年と同じ(書体は従前と同じ)。線(首周り・袖・パンツサイド)…濃紺を赤で挟んだ。胸マーク・胸番号・背番号…濃紺・赤縁。左袖マーク…濃紺・白縁のワッペンが入る(ワッペン内には、金糸の龍マークが、右上端には赤の中日マークがそれぞれ入る)。ストッキング…濃紺。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。胸に筆記体で「Dragons」(ロゴ1、67-68年はロゴ2)。
    • ビジター用 シャツ・パンツ…グレー。胸にアーチ状で「CHUNICHI」。
    • 1969年春季キャンプにも、上記のデザインを練習用として再び使用。
    • 1968年シーズン途中(5月16日) - 終了 スカーレット(以下、赤)と青を基調としたスタイル。帽子…青に赤の天ボタン・ツバ、金の龍のマークと赤の中日マークが入る。シャツ・パンツはニット製、また、シャツはノースリーブスタイル(どちらも日本プロ野球史上初。製作はデサント)。アンダーシャツ…赤。線(首周り・ベルトループ・パンツサイド)…赤。胸マーク・胸番号・背番号…赤・青縁。ベルト…青。ストッキング…赤に、太めの青ラインが1本入る。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。左胸…飾り文字で「D」マーク。胸番号は右の方に入る。
    • ビジター用 シャツ・パンツ…ライトグレー。胸マーク…筆記体で「Chunichi」。
スカイブルー基調ユニフォーム使用時代(1969年 - 1986年)
  • 1969年 - 1973年
    • 概ね1963年から1964年のものに近い(概ね、青はスカイブルーになっている)。帽子…スカイブルーに白の天ボタン・空気穴。白のブロック体で「CD」マークが入る。左袖…黄金の龍と中日マークのワッペン(スカイブルーの縁取り。中日マークは右上にあり、1972年まで赤、1973年は金色だった)。パンツのベルトループ部分にスカイブルーのラインが囲われている。パンツサイドの線は、細線を2本重ねて太く見せている。ベルト…黒。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。胸マーク(筆記体で「Dragons」。ロゴ3)・胸番号・背番号…スカイブルーに赤縁取り。
    • ビジター用 シャツ・パンツ…水色(ライトブルー)。胸マーク(アーチ状にゴシック体風書体で「CHUNICHI」)・胸番号・背番号…スカイブルーに白縁取り。
  • 1974年 - 1986年
    • 帽子…1984年までは従前と同じ。1985年以降は空気穴もスカイブルーになる。シャツ…1980年までボタン型。1981年から1983年はヘンリーネック式(前ボタン2つのみ)のプルオーバー型(球団史上初のプルオーバー)。1984年以降はVネック式のプルオーバー型。アンダーシャツ…スカイブルー。ストッキング…スカイブルー。スパイクはホーム用、ビジター用共に1975年から1986年までは青地に白ライン、1986年ホーム用のみ白地に青ライン。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。線(袖口)…赤・スカイブルー。線(首周り・肩・脇 - パンツサイド)…スカイブルー。胸マーク・胸番号・背ネーム(1977年 - )・背番号…赤・スカイブルー縁。ベルト…スカイブルー。胸マーク(筆記体で「Dragons」。ロゴ3)
    • ビジター用 シャツ・パンツ…ライトブルー。線の配色はホーム用と逆。胸マーク・胸番号・背ネーム(1977年 - )・背番号…赤・白縁。ベルト…赤。胸マーク(アーチ状にゴシック体風書体で「CHUNICHI」)
      • ベルトのバックル部分が通常のベルトのものとは異なり「D」の形をしていた。
ドジャース型ユニフォーム使用時代(1987年 - 2003年)
  • 1987年 - 2003年
    • 1987年に監督就任した星野仙一が、親友のトミー・ラソーダが監督を務めるロサンゼルス・ドジャースに承諾を得たうえで、ドジャースのユニフォームに忠実なデザインを採用。帽子…青に白く「D」マーク(1996年までは筆記体、1987年から1995年は天ボタンが青、1996年のみ天ボタンが白。1997年以降は斜体のブロック体、天ボタンは白)。アンダーシャツ…青。胸マーク…青の筆記体(「Dragons」(ロゴ2、ただし67-68年より大きめ))。さらに1996年以降は髭と「Dragons」ロゴとの間の間隔が広げられた上で、髭が「D」の先端にかかる程度まで長めにアレンジされ、ドジャースにより忠実な書体になっている。胸番号…赤。背ネーム…青(1995年までゴシック体、1996年以降はドジャースと同じブロック体)。背番号…青(1995年まで従来通りの高校野球型書体、1996年以降ドジャースと同じブロック体)。左袖…1996年は創立60周年記念マーク。1997年 - 2001年はシャオロンの入ったマーク。2002年以降はキャッチフレーズの入ったマーク。右袖…1999年以降「CHUNICHI」。ベルト…青。ストッキング(1990年代後半ごろ〜ソックス)…青。
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。
  • 1987年 - 2001年
    • 2001年 ビジター用 シャツ・パンツ…グレー。
    • 2002年 ビジター用 シャツ…青。パンツ…グレー。胸マーク・背番号…銀色・青縁取りに白のシャドゥ。背ネーム…銀色。公式戦用としては、球団史上初のツートンカラー(シャツとパンツの基本色が違う)ユニフォーム(練習着としては、第二次星野仙一監督時代〔1996年 - 2001年頃〕にドジャースの練習着と同様のデザインを使用)。
    • 2003年 ビジター用 シャツ・パンツ…グレー。線(袖・前立て・パンツサイド)…青。胸マーク・胸番号・背ネーム・背番号…従来のものに白縁取り付き(当時のドジャースのロード用ユニフォームと同様の様式)。
  • 1998年(日曜ホームゲーム限定使用) 選手会の要望により採用。当時の星野監督の母校明治大学のスクールカラー青紫を基調としたデザイン。帽子…白に青紫の縦じまと「D」マーク、青紫ツバ。シャツ(ノースリーブ)・パンツ…白に青紫縦じま。アンダーシャツ…青紫。左胸…青紫「D」マーク。右胸番号…赤。背番号…青紫。ベルト…青紫。ストッキング・ソックス…青紫。
落合監督時代(2004年 - 2011年)
2009年ホーム用(写真は山本昌
2009年ビジター用(写真は堂上直倫
  • 従来の青色・フォント(番号・背ネーム)を残しながらも、ドジャース型になる前(1974年 - 1986年)のスタイルとの融合が見られる。また、1948年以来(1949年を除く)、長らく愛称「ドラゴンズ」のロゴが筆記体の小文字(「Dragons」 「D」の字のみは大文字)だったが、監督に就任した落合博満の強い希望によりブロック体の大文字(「DRAGONS」 「D」の字のみは「CD」マークにアレンジ、ロゴ4)に変更され(ユニフォーム以外では、一部を除き、従来の「Dragons」ロゴが使用される)、1974年から胸番号などで使われてきた赤い文字も、縁起を担ぐ落合の「赤字を連想させる」という意向で排除された。書体は、名古屋軍創立時の胸ロゴに近い。帽子…青に、白の「CD」マーク(1986年までとやや違う)。ベルト…青。ソックス…青。製作はミズノ
    • ホーム用 シャツ・パンツ…白。ライン(肩・脇腹・パンツサイド〔ベルトループにはかからない〕)…青。胸マーク・胸番号・背番号…青。胸に「CDRAGONS」。左袖マーク…白地に青で「CHUNICHI」ロゴ入りマーク。
      • 2006年より、左袖は白地に青色ゴシック体で「中日新聞」のロゴ入りマークが入る。
      • 2010年よりエディオンEASTがスポンサーとなり、ホームゲーム用ヘルメットのみ「EIDEN」のロゴが入る。
    • ビジター用 シャツ…青。パンツ…白。線(肩・脇腹)…白。胸マーク・胸番号・背番号…白。左袖…白・青縁で「CDRAGONS」ロゴ。
