塚田大願とは? わかりやすく解説

塚田大願

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 10:10 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動

塚田 大願(つかだ たいがん、1909年11月15日 - 1995年12月14日)は日本社会運動家労働運動家政治家参議院議員日本共産党公認、1期)。幼名は武次。

来歴

戦前

新潟県南蒲原郡中之島村[1]出身。上京し拓殖大学へ入ると労働運動に参加、1930年日本労働組合全国協議会(全協)傘下の日本交通運輸労働組合の活動家となるが、2度検挙されたため大学を中退する。1932年には全協中央常任委員に就任すると共に、日本共産党へ入党し日本共産青年同盟[2]中央委員長に就く。治安維持法違反の廉で1933年に3度目の検挙となり、懲役5年を言い渡される。1940年には満期出所するが、翌年太平洋戦争勃発につき検挙され、2年後出所となる。

戦後

共産党本部でオルグ活動を行う傍ら、1961年中央委員に就任し、1971年第9回参議院議員通常選挙全国区から出馬し初当選。参議院議員を1期務めた後、1977年第10回参議院議員通常選挙には立候補せず引退を表明した。

政界引退後は党中央委員会顧問(1985年就任)などをしていたが、1995年12月14日、多発性脳梗塞により埼玉県三郷市の病院で死去。86歳。

著書

  • 『共産青年同盟の歴史:青年運動のかがやく伝統』日本青年出版社、1968年
  • 『良寛の生き方』ゆぴてる社、1986年
  • 『ラオスの回想記』光陽出版社、1995年4月 ISBN 4876621500

脚注

  1. ^ 中之島町を経て現在は長岡市
  2. ^ 日本民主青年同盟の前身

参考文献





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「塚田大願」の関連用語

塚田大願のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



塚田大願のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの塚田大願 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS