淺沼 稲次郎とは?

淺沼 稲次郎 (あさぬま いねじろう)

1898〜1960 (明治31年昭和35年)
社会運動家60年安保闘争指揮演説暗殺された社会党委員長
大正昭和期社会運動家政治家東京都三宅島出身早大在学中に建設者同盟組織し、卒業後は農民組合運動に投じた。1936年昭和11以来衆議院議員当選9回。45年日本社会党結成参加60年委員長となって安保闘争指揮したが、10月12日日比谷公会堂演説中、右翼少年刺され死亡

 年(和暦)
1903年 (明治36年) 江戸開府300年 5才
1904年 (明治37年) 日露戦争 6才
1907年 (明治40年) 足尾銅山暴動 9才
1910年 (明治43年) 韓国併合 12
1918年 (大正7年) 米騒動 20才
1923年 (大正12年) 関東大震災 25
1928年 (昭和3年) ■初の普通選挙実施 30
1932年 (昭和7年) 五・一五事件 34
1936年 (昭和11年) 二・二六事件 38
1941年 (昭和16年) ■対英米宣戦布告 43
1945年 (昭和20年) ポツダム宣言受諾 47
1946年 (昭和21年) 日本国憲法公布 48
1951年 (昭和26年) サンフランシスコ講和条約 53
1953年 (昭和28年) テレビ放送開始 55
1956年 (昭和31年) 国際連合加盟 58
1960年 (昭和35年) 東京タワー完成 62
1960年 (昭和35年) 日米新安保条約調印 62


 人物
芥川 龍之介 1892年1927年 (明治25年昭和2年) +6
西条 八十 1892年1970年 (明治25年昭和45年) +6
早川 徳次 1893年1980年 (明治26年昭和55年) +5
加藤 シヅエ 1897年2001年 (明治30年平成13年) +1
土方 与志 1898年1959年 (明治31年昭和34年) 0
溝口 健二 1898年1956年 (明治31年昭和31年) 0
近衛 秀麿 1898年1973年 (明治31年昭和48年) 0
吉野 源三郎 1899年1981年 (明治32年昭和56年) -1
田河 水泡 1899年1989年 (明治32年平成元年) -1
阪東 妻三郎 1901年1953年 (明治34年昭和28年) -3
小林 秀雄 1902年1983年 (明治35年昭和58年) -4
近藤 真柄 1903年1983年 (明治36年昭和58年) -5
古川 縁波 1903年1961年 (明治36年昭和36年) -5
美濃部 亮吉 1904年1984年 (明治37年昭和59年) -6
堀 辰雄 1904年1953年 (明治37年昭和28年) -6
榎本 健一 1904年1970年 (明治37年昭和45年) -6

浅沼稲次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/04 23:17 UTC 版)

浅沼 稲次郎(あさぬま いねじろう、旧字体淺沼 稻次郞1898年(明治31年)12月27日 - 1960年(昭和35年)10月12日)は、日本政治家東京府三宅村(現在の東京都三宅村)出身。日本社会党書記長、委員長を歴任。巨体と大きな声で全国を精力的に遊説する姿から、「演説百姓[注釈 1][1][2]」「人間機関車」の異名を取り、また「ヌマさん」の愛称で親しまれた。しかし、1960年10月12日に日比谷公会堂で開催された3党首立会演説会で演説中に当時17歳の反共主義者少年山口二矢に刺殺されるという事件(浅沼稲次郎暗殺事件)により、非業の死を遂げた。




注釈

  1. ^ 浅沼稲次郎『私の履歴書』によると、田所輝明の戯れ歌が出典。田所輝明『無産党十字街』では、「ある同志」の歌としている。

出典

  1. ^ a b c d 浅沼稲次郎『私の履歴書』:新字新仮名 - 青空文庫
  2. ^ 田所輝明『無産党十字街』先進社、1932年、 p. 69.
  3. ^ 『昭和の代議士』楠精一郎 文春新書
  4. ^ a b 【安保改定の真実(7)】先鋭化する社会党「米帝は日中の敵!」 5・19強行採決で事態一転…牧歌的デモじわり過激化 そして犠牲者が”. 産経ニュース (2015年9月22日). 2019年1月17日閲覧。
  5. ^ 沢木耕太郎『テロルの決算』 p161-164
  6. ^ 鈴木徹三 「戦後社会運動史資料論――鈴木茂三郎」 『大原社会問題研究所雑誌』 517号、2001年12月http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/517/ 鈴木徹三は鈴木茂三郎の子。
  7. ^ 早稲田大学漕艇部 伝統 WASEDA CLUB
  8. ^ 文藝春秋編『弔辞 劇的な人生を送る言葉』(文春新書2011年)所収。
  9. ^ 若宮啓文『忘れられない国会論戦』中公新書 1206 中央公論社 1994年 ISBN 4121012062
  10. ^ 早坂茂三『オヤジの知恵』 集英社インターナショナル 1999年、p79
  11. ^ “:浅沼胸像、やっと新居へ 重さ2トン→470キロで実現”. 朝日新聞. (2013年5月17日). http://www.asahi.com/politics/update/0517/TKY201305170007.html 2013年5月17日閲覧。 


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