豊饒の海 豊饒の海の概要

豊饒の海

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/01/03 14:53 UTC 版)

豊饒の海
The Sea of Fertility
著者 三島由紀夫
イラスト 装幀:村上芳正(全巻共通)
カバー書:加屋霽堅(奔馬)
カバー画:三島瑤子(天人五衰)
発行日 1969年1月5日(春の雪)
1969年2月25日(奔馬)
1970年7月10日(暁の寺)
1971年2月25日(天人五衰)
発行元 新潮社
ジャンル 長編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本 布装・貼函
ページ数 269(春の雪)、402(奔馬)、
341(暁の寺)、271(天人五衰)
公式サイト [1][2][3][4]
コード

NCID BN04808298NCID BN01612110NCID BN04808436

NCID BN04808549
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第一巻は貴族の世界を舞台にした恋愛、第二巻は右翼的青年の行動、第三巻は唯識論を突き詰めようとする初老の男性とタイ王室の官能的美女との係わり、第四巻は認識に憑かれた少年と老人の対立が描かれている。構成は、20歳で死ぬ若者が、次の巻の主人公に輪廻転生してゆくという流れとなり、仏教唯識思想、神道一霊四魂説、の「シテ」「ワキ」、春夏秋冬などの東洋伝統を踏まえた作品世界となっている。また様々な「仄めかし」が散見され、読み方によって多様な解釈可能な、に満ちた作品でもある[3]

〈豊饒の海〉とは、月の海の一つである「Mare Foecunditatis」(ラテン語名)の和訳で[注釈 1]、〈月修寺〉のモデルとなった寺院は奈良市の「圓照寺」である。なお、最終巻の末尾と、三島の初刊行小説『花ざかりの森』の終り方との類似性がよく指摘されている[4][5]




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注釈

  1. ^ こんにちでは「豊かの海」と訳されることが多いが、以前は「豊饒の海」と訳されることも多かった。
  2. ^ 浜松中納言物語』は、美しい中納言が許されぬ悲恋に嘆いた末、亡父がの第三王子に生まれ変わっているとの夢を見て船出してゆくという「夢と転生」の王朝文学である[10]。その主題は、「もし夢が現実に先行するものならば、われわれが現実と呼ぶもののはうが不確定であり、恒久不変の現実といふものが存在しないならば、転生のはうが自然である」という考えが貫かれている[11]
  3. ^ この最後の〈バルタザールの死〉というのは、正確には「バルダサール」で、プルーストの短編『バルダサール・シルヴァンドの死』の主人公のことである。プルーストは、インドに向かう船を窓越しに眺めながら、村の鐘の音に過去の記憶を思い出し幸福な臨終を迎えるバルダサールを描いている[17]
  4. ^ 手紙の続きは、以下のように綴られている。「それはさうと、昨今の政治状勢は、小生がもし二十五歳であつて、政治的関心があつたら、気が狂ふだらう、と思はれます。偽善、欺瞞の甚だしきもの。そしてこの見かけの平和の裡に、症状は着々と進行し、失つたら二度と取り返しのつかぬ『日本』は、無視され軽んぜられ、蹂躙され、一日一日影が薄くなつてゆきます。戦後の『日本』が、小生には、可哀想な若い未亡人のやうに思はれてゐました。良人といふ権威に去られ、よるべなく身をひそめて生きてゐる未亡人のやうに。」[27]
  5. ^ 三島は今西康のことを、「あれは誰が見たって澁澤龍彦だってことが分っちゃうだろ。だから、わざと背を高く、たかーくしてあるんだよ」と言ったとされる[36]
  6. ^ 三島は、取材や想が熟さないところは後回しにして、書けるところから書く方法を取り、8月24日頃に最終回部分(第26-30章)を概ね書き上げ、原稿のコピーを新潮社の出版部長・新田敞に渡している[28][2]。また8月11日に下田東急ホテルに滞在中の三島を訪ねてきたドナルド・キーンに終結部の原稿を示したが、キーンは遠慮して読まなかったという[37]
  7. ^ 三島があえて〈十九年前〉と登場人物に言わせ、作品発表から遡った昭和天皇人間宣言の年を暗示させているともとれる箇所がある[65]
  8. ^ 三島は『文化防衛論』で、「日本文化は、本来オリジナルとコピーの弁別を持たぬ」と論じている[64]
  9. ^ 三島は『春の雪』執筆中の1966年(昭和41年)10月時点、「僕は人間がどうやって神になるかという小説を書こうと思っています。藤原定家のことです」と林房雄との対談で語っているため[14]
  10. ^ 時代設定は1974年(昭和49年)時点であるので、この60代の老人と、生きていればその時点で49歳の三島とは年齢的には符合していない。

