日本の高校野球 試合にまつわる記録・エピソード

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日本の高校野球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/15 06:48 UTC 版)

試合にまつわる記録・エピソード

勝利校の校歌演奏(斉唱)と校旗掲揚

神奈川県地区予選・試合後の勝利校の校歌演奏風景・2007年の横浜スタジアム

試合で勝負を決した後、勝利校の校歌演奏と校旗掲揚が行われている。

これを発案した人物は、大阪毎日新聞の記者だった人見絹枝である[56]。人見は1928年アムステルダムオリンピックの女子800mで日本女子陸上初となる銀メダルを獲得しており、このときの表彰式での国歌演奏・国旗掲揚に感激してこれを発案、1929年春の第6回大会から始められた。最初に校歌演奏と校旗掲揚を行った学校は、八尾中(大阪)だった。阪神甲子園球場での全国大会では、阪神園芸の職員が校歌のテンポ・長さに合わせてスコアボードの裏で手動で掲揚している。

夏の大会での勝利校の校歌演奏と校旗掲揚は、春の大会より28年遅れて、1957年の第39回大会から始められた[57]最初に校歌演奏と校旗掲揚を行った学校は、坂出商(香川)だった。夏の大会では「校歌演奏」とアナウンスされるが、春の大会では「校歌斉唱」とアナウンスされる(初戦の2回攻撃前は「校歌演奏」とアナウンスされる)。なお、地方大会では、校歌演奏(斉唱)のある地区とない地区に分かれる[要出典]

雨天コールドで勝利した場合、雨に濡れた選手や応援団の体調を考慮し、校歌演奏を省略することがある[注 50]。また引き分け再試合が決まった場合は両校の校歌は当然のことながら演奏されない。

こうした校歌演奏等は勝利校のみを対象に始められたが、1999年の第71回選抜大会から春・夏の各甲子園大会の初戦の試合中(2回表裏前)に両校の校歌が場内に流されている[注 51]。千葉県など一部の地区ではこれに倣い、初戦のみならず全試合において2回に両校の校歌を流しているほか、試合前のシートノック中に校歌を流す地区もある。 7回裏の後、校旗が一旦降納され、試合終了後に勝利校の校旗が掲揚される。

夏の甲子園では主催者側が男声合唱による音源を用意するが、センバツや夏の地方大会では学校側のものが使われる。

センバツのみスコアボードに歌詞が表示される。

済美(愛媛)のように、校歌が制定されているが別の応援歌や学園歌が演奏されることもある(済美は女子校から共学化したのを機に「学園歌」が制定された)。

なお、大学の系列・係属・提携校で高校独自の校歌が未制定である場合、母体の大学の校歌が演奏されることがある(近大付や駒大高、駒大岩見沢、駒大苫小牧、国学院久我山、国学院栃木、早稲田佐賀、東北学院等)。また同じく独自の校歌を持たない天理(奈良)の場合は「天理教青年会歌」が演奏される[注 52](ただし、2009年から同歌が正式に同校の校歌に制定された[59])。校歌未制定かつ大学系列校でもない場合、夏の選手権大会では大会歌の「栄冠は君に輝く」が演奏される[60]。こうした学校や校歌に相当する楽曲の呼称が「校歌」ではない学校(済美の「学園歌」、天理の「青年会会歌」、慶應義塾系列校の「塾歌」、国士舘の「舘歌」など)においてもアナウンス上は「校歌」で統一される。

校歌が一定の長さ以上の場合、省略したものを用いる場合がある。最近では済美、千葉経大付などが該当する。池田(徳島)は1番と4番(実質大サビ)をつなげたものを使用。また沖縄水産や鹿屋中央(鹿児島)は校歌3番を斉唱している(鹿屋中央は、校名が3番にしか入っていないことが理由)。花咲徳栄(埼玉)の校歌は1〜4番でそれぞれ春夏秋冬を題材にしており、春の大会では1番、夏の大会では2番、秋の地区大会では3番を斉唱する。連合チームの場合は試合ごとに1校の校歌のみを演奏する[61]