    • 復刻ユニフォーム 2010年8月に開催された「オールド・ユニフォーム・シリーズ」で1954年当時のユニフォームが復刻された。復刻ユニフォームは中日球団としては初。なお通常ホーム用の左袖「中日新聞」広告は、当時も使われた中日マークに置き換えて掲示された。なおパンツはラインなしの白色ということで通常ビジター用を履いていた[165]
第2次高木監督時代(2012年 - 2013年)
2012年10月15日、バンテリンドーム ナゴヤでのクライマックスシリーズでトニ・ブランコにゲキを飛ばす打撃コーチの井上一樹。
  • 球団初の日本一を達成した1954年当時のユニフォームを基本デザインとしているが、ホーム・ビジターともに基本色に球団旗の鉄紺・赤・白を使い、ラグランラインにはパイピングを加えている。ホーム用に使用される胸のロゴマークは2003年以前まで使用された筆記体の「Dragons」が8季ぶりに復活(ロゴ2、色調は前述の通り変更)。帽子は濃紺をベースにCDマークは丸文字(1962年から1968年にかけて使用されたマークに近い)になり、文字の色は赤。胸番号・背番号・背ネームの書体には明朝体が採用され、背ネームは同姓の選手は名前の頭文字(堂上兄弟は剛裕が「T.DONOUE」、直倫が「N.DONOUE」、高橋周平は「S.TAKAHASHI」、高橋聡文は「A.TAKAHASHI」など)が入るようになった[166]。2012年シーズンより新たにアシックス社と提携し、ローリングスブランドを展開している(同年秋からはアシックスのオリジナルブランドに変更)。また、2012年からセントラル・リーグが前年度優勝チームに対して「チャンピオン・エンブレム」を授与したため、2012年度のユニフォームの右袖にはチャンピオン・エンブレムが縫い付けられている[167](公式戦のみ装着し、キャンプやオープン戦では装着せず)。
    • 帽子: 濃紺に赤の「CD」マーク(白縁取り)。
    • ヘルメット: 濃紺(つや消し)に赤の「CD」マーク(白縁取り)。
      • ヘルメットには引き続き「EIDEN」のロゴが入っていたが、2012年シーズン途中から「EDION」のロゴに変更されている。
    • ベルト: 濃紺
    • スパイク: 濃紺地に赤ライン
    • ホーム用: シャツ・パンツ…白。アンダーシャツ…濃紺。ライン(肩・パンツサイド)…濃紺。胸番号…赤。胸マーク…濃紺(筆記体で「Dragons」)。背ネーム・背番号…濃紺。左袖マーク…セ・リーグの『チャンピオン・エンブレム』。右袖マーク…「中日新聞」(濃紺・ゴシック体)。
    • ビジター用: シャツ…濃紺。パンツ…白。アンダーシャツ…濃紺。ライン…白(肩・袖)、濃紺(パンツサイド)。胸番号…赤に白縁取り。胸マーク…白(ブロック体で「CHUNICHI」、前モデルと異なりアーチ状に文字が配置されている)。背ネーム・背番号…白。左袖マーク…セ・リーグの「チャンピオン・エンブレム」(2012年、2013年からはワッペンは外されている)。右袖マーク…「Dragons」(白・筆記体)。
  • 復刻ユニフォーム 2012年8月から9月にセ・リーグ主催で行われた「レジェンド・ユニフォーム・シリーズ」において1974年にV9巨人の10連覇を阻止し優勝した当時のユニフォーム(ホーム用)を復刻[注 28][注 29]
  • 2013年から集客力アップを目的とした試みで、サードユニフォーム(通称・燃竜〈もえドラ〉)を公式戦7試合で着用する。デザインは赤を基調とし、胸のロゴマーク・背番号・背ネームは濃紺、肩から脇にかけてのラインが白、袖に「中日新聞」の広告。帽子とパンツは通常のものを着用する[168][169]
谷繁監督時代(2014年 - 2016年)
2014年から2016年までの間使用されたユニフォーム。祖父江大輔の着用例
  • GMとして中日に復帰した落合博満の「最も強かった時のものを」という提案により、初めて日本一となった1954年当時のユニフォームを再現。前年まで使用された第2次高木監督時のユニフォームも1954年のものをベースとしているが、このユニフォームではより当時のものに近付けた形になっている。ユニホームや帽子などのベースの色は限りなく黒に近い紺色(鉄紺)を使用[170]。なおホーム用・サード用の左袖「中日新聞」の広告ロゴは、このモデルよりブロック体から中日新聞の題字に使用されているフォントのものに変更された。
    • 帽子:濃紺ベース、「CDマーク」は2004年から2011年のもので白色。
    • ヘルメット: 濃紺に白の「CD」マーク。
      • ヘルメット左側に「EDION」の広告が入る。
    • ホーム用:シャツ・パンツ…白。アンダーシャツ…濃紺。胸番号…濃紺。胸マーク…濃紺(筆記体で「Dragons」、ロゴ1)。背ネーム・背番号…濃紺。左袖マーク……「中日新聞」(濃紺)。
      • 胸ロゴの「Dragons」は、1954年当時の書体(Sの部分の下のひげが短いもの、ロゴ1)をベースに、文字を太くし全体的に横長に広げるなどアレンジを加えたもの。特にDの右下部の角度がシンプルな、登場当時の少しひしゃげた形としてレトロ感を出している。
    • ビジター用:シャツ・パンツ…グレー。アンダーシャツ…濃紺。胸番号…濃紺。胸マーク…濃紺(ブロック体で「CHUNICHI」)。背ネーム・背番号…濃紺。左袖マーク…「Dragons」(白・筆記体、ただしホーム用のロゴではなくドジャース型のロゴ2を使用)。
      • ビジターは、2003年以来となるグレー地を採用。
    • サードユニフォーム:シャツ…ブルー。パンツ…白。アンダーシャツ…濃紺。胸番号…白。胸マーク…白(筆記体で「Dragons」、ホーム用に同じ)。背ネーム・背番号…白。左袖マーク……「中日新聞」(白)。
      • サードユニフォームは、落合監督時代に採用されていたブルーに白抜きで「Dragons」のロゴを使用。
    • 胸番号・背番号には、1995年までの第一次ドジャース風ユニフォームで採用されていた、いわゆる「高校野球型」フォントを復活。ただし当時とは異なり、太目のフォントになっている。
  • 2014年7月(25日以降)と8月の夏休み期間中には、ナゴヤドーム主催試合において「サマーキャップ」と題し、白を基調に球団ロゴマーク「CD」とつばを濃紺とする帽子を着帽した(サードユニフォーム着用試合は除く)[171]。2015年も7月28日から8月いっぱいのナゴヤドーム主催試合にて着用(前年同様、サードユニホーム着用試合は除く)[172]
  • 2015年より、スズキとオフィシャル・パートナー契約を締結したことにより、ホームユニホームとサードユニホームのズボンに、スズキのロゴが掲出されることとなった。ズボンへのスポンサーロゴ掲出は球団史上初の取り組みとなる[173][174]。また、サードユニフォームの名称が過去2年間の「燃竜」から「昇竜」に改められ、ホームゲームの4試合で着用する。ドラゴンズブルーとホームユニホームの白地を組み合わせたデザイン[175]
    • 「昇竜」ユニフォーム:ロゴ、番号、ネーム…鉄紺、シャツ…前面に白、背面にドラゴンズブルー、肩口から袖の部分に鉄紺。アンダーシャツ…濃紺。左袖マーク……「中日新聞」(白)。
      • なお、帽子・ヘルメットやズボンなどは、従来のものを使用。
  • 2016年は球団創設80周年記念エンブレムを右袖に装着する。またキャプテンマークが初めて採用されることとなり、平田良介の左胸に「C」が入る[176]
    • 昇竜ユニホームは、1974年優勝当時のドラゴンズブルーをベースに金色の文字・ラケットラインを使用し、CDマークが左胸に装着される。帽子のつば部分は鉄紺。胸番号はなし[177]
    • 2014年・2015年に使用されたサマーキャップに引き続いてサマーユニホームも採用されることとなり、ドラゴンズブルーを縁取りに入れた鉄紺色のラケットライン・CDマークが胸に入る。胸番号はなし[178]
森監督時代(2017年 - 2018年)
ドラゴンズブルーとドジャース型ロゴが同時に復活した、2017年のユニフォーム。写真は工藤隆人
  • 2016年8月に実施した「中日ドラゴンズ歴代ユニホーム総選挙」の結果[179]を受けて、1位となった落合監督時代の色彩・デザインをモチーフとした新ユニフォームが発表され[180]、ドラゴンズブルーが6年振りに復活することとなった。
