日本の高校野球 選手・監督にまつわる記録・エピソード

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日本の高校野球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/15 06:48 UTC 版)

選手・監督にまつわる記録・エピソード

大学野球経験者の出場・19歳以上での出場

全国大会が発足してしばらくは、大学野球経験者が大会に出場することがあった。また初期の選抜中等野球では、年齢制限がなかった。

1918年、全国大会に出場した慶應普通部(東京)の山口昇は、慶應義塾大学の選手として大学野球経験があった。山口は全国大会出場時は中学5年だったが、当時の大学野球の規約では系列校であれば大学生でなくても大学野球に出場できた。また、1920年全国大会に出場した豊国中(福岡)の小方二十世は出場時19歳であり、法政大学の選手として大学野球経験があった。当時の中学野球の規約では選手の年齢制限はなく、在籍生を学校長が代表選手と認めればどんな選手でも出場できたため、このような現象が起こった。

1922年に規約改正が行われ、以降は大学野球経験者が出場できなくなった。

1927年の第4回選抜大会田部武雄が、広陵中の投手として21歳で出場している。田部は同年夏の選手権大会には、「年齢制限」ではなく「他チームでの在籍は1年のみ」という制限に引っ掛かり出場できなかった。また、1931年の夏の選手権大会上松耕一が嘉義農林の選手として26歳で出場している。

戦後も年齢制限を超えながら出場特例が認められ、甲子園に出場した選手が何人かいる。1956年の夏大会で甲子園に出場した米子東(鳥取)の長島康夫は、外地からの引揚者であり大会出場時には19歳になっていたが、高野連は事情を考慮して、予選1ヶ月前に特例を設けて長島の出場を許可している。その後、中学卒業後に1年以上何らかの事情で高校に進学できなかった選手に関しては、満19歳でも出場資格が得られる規則になっている。1999年の春大会で甲子園に出場した明徳義塾(高知)の森岡エーデル次郎は、ブラジルからの帰国子女のため学年がずれ、大会出場時には満19歳(20歳になる年度)になっていたが、特例が認められ出場した。この森岡は1980年の早生まれだが、ブラジルの中学を卒業後に日本の高校野球を目指し、祖父母ゆかりの高知県に渡った。そこでひとまず日本語習得の為に明徳義塾中学校に編入した。そして1997年度に明徳義塾高に入学した際、学校側が早生まれを見落として選手登録(森岡は1979年度の生まれだが1980年度生まれと誤認)をし、また高野連もそれに気付かずに許可を継続していたので、いわば過失相殺の意味があっての正に特例中の特例と言える。その為、森岡は在校3年目だが、その3年目となる1999年センバツ以降の公式戦は出場できなかった。この1999年センバツ2回戦、敗北した海星戦が最後の公式戦となった。森岡のように帰国子女生徒の学年が2学年ずれるのは非常に稀であった(2005年春に羽黒の主戦投手として出場した新3年生の片山マウリシオは1987年1月生まれの早生まれだったが、これまでの日系帰国子女選手には早生まれの選手が目立った)。

その後も1983年春夏の仲田幸司や2010年春の大湾圭人(ともに興南)、2004年春の蕭一傑日南学園)、2014年春の蔡鉦宇(八戸学院光星)など、19歳になる年度(4月1日時点で満18歳)の大会に出場した選手は何人かいる。東筑や米子東など、地方の進学校の3年生選手には、19歳になる年度の大会への出場が過去に見られた。

前述の森岡の一件から規則が一部改められた[41]。中学卒業の翌年度に何らかの理由で高校に進学せず、高校入学が通常より2学年遅れとなる18歳になる年度(4月1日時点で満17歳、中学卒業までに原級留置が2年あった場合を含む)になった選手は、高校2年の学年末まで試合出場可と改められた。ただしセンバツ大会では、前年度の大会でもあり新年度の大会でもある側面を持つ為、最長で新3年生となる年のセンバツ大会決勝まで出場可となった。森岡が出場した海星戦は、文字通り新年度となる4月1日に行われたが、今後2学年ずれて入学した選手が学齢で最も早い誕生日となる4月2日生まれの選手であった場合、センバツ大会で上位に進出すれば20歳で出場することもあり得ることになる(この制度が設置される以前の2学年遅れの高校入学者としては林威助が知られており、林威助もまた早生まれである)。

