美濃部亮吉 都知事としての主な施策

美濃部亮吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/05 00:19 UTC 版)

都知事としての主な施策

老人医療の無料化

健康保険を使った医療費の個人負担分について、都が肩代わりする政策は大変支持されたが、これに自民党・政府・厚生省が「枯れ木に水をやる政策」と反対し、「個人負担分の肩代わりは健康保険法違反で実施不可能」などと反発し、少数与党で一旦頓挫した。しかし、厚生省に「健康保険法違反」の見解を撤回させて東京都の高齢者医療費無料化を実施した。この東京都の老人医療費無料化が原因となって、将来性の持続性から反対していた自民党は地方選挙で敗北を重ねることになる。これを受けた田中角栄首相(兼自民党総裁)が、財源無しに無償福祉は不可能だと反対する官庁を抑えて1972年に老人福祉法を改定(田中内閣が「福祉元年」と銘打っていた1973年に施行)し、選挙のために全国の70歳以上の高齢者の医療費を無料化した[20]。これにより、高齢者による所謂病院のサロン化やコンビニ受診などの現象が生じ、各地方自治体や日本の財政赤字を招く原因となった。NHKも医療を必要としない高齢者が病院に入院する社会的入院の問題を引き起こして、高齢者医療費増大を招いたと報道している[21][22][23][24][25][26][27]

公営ギャンブル廃止

公営競技廃止を、政治公約として前面に押し出し、美濃部の都知事就任後に公約実行という形で、東京都はそれまで行っていた競輪地方競馬競艇オートレースと、全ての公営競技事業から撤退している。これにより、東京都の単独主催場であった大井オートレース場と「競輪のメッカ」とも呼ばれた後楽園競輪場は閉鎖された。これに対しファンからの苦情が相次ぎ、東京都の収益も激減した[9]。都営ギャンブル収益は、当時、年間百余億円あったという[9]。石原は少なくても自分の政策のために財源とする知恵が必要だったと批判し、パチンコ業界に反射的利益を与えた政策と主張している[4]

この他にも、東京都内に設置されている公営競技場は存在しているが、このうち東京競馬場は、国の中央省庁である農林水産省管轄の外郭団体特殊法人)である日本中央競馬会が、江戸川競艇場平和島競艇場多摩川競艇場大井競馬場京王閣競輪場立川競輪場は、東京都とは別に市町村東京都区部が主催権を持っていたため、閉鎖・廃止にならず、東京都が主催していた開催枠については、各々公営競技主催権の移行が行われた。

交通インフラ整備反対

東京外環自動車道首都高速中央環状線での道路建設工事について、フランツ・ファノンの「ひとつの橋の建設がもしそこに働く人びとの意識を豊かにしないものならば、橋は建設されぬがよい、市民は従前どおり、泳ぐか渡し船に乗るかして、川を渡っていればよい。橋は空から降って湧くものであってはならない、社会の全景にデウス・エクス・マキーナ〔救いの神〕によって押しつけられるものであってはならない。そうではなくて、市民の筋肉と頭脳とから生まれるべきものだ」を引用した[28]「一人でも反対があったら橋を架けない」という「橋の論理」で、社会的少数派を極端に重視する姿勢から、道路工事反対の住民運動の側に立ち、道路建設を軒並み凍結した[29][30]

結果として、外環道や中央環状線の工事凍結という形で、東京の環状道路交通網整備が大きく立ち遅れ、慢性的な交通渋滞と、それに伴う排気ガス公害を招き、のちに東京大気汚染訴訟が起こされ、首都東京のインフラストラクチャー機能に大きな遅れと、社会的損失を生じさせた。

また、成田新幹線や羽田空港拡張にも反対を唱え、成田空港の利便性低下や羽田空港の需要逼迫を招いた。

これらに関して、後に東京都知事に就任した石原慎太郎は激しい批判を加えた。自著でも石原は、美濃部都政が東京都、日本に無償福祉ポピュリズムという悪影響を与えたと批判している[4]

都立高校学校群制度の継承と存続

学校群制度を導入したのは美濃部都政ではない。学校群制度による都立高校入試は東龍太郎都政時代末期に導入されたもので、第1回入試は東都政下の1967年3月に実施された。美濃部都知事初当選は同年4月15日の統一地方選である。学校群制度による入試は1967年度(昭和42年度)入学者から1981年度(昭和56年度)入学者までの15回で、美濃部都政下では1968年(昭和43年)から1979年(昭和54年)までの12回が実施された。なお、学校群制度については、都立高校の東京大学など難関大学への進学実績低下の発端となったという説がある。

北朝鮮との関係

対北朝鮮、在日朝鮮人の関連では全国の都道府県の中で先駆けて在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)など、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に近い立場の関連施設の固定資産税を免税にしているほか、朝鮮大学校各種学校として認可している。

美濃部は1971年(昭和46年)、「都市外交の一環」を名目に、現職知事としては唯一の北朝鮮訪問を行っている。その際に金日成と面会を果たしており、その会談において、美濃部は、「私は1925年に大学を卒業して以来約40余年間マルクス経済学を勉強してまいりました。それ故に私は社会主義者であり、社会主義の実現を理想とする人間です。金日成元帥がなされたような活動は出来ませんでしたが、日本国内で私のなし得ることはやりました。・・このような立場にたっている私としては、貴国で進められている社会主義建設の早いテンポには非常に尊敬の念を抱いてきました」と発言し、社会主義下の平壌の現状を引き合いに「資本主義の負けは明らかである[31]」と断じたという。また、上述の朝鮮大学校の認可は金日成訪問の手土産であったとされる[31]