  • ホーム用の上着は、白を基調に青(ドラゴンズブルー)のラインが襟ぐりから肩を通り袖先にかけてと袖口に入る。肩ラインはほぼ同じ太さだが、袖口ラインは肩ラインと交わるところから徐々に細くなるデザイン。背番号、ネーム、胸番号も青色で、フォントは谷繁監督時代のものと同じ太めの高校野球型となった。胸には筆記体(ロゴ2、1987-1995年の第一次ドジャース型ユニフォームと同じ書体が復活)の「Dragons」が入り、左袖の「中日新聞」ロゴ(白文字)は袖口ラインに埋め込まれる形で入る。
  • ビジター用の上着は、ホーム用の色を反転させ、地の部分が青、ラインやロゴ、マークなどが白となる。胸には第二次高木政権モデルから踏襲される「CHUNICHI」ロゴと左袖口ラインの中に「Dragons」ロゴを配する。
  • 帽子とヘルメットも青となり、白のCDマークは継承され、アンダーシャツも青になった。
  • ズボンはホーム・ビジターとも白一色となった[181][注 30]
    • また、ナゴヤドームでの公式戦6試合で使用される第3のユニホーム(通称:昇竜ユニホーム)は、ドラゴンズブルーを基調とし、球団初の試みとなるグラデーションを使用。青色のグラデーションに前面、背面ともに竜のシルエットが入ったデザイン[182]
    • 2017年シーズンにおいて、ファンクラブ会員向けイベント「FCスペシャルゲーム」が月1回のペースで開催されるのに伴い、当該試合において、ファンクラブ会員への入会特典の一つである「FCユニホーム」のプロモデルを着用する(初戦の4月9日(対横浜DeNA戦)は除く)[183]。上着は青一色のベースにラケットラインと袖周り・首周りに赤を配置、ロゴは白一色のロゴ2。これと合わせて鍔部分を赤色とした専用の帽子・ヘルメットを着用する。2018年シーズン以降も「FCスペシャルゲーム」開催に伴い、引き続き使用されている(後述の通り、2018年シーズンからはミズノ製に変更)。
  • 2018年よりミズノとオフィシャル・パートナー契約を締結したことにより、同社からユニホームが提供される。デザインは変更されない[184]が、背番号・胸番号のフォントが1995年までのもののように若干細目にマイナーチェンジされている(1桁の番号は数字の幅が明確に広くなっている)。
    • 同年よりプロトコーポレーションともオフィシャル・パートナー契約を締結し、帽子左側に同社が運営するクルマ・ポータルサイト「グーネット」ロゴが掲出される。帽子へのロゴ掲出は球団史上初の取り組みとなる[185]
    • 「昇竜」ユニホームはスカイブルーに近い鮮やかな青を基調とし、もう一つのチームカラーである赤で昇竜をイメージしたデザインとなった[186][187]。また昇竜ユニホームとしては初めて、専用の帽子とヘルメットが用意された(前年までの昇竜ユニホームでは、帽子とヘルメットはホーム用ユニホームのものをそのまま使用していた)。
与田・立浪監督時代(2019年 - )
  • 2018年11月17日にナゴヤドームにて開催された「ファンフェスタ2018」にて、2019年シーズンから使用されるユニホームが発表された。「歴史、伝統による”誇り”を強調」をコンセプトに、常に日本一を狙う球団に相応しい強さ、日本プロ野球界の名門に相応しい誇りを表現したものとなった[188][189]
    • ホーム用シャツは白基調に、前モデルを踏襲した青(ドラゴンズブルー)のドジャース型筆記体による「Dragons」のロゴ2が入り、肩から袖の太いラインがなくなった代わりに細めのラケットラインが入れられた。発表当時ボタンはシャツと同様白だったが、シーズンが始まると青に変更された。胸番号、ネーム、背番号のフォントは前モデルと同様。左袖には「中日新聞」ロゴが青文字で入れられている。
    • ビジター用シャツはホーム用を反転させたデザイン。胸には引き続き「CHUNICHI」ロゴが、左袖にはホームの「Dragons」ロゴが白文字で入れられている。
    • 帽子は前モデルと同様に青基調に白の「CDマーク」が入ったデザインであるが、ホーム用のみツバ部分のサイドに白いラインが追加され、天ボタンと穴かがりも白色に変更された。また、2018年より掲出されていた「グーネット」ロゴの大きさが若干縮小された。
    • ズボンはホーム、ビジターともに白基調で、新たにサイドに細い青のラインが入れられた。
    • 「昇竜」ユニホームは「昇竜復活!WITH BLUE」をイメージし、ドラゴンズブルーを基調にスカイブルーで竜を描いたデザインとなった。左胸にCDマーク、右腹部に番号が入り、ラケットラインとともに金色で縁取りされている。なおこのユニホームでは球団史上初めて、ロゴが昇華プリント方式となった。
    • FCユニホームは変更なし。
    • 2020年シーズンの「昇竜」ユニホームは、1990年代のユニホームをイメージし、1990-2020の30年の時をデジタルで描写。ドラゴンズブルーの濃淡の中に、表面と背面の2頭の竜が同じ方向へ新たな30年へ昇っていくグラフィックを載せ、『昇竜=舞い上がる竜、燃え上がる竜』を表現した[190]。90年代のユニホームをイメージしたのは与田監督からのリクエストでもあり、当時のものと同様に胸番号を赤色とし、帽子も筆記体のDマークを採用した[191](ヘルメットは通常のホーム用を着用)。
    • 2021年シーズンの「昇竜」ユニホームは球団創設85周年と「昇竜復活!その先へ」をイメージし、右袖と背中に85周年マークが入れられた(袖のマークは2021年シーズンに着用するすべてのユニホームに入れられる)[192]。帽子は前年と同様に筆記体のDマークで(前年同様、ヘルメットは通常のホーム用を着用)、同じマークが左胸に、番号が赤色で右腹部に入れられ、両袖には炎のグラフィックがあしらわれた[193]

注釈

  1. ^ ナゴヤ球場は1996年まで一軍の本拠地として使用されていた。
  2. ^ 特攻で戦死したプロ野球選手2名の内の1人。もう1名は、渡辺静朝日軍)。
  3. ^ 日本シリーズの優勝監督が同年オフに退任したのはこの年の天知と2014年の秋山幸二ソフトバンク)の2人のみである。
  4. ^ そのため、リーグ優勝した上で日本一になったのは2022年現在、この年が最初で最後である。
  5. ^ この年は引き分けとして0.5勝+0.5敗を勝率に加算されていたため、引き分けとして0.5勝+0.5敗を勝率に加算されていなければ、大阪は勝率.5123、中日は勝率.5120となり、両球団の勝率が3毛差となり大阪は2位、中日は3位となる。
  6. ^ この年の後楽園での対巨人戦成績は0勝12敗1分、翌年も開幕から7連敗で9月13日の試合で6-5で勝利し、ようやく連敗を19で止めた(この当時のセ・リーグの同一球場における連敗記録は20)。
  7. ^ 当時のパ・リーグは前後期制を採用しており、前期優勝の阪急が後期優勝の近鉄をプレーオフで破り、優勝したもの。通年成績では64勝59敗7分け(勝率.520)の阪急を、71勝50敗9分け(勝率.587)の近鉄が上回っていた。
  8. ^ 上記でも触れているように、2007年は「下剋上優勝」である。
  9. ^ このトレードに際しては牛島が当初拒否し、監督の星野が自ら説得にあたった。
  10. ^ 祝勝会(ビールかけ)や優勝パレードなどは昭和天皇の体調悪化により、自粛となっている。
  11. ^ 高木はこの試合で、審判へ判定に対する抗議をして退場処分を受けている。またこの日、オーナーの加藤巳一郎が死去している。
  12. ^ 翌年より阪神の監督に就任。
  13. ^ 野口茂樹に代わり、エースと呼ばれた。
  14. ^ 新型コロナウイルス感染拡大防止により、セ・リーグのみ中止となった2020年を除く。
  15. ^ 継投なので参考記録となる。この継投は物議を醸した(2007年日本シリーズにおける完全試合目前の継投参照)
  16. ^ 15勝9敗(ホーム:10勝2敗、ビジター:5勝6敗1分け)
  17. ^ 8勝15敗1分け(ビジター:3勝9敗、ホーム:5勝6敗1分)
