東京ヤクルトスワローズ 歴代本拠地

東京ヤクルトスワローズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/18 01:14 UTC 版)

歴代本拠地

フランチャイズ制度の実施は1952年から)
※なお、試合前の事前練習は、学生野球東京六大学野球連盟他)を優先する関係で、本球場で使うのは学生野球の試合がない時に限られるため、原則として明治神宮外苑軟式グラウンドで唯一の人工芝対応であるこぶしグランド、ないしは明治神宮外苑室内球技場を使って行われる(神宮第2球場も人工芝球場であるが、学生野球の開催時間帯以外は、明治神宮外苑ゴルフ練習場西練習場として使うため、野球の練習・試合は事実上不可である)。

チームの特徴

球団名

「スワローズ」の名称は、当時の国鉄では唯一の特急列車、かつ日本最速だった「つばめ」号に由来する。球団旗には、列車のヘッドマーク等に使われていた「つばめマーク」を採用し、「スワローズ」のロゴデザインは国鉄のデザイン室がデザインしたものを今日まで使っている。スポーツ新聞の見出しでも「」あるいは「ツバメ」と書かれる事もある。

  • ニックネーム決定の際、国鉄職員を対象とした公募を行ったところ、鉄道関係では「スワロー」「アイヤンアイゼン」「ホイスル」「ホイール」「エンジン・レイルウエー」「レールロード」「エツキスプレス」「弁慶」「レツド・キャツプ(赤帽)」「大車輪」「ポツポ」「サービス」「ステーション」等が、動物名では「熊」「象」「麒麟」「ライオン」「コンドル」「かもめ」「むかで」「山猫」等が、変わったところでは「キリバース」「スリツパーズ」「ポパイ」等の応募があった[137]。最終案として残ったのが「スワローズ」と「キリバース[注 23]」の2つである。しかし国鉄の社章「動輪に桐」は一般にそれほど知られておらず、国鉄内部向けの印象が強かった。一方、ツバメは古来スピードの象徴で、スピードを重視する野球チームの愛称にふさわしく、人の生活圏に営巣する習性があるので、人に愛される球団名として適切であることが考慮され、「スワローズ」で決定した、という経緯がある(徳永喜男『ヤクルトスワローズ球団史』参照)。
  • 元来「」は国鉄の象徴的な存在だった。1950年に国鉄自動車局がシンボルマークに「燕」を一般公募で採用しており、現在のJRバス各社がツバメをマスコットキャラクターとして継承しているのもその名残である。旧・丸善石油(現・コスモ石油)がツバメのマークを使っていたのも、開業当初に鉄道省とのつながりが深かったからである。現在の九州新幹線でも列車の愛称に「つばめ」号が使用されている。
  • 英語では、燕を意味する : swallow の a はローマ字読みではなく、ショット : shot の o と同じ発音であるため、スウォローズが近い。
  • 「国鉄は当初『コンドルズ』にしようとしたが、本業の鉄道が『“混んどる”ず』ではマイナスイメージだから取り止めた」「『“座ろう”ず』にすれば鉄道業としては快適なイメージだから採用した」という俗説が有名だが、これは漫才のジョークが元ネタである[138]。ただし、国鉄球団の母体となった交通協力会が発行する鉄道業界紙である「交通新聞」の国鉄球団特集記事において「国鉄球団ニックネーム懸賞応募の中で多いのはスワロー(燕)だが、一方コンドル(禿鷹)も相当ある。そこで懸賞子曰く『コンドルはいかんいかん、まるで「混んどる」みたいでよくない、矢つ張りスワローは「坐ろう」に通じて感じがいゝよ』」と掲載している[139]ので、あながち俗説と断じることはできない。なお、南海ホークスにも「コンドル」をチーム名候補とした話があるが、こちらは球団史にも記載されており、根拠のないジョークではない。
  • 「アトムズ」は当時の親会社だったフジテレビアニメが放映され、球団改名後サンケイ新聞の日曜版にも漫画原作が連載された手塚治虫原作の『鉄腕アトム』からとった。なお広島東洋カープが創設された当初、アトムズも球団名の候補に挙がっていたといわれている(広島東洋カープ#チームの特徴を参照。由来は異なる)。なお前述の経緯から、1969年だけは球団名・法人名を純粋にニックネームのみの「アトムズ(球団)」とした。