また甲子園大会において大会本部の不手際により、本来のものとは異なる校歌が流れたり、校歌が途中で止まってしまった場合がある[62]

  • 第63回選手権大会(1981年)では1回戦に勝利した秋田経大付の校歌斉唱において、誤って秋田経済大学の校歌が流された。2回戦では本来の校歌が演奏された(1973年10月までは同校でも大学と同じ校歌を使用していた)。
  • 第69回選手権大会(1987年)では1回戦に勝利した東海大山形の校歌が本来の曲調と異なるアップテンポのものにアレンジされていた。学校側からの抗議を受け、2回戦では同じくこの大会に出場していた東海大甲府の音源を利用して(東海大学の付属高校の校歌はメロディーが共通のものであるため)新たに収録したものを放送した。
  • 第75回選抜大会(2003年)の初戦の2回攻撃前と試合終了後、さらに第84回選抜大会(2012年)の2回攻撃前において、本来2番まで流れるはずの横浜の校歌が1番のみで終了してしまった。第75回大会の2戦目以降、および第84回大会の試合終了後は本来の校歌が演奏されている。
  • 第97回選手権大会(2015年)の初戦で勝利した敦賀気比の校歌が、機械トラブルの影響で途中で止まってしまい一時騒然となるが、応援団や観客の手拍子やアカペラによって校歌を歌いきった。
  • 第91回選抜大会(2019年)で1回戦に勝利した明豊の校歌斉唱後、アウトロが終わる前に選手が走り出してしまい、急遽作曲者の南こうせつがアウトロの短縮版の音源を作成、2回戦から差し替えられた。翌年の大会からは差し替えた音源を使用している。

甲子園の土

甲子園の土を集める高校球児

現在では甲子園での最後となった試合の後に選手が土を拾って持ち帰ることが伝統となっているが、いつごろに定着したかははっきりしていない。定着する以前の具体的な持ち帰り事例には以下の3例がある。

  1. 1937年、夏の第23回大会で、熊本工業は決勝戦で敗れて準優勝に終わった。決勝戦終了後に、熊本工の投手だった川上哲治(のち読売ジャイアンツ監督)は甲子園の土をユニフォームのポケットに入れ、自校の練習場にまいた。川上自身は甲子園以外で同様のことをしている選手の真似であったことを語っている[63]
  2. 1946年、夏の第28回大会では、準決勝にて敗れた東京高等師範附属中(現・筑波大学附属中学校・高等学校)の佐々木迪夫監督が、最上級生以外の選手達に(この中に竹田晃がいた)来年また返しに来るという意味で、各ポジションの土を手ぬぐいに包んで持ち帰らせた。ただしこれは米軍接収中の甲子園ではなく阪急西宮球場でのことである。これは新聞で記録されている最古の持ち帰りである[63]
  3. 1949年、夏の第31回大会で、準々決勝で敗れた小倉北のエース福嶋一雄が、ホームベースの後方で無意識に足元の土を摘んでズボンの後ろポケットに入れた。大会役員からの励ましの速達で無意識の行為に気付いた福嶋はユニフォームから土を取り出し、玄関に置いてあるゴムの木の植木鉢に入れた[28]

学校や指導者の方針によっては土を持ち帰らないことがあり、監督として春夏通算10回出場した野々村直通は試合に敗れても選手に土を持ち帰らせなかった[64]。また出場機会を残す選手が「次も来る」という意思表示で持ち帰らないケースもある[65]。特に春の大会では常連校ほど持ち帰らない傾向にある。