  18. ^ 1951年から1953年と1965年・1966年のいずれも南海、1956年から1959年と1976年・1977年のいずれも巨人、1967年から1969年と1971年・1972年の阪急、1979年・1980年の近鉄、1993年・1994年の西武。
  19. ^ その他に自身の先発勝利投手と、浜崎の登板、奪三振、先発出場、打席のそれぞれ史上最年長記録も更新。
  20. ^ 開幕から先発投手に勝ちが付かなかった試合数の歴代ワースト記録は広島東洋カープ1953年に記録した23試合である。
  21. ^ 最終的に1002試合まで記録を伸ばした。
  22. ^ 2007年から採用されたクライマックスシリーズでは2012年まで6年連続でファイナル(2nd)ステージ進出を果たしていた。
  23. ^ パシフィックと同率。
  24. ^ 1946中部日本軍試合一覧を参照。2リーグ制以降では1968年の11連敗がワースト記録。
  25. ^ プロ野球記録は1942年の1リーグ時代だった阪神軍と2011年の北海道日本ハムファイターズが記録した52。
  26. ^ 1988年に発売された初の日本野球機構公認ゲームソフト『スーパーリアルベースボール'88』のパッケージにも小さいロゴのデザインが見られる。
  27. ^ 西沢道夫の実使用ユニフォームが野球体育博物館に保管されている。
  28. ^ 同スタイルのユニフォームには、背番号の上にアルファベット(ローマ字)の選手名入りのバージョンもあるが、1974年当時のものは選手名が入っていないため(1976年まで使用)、背ネームは入れていない。ただし背番号のサイズが当時のものより小さい。
  29. ^ 復刻版には、袖に「中日新聞」の広告とセ・リーグのチャンピオンマークが入る。
  30. ^ ホーム用の右腰部のスズキのスポンサーロゴは引き継がれたので、通常は兼用ではないが、ホーム用ユニフォームでもスポンサーロゴの掲示が認められないオールスターゲームに限っては兼用が可能である。
  31. ^ この球場で開催される試合は東海ラジオの主催のため、テレビ中継は系列局である東海テレビ三重テレビで放送される。
  32. ^ 同年6月16日にナゴヤドームで振替開催。なお、この振替試合では、中日主催としてはナゴヤドーム開場以来最低の観客数(6,947人)を記録した。シーズン券が使えなかったことと、開催日などの周知が徹底されていなかったことが主な理由。
  33. ^ 中日のビジターゲームではあるが2010年、7月27日に読売ジャイアンツ長野オリンピックスタジアムで、そして2012年、8月12日に横浜DeNAベイスターズ松本市野球場で行われた。
  34. ^ フランチャイズ制度以前に中日球場全焼事故のための代替で彦根球場を使用したことはあった。
  35. ^ 本来は前日の刈谷球場での中日対西武戦を中継する予定だったが、雨天中止となった。
  36. ^ 2011年3月下旬頃より、生放送分をユーストリームでも配信(次回放送までは、Ustreamで配信)している。
  37. ^ メ〜テレ開局前は、CBCテレビと東海テレビのいずれかが日本テレビ系列にも中日主催ゲームを配信していた。
  38. ^ 1973年3月まではメ〜テレ・中京テレビ並列で両系列に参加(正式にはテレビ朝日系列には両方が、NNNには名古屋テレビのみが加盟)し、同年4月からメ〜テレはNET→テレビ朝日系に、中京テレビは日本テレビ系に一本化した。
  39. ^ ラジオ部門は、JRN・NRNの双方に加盟しているため、CBCラジオと東海ラジオを通じて中日主催試合の放送権を持っていた。
  40. ^ テレビ神奈川は中日新聞(東京新聞を含む)との資本関係がある。
  41. ^ 岐阜新聞・岐阜放送とも新聞紙面やwebサイト上の中日ドラゴンズ関連記事では「中日」を使用している。
  42. ^ その一方で、ビジター側の系列局が同時ネットまたは独自の実況で放送することがある。2016年7月6日の対広島戦(金沢)は中国放送が別制作を実施したが、同日登板した黒田博樹が日米通算200勝まであと1勝という状況だったため、広島からのオフチューブから現地乗り込みに変更となり、中国放送にはCBCテレビに加えて北陸放送が製作協力に参加した(同局ではCBCテレビ・中国放送制作分のどちらも放送しなかった)。
  43. ^ 試合開催は引き続きフジテレビ系列局が勧進元となっている。石川県・富山県のTBS系列局は、中日新聞との資本関係はあるものの、それ以上に全国紙各紙や中日新聞と競合する地元県紙(北國新聞富山新聞北日本新聞など)との関連性が強い。また福井県にはTBS系列局が存在しない。
  44. ^ 地元県紙や放送局が勧進元となった中日以外の球団が主催する試合や、ベースボール・チャレンジ・リーグの試合は、年度により地元局が特例で放送することがある(特に富山県開催の広島主催ゲームでのチューリップテレビなど)。
  45. ^ 過去にラジオ日本が予備カードを設定していた時代は、予備から昇格した場合に限りCBCラジオ発ラジオ日本向け裏送り中継の中日主管試合の岐阜ラジオへのネットが行われた。また中日が関与しないナゴヤ球場・ナゴヤドームで開催のパ・リーグのカードや、放送権が広島球団側にある長良川球場での広島主催の中日戦では、CBCラジオ発の裏送り分が岐阜ラジオに本番カードとしてネットされたことがある。また後者の場合はラジオ日本が直接岐阜に乗り込み、岐阜ラジオの技術協力で放送されることがあった。2016年からラジオ日本とTBSラジオ・JRNの提携関係が本格的に再開されることになったが、岐阜放送では原則として巨人戦のみとするも、巨人戦を含む中日主催試合、並びに雨天中止の予備カードや、基から中日戦の開催がないか、JRNに放送権が与えられていないヤクルト主管の中日戦開催日においてのCBCラジオの本番カードと重複する場合は、サービスエリア重複(双方とも東海3県のほぼ全域と滋賀・静岡・富山・長野・和歌山・奈良などの周辺県一部で聴取可能)による干渉を防ぐ目的で、岐阜放送での放送が行われない試合もあった
  46. ^ 特に中国放送ではCBCテレビからのネット受けと中国放送の解説者・アナウンサーの実況への差し替えの両方を行った年がある(いずれも番組名は『Veryカープ! RCCカープデーゲーム中継/カープナイター』に差し替え)。
  47. ^ 中日ドラゴンズにおける、ドミニカ共和国出身の助っ人外国人選手である、ルナ、エルナンデス、ナニータの3人を総称する際の愛称。

出典

  1. ^ 株式会社中日ドラゴンズの情報”. 法人番号公表サイト. 国税庁 (2018年12月28日). 2019年4月8日閲覧。
  2. ^ 朝日新聞社『運動年鑑』昭和11年版, p373の住所録では「大日本野球連盟名古屋協会=金城軍」としており、この仮称の名残が見られる。
  3. ^ a b c d e チームデータ > 記録集 > 試合最高記録” (日本語). 中日ドラゴンズ. 2019年12月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年12月11日閲覧。
  4. ^ 台風が上陸した9月26日以降、中日のホームゲームは8試合残っていたが、10月3日(国鉄戦)と10月6日(大阪戦)は中日球場で行い、巨人戦3試合、広島戦2試合、国鉄戦1試合はビジターゲームに変更された。
  5. ^ a b プロ野球レジェンドが語るあの日、あのとき(杉下茂)、産経新聞出版、P333、2015年
  6. ^ 「革命捕手」中尾孝義が見たプロ野球 入団2年目にセ捕手初のMVP その年の大洋戦の大逆転負けが正捕手定着の契機に 日刊ゲンダイ、2022年1月18日閲覧
  7. ^ 【セ・パ誕生70年記念特別企画】よみがえる1980年代のプロ野球 Part.2 [1986年編] (週刊ベースボール別冊夏祭号)、ベースボール・マガジン社、88-89頁、2019年
  8. ^ 星野仙一氏 写真特集、日本シリーズで西武に敗れ、無念の表情で表彰式に臨む 時事通信
  9. ^ 6位の阪神タイガースも監督が中村勝広が途中休養し藤田平が監督代行になっており、交代人事が発生していた。
  10. ^ 70年史 2006, pp. 178–179.
  11. ^ 中日新球団事務所 打席から一塁へ向かえば入れます”. 日刊スポーツ (2018年12月21日). 2019年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月26日閲覧。
  12. ^ a b c 各種記録達成者一覧 無安打無得点試合 (ノーヒットノーラン)”. 日本野球機構. 2018年12月3日閲覧。
  13. ^ 伊藤和雄、咲本淳一著、勝利護身の神星野仙一 文芸社、2003年、P134
  14. ^ ホークス75年史―南海、ダイエー、ソフトバンクー継承される栄光の歴史、ベースボール・マガジン社、2013年、P91
  15. ^ この年の出典は特記ない場合ベースボールマガジン』冬季号、ベースボール・マガジン社、2005年、 58 - 61頁。
  16. ^ “悔幕”川崎「入れ込みすぎた」 1274日ぶり1軍登板”. 中日スポーツ (2004年4月3日). 2004年12月6日時点でのアーカイブ、2022年4月2日閲覧。
  17. ^ 2004年 セントラル・リーグ”. NPB(日本野球機構). 2022年4月2日閲覧。
  18. ^ 2004年 パシフィック・リーグ”. NPB(日本野球機構). 2022年4月2日閲覧。
  19. ^ a b 『中日新聞』2005年10月3日朝刊第一運動スポーツ面29頁「失速 中日連覇への落とし穴(下) 相対的強者 交流戦でもろさ露呈」(中日新聞社)
  20. ^ 毎日新聞』2005年5月27日中部夕刊社会面6頁「プロ野球:“降竜”戦、なぜ勝てぬ 中日、12球団で“最下位”--セ・パ交流戦」(毎日新聞中部本社記者:仁瓶和弥)
  21. ^ 東京新聞』2005年5月27日朝刊第一運動スポーツ面19頁「朝井 プロ初勝利 楽天15-3中日 バンテリンドーム ナゴヤ=観衆26,100(3回戦楽天3勝)」(中日新聞社)
  22. ^ 強竜祭りだ M40点灯 先発全員安打11点”. 中日スポーツ (2006年8月13日). 2007年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月26日閲覧。
  23. ^ 感動しました ノーヒットノーラン マサ、史上最年長41歳1カ月”. 中日スポーツ (2006年9月17日). 2009年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月26日閲覧。
  24. ^ 山本昌200勝誇れ42歳、完投で決めた”. 日刊スポーツ (2008年8月5日). 2018年12月3日閲覧。
  25. ^ 2010年度 セントラル・リーグ チーム打撃成績”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  26. ^ 2010年度 パシフィック・リーグ チーム打撃成績”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  27. ^ 2010年度 セントラル・リーグ チーム投手成績”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  28. ^ 2010年度パシフィック・リーグ チーム投手成績”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  29. ^ 2010年7月16日 (金) 中日ドラゴンズ4 広島東洋カープ0”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  30. ^ 2010年7月17日 (土) 中日ドラゴンズ4 広島東洋カープ0”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  31. ^ 2010年7月18日 (日) 中日ドラゴンズ6 広島東洋カープ0”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  32. ^ 2010年7月19日 (月) 中日ドラゴンズ5 横浜ベイスターズ0”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  33. ^ 2010年7月20日 (火) 中日ドラゴンズ1 横浜ベイスターズ0”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  34. ^ a b 2010年度 セントラル・リーグ チーム勝敗表”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  35. ^ 中日監督に高木守道氏 落合監督、今季限り”. 中日新聞 (2011年9月22日). 2011年9月25日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年9月22日閲覧。
  36. ^ “首位奪取のウラで…中日に異常事態 退団コーチは計11人に”. スポーツニッポン. (2011年10月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/10/07/kiji/K20111007001773410.html 2015年10月13日閲覧。 
  37. ^ この年の記述の出典は特記無い場合、週刊ベースボール』、ベースボール・マガジン社、2012年12月10日、 64頁。
  38. ^ “中日 山井 無安打無得点試合達成!幻の完全試合から6年 ようやく大記録”. スポーツニッポン. (2013年6月28日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/06/28/kiji/K20130628006108970.html 2015年10月13日閲覧。 
  39. ^ “広島 球団史上初CS進出決定 Aクラスは16年ぶり”. スポーツニッポン. (2013年9月24日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/09/25/kiji/K20130925006687080.html 2015年10月13日閲覧。 
  40. ^ 朝日新聞2013年10月4日スポーツ面
  41. ^ 中日、セ5球団全てに負け越し 12年ぶりBクラス スポーツニッポン2013年10月5日配信
  42. ^ 高木監督退任会見”. 中日ドラゴンズ (2013年10月8日). 2015年10月13日閲覧。
  43. ^ a b 新社長就任のお知らせ”. 中日ドラゴンズ (2013年10月9日). 2015年10月13日閲覧。
  44. ^ “巨人、井端獲得を発表 二塁手強化、右の代打としても期待”. スポーツニッポン. (2013年11月26日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/11/26/kiji/K20131126007087930.html 2015年10月13日閲覧。 
  45. ^ FAの小笠原選手が入団中日球団公式サイト2013年11月26日配信
  46. ^ “新入団のお知らせ” (プレスリリース), 福岡ソフトバンクホークス, (2013年12月7日), http://www.softbankhawks.co.jp/news/detail/10363.html 2015年10月13日閲覧。 
  47. ^ a b c d 勝負の8月に歴史的大失速… 中日にいったい何が起きた? | BASEBALL KING” (日本語). BASEBALL KING. 2022年5月11日閲覧。
  48. ^ “谷繁監督 試練の8月…球団月間最多19敗目、大台危機”. スポーツニッポン. (2014年8月31日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/08/31/kiji/K20140831008841530.html 2015年10月13日閲覧。 
  49. ^ “広島、逆転勝ちで3連勝!中日は泥沼6連敗で月間20敗目”. スポーツニッポン. (2014年8月31日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/08/31/kiji/K20140831008846550.html 2015年10月13日閲覧。 
  50. ^ “山本昌、史上最年長勝利の快挙!チームも一丸で後押し!”. スポーツニッポン. (2014年9月5日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/09/05/kiji/K20140905008878080.html 2015年10月13日閲覧。 
  51. ^ “中日大敗で28年ぶりの2年連続Bクラス”. 日刊スポーツ. (2014年9月23日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140923-1371750.html 2015年10月13日閲覧。 
  52. ^ 中日が球団通算5千勝 史上3チーム目 Archived 2015年6月10日, at the Wayback Machine. 2015年6月9日 中日スポーツ
  53. ^ 島村誠也 (2015年6月17日). “かつての盟友たちが語る中日・和田一浩「2000本安打秘話」”. Web Sportiva (集英社). http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/2015/06/17/2000_3/ 2015年10月13日閲覧。 
  54. ^ “中日、交流戦7勝10敗1分け 2年ぶり負け越し”. 朝日新聞. (2015年6月14日). http://www.asahi.com/articles/ASH6G427VH6GUTQP003.html 2015年10月13日閲覧。 
  55. ^ “セ・リーグ6球団監督が前半戦を総括”. 日刊スポーツ. (2015年7月16日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1507867.html 2015年10月3日閲覧。 
  56. ^ “中日3連勝5位浮上 DeNA1点及ばず最下位転落”. 日刊スポーツ. (2015年8月26日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1528433.html 2015年10月13日閲覧。 
  57. ^ “【中日】谷繁兼任監督、自力CS消滅に「勝っていくしかない」”. スポーツ報知. (2015年9月2日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20150902-OHT1T50003.html 2015年10月13日閲覧。 