マスコット

神宮球場の「つば九郎」と「つばみ」(2017年9月2日撮影)
現在
  • つば九郎 - 1994年登場。スワローズのヘルメットをかぶったツバメ。
  • つばみ - つば九郎の妹。1999年登場。
  • トルクーヤ - 2014年6月登場。メキシコ出身の覆面レスラー

ペットマークは、基本的につば九郎を使ったものが使用されるが、一部メディアでは燕太郎を使ったものを使用。

過去
  • アトム - アトムズ時代の1966年から1973年まで使用。漫画「鉄腕アトム」の主人公。球団旗ペットマーク等に使用。
  • ボールの顔をしたマスコット - 1978年登場。つば九郎の前のペットマークに使われたキャラクター。通称「ボール坊や」、正式名称はなし。その後、復刻グッズでは「ボール君」表記。
  • ヤー坊 - 1978年から1979年頃には登場し[注 24]、つば九郎登場(1994年)の前年まで存在したツバメのキャラクター。神宮球場での着ぐるみのみだったようで、ペットマーク等に起用されなかった。
  • スーちゃん - ヤー坊と同時期に存在した女の子のツバメのキャラクター。
    • なおヤー坊、スーちゃんは、日本プロ野球初の着ぐるみキャラクターである。
    • ヤー坊、スーちゃんの着ぐるみは2003年に春季キャンプ地の浦添市に寄贈され、同市で毎年2月に行われる「てだこウォーク」に参加していた。その後、担当職員の交代で寄贈の経緯や名前が分からなくなっていたが、2014年2月に浦添警察署に貸し出され「なんちゃってつば九郎」の名前で活動したことをきっかけにヤー坊とスーちゃんであることが確認された[140]
  • 燕太郎(えんたろう) - 2005年登場、2014年5月引退。スワローズのユニフォームを着たツバメ。

応援スタイル

東京音頭に合せて踊るスワローズファン(神宮外野席)

応援歌では、オリジナルで作曲したものと、従来のポップス曲に声援を加えたものとに分かれる。そして、得点が入るとビニール傘を振りながら東京音頭を歌うのが、スワローズの応援の特色。東京音頭を初めて応援に使ったのは東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)であるが、東京オリオンズの本拠地移動もあって、1978年の優勝と前後して始められた。神宮の応援団から始まったが、現在は全国で行われている。

  • 東京音頭の前奏・間奏部分で以前は「くたばれ○○(相手球団)」であったが現在は相手球団とは無関係に一部のファン(現在は主に対戦相手球団のファン)が「くたばれ讀賣」と歌詞を付ける。これは応援団主導で行っているのではなく、2010年から応援団は「東京ヤクルト」と連呼するようにと呼びかけられている[141]
  • 近年はチャンステーマにJITTERIN'JINNの「夏祭り」や「ルパン三世のテーマ」、2012年度途中からはポケモン金銀のエンディングBGMも使われる。
  • 球団イメージカラーの明るい緑色は、ヤクルトの昔の球団旗とアトムズ当時のユニフォームのアクセント色に由来する(ビジターユニフォームのyakultのフォントに使用している)。ユニフォームの配色を赤と紺に変更して以降も、メガホンなどのグッズは依然として緑色のものが継続して売られている。
  • 東京音頭で振る傘は、緑(または青)のビニール傘もしくは球団が発売している小さいマスコット傘が一般的であるが、特に決まっているわけではない。もともと「傘を振る」という応援方法自体が「応援グッズを買わずとも、家にあるもので応援に参加してもらえる」という趣旨で始まった、ということもあり、他の色のビニール傘や普通の傘を振っても、いっこうにかまわない。この傘を使った応援スタイルは、当時のツバメ軍団団長だった岡田正泰が「少しでもファンが多くいるように見せるために」考え出した苦肉の策だった。
  • 傘応援については危ないという意見があり、横浜スタジアムでは一時期傘を使った応援が禁止されていた。球場で販売されている応援用の傘は、危なくないように露先を柔らかい素材にしているとされている。また、現在発売している応援用の傘は骨の長さが30センチメートル前後とかなり小さなものとなっており(石突には別売のつば九郎やつばみのマスコットが取り付けられるようになっている)、通常の雨傘としての使用は不適であるが、急な雨等の場合は使用するファンも多数見受けられる。
  • 他球団ファンは、7回や勝利時にジェット風船を飛ばしているが、2009年6月から神宮球場がジェット風船を禁止にしたことや、上記の傘を使った応援が浸透していることなどから、多くのヤクルトファンは「ゴミになるだけ」「神宮外苑の自然環境が悪化する」としての理由でジェット風船を使っていない。
  • 本拠地とする神宮球場では、2012年まで夜6時以降のナイトゲームでの太鼓を使っての応援は禁止されていた。詳しくは、明治神宮野球場の項目を参照のこと。そのためにホームの神宮球場でのナイトゲームではリズムが取りづらく、全体的にテンポが速くなりやすい。なお、2009年まではデーゲームでも太鼓の使用は禁止されていた。
  • 2006年より、選手紹介の場内アナウンスは2人体制となった。ビジターチームについては通常のウグイス嬢、ヤクルトチームについては通常のウグイス嬢によるアナウンスの後男性DJが担当している。2019年現在、公式DJとしてパトリック・ユウを起用している。