中学卒業の翌年度に何らかの理由で高校に進学せず、高校入学が通常より3学年遅れとなる19歳になる年度(中学卒業までに原級留置が3年あった場合を含む)になった選手についての取り扱いは、特にされていない。

規約では高野連に部員登録をしたことがある生徒が、正当な理由(廃校や家族を伴う転居など)以外で転校した場合、新たな学校への転入の日から1年間は公式戦に選手登録することができない(前学校で高野連に部員登録がない場合は登録可能)。部員登録をしたことがあっても中退・再入試を経て別の学校に入学すれば、公式戦に出場できる。ただしこの措置は、公式戦における通常(3年夏まで)の選手登録を保証するものではなく、選手登録は高等学校または高等学校に準ずる学校への在籍期間が3年以下の選手に限り認可される。例えば1年の途中で中退し、翌年度別の学校に入学すると、3年の選抜大会に出場しない限り2年秋までしか選手登録はできない(前述の大湾や蕭はこれに該当する。また前学校に野球部が存在しない場合は除く)。同様に、同じ学校内で軟式から硬式、硬式から軟式への転部した場合も、1年間公式戦に選手登録できない(部員不足の部の救済などの場合を除く)。

家庭の事情を考慮した特例(一家転住)もあるが、過去には1998年秋季中国大会で開星は一旦は優勝を果たし、明治神宮野球大会にも出場したが、試合に正選手として出場していた選手2名(ともに1998年1月に埼玉県より転入学)が、選手登録できない選手(1998年3月に家族とともに島根県に住民票を移していたが、家族は選手が1998年5月に選手登録されてすぐに埼玉県に住民票を戻しており、家庭の事情とは言い難い)と判明し、この2選手が出場した明治神宮野球大会1回戦までの15試合の記録と秋季中国大会優勝が取り消されたことがある。

甲子園6回以上出場

現在、1人の選手が甲子園に出場できる回数は最大5回まで。しかし、学制改革前は旧制中学が5年制のため6回以上甲子園に出場することが可能であり(ここには学制改革が行われた直後の高校生を含む)、理論上は1人の選手が10回出場することが可能だった。1人の選手による最多出場回数(ベンチ入りを含む)は岡村俊昭、波利熊雄、光林俊盛(いずれも平安中、現・龍谷大平安)の9回[42]、試合に出場した回数に限ると岡村と小川正太郎(和歌山中、現・和歌山県立桐蔭高校)の8回が最高[42]。田中雅治(海草中、現・和歌山県立向陽高校、のち朝日軍)は1937年夏(ベンチ入りのみ)から8季連続出場、1941年夏の第27回大会に出場すれば9季連続出場であったが、戦争の影響により同大会が地方大会途中で中止となったため叶わなかった[42]。また初期の選抜大会には年齢制限がなかったためか、小林政重(松本商、現・松商学園)は同大会に6回出場している[42]。学制改革後に、5回すべてに出場した選手は堤達郎(高松商・1977年1979年)、荒木大輔(早稲田実・1980年1982年、のちヤクルトスワローズ他)、小沢章一(早稲田実・1980年〜1982年、荒木と同期の選手)、黒柳知至(早稲田実・1980年〜1982年、同上)、清原和博(PL学園・1983年〜1985年、のち西武ライオンズ他)、桑田真澄(PL学園・1983年〜1985年、のち読売ジャイアンツ)、梅田大喜(明徳義塾・2002年〜2004年)、鶴川将吾(明徳義塾・2002年〜2004年)、道端俊輔(智弁和歌山・2009年2011年[42]黒川史陽、西川晋太郎、東妻純平(いずれも智弁和歌山・2017年2019年[43]の12人。堤、黒柳、東妻の1年夏はベンチ入りのみ。

野球留学

保護者と同居し中学校に在学していた都道府県から、公立・私立を問わず遠方の都道府県の特定の学校へ進学をする例、あるいは「スポーツ推薦」で他地域の高校へ進学する例が増えた。これらは一般的に「野球留学」と称されるが、高校野球における野球留学は「保護者が同居する自宅からの通学者以外の者」[44]、をいい、他の都府県の中学校出身の生徒であっても保護者が同居する自宅からの通学者は越境通学であり、地元の高校に進学した選手でも親元を離れ寮や下宿で生活をする者は全て野球留学となる。