1958年当時の沖縄はアメリカ統治下にあった。その夏の大会で、春夏を通じて初めて沖縄から首里が出場。1回戦で敦賀(福井)に敗戦し、試合終了後に甲子園の土を拾った。しかし検疫の関係で沖縄に持ち帰ることができず、帰郷後処分されたという[66]。外国の土・動植物を検疫を経ずに持ち込む事はどこの国でも法で禁じられているが、沖縄以外のもの(外国や日本本土も含めて)という理由での処分にも関わらず、那覇港の沿岸に捨てられている。なお、那覇港にてアメリカ人職員が高圧的に没収したわけではなく、沖縄の係官が申し訳なさそうに「規則なので…」といった感じでの没収だったため、申し出ずに土を持ちかえった高校生もいたという。それを知った日本航空客室乗務員有志らが、球場周辺にあった海岸の石を拾い首里に寄贈[67]。同校庭に、今も甲子園初出場を記念した「友愛の碑」というモニュメントとして飾られている[67]。また、これがメディアで扱われ、沖縄返還運動を加速させる一端ともなったといわれている[68]

2020年6月8日新型コロナウイルスの流行により同年夏の大会が中止になったことをうけ、阪神タイガースの矢野燿大監督の提案により、同球団と阪神甲子園球場から日本高野連に加盟する約5万人の3年生野球部員全員に、甲子園の土を入れたキーホルダーがプレゼントされることになった[69]翌年の大会以降は感染対策から土の持ち帰りが禁止され、後日出場校に土が寄贈される。

敗者の儀式として有名であるが優勝校も持ち帰る。決勝戦出場校は表彰式等のその後のプログラムが全て終わった後、グラウンドから引き揚げるときに土を持ち帰る。

なお、土は定期的に補充されているため枯渇することはない。

サイレン

日本のアマチュア野球では、その機能が設置されている野球場の場合、プレイボール時とゲームセット後の挨拶時に、ほとんどの場合モーターサイレンが吹鳴される。甲子園球場での高校野球大会では、春・夏を問わず球場の開場時間、プレイボールとゲームセット後に長吹鳴の、また試合直前のシートノック(守備練習)開始・終了時に短吹鳴のサイレンが吹鳴される。高校野球では決勝戦を除いて、最低でも1日に2試合を行うため[注 53]、試合待ちの選手や担当係員への伝達のためにサイレンが必要となっている。なお、降雨コールドゲームが成立した時のサイレン吹鳴はない。

アマチュア野球にモーターサイレンが導入された経緯については、詳しくわかっていない[70]。ただ、1937年第23回選手権大会盧溝橋事件が始まった直後に開会されたため、試合の開始・終了はサイレンを使用せず、進軍ラッパが代用された。

その他、夏の全国高校野球選手権大会期間中の8月15日(終戦の日)の正午には、黙祷を行うため1分間にわたってサイレンが鳴らされる(1963年の第45回大会から)。2020年の交流試合でも行われた。ただし、正午が試合中でない場合はこの限りではなく、観客の安全面を考慮して試合開始直前に鳴らされており、2010年は12時7分、2014年は12時15分、2016年は12時6分に鳴らされた(各年とも、3試合開催日の第2試合開始前)。なお、当日の試合が中止になった時は黙祷は行われない。

100回記念大会ではレジェンド始球式と称して、大会期間中の第1試合前の全てにおいて始球式を行なったため、第1試合開始時にはプレーボールのサイレン吹鳴は行われなかった。

地方大会での阪神甲子園球場の使用

兵庫県大会や近畿大会でもかつては阪神甲子園球場が使用されたことがあり、全国大会出場歴がなくても地方大会として同球場でプレーしたことのある学校や選手も存在する。

阪神甲子園球場が完成した翌年の1925年第11回)から地方大会に使用されており、この年から1928年第14回)までは兵庫県大会の試合全てが阪神甲子園球場で行われた[71]。兵庫県の球児は本大会より一足先に完成されたばかりの阪神甲子園球場でプレーしていた。その後も兵庫県内の球場事情や立地条件が重なり、たびたび阪神甲子園球場が県大会の予選会場として使用されてきた(但し外野席は開放せず)[71]。兵庫県高野連としても、甲子園が『聖地』という認識はなく、「どちらかと言えば、兵庫県としては明石が特別で、甲子園は『その他の県下の球場の一つ』」という認識であった[71]