営業・ファンサービス

公式ファンクラブ「SWALLOWS CREW」

2013年よりリニューアルされた公式ファンクラブで、2015年3月現在さだまさし(歌手)と出川哲朗ピン芸人)と村上春樹(作家)が芸能人枠として「SWALLOWS CREW名誉会員」に登録している。本拠地である神宮球場で行われる試合の前売りチケット購入や常設グッズショップ(スタジアム通り・神宮軟式球場敷地内)でのショッピングでもポイントが貯められる。

会員はプラチナ・ゴールド・レギュラー・キッズ・ライト(いずれも有料)・無料の6種類となっている。

セ・リーグ首都圏3球団合同企画

2012年から、東京ヤクルトスワローズ・読売ジャイアンツ横浜DeNAベイスターズとの3球団合同で「GSDBプロジェクト」を立ち上げファンクラブ会員に限り巨人・DeNA主催のヤクルト戦で来場ポイント付与や会員限定イベントの実施の他該当試合の前売りチケット優先販売や球場DJ・チアチーム・マスコットキャラクターの相互訪問を行っている。

地方開催

本拠地の神宮球場が大学野球最優先でスケジュールを組んでいる関係で、かつては広島と並んで地方開催がセ・リーグで最も多かった。特にセ・パ交流戦導入以前は日本全国といって良いほど各地で試合を行っていたが、日本ハムの札幌移転や仙台を本拠とする楽天の新規参入といったパ・リーグ加盟チームの地方分散化、さらには交流戦開始などの影響もあり2000年代後半以降は他球団同様、地方開催を縮小する傾向にあり、現状では年間で4 - 5試合に抑えられている[注 25]

なお、2020年は、東京オリンピックパラリンピック開催期間中とその前後は本拠地の神宮球場が資材置き場・VIP待機場所となるため使用不可となることから、巨人の本拠地である東京ドームで初の主催試合を7月上旬から9月上旬にかけて11試合行う予定で、他に松山の2試合と合わせて地方開催を13試合行う予定としていたが[注 26][142]、東京オリンピックの開催が延期になったことを受けて、東京ドームでの主催試合開催分は全て神宮球場での開催に変更になった[143]

2021年は、延期になった東京オリンピックパラリンピック開催期間中とその前後は本拠地の神宮球場が資材置き場・VIP待機場所となるため使用不可となることから、巨人の本拠地である東京ドームで初の主催試合を8月下旬から9月上旬にかけて6試合を行い、他に松山の2試合及び静岡での2試合と合わせて地方開催を10試合行う。

地方開催の中でも特に開催の機会が多い球場として、秋田県立野球場(こまちスタジアム)福島県営あづま球場静岡県草薙総合運動場硬式野球場松山中央公園野球場(坊っちゃんスタジアム)等が挙げられ、年次によっては同一球場で2試合が組まれることがある。このうち松山は秋季キャンプで使用している縁から、基本的に毎年2試合組まれており(2019年は1試合のみ)、特に2013年は3試合が組まれた。これらの球場では交流戦開始前にはなかった対巨人戦も行われるようになり、2009年は福島県営あづま球場で1試合、2010年は坊っちゃんスタジアムで2試合、2011年はあづま球場で1試合[注 27] と静岡県草薙総合運動場硬式野球場で4試合の計5試合[注 28] の巨人戦が地方開催が行われている[注 29](2021年も松山で2試合を開催[142])。