これは戦前から佐藤平七(育英商)、沢村栄治(京都商)のように野球留学する例や、学校自体が多くないため仕方なく遠方の学校に進学し野球部に入部する例などがあった(当時は進学を機に本格的に野球を始める例が多かった)。1990年の第62回選抜大会で複数の出場校で選手の半数以上が県外の生徒だったことから、選抜大会終了後に行われた衆議院の文部教育委員会で社会党沢藤礼次郎議員が野球留学について触れ、「こういうこと(野球留学)は果たして良いのか」と文部省に質問した[44]。文部教育委員会の議論を受け高野連は1990年5月、高校側から中学生の勧誘を戒める通達を出している[44]

以前、高野連が県外から入学している生徒にその理由を尋ねたところ、「高校数・生徒数が少ない都道府県の学校に入学すれば、全国大会に出場する難易度が低くなる」ことを理由として挙げた生徒が一番多く、次に多かったのが「学校の環境や施設の充実、良い指導者(監督)がいるため」で、「学費や寮費の減免や高校側からの勧誘」は3番目、4番目に多い答えだった[45]。また2007年に行われた高校野球特待生問題有識者会議でも全国大会に出場する難易度が低くなることや学校の環境や施設の充実を理由に野球留学をすることは問題視していないことが明らかにされている[45](野球留学をしたからといってチームのレギュラー入りや全国大会出場が簡単に出来るわけではないので)。

日本学生野球憲章で禁じられている(教育基本法や学校教育法では禁止していない)はずの野球による特待生制度が報じられたこともある[46]。2007年春には高野連と朝日新聞社が、特待生の糾弾と根絶をめざすキャンペーンを始めたが、有識者からの反対意見や、生活困窮者がやむを得ず学費や寮費の減免がある学校へ特待生として進学した現状を高野連も考慮[47]、結果として、高野連や朝日新聞の意図とは逆の方向に日本学生野球憲章が改変され、特待生は条件付きで容認することになった。ただし、前述の特待生の糾弾と根絶をめざすキャンペーンの対象は特待生全体ではなく、生徒たちを有力高校に斡旋し金銭を得ていたブローカーの問題や有力校からの勧誘を歓迎する一部の保護者たちであった[48]。また高野連は特待生制度の改革を理由とした転校者、退学者を出すことは改革の本末転倒になるとし十分な緩和措置を講じた結果、転校者、退学者は一人も出なかったとしている[47]

公立校では体育科を設置しスポーツ推薦を行ったり、商業科など実業系の学科や総合学科に選手を集めるなどして強化を行っていた。また一般的に進学校とされる学校の中には秋田静岡今治西のように、一般推薦の中に「野球部枠」のある学校も存在する。強豪校の監督の中には福井商北野尚文、池田・蔦文也(蔦に関しては、徳島県教育委員会が池田高校の全日制定時制を交互に異動させていた)のように、教員でありながら長年にわたり同じ学校で指揮を執り続けるケースもある。また、観音寺中央が他県出身の中学生を3年次に地元中学に転校させたり、鵡川が同一都道府県における通学圏外の選手を多数入部させるなどしていた(2002年春に21世紀枠で出場した際はベンチ入り16人中10人が地元・胆振支庁の出身ではなかった)というケースもある。なお2000年代以降は、公立校の全国募集が一般的となっており[49]、進学の支障は無くなりつつある。

プロ野球経験者による監督・指導

従来は蔦文也のようにプロ球団退団後1年間を経るなどすれば監督登録されることが可能だったが、1962年に規定改正(柳川事件を参照)が行われて以降、プロ野球経験者がアマチュア野球の監督に就任することは、相当な困難を伴うことになった(高校野球では1984年に指導者としてのアマ復帰が可能となったが、元プロ野球選手が高校野球チームを指揮する場合、少なくとも高野連加盟の同一高校で10年以上教職員として教鞭をとった上で、日本学生野球協会主催の審査により高校野球指導者としての認定を受けなければいけなかった。その後1994年には5年、1997年には2年と短縮された[50])その後教員免許や教職経験が無くとも指導が出来るようにプロ・アマ間で検討が行われ[51][52][53][54]、2013年7月1日からは学生野球協会と日本野球機構が実施する学生野球資格回復研修会を修了し、学生野球協会の認定を得れば高校生の指導が可能となった[55]

南海(現ソフトバンク)やロッテなど5球団で打撃コーチを歴任した高畠導宏は、高校野球の監督を目指し、日本大学教育学部・通信課程に入学。教員免許を取得したが指揮を執らず死去した。この話は高橋克実主演で、2008年1月~2月にかけて『フルスイング (テレビドラマ)」で放送された。

