山形県 歴史

山形県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/26 08:49 UTC 版)

歴史

古代

今から約3万年前頃(後期旧石器時代)に大型哺乳動物(ナウマンゾウオオツノシカヘラジカなど)を狩猟する人々が山形に現れた。その時代の遺跡として最上川(真木遺跡朝日町、明神山遺跡寒河江市)や荒川(荒川遺跡小国町)・赤川などの主要河川やその支流の河岸段丘上に100カ所以上見つかっている。それらの遺跡からは、槍先に使う斜軸尖頭器や木の枝や骨に溝を付けそこに埋め込み利器とした石刃などの狩猟用道具が多く発見されている。

縄文時代の遺跡も数多く確認されているが、三崎山遺跡(飽海郡遊佐町)では大陸との交易によって入手したとみられる約3000年前の青銅刀子が出土している[3]。日本国内での出土例としては最も古い部類に入る。日本海の海運によって弥生文化の伝搬も早期にもたらされたが、弥生後期には続縄文文化が県内を南下し、寒冷化による村落の水没とも相まって最上川流域では稲作が衰退した[4]

山形県で古墳文化が到来した時期は、思いのほか早く(海上の日本海側の交易ルートは新潟の糸魚川産の翡翠などの例もあるように古代から拓けていたため)、米沢盆地内の米沢市摘山古墳や南陽市蒲生田山2号墳- 4号墳は、4世紀前半には造営されていた。そして、県内最大、東北5番目の大きさを誇る前方後円墳稲荷森古墳(全長96m、南陽市)が出現したのは西暦375年400年古墳時代の4世紀頃であった[5]

当初、庄内地方は越後国の、置賜・村山・最上地方は陸奥国の一部であったが、越後国からの要請があり、和銅元年(708年出羽(でわ)郡が置かれた。出羽は初め「いでは」と読み「出端」の意味で、越後の国からみて北端に出ていたことから命名されたと言われている。さらに翌年、出羽柵が設置された。出羽郡の範囲は、ほぼ最上川より以南の庄内地方を指していたらしいが、位置についての説は色々あって確定していない。和銅5年9月23日(712年10月27日)[6]、出羽国建国が奏上され、元明天皇から裁可されて、同年(10月)に陸奥の国から最上置賜の2郡を分けて出羽郡に合併し、出羽国が設けられ、庄内に国府が置かれた(城輪柵[7]仁和2年(886年)最上郡が2郡に分割され、北が村山郡、南が最上郡となる。この頃には羽州街道も整備されている。県名は、山の近くという意味の町名、山方に由来すると言う。

時期・規模については諸説あるが、最上川中流域(寒河江市・天童市・河北町・東根市・村山市)に藻が湖という湖があったといい、行基・円仁らによって川道開削が行われ、縮小消滅したという伝承が残る[8]。また「最上」の語源になったともいう。

中世

平安時代山形県地域には数多くの荘園が見られ、その多くは摂関家荘園であった。後期になると奥州藤原氏が荘園を管理したが、その滅亡と共に地頭請の武士たちが入部した(武藤氏(庄内大泉荘)、大江氏長井荘寒河江荘)、里見氏(成生荘)など)。南北朝時代には陸奥国奥州探題斯波氏が分派して山形に勢力を扶植し、地名を採って最上氏と称した。また、室町時代初期に陸奥国伊達郡を拠点としていた伊達氏が置賜地方に侵攻し、長井氏領を支配下においた。

戦国時代最上郡(現・村山地方)の最上氏、置賜郡の伊達氏天文の乱の後、本拠を伊達郡から米沢に移した)、庄内の大宝寺氏が割拠した。最上氏は最上義光、伊達氏は伊達政宗の名将が登場し、一大版図を築いた。豊臣秀吉奥州仕置と米沢への上杉氏の転封により、関ヶ原の戦いにおいては、会津・上杉軍と山形・最上氏との間で激戦が繰り広げられた。(長谷堂城の戦い

近世

江戸時代初期に最上氏が改易となると、山形藩鳥居忠政が入り、その縁戚関係として庄内藩酒井忠勝新庄藩戸沢政盛上山藩松平重忠が入った。その他、米沢藩米沢新田藩、(出羽)松山藩(→松嶺)、天童藩長瀞藩の各藩と20万石に及ぶ天領があった。明治時代の地方区分では、羽前国全域と、羽後国飽海郡が、現在の山形県に相当する。

河道整備や舟運の発達により最上川が主要な輸送ルートとなり、流域では商業が発展し上方の文化が移入した。

近代

明治時代の初代山形県庁
明治14年の山形県庁前
2代目山形県庁舎(文翔館



注釈

  1. ^ 1997年に同社がパッシブ駆動方式有機ELディスプレイに量産成功して以来、最近では有機ELを核とした有機エレクトロニクス関連産業集積による産業おこしを行っている。これは、有機EL研究の世界的権威である山形大学工学部城戸教授の基盤研究を活用するためである。
  2. ^ 山形県の民放TVが4局出揃ったのはさくらんぼテレビが開局した1997年4月1日で、日本国内で最後に民放TV4局化が完了した(東北6県では宮城・福島・岩手に次いで4番目)。

出典

  1. ^ 全国都道府県市区町村別面積調 国土地理院 2013年11月28日閲覧
  2. ^ 平成27年 山形県の人口と世帯数について(山形県)
  3. ^ 横山昭男・誉田慶信・伊藤清郎・渡辺信『山形県の歴史』p.21-22
  4. ^ 横山昭男・誉田慶信・伊藤清郎・渡辺信『山形県の歴史』p.26
  5. ^ 誉田慶喜「山形の夜明け」28-30ページ(横山昭男・誉田慶信・伊藤清郎・渡辺信『山形県の歴史』山川出版社 2003年2月)
  6. ^ 『続日本紀』
  7. ^ 誉田慶喜「出羽国のはじまり」38-40ページ(横山昭男・誉田慶信・伊藤清郎・渡辺信『山形県の歴史』山川出版社 2003年2月)
  8. ^ 保角里志『東北の歴史』
  9. ^ 東北運輸局『管内高速バス輸送実績』
  10. ^ 総務省『国勢調査』(平成17年)
  11. ^ 厚生労働省『病院報告』(2006年)
  12. ^ 平成28年度学校基本調査 - 文部科学省、平成28年12月22日発表。
  13. ^ 全国方言一覧辞典 学研
  14. ^ 『47都道府県うんちく事典』263頁出版社-PHP文庫・執筆者-八幡和郎
  15. ^ おらほの自慢【蒟蒻(こんにゃく)】 山形県ホームページ
  16. ^ 山形県のインバウンド需要” (日本語). 訪日ラボ. 2020年6月26日閲覧。
  17. ^ 山形県観光振興課『山形県観光者数調査』
  18. ^ a b c 山形県名誉県民条例 (PDF) - 山形県、2019年7月28日閲覧。
  19. ^ 山形県の名誉県民・県民栄誉賞制度について - 山形県、2019年7月28日閲覧。
  20. ^ a b c d e f g h i j k 山形県名誉県民・山形県県民栄誉賞 - 山形県、2019年7月28日閲覧。
  21. ^ a b 山形県県民栄誉賞規則 (PDF) - 山形県、2019年7月28日閲覧。





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