かつてはロッテの本拠地である千葉マリンスタジアム(現・ZOZOマリンスタジアム)でも東京六大学野球(早慶戦)が行われる毎年5月下旬に主催試合が開催されていたが、セ・パ交流戦開催に伴い2005年は7月開催となり、2006年以降は同球場を本拠地とするロッテ主催の交流戦に切り替えられて、ヤクルト主催では実施されていない。

この地方開催の多さもあってか、他チーム主催の地方開催試合で相性の良さを発揮することもある。例えば富山アルペンスタジアムで開催される巨人・中日主催試合では2016年9月現在8戦6勝2分けと負けがない。

長崎県との縁

1970年代から2002年(平成14年)までのほぼ毎年、球団オーナー松園尚巳の出身地である長崎県での公式試合が開催されていた。

1976年(昭和51年)ドラフト1位で入団した松園と同じ長崎出身の酒井圭一を当時球団最高額の契約金3,000万で契約、しかし松園は「酒井はゴールデンルーキーだ。手取りで3,000万円にできないものか」の鶴の一声で、800万円上乗せされた。さらに長崎市内のホテルで行われた酒井のためだけの入団発表には、松園オーナーも同席。その後、異例のパーティーまで開かれ、当時の長崎県知事ら県内の政財界の大物まで出席した。費用の200万円も球団が負担した[144]。松園は翌1977年(昭和52年)、地元紙長崎新聞の社長に就任。1988年(昭和63年)に退任するが、その翌年の1989年(平成元年)、長崎県民放テレビ第3局長崎文化放送(NCC)の初代代表取締役会長に就任。長崎文化放送は長崎新聞主導で設立され、ヤクルトスワローズの放送権を持っているテレビ朝日系列フルネット局となった。

一方、長崎出身の歌手さだまさしは巨人・長嶋茂雄の大ファンだったが、1980年(昭和55年)に長嶋が巨人監督を解任されると同郷の松園と親交が深かったこともありヤクルトファンに転向。選手の長崎遠征時には名物の卓袱料理でもてなすなどしている。

1997年(平成9年)に開場した長崎県営野球場で初めて公式戦(対広島東洋カープ戦)を行った際、9月6日の1戦目が雨で中止、翌日の試合では7回途中・降雨コールド負けとなった。その後も長崎での公式戦を開催していたが、松園が1994年に死去、またヤクルト本社の事業再編による長崎工場の閉鎖もあったためか、2002年を最後にヤクルト主催の公式戦は開催されていない。2009年(平成21年)、7年ぶりに長崎で試合を行ったがこの試合は巨人主催のビジターゲームだった。

東日本大震災後の対応

神宮球場は学生野球を最優先とするため、学生がデーゲームを基本とする以上、プロの試合はナイトゲームを原則とせざるを得ない。しかし、東日本大震災東北地方太平洋沖地震)直後には学生との調整を行って、神宮球場でデーゲームを行った例もある。

地震発生直後の2011年3月、セ・リーグは一旦は3月25日に開幕させる決定をした。この時、ヤクルト球団事務所にはファンからの苦情電話が殺到した。9割が25日開幕に批判的な内容であったが、多くの企業が計画停電で損失を出している中で、デーゲームやドームを使わない、東北や関東での試合開催をしないという選択肢もありながら、新球団常務は「ヤクルト本社の損失も大きい」という理由から開幕を決断をした[145]。その後、文部科学省からの要請を受けると、一転してナイターを自粛し開催地を地方球場に変更する可能性があることを示唆した[146]。その後神宮を主会場とする東京六大学東都の両大学生野球連盟の協力を得て、草薙に球場を変えた4月26日 - 4月28日の巨人戦以外の4月の主管試合については神宮でのデーゲーム開催が実現(学生野球は午前9時から1試合のみ開催)した。

