岩手県 歴史

岩手県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/13 13:34 UTC 版)

歴史

先史・古代

約4万年 - 3万3000年前には、斜軸尖頭器を出土した柳沢舘遺跡(奥州市)や金取遺跡遠野市)などが存在した。また、ハナイズミモリウシ[10] をはじめとする動・植物化石が多量に発見された金森遺跡一関市)などの遺跡から旧石器時代から人が住んでいたと考えられる[11][12]

古くは縄文時代より豊かな狩猟・漁労生活を実現した地だった。近年の東北学では、上代の北上川流域は蝦夷の中心地で、日高見国とも呼ばれていたという説が唱えられている(また、日高見国の名が北上川という地名や、「日本国」という国名のもととなったとも)。一方で、胆沢角塚古墳は最北の前方後円墳であり、ヤマト王権の影響力が及ぶ北の端でもあった。

北東北地域は、律令国家の形成期である7世紀後半にはまだその支配に組み込まれておらず、蝦夷は朝廷側からは征伐の対象であった。8世紀末の38年戦争では胆沢に蝦夷の軍事指導者アテルイが現れて朝廷軍に抵抗するが、征夷大将軍に任ぜられた坂上田村麻呂によって滅ぼされる。その後北上川流域は朝廷が掌握し、蝦夷の多くが全国に強制移住させられた。残った蝦夷は、俘囚として支配体制に組み込まれ、同時に胆沢には関東地方から柵戸として入植者が入った。

11世紀までに奥六郡(現在の岩手県内陸部)を拠点として糠部(現在の青森県東部)から亘理・伊具(現在の宮城県南部)にいたる広大な地域に影響力を発揮した俘囚長の安倍氏が半独立の勢力を築いた。安倍氏は前九年の役で源頼義の率いるヤマト朝廷軍になびいた秋田仙北の俘囚主清原氏によって滅ぼされた。その清原氏も一族の内紛から後三年の役で滅び、安倍氏の血を引く奥州藤原氏江刺郡豊田館から磐井郡平泉に拠点を移動して奥州を掌握、豊かな産金をもとに仏教を基盤とする地域支配を実現し、その平泉時代を築いた。

中世

平泉が源頼朝に攻略され再び源氏が統治した鎌倉時代には甲斐国南部の河内地方を領した甲斐源氏南部氏が八戸周辺に移住し、今の青森県から岩手県北及び秋田県鹿角地方にまで勢力を伸ばした。沿岸部では閉伊氏、県央部では斯波氏稗貫氏阿曽沼氏和賀氏などが割拠し、県南部は葛西氏留守氏が有力だったが、次第に福島県伊達郡に根城を置く伊達氏の勢力が浸透し、室町時代には葛西氏留守氏は伊達の馬打ちとして事実上支配下に置かれた。

これらの諸氏は伊達氏の内紛によって再び自立するが、伊達政宗の仙台移封を機会に葛西氏は滅亡、留守氏は伊達氏の一族として組み込まれた。同じ頃、安倍氏の末裔である一方井氏を母に持つ南部氏の南部信直が勢力を拡大し、南部所属の頭領として振舞うようになると、これを認めない九戸南部氏の九戸政実と争い、豊臣秀吉の知遇を得た信直は秀吉軍を招きいれて政実を滅ぼした(九戸政実の乱)。大浦氏以外の南部氏諸家を統一した信直は盛岡に拠点を移し、勢力を確立した。

近世

江戸時代には、県の南部は概ね仙台藩伊達氏に62万石、一関藩田村氏水沢には留守氏(水沢伊達氏)が置かれ、北部は移封も無く盛岡藩南部氏によって20万石統治された。幕末に東北諸藩が奥羽越列藩同盟(北部政府)を作ると、現在の岩手県を支配していた伊達藩・南部藩はその中心となるが、結局敗れて明治政府によって占領された。