ただ、元々地方大会が行われる7月はプロ野球阪神タイガースが全国大会期間中に遠征に出る(いわゆる長期ロード)前に集中して主催試合を行うことから地方大会の会場としての日程の確保が難しかった上に球場使用料の問題があったこと[71]、加えて後に(淡路島も含めて)兵庫県下各地に多数の野球場ができたことから、阪神甲子園球場を県大会で使用する必要性が薄れたことで頻度は徐々に減っていった。

元々「なぜ地方大会を甲子園でやるのか」という声はあったが、決定的だったのは、2004年の県大会で阪神甲子園球場が使用された当日[72]に試合をした学校がその日の全国放送の番組で取り上げられ、さらに試合風景として阪神甲子園球場が映っていたことだった[71]。放送翌日は兵庫県高野連に抗議の電話[注 54]が殺到したため、上記の2004年を最後に予選会場としては使用されていない[71]

甲子園練習

選抜・選手権ともに大会の開幕前に、出場が決まった全代表チームによる阪神甲子園球場での事前練習(通称:甲子園練習)が行われる。大会開幕までに阪神甲子園球場のグラウンドの雰囲気を事前に確かめさせるという目的があり、大会開幕の概ね一週間前から、移動が容易な兵庫県や大阪府など主に近畿地方のチームから指名され順次行われている。1チームの練習に参加できる人数は選手・監督・部長・マネージャー等を含めて35人まで[73]、割り当て時間は概ね30〜50分程度[74]で、当日はバックネット裏の座席が開放されているため一般客も無料で練習風景を見学できる。ただし雨天などでグラウンドでの練習が中止となった場合は、代わりに隣接する室内練習場での調整となることもある(室内練習場には一般客向けの見学スペースはないため、この場合は非公開となる)。

なお、夏の選手権大会については、プロ野球阪神タイガースの公式戦日程との関係で、日にちによっては午前中のみとなる場合がある。また、1998年の第80回と2008年の第90回、2018年の第100回の各記念大会、および2015年の第97回(高校野球誕生100周年記念)では、それぞれ日程上の都合で甲子園練習が行われず、代わりに施設見学が行われた。第97回大会の施設見学会では出場チームごとに15分ずつの時間が与えられ[74]、通常の甲子園練習と同じ要領のユニフォーム、またはその学校の制服を着用してグラウンドに下りてもらっての確認作業(ただし出場登録を済ませている選手に限る)と、球場各施設を見学する形を取っていた。第100回記念大会も同様に、各チーム15分ずつの時間が与えられ、選手たちがユニホーム姿でグラウンドに下りてその雰囲気を確認するなどした[75]

春優勝校と夏優勝校の決戦試合

高校野球の全国大会は春と夏で年2回あるが、両大会の優勝校同士による決戦試合が1回行われたことがある。

1927年、春優勝校は和歌山中(和歌山)で夏優勝校は高松商(香川)だったが、阪神間のファンから「ホンマに強いのはどっちやろ。試合やらしてみればどうや」という声があがり[76]、同年11月6日に大阪の寝屋川球場で両校による決戦試合が行われた。この試合は7対4で高松商が和歌山中に勝利した。