その他

  • 選手の故障が多いことで知られる(例、荒木大輔伊藤智仁由規など)。落合博満が中日の監督を退いた後、ヤクルトの主力級選手の相次ぐ戦線離脱について、練習量が中日に比べて少ないことが原因と話した[147]。また、江本孟紀もヤクルトの練習の少なさやアメリカ式の球数制限を取り入れていた事を批判したことがある[148]。主将を務めたことのある宮本慎也も、練習量の少なさを指摘している[149]。選手としてだけでなくコーチ歴もある角盈男は、野村の監督時代は練習量は少なかったが、それだけが継承されていると評している[150]。それに伴い二軍戦に出場できる選手が恒常的に不足気味になり、投手や捕手が内外野を守ることも珍しくなく、ついには打撃投手として契約していた元選手を現役復帰させ、二軍戦に出場させたシーズンもある[151]。この状態を通俗の野戦病院にたとえた「ヤ戦病院」というインターネットスラングも広く使用されている[152]
  • 1994年から2012年(ホームゲームのみ。ビジターは2014年まで)に使用された帽子のマーク“Ys”の原型は、1969年 - 1970年のアトムズ時代にさかのぼる(当時は“Ya”マーク)。ニックネームをスワローズに戻した1974年から1993年までは大フォントの小文字で「ys」だったが(2013年以降も同様)、左に大きく「Y」・右に小さく「s」に変更された。
  • チームのアルファベットでの略称はスワローズの頭文字である「S」としていることが多い。週刊ベースボールの二軍戦日程表では一時球団略称をYsとし、湘南シーレックス(現・横浜DeNA二軍)をSとしていたが、「Sが一軍と二軍で異なるチームを表すのはおかしいのではないか」という意見もあり、ヤクルトをS、湘南をSRに変更した。
  • 広島の大瀬良大地を大の苦手としている。大瀬良がプロ入りした2014年以降一度も勝てておらず、2019年7月26日の対広島戦でも大瀬良を攻略できず、同一投手が初対戦から同一カード12連勝以上はセ・リーグ新記録(パ・リーグも含めると史上3人目)となった[153]。2019年9月16日の試合で大瀬良を相手に初めて黒星を付けて、連敗を12で止めた。

球団旗の変遷

国鉄時代

国鉄の列車「つばめ号」のヘッドマークに使われていた「つばめマーク」を使用。

  • 1950年 - 1952年:紺色地に白でつばめマーク。
    • つばめマークの横に黄色の文字で「国鉄」と書かれていたものも存在。
  • 1953年 - 1954年:つばめマークの翼が両翼のものから片翼のものに変更。
    • つばめマークが白のものと黄色のものが存在。
  • 1955年 - 1965年:白のつばめマークの上に「K」のマークを付けたものに変更。
サンケイ→アトムズ時代

当時の親会社、産経新聞社の社旗(橙色地。中央に横の白地ライン、ライン部分に水色で「サンケイ」の文字)をアレンジしたものを使用。

  • 1965年:「サンケイスワローズ」時代のもの。橙色地に白のライン、白の部分には水色の文字で「サンケイ」、右下に白文字でスワローズの略称である「S」。
  • 1966年 - 1969年:球団名が「サンケイアトムズ」に。橙色地に白のライン、白の部分には水色の文字で「atoms」(球団名が「アトムズ」となった1969年も使用。)。
ヤクルト時代
  • 1970年 - 1973年:ヤクルト本社の社色である赤・白・緑をモチーフに。白の斜線に上が青緑、下が濃いピンク。白の斜線に「鉄腕アトム」、その下に濃いピンクで「Yakult」。
  • 1974年 - 1993年:球団名が「ヤクルトスワローズ」になる、デザインは1970年 - 1973年のデザインから「鉄腕アトム」を削除したもの。
  • 1994年 - 2005年:白の斜線が反対になり上が青、下が赤。白の斜線に赤のストライプ、赤字で「Yakult」その下に青字で「Swallows」。
  • 2006年 -:球団名が「東京ヤクルトスワローズ」になる。1994年 - 2005年のものをアレンジ、上の青の部分に赤字で「Tokyo」のロゴが入る。白の斜線の赤ストライプが消える、赤字で「Yakult」、その下に青字で「Swallows」。