近代以降

東北新幹線の路線図

明治3年7月10日1870年8月6日)、盛岡藩は財政難により廃藩置県に先立って廃藩を申し出、旧領には明治政府により盛岡県が設置された。盛岡県成立時の管轄地域は陸中国岩手郡稗貫郡および紫波郡和賀郡の一部のみで、新政府に敗れる前の盛岡藩より大幅に縮小された。

その後、莫大な御用金を課せられたり、旧藩を分断する県域を設定され弱体化を図られるなど敗戦の屈辱を味わう。(ただし盛岡藩の廃藩置県の折に課せられた70万両の納付は減免されており、藩の借金も盛岡に限らず1843年までは破棄、1844年以降の物は明治政府が国債3000万円を起債し肩代わりするなど救済措置も見られた。また官軍側である長州藩は実際に70万両を国に贈与し、萩城も廃城した上で県庁所在地を山口に移し、大森県・日田県に一部を譲渡するなど盛岡藩以上に厳しい措置を自らに課している。) 以降は旧藩を問わず多くの人材を輩出。原敬内閣総理大臣に就任するなど、近代日本国家建設に多くの功があった。また中央へ人材を輩出したと同時に原敬と山田線、後藤新平鈴木商店など金権政治の時代を先駆けた政治的犯罪も伴った。

県域は明治4年(1871年)の第1次府県統合ではほとんど変わらず、明治5年1月8日(1872年2月16日)には盛岡県から岩手県に改称[13]1876年(明治9年)の第2次府県統合で磐井県から胆沢郡江刺郡磐井郡を、青森県から二戸郡を編入したが、前者はおおむね旧仙台藩領であり、旧藩が分断された状態は是正されなかった。

1876年(明治9年)1月に最初の県議会が開かれ、5月に岩手県が成立した。県名はそれまでの県庁所在地の郡名を採って付けられた。

1889年(明治22年)に、南岩手郡盛岡が岩手県下で初めて市制施行し、盛岡市となる。1937年昭和12年)には製鉄業によって発展した上閉伊郡釜石町が市制施行して釜石市となる。1941年(昭和16年)には下閉伊郡宮古町・山口村・千徳村・磯鶏村が合併・市制施行して宮古市となり、戦前までに3市が誕生した。

戦後、1950 - 1960年代には、山岳地帯のため交通の便が悪いことや、主な産業が富士製鐵(現、新日鐵住金)の釜石製鐵所位しかなく、所得水準が全国でも低いことから、自ら「日本のチベット」と呼び、政府の振興策を求めたこともあった。なおこの呼称は、1955年(昭和30年)1月22日封切のニュース映画『カメラルポ 脚光あびる日本のチベット 岩手三陸』において用いられたことから定着したという。

その後、1964年(昭和39年)に花巻空港が開港、1982年(昭和57年)に東北新幹線大宮 - 盛岡間が開業して、首都圏からは約3時間、仙台からも1時間圏内(当時)となり、交通の便は改善された。これに伴って、安価で広大な土地や豊富な水などを背景に、北上市金ケ崎町周辺を中心として工場の進出が急激に進展。関東自動車工業(現・トヨタ自動車東日本)などの自動車産業、東芝富士通などの半導体工場、塩野義製薬など大企業の工場の進出が進み、製造品出荷額が大きな伸びを見せた[14]

2008年平成20年)には、6月14日に岩手・宮城内陸地震(最大震度6強)が、7月24日に岩手県沿岸北部地震(最大震度6弱)の大地震が発生した。さらにその3年後の2011年(平成23年)3月11日、国内観測史上最大の超巨大地震となるマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震(最大震度7)が発生し、沿岸部の各地で津波による大きな被害が出た。