翌年度のチームではあるが甲子園大会でも、1961年の選抜大会決勝で前年春優勝の高松商と前年夏優勝の法政二が対戦し、4-0で法政二が勝利し夏春連覇を果たした。

放棄試合・没収試合

放棄試合・没収試合は全国大会での例はないが、地方大会で発生している。主な原因は一方的な試合展開による人数不足が原因であるが、下記のような例もある。

  • 1959年の島根県大会準決勝では前日日没再試合となった後再試合の実行を前に大社高校側が審判の交代や主催者の謝罪を要求。高野連側が拒否し試合を開始、大社高校側が納得せず守備につかなかったため、大社高校に没収試合が宣せられた。
  • 1969年の長野県大会では打球の判定をめぐりスタンドから数人が乱入、試合が中断。丸子実高側が日没再試合狙いの遅延行為に出たため没収試合の裁定が下るがこの裁定に激昂した丸子実高側の観客がスタンドに放火、球場設備を壊すなどの暴動を起こし、逮捕者2名を出した[77]。試合後丸子実高には2年間の対外試合停止処分が課されたが11カ月後に処分は解除された。
  • 2007年の大阪府大会では飛翔館(現:近大泉州)の投手が打球の直撃で心肺停止状態に陥り、AEDによる蘇生措置によって一命を取り留めるという事態が発生。この出来事にショックを受けた飛翔館側から放棄試合とすることが申し入れられた[78]
  • 2008年の埼玉県大会では川本高校の先発投手の投球数が250球を超えたことから(2回途中0対66で負けていた)、選手の健康を考え川本高校の監督が試合放棄を申し出て受理された[79][80]
  • 2011年の広島県大会では広島井口高広島工大高、双方の選手が熱中症で次々に倒れ、特に広島工大高は控え選手まで使い切ってしまったため試合続行が不可能となり没収試合が宣告された。

新型コロナウイルス関連

2020年3月に開催される予定だった第92回選抜高等学校野球大会と8月の第102回全国高等学校野球選手権大会は、中止となっているが、戦争および米騒動以外で初めての中止となった。

翌2021年の第103回全国高等学校野球選手権大会は前年冬から猛威を振るう、新型コロナウイルスの流行が収まらない中で開催された。しかし都道府県の予選大会で野球部員や同校の生徒の感染が相次ぎ、出場辞退する高校や参加辞退した高校が相次いだ。

  • 鳥取県の米子松蔭は7月16日深夜に学校関係者がコロナウイルスに感染していることが判明。抗原検査の結果、部員の感染は認められなかったが、オーダー交換の締め切りである試合当日の午前8時10分までに抗原検査による陰性が証明できず、鳥取県高野連は不戦敗の判断をした。しかし、このことが全国に報道されると、全国から出場辞退撤回を求める声が各地から集まったうえ、学校も大会復帰の嘆願書を提出し、復帰が認められた。
  • 石川県の星稜は7月21日、野球部員6人が新型コロナウイルスに感染し、翌日の準々決勝を辞退した。
  • 神奈川県の東海大相模は7月23日、野球部員の17人が感染し、準々決勝を辞退。東海大相模は選抜で優勝しており、春夏連覇が懸かる大会での出場辞退となった。
  • 8月17日。宮崎県の宮崎商は滞在する兵庫県の宿舎でクラスター感染が発生し、出場辞退を発表。また1回戦を勝ち抜いていた宮城県の東北学院も野球部員の1人が感染、集団感染には該当しないため出場に差し支えはなかったが「感染した部員が特定されるおそれがある」として出場辞退を発表している。これにより宮崎商の対戦相手、智弁和歌山と東北学院の対戦相手、松商学園は不戦勝となった。1922年の第8回全国中等学校優勝野球大会において新潟商が選手の病気を理由に棄権しているが、出場校が17校だったため新潟商を外して開催しているため、甲子園での不戦敗は史上初となった。
  • 作新学院は大会前のPCR検査で部員3人の感染が判明したが、試合前日のPCR検査でチーム関係者が陰性だったため、予定通り出場した。
  • 大阪桐蔭は吹奏楽部員に罹患者がいたため、ブラスバンドの応援を自粛した。

サヨナラ四球に関するエピソード

野球規則では打者が安全進塁権を行使しなかった場合「進塁放棄(野球規則4.09b/得点)でアウトが宣告されることがある。また3アウト目と同時にホームを踏んでも、得点は認められないとあるため下記が発生したことがある。