注釈

  1. ^ セ・リーグで最多奪三振がタイトル制定となったのは1991年。球団公式サイトの球団のあゆみではセ・リーグ表彰で記載。
  2. ^ 18歳35日での達成は日本プロ野球史上最年少記録。
  3. ^ 現在の記録は1968年に江夏豊が記録した401。
  4. ^ かつ、球団史上唯一。
  5. ^ 指名後の入団交渉不実施による失効を含む。
  6. ^ ただしこの時代はサンケイに限らず、指名されても入団拒否したり、指名しても交渉を実施せずそのまま失効する者は多かった。
  7. ^ 当時の日本プロ野球ワースト記録で、現在もセ・リーグワースト記録及び、間に引き分けを挟まない連敗のワースト記録である。日本プロ野球記録はパ・リーグ千葉ロッテマリーンズ1998年に記録した18連敗(引き分け1を挟む)。
  8. ^ セ・リーグでの90敗到達球団はその後2003年まで現れなかった(横浜ベイスターズ、94敗)。
  9. ^ セ・リーグで勝率が3割を下回ったのはこの年のヤクルトが最後である。パ・リーグでは2005年に新規参入した東北楽天ゴールデンイーグルスが.281を記録しており、これ以後、日本プロ野球で3割を下回ったチームはない。
  10. ^ 球団公式サイトにも1970年のみ該当者無しとある[13]
  11. ^ ヤクルトと同じくセ・リーグに属する阪神タイガース二軍が、過去に類似した名称の『阪神ジャガーズ』を名乗っていたことによる、阪神球団との権利上の問題が関係しているかは不明。
  12. ^ 日本記録は南海ホークス時代の1978年から福岡ダイエーホークス時代の1993年にかけて記録した16年連続。
  13. ^ 6月5日に1000打点、6月22日に1500試合出場、8月11日に350本塁打、8月25日に1500本安打。
  14. ^ 優勝チームとしてのワースト記録。セ・リーグでは1950年から1991年までの42年間、シーズン中に8連敗以上を記録したチームが優勝したことはなかった。その後、2015年にも9連敗を喫したが優勝している
  15. ^ この年規定投球回数に到達したのはハッカミー、高木、川崎のみであった。
  16. ^ 他球団への移籍を一度も挟むことなく、球団名に「東京」がついていなかった時代から一貫してスワローズに在籍し続けているフランチャイズ・プレイヤーでもある。
  17. ^ ただし、MXテレビの親会社・東京新聞の関係で対中日戦のみ。
  18. ^ CS導入以前のパ・リーグプレーオフでは2005年の西武が勝率5割未満で進出している。
  19. ^ セ・リーグでは4度目、パ・リーグ(後述の近鉄)を含め、5度目の事例。
  20. ^ 1966年は大洋と同率最下位。
  21. ^ パ・リーグ記録は、1954年から1956年にかけて、大映が後楽園球場で南海に喫した21連敗[136]
  22. ^ 2021年は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から延長戦が無かった。延長戦がある年では1978年・1981年の16分が最多。
  23. ^ 国鉄の紋章「動輪」に由来。球団設立当初はユニフォームの袖章にも使われた。
  24. ^ 1978年から1979年に在籍したデイヴ・ヒルトンの本塁打を出迎える写真がベースボール・マガジン社に残っている(参考:『ベースボールマガジン1994年秋季号 一冊まるごと大特集 プロ野球の華 本塁打がすごい!』 - 23ページに写真掲載)。また、1979年12月発行の漫画単行本『がんばれ!!タブチくん!!』第3巻でツバメのマスコットがホームランを打った選手を出迎えるシーンの描かれた作品が掲載されている。
  25. ^ 広島も地方開催は現状では年間1 - 2試合(2020年は無し)に抑えているため、現状はセ・リーグで試合数ベースで最も多く地方開催を行っているのは阪神である。但し、そのほぼ全てが京セラドーム大阪であるため、実質(開催球場ベース)は巨人がセ・リーグで最も多く地方開催を行っている。
  26. ^ なお、同様の理由で本拠地の横浜スタジアムが使用不可となるDeNAも東京ドームでの主催試合を6試合行う予定となっていた。
  27. ^ これとは別に、巨人主管の2試合(当初1試合だったが、宇都宮清原球場での1試合が球場施設損壊のため会場変更になった)が郡山総合運動場開成山野球場で行われ、福島県で3試合開催。
