大鵬幸喜
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外部リンク
注釈
- ^ a b c 大鵬自身は現役引退直後に刊行された「大鵬自伝」(ベースボールマガジン社版)で父親について「幼い時に亡くなった」、「朧ろにかすんだ霧の中にかくれていて、その輪郭はつかみようもない」、「牧場を経営していた」、「正直に言って父と呼ぶべき人を知らないのです」(いずれもP40)と述べており、1981年に再版されたほるぶ新書版でも、同じ記述になっている。
- ^ 北海道へ引き上げる際に稚内で途中下船したのは、大鵬が記した「私の履歴書」によると母親の事情ではなく、当時子供だった大鵬が「降りたい、降りたい」と愚図ったために仕方なく下船し、鉄道で目的地に向かったと述べている。大鵬自身も「小樽まで乗船していたら今の自分はなかった」と語っている。
- ^ 大鵬は引退後、「おおづつ」と読ませる巨砲丈士を育てることになる。
- ^ 2019年現在の最年少記録は関脇・大関・初優勝とも貴乃花光司が保持。
- ^ 後に佐田の山晋松が3場所目で12勝3敗の成績で初優勝を記録し、2019年現在も単独で保持しているが、対戦内容から問題になった。
- ^ 2019年現在の記録は北の湖敏満の21歳2ヶ月。
- ^ 「大相撲」(読売新聞社刊)1968年7月号では「幕内全力士が考える大相撲再建案」が特集され、力士たちが「相撲人気が落ち目になっていると思うが、力士としてどのようにしたらいいと考えているか」という質問に答えている。
- ^ もともと左肘は1965年(昭和40年)11月場所5日目の栃王山裕規戦で痛めていたが、この年に2度にわたって左肘を負傷したことが致命傷となり、本人は「肘が『く』の字に曲がったまま、伸ばすことも折り曲げることもできなくなり、相撲に工夫が必要になった」と語っている。(「大鵬自伝」P194-198)
- ^ 取り直し制度導入後では2位(当時)。この後に千代の富士貢が53連勝、白鵬翔が63連勝を記録して2012年(平成24年)11月現在では歴代4位。
- ^ しかしこの場所は大鵬以外の横綱・大関陣が全員8勝あるいは9勝に留まっており、場所後の『読売大相撲』には「史上最低の落第場所」「なんとかしてください」という総評が寄せられる始末であった。
- ^ 北の富士・玉の海が横綱に昇進して以降の対戦成績は共に大鵬の4勝2敗で勝ち越している。
- ^ 福の花は柏戸の現役引退当日(1969年7月場所4日目)の対戦相手にもなっている。
- ^ 当時、玉の海は虫垂炎にかかっていたが、責任感の強い玉の海は大鵬の引退相撲の式が終了するまで入院を拒んでいたため症状が悪化し、手遅れの状態になってしまったと言われる。そのため、結果として大鵬の引退相撲が玉の海の生命を縮める一因になってしまったとも言える。
- ^ これによって車椅子移動が基本となったために勝負審判が務められず、挨拶で土俵に上がるのにも支障が生じる。大鵬の同世代では佐田の山と豊山勝男が理事長を務めている。
- ^ リハビリは廊下を這うことから始め、それを見た者達から好奇や憐みの視線を向けられたという。:大鵬さん 引退後は不遇 脳梗塞、大麻事件、娘婿解雇 幕内優勝力士出せず Sponichi Annex 2013年1月20日 06:00
- ^ この退任により同じ二所ノ関一門の枠で理事職を引き継いだのは、自身の現役最後の対戦相手でもあり、当時部屋の全盛を誇っていた11代二子山だった。
- ^ 大鵬がアンチ巨人だったにも関わらず王と親しかったのは、誕生日が近いだけでなく、王が巨人の選手の中でも並外れた努力家で大鵬と共通するスポーツ精神の持ち主であったこと、また父親が外国人という共通点があった(王の父は中国人であった)ことも理由として挙げられる。ちなみに、王も大鵬と同じく若い頃はかなりの酒豪であった。
- ^ 両腕を交差して相手の片腕を挟むように差すといった比較的珍しい方のもろ差し。