  58. ^ 週刊ベースボール2015年12月14日号、P86
  59. ^ 山本昌広投手が引退”. 中日ドラゴンズ (2015年9月30日). 2015年10月13日閲覧。
  60. ^ 創設80周年 記念事業について”. 中日ドラゴンズ (2015年11月12日). 2015年11月27日閲覧。
  61. ^ 中日CMに「トリック」チーム、和田一浩氏が出演”. 日刊スポーツ (2016年1月18日). 2016年1月20日閲覧。
  62. ^ a b 公式戦 2016年度 カレンダー 【7月】”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  63. ^ a b 公式戦 2016年度 カレンダー 【8月】”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  64. ^ 谷繁監督が休養”. 中日ドラゴンズ公式 (2016年8月9日). 2016年8月9日閲覧。
  65. ^ 52年ぶり屈辱 竜81敗”. 中日スポーツ (2016年9月28日). 2016年9月28日閲覧。
  66. ^ 2ケタ勝利ゼロに危機感 中日森監督が狙う“投手王国”復権”. 日刊ゲンダイ (2016年10月27日). 2016年10月27日閲覧。
  67. ^ 2016年度 セントラル・リーグ チーム打撃成績”. NPB(一般社団法人日本野球機構). 2022年4月3日閲覧。
  68. ^ 中日・森監督代行が新監督就任「晴れやかなものはない」 - 『サンケイスポーツ』2016年9月29日
  69. ^ 明大の右腕・柳は中日が交渉権獲得 DeNAと競合も、森新監督が引き当てる”. Full-Count (2016年10月20日). 2016年11月13日閲覧。
  70. ^ 中日が元ドジャースのゲレーロ獲得「勝利に貢献」”. 日刊スポーツ (2016年11月26日). 2017年12月5日閲覧。
  71. ^ 中日落合GM退団「内部で反対している人も」白井氏”. 日刊スポーツ (2016年12月21日). 2016年12月21日閲覧。
  72. ^ 中日開幕5連敗「1本が出ない」拙攻に森監督嘆く”. 日刊スポーツ (2017年4月6日). 2017年10月13日閲覧。
  73. ^ 【中日】開幕から20戦目で先発投手初勝利…バルデスに森監督が膝蹴りで祝福、スポーツ報知、閲覧2017年5月1日
  74. ^ 中日・荒木が2000安打達成 史上48人目 恩師星野氏の祝福に感極まる”. スポーツニッポン (2017年6月3日). 2017年12月4日閲覧。
  75. ^ 中日が日本ハム谷元獲得へ、今日トレード期限”. 日刊スポーツ (2017年7月31日). 2017年9月10日閲覧。
  76. ^ 中日・岩瀬が最多記録更新の950試合登板 記念マウンドをセーブで飾る”. スポーツニッポン (2017年8月6日). 2017年8月6日閲覧。
  77. ^ 【中日】友利投手コーチ、コーチ登録外れる…投手陣低迷の引責”. スポーツ報知 (2017年9月4日). 2017年9月11日閲覧。
  78. ^ 【中日】36度目逆転負けで5年連続負け越し決定…移籍初黒星の谷元は配置転換へ”. スポーツ報知 (2017年9月9日). 2017年9月9日閲覧。
  79. ^ 中日西山球団代表「すべてが補強対象」来季へ危機感”. 日刊スポーツ (2017年10月10日). 2017年10月13日閲覧。
  80. ^ 京田、竜から憲伸以来19年ぶり新人王”. 中日スポーツ (2017年11月21日). 2018年12月3日閲覧。
  81. ^ 巨人ゲレーロ獲得 攻守でチーム強化を託せる理由”. 日刊スポーツ (2017年12月16日). 2018年3月3日閲覧。
  82. ^ 日本ハムFA大野、中日決定「精いっぱい頑張る」”. 日刊スポーツ (2017年12月10日). 2018年2月4日閲覧。
  83. ^ 松坂、中日テスト合格!わずか5分22球 1500万円再出発”. スポーツニッポン (2017年1月24日). 2018年2月4日閲覧。
  84. ^ 中日、80年ぶり屈辱…開幕から逆転3連敗”. デイリースポーツ (2017年4月2日). 2018年10月6日閲覧。
  85. ^ 松坂、復活星逃す 無念12年ぶり先発”. 中日スポーツ (2017年4月6日). 2018年10月6日閲覧。
  86. ^ 松坂、ウイニングボールは「特別なものに」12年ぶり勝利「顔を覚えてもらえるように頑張りたい」”. スポーツニッポン (2018年4月30日). 2018年10月6日閲覧。
  87. ^ 中日平田サイクル「母校大阪桐蔭も今日勝ちました」”. 日刊スポーツ (2018年8月16日). 2018年10月6日閲覧。
  88. ^ 中日、70敗でV完全消滅”. サンケイスポーツ (2018年9月13日). 2018年10月6日閲覧。
  89. ^ 今季限り43歳中日岩瀬「鳥肌」大記録1000登板 - 日刊スポーツ 2018年9月29日
  90. ^ 【中日】6年連続Bクラス決定…CS逃し森監督「若い連中はどう思うか」”. スポーツ報知 (2018年9月28日). 2018年10月6日閲覧。
  91. ^ “森氏が中日SDに 西山球団代表が発表” (日本語). SANSPO.COM(サンスポ). https://www.sanspo.com/article/20181016-STMYFMLTJBPYJBAMNVVEDTDD5A/ 2018年11月17日閲覧。 
  92. ^ 中日ドラゴンズ 公式サイト - ドラゴンズニュース ★来季の監督に与田剛氏” (日本語). dragons.jp. 2018年11月17日閲覧。
  93. ^ プロ野球ドラフト会議 根尾は中日が交渉権”. 中日新聞 (2018年10月25日). 2018年12月6日閲覧。
  94. ^ 阪神、前中日のガルシア獲得を発表「甲子園の大観衆の前での登板を楽しみ」”. サンケイスポーツ (2018年12月17日). 2019年1月27日閲覧。
  95. ^ 中日高橋月間8度目の猛打賞 5月に記録は初の快挙”. 日刊スポーツ (2019年5月27日). 2020年11月11日閲覧。
  96. ^ 柳が交流戦の日本生命賞を受賞”. 中日新聞社 (2019年6月26日). 2020年11月11日閲覧。
  97. ^ a b オリックス、中日が異例!2対2大型トレード+金銭トレード”. デイリースポーツ. 2021年11月24日閲覧。
  98. ^ 中日が8連勝で2位浮上”. 中日新聞社 (2019年7月18日). 2020年11月11日閲覧。
  99. ^ 大野雄大がノーヒットノーラン 史上81人目、中日では山井以来12人目”. 中日新聞社 (2019年9月14日). 2020年11月11日閲覧。
  100. ^ 中日奇跡CSならず…連敗で7年連続Bクラス確定 オフは積極的な補強へ動く”. 中日新聞社 (2019年9月24日). 2020年11月11日閲覧。
  101. ^ 与田監督、悔しさ飲み込む 竜、残り1戦で5位確定”. 中日新聞社 (2019年9月30日). 2020年11月11日閲覧。
  102. ^ 中日が守備率セ新記録、45失策は04年に並ぶ最少”. 日刊スポーツ (2019年9月30日). 2020年11月11日閲覧。
  103. ^ 中日・大野雄大が最優秀防御率 自身初となるタイトルを獲得”. 中日新聞社 (2019年9月30日). 2020年11月11日閲覧。
  104. ^ 大島は裏切らない 初の最多安打174本”. 中日新聞社 (2019年10月1日). 2020年11月11日閲覧。
  105. ^ 東邦・石川は中日 根尾に続き与田監督また引いた ソフトバンク、オリックスと3球団競合”. 中日新聞社 (2019年10月17日). 2020年11月11日閲覧。
  106. ^ 前中日の左腕ロドリゲスがレンジャーズと2年6億円契約 大リーグでもセットアッパー チーム復活のキーマンに”. 中日新聞社 (2019年12月10日). 2020年11月11日閲覧。
  107. ^ 中日27年ぶり開幕戦18安打 神宮の鬼・堂上直倫が代打で決勝犠飛「みんながつないでくれた場面、なんとか点を入れたかった」”. 中日新聞社 (2020年6月19日). 2020年11月11日閲覧。
  108. ^ 中日・梅津快投8年ぶり開幕カード勝ち越し呼ぶ「今年のドラゴンズは違うぞというところをしっかり見せたい」”. 中日新聞社 (2020年6月22日). 2020年11月11日閲覧。
  109. ^ 中日3連敗で最下位転落 アリエル1号空砲に”. 中日新聞社 (2020年7月14日). 2020年11月11日閲覧。
  110. ^ ハマスタ今季6戦全敗の屈辱をバネに… きょうからナゴヤD巨人3連戦 「一つのきっかけから変われる」”. 中日新聞社 (2020年8月7日). 2020年11月11日閲覧。
  111. ^ 大野雄3試合連続の完投&球団初2桁奪三振「味方が4点取ってくれ長い回を投げたかった」”. 中日新聞社 (2020年8月17日). 2020年11月11日閲覧。
  112. ^ 中日、快進撃の3位浮上! 4本塁打・2桁得点・4連勝の今季初物尽くし…立役者は2発4打点の主砲ビシエド”. 中日新聞社 (2020年8月19日). 2020年11月11日閲覧。
  113. ^ 中日、9年ぶり5カード連続勝ち越し! 周平が先制タイムリー&2ラン、3安打3打点の大暴れ 借金完済は目前だ”. 中日新聞社 (2020年8月23日). 2022年4月26日閲覧。
  114. ^ 中日が3カードぶり勝ち越しで3位浮上!! 福谷が5勝目、終盤は福、祖父江、Rマルの“鉄壁リレー”で守り切る”. 中日新聞社 (2020年10月3日). 2020年11月11日閲覧。
  115. ^ 復帰の中日・柳は7イニング2失点「ゲームの中で修正できた」後輩・森下としびれる”明大対決”は後半打線援護で白星ゲット 竜快進撃7連勝!”. 中日新聞社 (2020年10月17日). 2020年11月11日閲覧。
  116. ^ 中日が逆転勝ちで4連勝!! 木下拓が逆転打、祖父江が今季初セーブ、10月勝率7割超えでセの貯金は巨人と中日だけに”. 中日新聞社 (2020年10月23日). 2020年11月11日閲覧。
  117. ^ 中日 8年ぶりAクラス王手! 高橋周平が同点の8回に決勝弾 2012年以来の貯金フィニッシュ決めた”. 中日新聞社 (2020年11月4日). 2020年11月11日閲覧。
  118. ^ 中日、Aクラス入り決めた!7年続いた“暗黒史”にようやく終止符、DeNAに完封勝利”. 中日新聞社 (2020年11月5日). 2020年11月11日閲覧。
  119. ^ 中日・吉見が現役引退 「立ち位置を見ると…ちょっとしんどいのかな」黄金期支えた”精密機械”11年に投手3冠”. 中日新聞社 (2020年11月1日). 2020年11月14日閲覧。