  • 監督として初出場した大会
開催年 大会 氏名 指揮を執った学校 最終所属球団
1991年 春・第63回 後原富 瀬戸内(広島) 東映フライヤーズ
2008年 夏・第90回[注 48] 佐野心 常葉菊川(静岡) 中日ドラゴンズ
2012年 春・第84回 大越基 早鞆(山口) 福岡ダイエーホークス
2015年 春・第87回 若林弘泰 東海大菅生(東京) 中日ドラゴンズ
夏・第97回 山本晳 大阪偕星(大阪) 太平洋ドルフィンズKBO
楠城徹 九州国際大付(福岡) 西武ライオンズ
榊原聡一郎 宮崎日大(宮崎) 広島東洋カープ
2016年 夏・第98回 竹本修 市尼崎(兵庫) オリックス・ブレーブス
2017年 春・第89回 小林昭則 帝京第五(愛媛) 千葉ロッテマリーンズ
夏・第99回 中村良二 天理(奈良) 阪神タイガース
日下広太 三本松(香川) 新潟アルビレックスBCBCL
2018年 春・第90回 三浦正行 延岡学園(宮崎) 横浜大洋ホエールズ
2019年 春・第91回 中谷仁 智弁和歌山(和歌山) 読売ジャイアンツ
2020年 春・第92回[注 49] 佐々木誠 鹿児島城西(鹿児島) 阪神タイガース
2021年 春・第93回 島田直也 常総学院(茨城) 大阪近鉄バファローズ

注釈

  1. ^ 例として2001年優勝の報徳学園はエース大谷智久を1試合も登板させなかった。
  2. ^ 1979年は日程が消化できず、ベスト4に残った4校が優勝校扱い。また、2008年はわずか2日しか試合が実施されなかったため、優勝校無しとなった(準々決勝までに打ち切りの場合は優勝校無しとなる)。
  3. ^ ただし週末はプロ野球の生中継が優先されるため、遅れて放送されるカードが発生する。
  4. ^ 2004年は決勝戦が雨天により薄暮開催となったため生放送中止。2012年も雨天による薄暮開催の日程が組まれたため生放送中止になる予定だったが、試合そのものが順延となったため、生放送が復活している。
  5. ^ のちに1996年に小笠原、1998年に大東地方にそれぞれ地上波の中継局が設置される(大東諸島は当初は距離的な関係で小笠原中継局から分配して放送した)が、2011年7月の地デジ統合まではこの名残りでBS2での放送が行われていた。
  6. ^ 2004年4月より日和佐宍喰商と合併し、海部へと改組。戦績は海部に引き継がれている[11]
  7. ^ 実質的な創部は、大産大高大東校舎として開校した1983年度(公式戦には本校との合同チームで出場)。
  8. ^ 1997年秋季および1998年春季の県大会と関東大会も優勝、年間無敗で全ての公式戦(9冠)を制した。
  9. ^ ただし4度の優勝はいずれも秋季地区大会優勝校の出場が一部地区に限られていた時代のもの
  10. ^ 当時。1950年神奈川県に移転。
  11. ^ 東京代表の記録は1973年までの記録。
  12. ^ a b 1974年からの記録。
  13. ^ 1998年の第80回大会は東神奈川代表。
  14. ^ 同年夏の北信越地区の出場校は、日本文理(新潟)、佐久長聖(長野)、富山商(富山)、星稜(石川)、敦賀気比(福井)。
  15. ^ 1954年・第36回大会から1977年・第59回大会まで、記念大会以外で滋賀県勢が出場したのは僅か3回のみである。
  16. ^ a b 1942年の全国中等学校野球大会は記録に含まれていない。
  17. ^ 2008年の第90回大会、2018年の第100回大会は北大阪代表。
  18. ^ 1979年の国体に出場した都城は4校同時優勝という形で優勝している。
  19. ^ 試合終了後、スタンドでは相手校応援団を交えてのウェーブが起きた。
  20. ^ 春江工坂井(福井)は、坂井初年度の2014年の春から秋まで連合を組んでいたが、春江工最終年度となる2015年シーズンに向けて春江工の選手が単独チームでの出場を望んだため。両校は2015年に春季大会と選手権福井大会で2度対戦し、3年生だけの春江工がいずれも勝利している。
  21. ^ 軟式では、2011年・2012年に大津大津緑洋(西中国・山口)の連合チームが初めて全国大会に出場した。
  22. ^ 春の選抜では、2021年に富山北部水橋(富山)が21世紀枠の補欠校になっている。
  23. ^ a b 出場回数には数えられている。
  24. ^ 準優勝の長岡中の出場も検討されたが部員が帰省して人数がそろわないため見送られた。
  25. ^ 杉下茂を指す。
  26. ^ 実際は杉下茂(当時13歳)が不正行為を働いたわけではなく、事情を知らない対戦校(日大三中)から杉下が未登録選手だと指摘されたことが大きな問題となり、結局は止むを得ず辞退となったもの。杉下は帝京商へ転入直後に、それまで在籍した一ツ橋高等小学校から請われ、帝京商から許可を受けた上で東京府の高等小学校野球大会に助っ人として出場し優勝に導いたのだが、その直後の中等学校優勝野球大会で杉下がベンチ入りしていた(但し試合には出場していない)ことから、「未登録選手がいる」と問題視されてしまった。
  27. ^ 帝京商の出場辞退に伴い日大三中が代替出場校に選ばれたが、日大三中も出場辞退した結果。
  28. ^ 実際には、当時の監督である藤田省三が「借り物の優勝旗で甲子園には行けない」と語ったことがあり、それが遠因ではないかとみられている。
  29. ^ 甲子園で開会式は出場したものの、試合ができないまま不戦敗となり、やむを得ず甲子園を去った戦後初のケースとなった。なお同年春の大会には出場し試合を行っている(初戦敗退)。
  30. ^ 夏の甲子園で辞退したチームが出た場合、その地方大会で準優勝したチームが繰り上げ出場となるが、それがいつになるか不透明であるため。
  31. ^ a b 1回戦(初戦)は出場して勝利。
  32. ^ 1978年は前年秋の北信越大会決勝で福井商に0-3で敗戦している。なお1973年から1982年までの北信越地区出場枠は1.5であった。
  33. ^ 群馬の高崎商は1998年まで夏出場10回ながら春の出場がなかったが、1999年に初出場。
  34. ^ 沖縄水産は2回目の出場となった1996年、沖縄の興南は4回目の出場となった2010年、福島の聖光学院は3回目の出場となった2012年、長崎の海星は5回目の出場となった2016年に初勝利。
  35. ^ 春の北海道勢で最多出場している。
  36. ^ 2006年にも出場が決定していたが、前述の不祥事により辞退。
  37. ^ a b c d 交流試合では勝利を収めている。
  38. ^ a b c d e うち1回は新型コロナの影響で中止、救済措置として開催された交流試合では敗退している。
  39. ^ 2020年の中止を挟む
  40. ^ 春の長野県勢で最多出場している。
  41. ^ 2001年、2005年、2010年、2011年、2016年、2020年。
  42. ^ 合併した大成の2回を含む。
  43. ^ 1989年の夏初出場まで、春は同年(準優勝)を含め6回出場。
  44. ^ 栃木の国学院栃木は2回目の出場となった2022年に初勝利。