- ^ 全盛期の琴櫻傑將が放ったぶちかましを稽古場で受けられるのは大鵬ただ一人だったと言われており、他の力士は琴櫻のぶちかましを恐れて胸を出すのを皆避けたという。これは大鵬の特異体質を表わす逸話である。
- ^ 大鵬よりも以前、栃錦清隆が横綱昇進を決めた日に師匠の栃木山守也から「今日からは毎日、辞める時のことを考えて過ごせ」と言い渡された話があり、大鵬もこの話を聞いて深く感じ入る所があったと言える。また、栃錦のライバルであった若乃花幹士も、大関以下の力士は負け越してもその時の実力に見合った番付で比較的長く現役を続けることができるが、横綱が負け越せば引退以外に道はないため、横綱昇進が決まった時には推挙を受けるべきかどうか、かなり悩んだという。
- ^ 大鵬の土俵入りの指導は二子山(初代若乃花、大鵬の昇進当時は現役)が行った。
- ^ 同様のエピソードに、ラジオドラマ「君の名は」がある。
- ^ その世代の有名人の名を子供につけるという例は多く、全国高等学校野球選手権大会で人気を博した荒木大輔(ヤクルトスワローズ)に因んで名づけられた松坂大輔(ボストン・レッドソックス)などの例がある。
- ^ 当時の琴櫻は新三役の小結で迎えた1月場所で受けた右足首骨折の影響が残り、幕尻の東前頭15枚目で迎えた復帰場所の5月場所で負け越し、翌7月場所での十両陥落が確実になっていた。当時は「系統別総当たり制」のため、大鵬と琴櫻は本場所では対戦していなかった。
- ^ 安本はその後に柔道フランス代表チームのコーチを務めた。
- ^ 柏戸・明武谷と優勝決定戦
- ^ a b 佐田の山と優勝決定戦
- ^ 本態性高血圧により5日目から途中休場
- ^ 左足首関節内骨折により千秋楽不戦敗
- ^ 柏戸と優勝決定戦
- ^ 左肘関節挫傷・左上腕筋肘頭附着部離断により3日目から途中休場
- ^ 左肘関節剥離骨折により13日目から途中休場
- ^ インフルエンザ性気管支炎・本態性高血圧により4日目から途中休場
- ^ 急性気管支炎・扁桃腺炎により5日目から途中休場
- ^ 左膝側副靱帯損傷により10日目から途中休場
- ^ 右足首関節捻挫により4日目から途中休場
- ^ a b 玉の海と優勝決定戦
出典
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- ^ なお、「恐らく近代以降の(そして戦後に限れば間違いなく)最も偉大な力士」と評されている(ジャパンタイムズの記事Whether crisis or not, sumo's show must go on)
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- ^ これには異論もあるが、ジャパンタイムズの記事"Whether crisis or not, sumo's show must go on"では「恐らく近代以降の(そして戦後に限れば間違いなく)最も偉大な力士」と紹介されている。
- ^ 『巨人、大鵬、卵焼き - 私の履歴書』(発行・発売:日本経済新聞社・2001年2月刊)を参照。
- ^ “「巨人・大鵬・玉子焼き」の生みの親 堺屋太一さん 「残念、昭和ははるか遠くに」”. 産経新聞. (2013年1月20日)
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- ^ “元関脇・貴闘力氏招きギャンブル依存症対策を考えるシンポジウム開催”. www.goraku-sangyo.com(2015年11月30日). 娯楽産業協会. 2020年12月14日閲覧。
- ^ 『特技懇281号 寄稿 力士の四股名と商標権 ー著名性の客観的な判断基準に関する考察ー 宮川元』特許庁技術懇話会、2016年5月13日、74-82頁。
- ^ “第四十八代横綱 大鵬 オフィシャルサイト”. www.taiho-yokozuna.com. 2021年9月15日閲覧。
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