  120. ^ 中日が最終戦を制して貯金5の3位でフィニッシュ…柳は“あとアウト1つ”で完封逃すも藤嶋がプロ初セーブ”. 中日新聞社 (2020年11月11日). 2020年11月11日閲覧。
  121. ^ 開幕投手がついに勝った!! 中日・大野雄が国内FA権取得日に今季初勝利…完投勝利は昨年9月ノーノー以来”. 中日新聞社 (2020年7月31日). 2020年11月11日閲覧。
  122. ^ 中日・大野雄、球団記録に並ぶ5試合連続完投勝利! 2戦連続完封、自らのバットで先制点も”. 中日新聞社 (2020年9月1日). 2020年11月11日閲覧。
  123. ^ 中日大野雄大「ほめて」45回0封より救援救う完封”. 日刊スポーツ (2020年10月22日). 2020年11月11日閲覧。
  124. ^ 中日、3投手がタイトル 祖父江「しっかり調整できたのが良かった」”. 産経スポーツ (2020年11月11日). 2020年11月11日閲覧。
  125. ^ 中日・大野雄が自身初の最多奪三振タイトル確定、最優秀防御率と“2冠”に…G菅野は5回5K降板で追いつけず”. 中日新聞社 (2020年11月14日). 2020年11月14日閲覧。
  126. ^ 中日・大野雄大が初の沢村賞 巨人・菅野との一騎打ち制す ダブル受賞推す声も…「ベストワンは大野という意見が大半」”. 中日新聞社 (2020年11月23日). 2020年11月23日閲覧。
  127. ^ 今の中日は連敗しない!投打がっちりかみ合い快勝…6回終了時リードで37連勝に”. 中日新聞社 (2020年10月25日). 2020年11月11日閲覧。
  128. ^ 中日祖父江&福が初タイトル 最優秀中継ぎ30ホールドポイント ヤクルト清水も”. 中日新聞社 (2020年11月11日). 2020年11月11日閲覧。
  129. ^ 中日継投で逃げ切り連敗止める DeNA大貫は6敗”. 日刊スポーツ (2020年11月3日). 2020年11月11日閲覧。
  130. ^ 中日・大島の2年連続最多安打が確定…“6本差”だったDeNA・梶谷は最終戦2打数無安打で首位打者も逃す”. 中日新聞社 (2020年11月14日). 2020年11月14日閲覧。
  131. ^ 中日は中京大中京高・高橋宏斗を一本釣り…”神の手”与田剛の出番なし”. 中日新聞社 (2020年10月26日). 2020年11月11日閲覧。
  132. ^ 中日がアルモンテら外国人5選手と来季契約せず 3年目はケガに泣く ロメロ、シエラも”. 中日新聞社 (2020年11月8日). 2022年4月26日閲覧。
  133. ^ 【中日】泥沼から抜けられない…今季ワースト5連敗、ついに借金は「10」わずか5安打1得点”. 中日スポーツ (2021年7月3日). 2022年4月26日閲覧。
  134. ^ 公式戦 2021年度 カレンダー 【7月】”. NPB(日本野球機構). 2022年4月2日閲覧。
  135. ^ ドラゴンズ 後半戦巻き返しへ 担当記者「ドラ番」座談会”. 中日新聞社 (2021年8月11日). 2022年4月26日閲覧。
  136. ^ a b 【中日】ヤクルトに敗れ…Bクラスが確定 松葉が村上に痛恨被弾 山井&藤井の引退試合飾れず”. 中日新聞社 (2021年10月13日). 2022年4月26日閲覧。
  137. ^ 【中日】投打がかみ合い今季最終戦完勝 DeNAが敗れ5位確定 小笠原が自己最多を更新する8勝目”. 中日新聞社 (2021年10月26日). 2022年4月26日閲覧。
  138. ^ 2021年度 セントラル・リーグ チーム投手成績”. NPB(日本野球機構). 2022年4月2日閲覧。
  139. ^ 2021年度 パシフィック・リーグ チーム投手成績”. NPB(日本野球機構). 2022年4月2日閲覧。
  140. ^ 本塁打、得点は飛ばないボールが使われた2011年(82本塁打、419得点)、2012年(70本塁打、423得点)よりも少ない。
  141. ^ 2021年度 セントラル・リーグ チーム打撃成績”. NPB(日本野球機構). 2022年4月2日閲覧。
  142. ^ 2021年度 パシフィック・リーグ チーム打撃成績”. NPB(日本野球機構). 2022年4月2日閲覧。
  143. ^ 立浪監督「最悪の滑り出し」悔しさをあらわに 47年ぶりホーム開幕3連敗 好機にあと1本出ず0行進【中日】”. 中日新聞社 (2022年4月1日). 2022年4月26日閲覧。
  144. ^ 公式戦 2022年度 カレンダー 【3・4月】”. NPB(日本野球機構). 2022年4月26日閲覧。
  145. ^ “開幕18戦目で、中日・京田が「猛打賞1号」となった 単打3本で球団ワースト記録止めた”. スポニチ. (2021年4月16日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2021/04/16/kiji/20210416s00001173590000c.html 2021年4月20日閲覧。 
  146. ^ “「貧打」の記録、またひとつ…中日が今季2度目のスコアレスドロー 2リーグ制以降初めての珍事”. スポーツニッポン. (2021年4月20日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2021/04/20/kiji/20210420s00001173491000c.html 2021年4月20日閲覧。 
  147. ^ CSの制度は2004年から2006年の3年間でパ・リーグで先行導入されたプレーオフとは違い、年間勝率1位のチームがリーグ優勝という制度のため。
  148. ^ 中日のナゴヤドーム対阪神は「貯金74」30日から3連戦…勝って勢い取り戻す!3日からの巨人戦は吉見の9年ぶり東京ドーム白星に期待”. 中日スポーツ. 2020年10月23日閲覧。
  149. ^ 『ドラゴンズアーカイブズ 明大の系譜』、中日新聞社月刊ドラゴンズ』、2016年12月号(2016年11月22日)8-9頁。
  150. ^ 第25回「人気スポーツ」調査 http://www.crs.or.jp/data/pdf/sports17.pdf
  151. ^ “強竜復活へ「ゼロ」→「愛」 中日、来季スローガン発表”. SANSPO.COM(サンスポ). (2017年11月29日). https://www.sanspo.com/article/20171129-4KMKCF75DVNXHAE6LPCT223WSY/ 2017年12月2日閲覧。 
  152. ^ 中日私設応援団2団体に応援活動禁止命令 日刊スポーツ 2008年3月28日
  153. ^ 中日、私設応援団を入場禁止 名古屋地裁「無効」判決 朝日新聞 2010年1月28日17時10分
  154. ^ 中日ドラゴンズ私設応援団訴訟、名高裁が入場禁止認める判決 日本経済新聞 2011年2月17日
  155. ^ 中日私設応援団の敗訴が確定 日刊スポーツ 2013年2月15日
  156. ^ 全国中日ドラゴンズ私設応援団連合加盟4団体に対する応援不許可について”. NPB公式HP (2014年7月22日). 2014年7月26日閲覧。
  157. ^ 全国中日ドラゴンズ私設応援団連合加盟4団体に対する応援不許可について”. 中日ドラゴンズ公式HP (2014年7月22日). 2014年9月16日閲覧。
  158. ^ 全国中日ドラゴンズ私設応援団連合加盟4団体に対する応援不許可について”. NPB公式HP (2014年7月22日). 2014年7月26日閲覧。
  159. ^ 全国中日ドラゴンズ私設応援団連合加盟4団体に対する応援不許可について”. 中日ドラゴンズ公式HP (2014年7月22日). 2014年9月16日閲覧。
  160. ^ a b 「中日ドラゴンズ応援団」が発足しました”. 中日ドラゴンズ (2014年9月12日). 2014年9月16日閲覧。
  161. ^ 「選手に失礼」と中日応援歌自粛 「お前が打たなきゃ」 朝日新聞 2019年7月1日
  162. ^ 中日「サウスポー」応援歌休止で球団代表が状況説明 日刊スポーツ 2019年7月2日
  163. ^ 「おまえ」で呼ぶのは失礼? 中日の応援歌自粛に賛否 日本経済新聞 2019年7月10日
  164. ^ a b フジテレビトリビア普及委員会 『トリビアの泉〜へぇの本〜 16』講談社、2006年。 
  165. ^ ドラ番記者”. 中日スポーツ (2010年8月19日). 2010年8月20日閲覧。[リンク切れ]
  166. ^ 新ユニフォーム発表です。”. 中日ドラゴンズ公式「試合ブログ」 (2012年1月30日). 2015年10月13日閲覧。
  167. ^ 新ユニフォームがお披露目”. 中日ドラゴンズ (2012年1月30日). 2015年10月13日閲覧。
  168. ^ “赤!!竜衝撃サードユニ”. 中日スポーツ. (2013年1月10日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201301/CK2013011002000076.html 2015年10月13日閲覧。 
  169. ^ サードユニホーム企画「燃竜(もえドラ)」を7試合実施”. 中日ドラゴンズ (2013年2月25日). 2015年10月13日閲覧。
  170. ^ ビジター、サードユニホームを発表”. 中日ドラゴンズ (2014年1月30日). 2015年10月13日閲覧。
  171. ^ 夏休み限定!「サマーキャップ」で戦います”. 中日ドラゴンズ (2014年7月14日). 2015年10月13日閲覧。
  172. ^ 夏休み限定!「サマーキャップ」で戦います”. 中日ドラゴンズ (2015年7月24日). 2015年10月13日閲覧。
  173. ^ スズキ株式会社と新規オフィシャルパートナー契約締結”. 中日ドラゴンズ (2015年1月22日). 2015年10月13日閲覧。
  174. ^ 新ユニホームを発表”. 中日ドラゴンズ (2015年1月30日). 2015年10月13日閲覧。
  175. ^ 2015年版「昇竜」ユニホーム(サードユニホーム)のご紹介”. 中日ドラゴンズ (2015年1月30日). 2015年10月13日閲覧。
  176. ^ キャプテンマークを発表”. 中日ドラゴンズ (2016年1月30日). 2016年1月30日閲覧。
  177. ^ 2016サードユニホームを発表”. 中日ドラゴンズ (2016年1月30日). 2016年1月30日閲覧。
  178. ^ 2016サマーユニホームを発表”. 中日ドラゴンズ (2016年1月30日). 2016年1月30日閲覧。
  179. ^ ドラゴンズニュース、「中日ドラゴンズ歴代ユニホーム総選挙」結果発表!