  • 1982年選手権高知大会決勝・高知商明徳。9回裏高知商が押し出し四球でサヨナラ勝ちを収めたが、打者走者が一塁ベースを踏む前に球審がゲームセットを宣告するという審判団のミスがあった。後日、県高野連は審判団のミスを謝罪したうえで、再試合は行わない旨を表明した。
  • 2007年選手権茨城大会準々決勝・竜ヶ崎一水戸葵陵。9回裏、水戸葵陵はサヨナラ押し出し四球の後、勝利に大喜びのナインがベンチを飛び出して抱き合うなか、打者もその輪に加わる。同じころ、サヨナラ負けにうなだれる竜ヶ崎一ベンチでは部長が「打者が(一塁に)進塁してないぞ」と叫んでいた。その言葉に「まだ終わったわけじゃない」とナインは冷静さを取り戻した。これに対し、水戸葵陵の監督も慌てて打者へ一塁への走塁を指示したが進塁放棄でアウトが宣告されサヨナラ勝ちは幻と消えた。試合は延長12回、水戸葵陵が2度目の押し出しサヨナラ四球を選び勝利した[81]
  • 1973年選手権2回戦・作新学院銚子商。延長12回作新学院の江川卓が押し出し四球を与えた試合においても、銚子商の打者が喜びのあまり一塁へ進塁しなかったのを見た斉藤一之監督が「走れ!」と打者に指示を出し、アウト宣告を危うく免れた例もある[81]