  1. ^ 国土地理院. “全国都道府県市区町村別面積調”. 2014年7月17日閲覧。
  2. ^ 国土地理院. “全国都道府県市区町村別面積調”. 2014年6月6日閲覧。
  3. ^ 国土地理院. “日本の東西南北端点の経度緯度”. 2014年6月6日閲覧。
  4. ^ 国土地理院. “岩手県 市町村の役所・役場及び東西南北端点の経度緯度(世界測地系)”. 2014年6月6日閲覧。
  5. ^ 国土地理院. “北海道・東北地方の東西南北端点と重心の経度緯度”. 2014年6月6日閲覧。
  6. ^ a b 総務省統計局. “我が国の人口重心 -平成27年国勢調査結果から-”. 2017年8月14日閲覧。
  7. ^ [1] - 岩手県
  8. ^ デーリー東北 - デーリー東北新聞社2006年(平成18年)3月5日確認[リンク切れ]
  9. ^ 岩手日報社、2006年(平成18年)2月12日確認
  10. ^ ステップバイソン参照
  11. ^ 細井計「風と人間」2ページ
  12. ^ 細井計、伊藤博幸・菅野文夫・鈴木宏 『岩手県の歴史』 山川出版社〈県史 児玉幸多 監修 3〉、1999年8月。ISBN 4-634-32030-4
  13. ^ 太政官布告第1号、仙台県ヲ宮城県盛岡県ヲ岩手県ト改称。
  14. ^ a b 岩手日報 - 岩手日報社、2008年1月17日確認[リンク切れ]
  15. ^ 平成27年国勢調査”. 総務省統計局 (2016年10月26日). 2017年7月22日閲覧。
  16. ^ 総務省統計局. “我が国の人口重心 -平成22年国勢調査結果から-”. 2017年8月14日閲覧。
  17. ^ 統計表一覧 政府統計の総合窓口”. 総務省統計局 (2017年4月14日). 2017年7月23日閲覧。
  18. ^ 読売新聞2007年3月13日付朝刊 - 読売新聞社
  19. ^ 岩手の統計情報 - 岩手県庁総務部統計課、2008年5月確認
  20. ^ a b ゲンダイネット[リンク切れ] - 2008年2月28日確認など。
  21. ^ 岩手県 ILCを核とした国際学術研究都市イメージ
  22. ^ 金融資産と負債 - 金融広報中央委員会、2008年6月確認
  23. ^ 農林水産統計 - 農林水産省提供、2008年8月12日確認
  24. ^ 毎日新聞 2008年(平成20年)2月20日付朝刊 - 毎日新聞社
  25. ^ 岩手日報 - 岩手日報社、2008年2月8日確認
  26. ^ 盛岡タイムス - 盛岡タイムス社、2007年8月6日確認
  27. ^ 岩泉線の廃止について (PDF) - 東日本旅客鉄道(2013年11月8日付)
  28. ^ 岩泉線きょう廃止届 押角トンネルなど無償譲渡 - 読売新聞(2013年11月8日付) ※インターネットアーカイブ
  29. ^ 地域高規格道路であるが、三陸道や八戸久慈道と一体となって全線自動車専用で運用されている。
  30. ^ 「都道府県別進学率・就園率」島根県庁調査、2008年(平成20年)5月確認
  31. ^ 岩手日報社、2007年(平成19年)2月13日確認
  32. ^ JNN系列局が存在しない秋田県の全国報道取材も行う。CATV経由で秋田市にも再送信。
  33. ^ 開局当初は盛岡市茶畑二丁目に本社演奏所があった。のちに現在地の盛岡市内丸に移転。
  34. ^ 開局当初は盛岡市盛岡駅前通8番17号の小岩井明治安田ビル2階に本社演奏所があったが、2006年(平成18年)に現在のTVI本社ビル7階へ移転。
  35. ^ 開局当初は奥州市水沢区佐倉河に本社演奏所を、盛岡市本宮に業務センターを置いていたが、のちに盛岡業務センターを本社に格上げ・機能拡充する形で演奏所を移転。奥州市の旧本社跡は「めんこい美術館」に衣替えし、業務センターは奥州市に置かれて現在に至る。
  36. ^ FNN/FNS系列局が存在しない青森県の全国報道取材も行う。CATV経由で青森県三八上北地方にも再送信(折爪岳からの電波の直接受信も可)。
  37. ^ 本堂寛作成の『日本言語学地図』を参照
  38. ^ 私立花巻東高等学校野球部に対する県民栄誉賞の授与について





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