  1. ^ a b c d e f 正高, 近藤 (2017年4月15日). “ご存知ですか? 4月15日は美濃部亮吉都知事が誕生した日です”. 文春オンライン. 2020年2月21日閲覧。
  2. ^ 中川右介 (2016年7月18日). “一気にわかる都知事選の歴史と意外な「勝利の法則」”. 現代ビジネス. 2020年2月21日閲覧。
  3. ^ “【産経抄】朝鮮大学校認可 小池百合子都知事は過去の知事の過ちを正すか 9月21日”. 産経ニュース (産経新聞). (2016年9月21日). http://www.sankei.com/politics/news/160921/plt1609210002-n1.html 2016年10月25日閲覧。 
  4. ^ a b c d e 石原慎太郎. 歴史の十字路に立って: 戦後七十年の回顧. PHP研究所 
  5. ^ “日中関係打開めざした「保利書簡」 「いぶし銀の調整役」保利茂(7)”. 日本経済新聞. (2011年10月30日). https://r.nikkei.com/article/DGXNASFK2401G_V21C11A0000000 2017年5月3日閲覧。 
  6. ^ 姉妹友好都市関係樹立文書・合意書東京都政策企画局
  7. ^ 鈴木俊一名誉顧問(元都知事)が死去 | 認定NPO法人 東京都日本中国友好協会|日中友好協会
  8. ^ やまと新聞社やまと新聞 バックナンバー、昭和44年、11月6日「美濃部革新都政12年」「「都のし尿汲取り料の無料化は美濃部知事のつよい意向によって今年四月(昭和44年の)から実施されたものだが、この無料化を喜んでいるはずの主婦らがわずか半年余りで有料の復活を求める(以下略)」
  9. ^ a b c やまと新聞社やまと新聞 バックナンバー、昭和44年、11月6日「美濃部革新都政12年」『都営ギャンブル廃止で財源失う』「当時財務局長だった磯村光男現副知事は、そのころ年間百余億円の収益があった競争事業廃止に猛反対したといわれるが、知事は強行した。ギャンブル全盛の現在なら700億円の収入が得られると関係者が見ているだけに全く欲しい財源をなくしたものだ。このギャンブル廃止では、後楽園競輪場への九一七億円十二年間無利子貸付けなど莫大な廃止経費がかかっている。」
  10. ^ 「減らす分肩代わり 美濃部宣言に区が反逆」『中國新聞』昭和45年1月17日夕刊 7面
  11. ^ 柿澤弘治「霞ヶ関3丁目の大蔵官僚は、メガネをかけたドブネズミといわれる挫折感に悩む凄いエリートたちから」(学陽書房)
  12. ^ 香山健一『「革新自治体」時代の終り』月刊自由民主24〜37頁、1975年3月
  13. ^ 「お任せ」の政治から脱却するために――革新自治体という経験から学べること 『革新自治体』著者、岡田一郎氏インタビュー”. synodos.jp (2018年4月9日). 2020年2月21日閲覧。
  14. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)27頁
  15. ^ 近江宣彦「東京都美濃部都政における保育政策に関する先行研究の検討」長崎純心大学『純心人文研究』第9号、2003年
  16. ^ 全国社会福祉協議会『戦後保育所の歴史』1978年
  17. ^ 日比野登『美濃部都政の福祉政策』日本経済評論社、2002年
  18. ^ 佐島群巳・木谷要治・小沢紀美子著『環境教育指導事典』75頁、国土社(1996/09)
  19. ^ 写真その他(5)東京都環境局
  20. ^ 朝日新聞2008年5月25日朝刊1社会
  21. ^ 小児科 医師不足を加速させている小児医療費無料化政策に強く抗議し 条例の撤廃を求める・・・:医療経営財務協会ホームページ”. www.izai.net. 2019年12月1日閲覧。
  22. ^ <1960~70年代>  キーワード:「“老人医療費無料化”がもたらしたもの」”. archive.is. NHK (2017年10月18日). 2019年12月1日閲覧。
  23. ^ 高校無償化で「バラマキ教育」の競争が始まる - BIGLOBEニュース”. archive.is (2017年2月17日). 2019年12月1日閲覧。
  24. ^ もう失敗できない」都知事の間違えない選び方 明治大学教授・元都副知事 青山佾
  25. ^ 老人医療無料化制度の形成 と国民医療費呉 世榮
  26. ^ 東京都々知事たちの曰(いわく)列伝麻生千晶公式サイト
  27. ^ 柏市議会議員 上橋泉 柏市政研究会
  28. ^ 元東京都知事美濃部亮吉の発言「橋の哲学」の出典を知りたい。「・・・橋を造るとき住民の賛成を得なければ造らない」のような文言だった。(埼玉県立久喜図書館) |書誌詳細|国立国会図書館サーチ”. 2019年10月17日閲覧。
  29. ^ 八幡 和郎「歴代知事三〇〇人 日本全国「現代の殿さま」列伝」 (光文社新書)
  30. ^ 都知事・美濃部のコスト”. www.jice.or.jp. 一般財団法人国土技術研究センター (2014年9月9日). 2019年1月8日閲覧。
  31. ^ a b 【朝鮮大学校 60年の闇(中)】美濃部亮吉都知事が「援護射撃」 慎重論押し切り学校認可 金日成氏への“手土産””. 産経ニュース (2016年5月7日). 2019年5月15日閲覧。


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