注釈

  1. ^ 例として2001年優勝の報徳学園はエース大谷智久を1試合も登板させなかった。
  2. ^ 1979年は日程が消化できず、ベスト4に残った4校が優勝校扱い。また、2008年はわずか2日しか試合が実施されなかったため、優勝校無しとなった(準々決勝までに打ち切りの場合は優勝校無しとなる)。
  3. ^ ただし週末はプロ野球の生中継が優先されるため、遅れて放送されるカードが発生する。
  4. ^ 2004年は決勝戦が雨天により薄暮開催となったため生放送中止。2012年も雨天による薄暮開催の日程が組まれたため生放送中止になる予定だったが、試合そのものが順延となったため、生放送が復活している。
  5. ^ のちに1996年に小笠原、1998年に大東地方にそれぞれ地上波の中継局が設置される(大東諸島は当初は距離的な関係で小笠原中継局から分配して放送した)が、2011年7月の地デジ統合まではこの名残りでBS2での放送が行われていた。
  6. ^ 2004年4月より日和佐宍喰商と合併し、海部へと改組。戦績は海部に引き継がれている[11]
  7. ^ 実質的な創部は、大産大高大東校舎として開校した1983年度(公式戦には本校との合同チームで出場)。
  8. ^ 1997年秋季および1998年春季の県大会と関東大会も優勝、年間無敗で全ての公式戦(9冠)を制した。
  9. ^ ただし4度の優勝はいずれも秋季地区大会優勝校の出場が一部地区に限られていた時代のもの
  10. ^ 当時。1950年神奈川県に移転。
  11. ^ 東京代表の記録は1973年までの記録。
  12. ^ a b 1974年からの記録。
  13. ^ 1998年の第80回大会は東神奈川代表。
  14. ^ 同年夏の北信越地区の出場校は、日本文理(新潟)、佐久長聖(長野)、富山商(富山)、星稜(石川)、敦賀気比(福井)。
  15. ^ 1954年・第36回大会から1977年・第59回大会まで、記念大会以外で滋賀県勢が出場したのは僅か3回のみである。
  16. ^ a b 1942年の全国中等学校野球大会は記録に含まれていない。
  17. ^ 2008年の第90回大会、2018年の第100回大会は北大阪代表。
  18. ^ 1979年の国体に出場した都城は4校同時優勝という形で優勝している。
  19. ^ 試合終了後、スタンドでは相手校応援団を交えてのウェーブが起きた。
  20. ^ 春江工坂井(福井)は、坂井初年度の2014年の春から秋まで連合を組んでいたが、春江工最終年度となる2015年シーズンに向けて春江工の選手が単独チームでの出場を望んだため。両校は2015年に春季大会と選手権福井大会で2度対戦し、3年生だけの春江工がいずれも勝利している。
  21. ^ 軟式では、2011年・2012年に大津大津緑洋(西中国・山口)の連合チームが初めて全国大会に出場した。
  22. ^ 春の選抜では、2021年に富山北部水橋(富山)が21世紀枠の補欠校になっている。
  23. ^ a b 出場回数には数えられている。
  24. ^ 準優勝の長岡中の出場も検討されたが部員が帰省して人数がそろわないため見送られた。
  25. ^ 杉下茂を指す。
  26. ^ 実際は杉下茂(当時13歳)が不正行為を働いたわけではなく、事情を知らない対戦校(日大三中)から杉下が未登録選手だと指摘されたことが大きな問題となり、結局は止むを得ず辞退となったもの。杉下は帝京商へ転入直後に、それまで在籍した一ツ橋高等小学校から請われ、帝京商から許可を受けた上で東京府の高等小学校野球大会に助っ人として出場し優勝に導いたのだが、その直後の中等学校優勝野球大会で杉下がベンチ入りしていた(但し試合には出場していない)ことから、「未登録選手がいる」と問題視されてしまった。
  27. ^ 帝京商の出場辞退に伴い日大三中が代替出場校に選ばれたが、日大三中も出場辞退した結果。
  28. ^ 実際には、当時の監督である藤田省三が「借り物の優勝旗で甲子園には行けない」と語ったことがあり、それが遠因ではないかとみられている。
  29. ^ 甲子園で開会式は出場したものの、試合ができないまま不戦敗となり、やむを得ず甲子園を去った戦後初のケースとなった。なお同年春の大会には出場し試合を行っている(初戦敗退)。
  30. ^ 夏の甲子園で辞退したチームが出た場合、その地方大会で準優勝したチームが繰り上げ出場となるが、それがいつになるか不透明であるため。
  31. ^ a b 1回戦(初戦)は出場して勝利。
  32. ^ 1978年は前年秋の北信越大会決勝で福井商に0-3で敗戦している。なお1973年から1982年までの北信越地区出場枠は1.5であった。
  33. ^ 群馬の高崎商は1998年まで夏出場10回ながら春の出場がなかったが、1999年に初出場。
  34. ^ 沖縄水産は2回目の出場となった1996年、沖縄の興南は4回目の出場となった2010年、福島の聖光学院は3回目の出場となった2012年、長崎の海星は5回目の出場となった2016年に初勝利。
  35. ^ 春の北海道勢で最多出場している。
  36. ^ 2006年にも出場が決定していたが、前述の不祥事により辞退。
  37. ^ a b c d 交流試合では勝利を収めている。
  38. ^ a b c d e うち1回は新型コロナの影響で中止、救済措置として開催された交流試合では敗退している。