  180. ^ 中日「ドラゴンズ・ブルー」復活の新ユニで入団発表、日刊スポーツ、閲覧年月日2017年1月6日
  181. ^ 2017ユニホーム・特別企画ユニホーム発表中日ドラゴンズ
  182. ^ 2017年 ドラゴンズ新ユニフォーム発表中日新聞社
  183. ^ 公式ファンクラブからのお知らせ‐FCスペシャルゲーム開催決定!中日ドラゴンズ 公式サイト 2017年2月22日配信
  184. ^ ミズノ株式会社と新規オフィシャル・パートナー契約締結 中日ドラゴンズ 公式サイト 2018年1月5日
  185. ^ 株式会社プロトコーポレーションと新規オフィシャル・パートナー契約締結中日ドラゴンズ 公式サイト 2018年1月18日配信
  186. ^ 2018年度昇竜ユニホームを発表中日ドラゴンズ 公式サイト 2018年1月30日配信
  187. ^ 中日が「昇竜」ユニホーム発表、京田「とても斬新」nikkansports.com 2018年1月30日配信
  188. ^ 中日ドラゴンズ 公式サイト - ドラゴンズニュース ★2019年ユニホームを発表” (日本語). dragons.jp. 2018年11月17日閲覧。
  189. ^ “中日が19年新ユニ披露、歴史や伝統による誇り表現 - プロ野球 : 日刊スポーツ” (日本語). nikkansports.com. https://www.nikkansports.com/baseball/news/201811170000473.html 2018年11月17日閲覧。 
  190. ^ 中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト - ドラゴンズニュース ★2020年昇竜ユニホーム発表”. dragons.jp. 2020年1月15日閲覧。
  191. ^ 『星野時代オマージュ』今季『昇竜ユニ』発表!与田監督リクエスト「あの頃のイメージ取り込んで」” (日本語). 中日スポーツ・東京中日スポーツ. 2020年1月15日閲覧。
  192. ^ 中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト - ドラゴンズニュース ★2021年昇竜ユニホーム発表”. dragons.jp. 2021年1月24日閲覧。
  193. ^ 【中日】今季の昇竜ユニ、袖には炎 京田選手会長は「85に伝統と歴史」8試合で着用:中日スポーツ・東京中日スポーツ” (日本語). 中日スポーツ・東京中日スポーツ. 2021年1月24日閲覧。
  194. ^ 日刊スポーツ「中日森野、立浪継承の背番「3」に戸惑い」- 結局、森野はこの時「3」をつけていない。
  195. ^ “森野、背番号「3」返上”. 中日スポーツ. (2009年12月10日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/hold/dragons/news/2009/200912/CK2009121002000033.html 2015年12月18日閲覧。 
  196. ^ 70年史 2006, p. 32.
  197. ^ “中日・山本昌、引退表明もあきらめない!残り3戦1軍マウンド目指す”. SANSPO.COM(サンスポ). (2015年9月27日). https://www.sanspo.com/article/20150927-UFX6A5BBRFJBVMMNNNFSRYI64M/ 2015年12月8日閲覧。 
  198. ^ 福、育成で契約 34番空けて待つ 2017年11月20日 中日スポーツ(2018年1月20日閲覧)
  199. ^ 2015年ドラフト指名選手入団発表”. 中日ドラゴンズ公式サイト (2015年12月11日). 2015年12月18日閲覧。
  200. ^ 本郷陽一 (2015年12月12日). “中日、山本昌の背番号「34」を準永久欠番扱いしなかったことの是非”. THE PAGE. ワードリーフ. p. 2. 2015年12月18日閲覧。
  201. ^ ドラゴンズ新球団歌を発表”. 中日ドラゴンズ (2015年2月28日). 2015年10月13日閲覧。
  202. ^ a b “【プロ野球】応援歌の元祖は中日だった?”. mimi-yori (アンサンヒーロー). (2020年4月2日). https://mimi-yori.com/entry/baseball/trivia_oenka 2022年2月10日閲覧。 
  203. ^ 70年史 2006, pp. 147–149.
  204. ^ 1951年(昭和26年)9月22日(土)セリーグ公式戦 対国鉄15回戦[信頼性要検証] 年度別リザルト
  205. ^ 2013年から2015年までのナイター開催時はトップ中継のみ別制作となり(TBSチャンネル1ではこのメンバーで全編放送)、リレー中継のみ地上波中継と同じ出演者が担当する形式だったが、2016年以降のデーゲーム開催時は原則としてリレー中継のみ実施し、CBCテレビのみ16時以降も中継するが、地上波同時放送とせず、TBSチャンネル1との同時放送となる。
  206. ^ この年の第1戦も中日主管であるが、球団の親会社・中日新聞本社の意向によりCBCテレビ・TBSテレビの共同制作の体裁(実際の製作と送出はCBCテレビが行ったが名目上はTBSテレビが製作著作)で放映された。
  207. ^ 3試合開催時の地方開催分の放映権はNPB主導となって以降フジテレビ系列(FNN/FNS)が中継している。
  208. ^ 中日ドラゴンズオフィシャルパートナー・スポンサー団体・企業一覧
  209. ^ a b 『歴史への招待 22 昭和編』日本放送出版協会、1982年、93 - 113頁。 歴史への招待』(NHK総合テレビ1981年7月11日放送、「延長28回 進め一億火の玉だ 昭和17年」)
  210. ^ それを示す写真。下段部右側の第2試合の3回終了時までの得点掲示の部分までこの試合のスコアを埋め尽くした
  211. ^ 【10月14日】1974年(昭49) 長嶋茂雄、引退 その日のミスターと周囲の人々”. スポーツニッポン. 2015年10月13日閲覧。
  212. ^ 巨人とは大違い オレ竜ドミニカ優良助っ人獲得の楽屋裏 - スポーツ - ZAKZAK アーカイブされたコピー”. 2011年5月4日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年6月22日閲覧。
  213. ^ 中日のドミニカンパワーがセを席巻 「3D」はなぜ活躍できるのか”. Full-Count. 2017年2月2日閲覧。
  214. ^ 若手出場機会増でチーム活性化も……谷繁中日が解決すべき、2つの課題【横尾弘一「野球のミカタ」】”. ベースボールチャンネル. 2017年2月2日閲覧。
  215. ^ “中日・落合監督、異例の全員抹消へ”. 時事通信社. (2010年10月2日) 






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

中日ドラゴンズのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



中日ドラゴンズのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの中日ドラゴンズ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS