日本の高山気象と高山植物
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/08 08:48 UTC 版)
「日本の高山植物相」の記事における「日本の高山気象と高山植物」の解説
日本の高山は、本州の標高が高い山でも3000メートル台である。これは夏季の7月から8月にかけての平均気温が10度を下回る、世界的に亜高山針葉樹林の分布限界とされる森林限界は本州中部では約2900メートルとなるが、ハイマツは気温的にはそれよりも高い約3200メートル付近でも生育が可能であり、富士山を除く日本の高山では、気温の面からのみで言えば山頂付近まで亜高山針葉樹林やハイマツ林が分布するはずであり、高山植物が多く生育する草原などは出来ないことになる。 また東北地方や北海道では標高2000メートルを越える山も少ないものの、山形県の月山、秋田県の秋田駒ヶ岳、岩手県の早池峰山、北海道のアポイ岳など、標高1000メートル台やそれ以下であっても高山植物が豊富に分布する山が見られる。実際、日本の山の森林限界は、夏季の7月から8月にかけての平均気温が11度ないし12度の場所にあり、ヨーロッパや北アメリカなど世界的な基準よりも標高が低い場所であることが明らかになっている。 日本の山の森林限界が低い要因は、まず山頂効果ないし山頂現象と呼ばれる、山の頂上付近では強風などのために森林の形成が困難となる現象が理由として挙げられるが、最も重要な点は、日本の高山帯は冬季には世界一とも言われる強風と多雪に見舞われるためであると考えられている。冬季、日本の高山は激しいジェット気流の影響を受け、秒速数十メートルという猛烈な強風下に晒されることもまれではない。特に高山の稜線部など、強風が吹きさらしとなる場所は植物の生育に極めて厳しい環境となる。一方風が比較的弱い場所には冬季、雪が厚く降り積もり、場所によっては夏季、そして秋季になっても雪が溶けずに残り、植物の生育を阻害することになる。 大量の積雪は冬季の極寒から植物を保護する役割も果たす。10メートル程度の積雪を見る雪田では、雪に閉ざされる晩秋から翌年の春から夏にかけての雪解けまで、深い積雪による断熱効果によって土壌気温はほぼ0度付近に保たれ、土壌の凍結もあまり見られない。そして雪田で融雪が本格化する時期は気温が上昇しているため、雪が消えた後には地表温度も上がり、雪解け水で水の供給も潤沢であるため植物の生育には好条件となる。そのためチングルマ、アオノツガザクラ、ハクサンコザクラなど雪田で見られる高山植物は他の高山植物よりも耐寒性が低い傾向がある。 しかし雪田の融雪が終わらなければ植物の生育は見込めないため、雪田で見られる高山植物は他の種よりも短い期間で開花から結実を終了しなければならないという、他の高山植物と比較して厳しい生育条件が課せられている。また雪田の融雪時期は場所によって大きく異なり、6月に雪が消える雪田もあれば9月になっても雪が残る雪田もある。実際、8月中下旬や9月以降に雪が消える雪田では期間不足が原因で、維管束植物の生育はほぼ不可能になる。もう一つ雪田の高山植物の生育に不安定性を増しているのが、年によって降雪量にかなりの差が見られるため、同じ雪田であっても融雪が1-2ヶ月ずれる場合がある点が挙げられる。このため雪田に生育する高山植物の開花時期は比較的長くなっている。雪田で見られる植物の中で一年生は極めて少なく、常緑性の葉を持って雪が溶ければいつでも光合成を開始出来る準備をした多年生として生育し、雪解けが遅い年には生長を見送るなど、年による生育条件の変動が著しい雪田という環境下で確実に子孫を残すよう工夫された植物が多い。そして雪田で見られる高山植物では、同一種の中でも雪解けが遅い雪田で見られる個体は、雪解けが早い雪田のものよりも寿命が長いといった例も観察されている。 冬季の強風によって雪が吹き飛ばされる高山の稜線部の環境は、雪田とは違った意味で植物の生育に過酷な地である。まず積雪がないため雪による断熱効果がなく、地温がマイナス15度からマイナス20度にまで低下することが明らかになっている。冬季の強風と低温から植物体を守るため、高山の稜線部に分布する高山植物は、草本類では冬季は地上部は枯れて地下で生き延び、木本類ではガンコウランやミネズオウ、チョウノスケソウのように背丈が極めて低い低木類となり、ガンコウランやミネズオウは針状の葉となって凍結や強風に耐えるようになり、チョウノスケソウは稜線部という土壌に恵まれない場所で生育するために、外菌根菌との共生によって窒素やリンという必須無機栄養塩を確保していると考えられている。 また稜線部や火山帯のガレ場などの直射日光を浴び保水力が低い場所では、夏季に天候が良く雨が降らない状態が続くと、高温や乾燥という事態が高山植物の生育を阻害することも起こる。このように厳しくかつ変動が激しい日本の高山気象の条件下、高山植物は様々な方法を用いながら適応して生育している。
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