  39. ^ 2020年の中止を挟む
  40. ^ 春の長野県勢で最多出場している。
  41. ^ 2001年、2005年、2010年、2011年、2016年、2020年。
  42. ^ 合併した大成の2回を含む。
  43. ^ 1989年の夏初出場まで、春は同年(準優勝)を含め6回出場。
  44. ^ 栃木の国学院栃木は2回目の出場となった2022年に初勝利。
  45. ^ 監督は05年春に神村学園で出場した長沢宏行
  46. ^ 能代商能代北(女子校)が合併し2013年に誕生した能代松陽(能代商時代に夏の甲子園に3回出場し、2022年夏に通算4回目の出場)も、角館と同様の理由で能代商の開校・創部年を引き続き紹介している。その他秋田では2000年代以前に新設合併で誕生した平成大館(2016年大館工・大館桂と合併し現在は大館桂桜)など硬式野球部がある高校とない高校が合併して誕生した高校について、硬式野球部があった前身校の開校・創部年をそのまま紹介、あるいは開校より創部が古いというデータを大会パンフレットで紹介したことがある。
  47. ^ 出場が認められたのは沖縄県大会のみであり仮に県大会で優勝しても全国大会へは出場できなかった。
  48. ^ 常葉菊川の野球部長としては2007年春に出場あり。
  49. ^ 大会中止。なお救済措置として開催された交流試合では加藤学園に敗れる。
  50. ^ 1988年夏1回戦勝利の滝川二(兵庫・対高田戦)、1993年夏2回戦勝利の鹿児島商工(鹿児島・対堀越戦)、2021年夏1回戦勝利の大阪桐蔭(大阪・対東海大菅生戦)がある。
  51. ^ 夏の大会は1回戦の対戦が免除され、2回戦から出場する5日目第3試合-7日目第2試合までの学校が大会初戦になる。また7日目第3試合は片方が初戦、もう一方は1回戦勝ち抜け校であるので、1回戦勝ち抜け校はその試合でも校歌が演奏される[58]
  52. ^ いずれの場合もテレビや大会のガイドブックでは代用の楽曲が「校歌」として扱われている。
  53. ^ ただし、引き分けや雨天ノーゲームなどによって再試合に至った場合は、1試合のみ行うことがある。
  54. ^ 事情を知らない全国の高校野球ファンから、「なんで兵庫県だけ甲子園を使うのか」「ずるい」という内容だった。
  55. ^ 三振や四球の状態で宣告が無い場合やアウトカウントの相違など明らかな問題に対しては抗議をすることが出来る。 - 高校野球特別規則第26条
  56. ^ 逆にこれが“何百球を独りで投げ抜いた”という根性論にありがちなドラマ作りがされる原因にもなっている。
  57. ^ 夏の大会は2003年から導入するとしていたが、雨天中止による延期が頻発したため、1日4試合で開催した。この場合、春は2日、夏は3日以上雨天中止などによる順延が生じていれば、準々決勝は4試合を一括開催するとしていた。
  58. ^ 本来なら春は2014年から同様に行うとしていたが、雨天中止と、2回戦の1試合で引き分け再試合が生じて順延が2日生じたために、準々決勝の翌日に予定されていた休養日は取り消しとなり、結果的に連続開催(準々決勝は元から1日4試合開催)となった。
  59. ^ これに合わせ、新潟高野連は当該大会での球数制限導入を一旦見送ることを決定、同会議への参画を求められ受諾している。
  60. ^ PL学園では3年生に1・2年生の“付き人”がつけられていたことはよく知られる。2013年、頻発した部内暴力の原因として付き人制度が禁止され、さらに野球部専用の寮も廃止され、下級生が上級生の練習着を洗濯することも禁止となり、一般生徒寮の関係者と経営母体のパーフェクト・リバティー教団のボランティアが洗濯するなど、学校及び教団の主導による改革が行われている。【高校野球 TVではわからないホンネと裏側】―思い出してもゾッとする 甲子園常連校の「野球部の掟」1 PL学園 ロッテ・今江敏晃日刊ゲンダイ2010年8月18日)
  61. ^ 黒田によればこのシゴキは4日間続き、その間風呂にも入れなかったと告白。最後は見かねたチームメイトの保護者が介入し事態は解決する。ニューヨーク・タイムズ特集『ヤンキース黒田は日本で苦痛によって作られた』より引用
  62. ^ 青森山田高校、野球部員死亡で謝罪。殴打した側の上級生野球部員は殺人過失致死で逮捕されることもなく書類送検のみ(暴行と死亡との因果関係の特定には至っていないという理由)で、その後の野球部の処遇については(出場辞退や廃部など)学校側からも高野連からも発表されていなかった。
  63. ^ 抗議はしなかったが佐賀北と対戦した帝京、長崎日大の監督も試合後、記者団へ微妙な判定は全て自分たちに不利だったというコメントを残している
  64. ^ 翌年の選手権大会のNHKにおける中継でこのシーンのVTRが流れた際には映像をバックネット裏のカメラに切り替える措置が取られた。
  65. ^ 野球規則3.17によるもの。「両チームのプレーヤー及び控えのプレーヤーは、実際に競技にたずさわっているか、競技に出る準備をしているか、あるいは一塁または三塁のベースコーチに出ている場合を除いて、そのチームのベンチに入っていなければならない。本条項に違反したときは、審判員は、警告を発した後、その反則者を競技場から除くことができる。」とされている。

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