  45. ^ 監督は05年春に神村学園で出場した長沢宏行
  46. ^ 能代商能代北(女子校)が合併し2013年に誕生した能代松陽(能代商時代に夏の甲子園に3回出場し、2022年夏に通算4回目の出場)も、角館と同様の理由で能代商の開校・創部年を引き続き紹介している。その他秋田では2000年代以前に新設合併で誕生した平成大館(2016年大館工・大館桂と合併し現在は大館桂桜)など硬式野球部がある高校とない高校が合併して誕生した高校について、硬式野球部があった前身校の開校・創部年をそのまま紹介、あるいは開校より創部が古いというデータを大会パンフレットで紹介したことがある。
  47. ^ 出場が認められたのは沖縄県大会のみであり仮に県大会で優勝しても全国大会へは出場できなかった。
  48. ^ 常葉菊川の野球部長としては2007年春に出場あり。
  49. ^ 大会中止。なお救済措置として開催された交流試合では加藤学園に敗れる。
  50. ^ 1988年夏1回戦勝利の滝川二(兵庫・対高田戦)、1993年夏2回戦勝利の鹿児島商工(鹿児島・対堀越戦)、2021年夏1回戦勝利の大阪桐蔭(大阪・対東海大菅生戦)がある。
  51. ^ 夏の大会は1回戦の対戦が免除され、2回戦から出場する5日目第3試合-7日目第2試合までの学校が大会初戦になる。また7日目第3試合は片方が初戦、もう一方は1回戦勝ち抜け校であるので、1回戦勝ち抜け校はその試合でも校歌が演奏される[58]
  52. ^ いずれの場合もテレビや大会のガイドブックでは代用の楽曲が「校歌」として扱われている。
  53. ^ ただし、引き分けや雨天ノーゲームなどによって再試合に至った場合は、1試合のみ行うことがある。
  54. ^ 事情を知らない全国の高校野球ファンから、「なんで兵庫県だけ甲子園を使うのか」「ずるい」という内容だった。
  55. ^ 三振や四球の状態で宣告が無い場合やアウトカウントの相違など明らかな問題に対しては抗議をすることが出来る。 - 高校野球特別規則第26条
  56. ^ 逆にこれが“何百球を独りで投げ抜いた”という根性論にありがちなドラマ作りがされる原因にもなっている。
  57. ^ 夏の大会は2003年から導入するとしていたが、雨天中止による延期が頻発したため、1日4試合で開催した。この場合、春は2日、夏は3日以上雨天中止などによる順延が生じていれば、準々決勝は4試合を一括開催するとしていた。
  58. ^ 本来なら春は2014年から同様に行うとしていたが、雨天中止と、2回戦の1試合で引き分け再試合が生じて順延が2日生じたために、準々決勝の翌日に予定されていた休養日は取り消しとなり、結果的に連続開催(準々決勝は元から1日4試合開催)となった。
  59. ^ これに合わせ、新潟高野連は当該大会での球数制限導入を一旦見送ることを決定、同会議への参画を求められ受諾している。
  60. ^ PL学園では3年生に1・2年生の“付き人”がつけられていたことはよく知られる。2013年、頻発した部内暴力の原因として付き人制度が禁止され、さらに野球部専用の寮も廃止され、下級生が上級生の練習着を洗濯することも禁止となり、一般生徒寮の関係者と経営母体のパーフェクト・リバティー教団のボランティアが洗濯するなど、学校及び教団の主導による改革が行われている。【高校野球 TVではわからないホンネと裏側】―思い出してもゾッとする 甲子園常連校の「野球部の掟」1 PL学園 ロッテ・今江敏晃日刊ゲンダイ2010年8月18日)
  61. ^ 黒田によればこのシゴキは4日間続き、その間風呂にも入れなかったと告白。最後は見かねたチームメイトの保護者が介入し事態は解決する。ニューヨーク・タイムズ特集『ヤンキース黒田は日本で苦痛によって作られた』より引用
  62. ^ 青森山田高校、野球部員死亡で謝罪。殴打した側の上級生野球部員は殺人過失致死で逮捕されることもなく書類送検のみ(暴行と死亡との因果関係の特定には至っていないという理由)で、その後の野球部の処遇については(出場辞退や廃部など)学校側からも高野連からも発表されていなかった。
  63. ^ 抗議はしなかったが佐賀北と対戦した帝京、長崎日大の監督も試合後、記者団へ微妙な判定は全て自分たちに不利だったというコメントを残している
  64. ^ 翌年の選手権大会のNHKにおける中継でこのシーンのVTRが流れた際には映像をバックネット裏のカメラに切り替える措置が取られた。
  65. ^ 野球規則3.17によるもの。「両チームのプレーヤー及び控えのプレーヤーは、実際に競技にたずさわっているか、競技に出る準備をしているか、あるいは一塁または三塁のベースコーチに出ている場合を除いて、そのチームのベンチに入っていなければならない。本条項に違反したときは、審判員は、警告を発した後、その反則者を競技場から除くことができる。」とされている。

出典

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  2. ^ 毎日新聞2013年3月31日付 運動面
  3. ^ 毎日新聞2013年3月31日付 運動面 守備妨害でゲームセット
  4. ^ 『日刊ゲンダイ』2016年11月18日付33面 プロ野球に新ルール
  5. ^ 「122対0の青春 深浦高校野球部物語」
  6. ^ 朝日と毎日が相互に甲子園を後援 高校野球、春夏の大会 - 47NEWS 2009年11月27日
  7. ^ 春の選抜・夏の選手権 朝日、毎日と相互後援 高校野球 - アサヒコム、2009年11月27日
  8. ^ 高校野球:毎日新聞社と朝日新聞社、相互に後援 一層の発展へ、協力関係を明確化 毎日jp、2009年11月28日
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