  28. ^ 草薙の4月の3連戦のものは東日本大震災による関東地方(東京電力営業地域)のナイター開催自粛に伴う代替。
  29. ^ 本来、2009年は秋田こまちスタジアムでの2連戦開催が計画されたが、こまちスタジアムでは全国高等学校野球選手権秋田大会の開催と重複するため開催できず、その振り替えとして福島で1試合、もう1試合は神宮で開催。
  30. ^ 5月3-5日の対読売ジャイアンツ戦、9-11日の対広島東洋カープ戦、13-15日の対中日ドラゴンズ戦。
  31. ^ ビジター用は、対広島戦(8月17日 - 19日・マツダスタジアム)で、ホーム用は、対横浜戦(8月24日 - 26日・神宮球場)で使用。
  32. ^ 大杉勝男の8番について、後年の文献では一旦永久欠番となった後広沢克己に禅譲したため失効したと、記述している物が見受けられるが(ベースボール・マガジン社『週刊プロ野球データファイル』等)、1983年11月9日の引退表明を1面で大きく扱ったサンケイスポーツ(東京版・1983年11月10日付)では、「球団は「背番号8」を保留欠番とし、来春3月下旬に引退試合を行うことを決めた。」とあり、明らかに誤りである。この発表からも、この段階で将来的には相応しい選手に与える意向があったとみられる。
  33. ^ 1978年の日本シリーズ・阪急戦のヤクルト主管(日本シリーズの場合NPB主催)4試合も学生野球の都合で後楽園だったが、この時は後楽園開催の条件として日テレに1試合だけ(第2試合)放送権を譲渡することが盛り込まれていた。それ以外の3試合はフジテレビから放送された(阪急主管の3試合も系列局の関西テレビが事実上の独占放送権を持っていたためフジテレビでの放送となった)。なおヤクルト戦共々、後楽園を当時本拠地としていた日本ハムの主催・主管試合放映権を主に持っていたテレビ朝日はこのシリーズの放映権を得ることができなかった。
  34. ^ 放送上の制作クレジットはJ SPORTS→フジテレビ単独表記であり、球団のクレジットは入っていないが、事実上、球団から公式映像制作を受託している。
  35. ^ 現在の全国独立放送協議会に相当するもの
  36. ^ 当時神宮球場で日中に大学野球が開催されており、それを優先させたため。当時、消化試合の多くはデーゲームだったこともあり、アトムズ・スワローズ主催試合の一部は横浜や、川崎球場(当時大洋ホエールズ本拠地)等を間借りして行ったことがあった。
  37. ^ 2017年度も、5月4日・5月5日の阪神戦を対象にデーゲームを開催。これに伴って本来は原則木・金曜日(と、東京六大学野球連盟の予備日に充当している火・水曜で東京六大学連盟の試合がない場合)のデーゲームを基本使用日としている東都大学野球連盟は5月1日・5月2日の月・火曜日に前倒しを行った。
  38. ^ 2011年解散。現在のBリーグにおいてはいづれも渋谷区を本拠としたB1クラブのアルバルク東京サンロッカーズ渋谷が実在する。
  39. ^ 「1イニング連続打数安打」は、NPBでは四死球を挟む場合のみを連続記録として認めており、打数には含まれないが打者アウトとなる犠打・犠飛を挟む場合は参考記録となる。後者の例として1999年6月30日、横浜ベイスターズが対広島東洋カープ11回戦(富山市民)の5回裏に11打数連続安打を達成しているが、このケースでは犠飛が含まれるため参考記録として扱われている。
  40. ^ 2010年1月21日付・朝日新聞新潟版より。同紙上ではヤクルトの他、福岡ソフトバンクホークスも招致候補とされている。

出典

  1. ^ a b 株式会社ヤクルト球団 第73期決算公告
  2. ^ 「交通協力会50年史」、財団法人交通協力会、1993年4月1日。
  3. ^ 「交通協力会50年史」、財団法人交通協力会、1993年4月1日。
  4. ^ 徳永喜男 『ヤクルトスワローズ球団史』ベースボール・マガジン社、1993年、[要ページ番号]頁。ISBN 4583030339 
  5. ^ 綱島理友 『プロ野球ユニフォーム物語』ベースボール・マガジン社、2005年、[要ページ番号]頁。ISBN 4583038070 
  6. ^ 「国鉄でプロ野球団結成 セントラルに参加」『交通新聞』1950年1月14日.1面
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