出典

  1. ^ a b c d e f g h 「『豊饒の海』について」(毎日新聞夕刊 1969年2月26日号)。35巻 2003, pp. 410-412
  2. ^ a b c d e f g 「第十二回 究極の小説『豊饒の海』(一)」「第十三回 究極の始まり『豊饒の海』(二)」(徹 2010, pp. 159-185)
  3. ^ a b c d e 佐藤秀明「〈作品解説〉豊饒の海」(太陽 2010, pp. 108-121)
  4. ^ a b c 「大団円『豊饒の海』」(奥野 2000, pp. 421-450)
  5. ^ a b c d e 井上隆史「豊饒の海」(事典 2000, pp. 335-345)
  6. ^ 「作品目録」(42巻 2005, pp. 377-462)
  7. ^ 「著書目録――目次」(42巻 2005, pp. 540-561)
  8. ^ 久保田裕子「三島由紀夫翻訳書目」(事典 2000, pp. 695-729)
  9. ^ 「私の近況――『春の雪』と『奔馬』の出版」(新刊ニュース 1968年11月15日号)。35巻 2003, pp. 295-296
  10. ^ a b c d 「数奇なドラマ展開――著者との対話」(名古屋タイムズ 1968年12月16日号)。13巻 2001解題
  11. ^ 「夢と人生」(『日本古典文学大系77 篁物語・平中物語浜松中納言物語』月報 岩波書店、1964年5月)。33巻 2003, pp. 46-48
  12. ^ 「『豊饒の海』について」(『春の雪』『奔馬』広告用ちらし・新潮社1969年4月)。35巻 2003, p. 447
  13. ^ a b ドナルド・キーン宛ての書簡」(昭和45年10月3日付)。38巻 2004, pp. 451-452
  14. ^ a b 林房雄との対談『対話・日本人論』(番町書房、1966年10月。夏目書房、2002年3月増補再刊)。39巻 2004, pp. 554-682
  15. ^ a b c d e 中村光夫との対談『対談・人間と文学』(講談社、1968年4月)。40巻 2004, pp. 43-175
  16. ^ a b c d e f g h i j k 「『豊饒の海』創作ノート」(14巻 2002
  17. ^ a b c d e f g h 「第一章 幸魂の小説――『豊饒の海』の構想」(井上・遺作 2010, pp. 19-44)
  18. ^ a b c 「小説とは何か 十一」(波 1970年5・6月号)。34巻 2003, pp. 737-742
  19. ^ a b c 「第七章 神々の黄昏」(井上・遺作 2010, pp. 161-189)
  20. ^ 川端康成宛ての書簡」(昭和44年8月4日付)。38巻 2004, pp. 306-309
  21. ^ a b 「第五章 文と武の人」(佐藤 2006, pp. 144-205)
  22. ^ 」(市ヶ谷駐屯地にて撒布 1970年11月25日)。36巻 2003, pp. 402-406
  23. ^ a b c d 「第八章 〈神〉となるための決起――『天人五衰』と1970年11月25日」(柴田 2012, pp. 231-267)
  24. ^ a b c 「IV 行動者――訣別」(村松 1990, pp. 469-503)
  25. ^ a b c d 武田泰淳との対談「文学は空虚か」(文藝 1970年11月号)。40巻 2004, pp. 689-722
  26. ^ 古林尚との対談「三島由紀夫 最後の言葉」(図書新聞 1970年12月12日、1971年1月1日号)。(新潮カセット版1989年4月、CD版2002年6月)。群像18 1990, pp. 205-228、40巻 2004, pp. 739-782
  27. ^ a b c 清水文雄宛ての書簡」(昭和45年11月17日付)。38巻 2004, pp. 628-630
  28. ^ a b c d e f g h 「年譜 昭和40年-昭和45年」(42巻 2005, pp. 269-334)
  29. ^ a b c 「『春の雪』について」(出版ニュース 1969年7月下旬号)。35巻 2003, pp. 515-516
  30. ^ 岡山典弘「三島由紀夫と橋家 もう一つのルーツ」(研究11 2011
  31. ^ a b c d e 荒木 1971西法 2007
  32. ^ 「IV 行動者――集団という橋」(村松 1990, pp. 443-468)
  33. ^ 工藤美代子『昭和維新の朝――二・二六事件と軍師 齋藤瀏』(日本経済新聞出版社、2008年1月)pp.336-337 ISBN 978-4532166489
  34. ^ 「三十二 三島の霊と話をしていた川端康成」(岡山 2014, pp. 159-163)
  35. ^ 「インドの印象」(毎日新聞 1967年10月20日-21日号)。34巻 2003, pp. 585-594
  36. ^ a b c 「幻の月光姫――『暁の寺』のくしび」(ポリタイア 1973年9月号)。小島 1996, pp. 61-80
  37. ^ 「33 三島由紀夫の自決」(クロ 2007, pp. 251-259)
  38. ^ 森川達也「書評」(図書新聞 1969年3月22日号)。事典 2000, pp. 337-339
  39. ^ 北村耕「三島由紀夫の小説世界」(赤旗新聞 1969年3月23日号)。事典 2000, pp. 337-339
  40. ^ 桶谷秀昭日本経済新聞 1969年1月12日号)。事典 2000, pp. 337-339
  41. ^ 福田宏年東京新聞 1969年1月23日号)。事典 2000, pp. 337-339
  42. ^ 奥野健男「文芸時評」(読売新聞夕刊 1969年1月29日号)。事典 2000, pp. 337-339
  43. ^ 佐伯彰一「文芸時評」(読売新聞夕刊 1969年1月29日号)。事典 2000, pp. 337-339
  44. ^ 阿川弘之「文芸時評」(毎日新聞 1969年2月9日号)。事典 2000, pp. 337-339
  45. ^ 村上一郎「書評」(週刊読書人 1969年3月24日号)。『浪曼者の魂魄』(冬樹社、1969年)所収。事典 2000, pp. 337-339
  46. ^ 高橋英夫「『春の雪』」(中央公論 1969年5月号)。群像18 1990事典 2000, pp. 337-339
  47. ^ 「第九章 失われた時への出発」(野口 1968, pp. 221-243)
  48. ^ 野口武彦「ライフワークたる本面目を発揮」(群像 1969年4月号)。事典 2000, pp. 337-339
  49. ^ a b 澁澤龍彦「輪廻と転生のロマン」(波 1969年4月号)。澁澤 1986, pp. 92-103
  50. ^ a b c 川端康成「三島由紀夫『豊饒の海』評」(1968年12月)。雑纂1 1982, p. 272
  51. ^ 川端康成「三島由紀夫」(新潮 1971年1月号)。群像18 1990, pp. 229-231
  52. ^ 佐伯彰一「文芸時評」(読売新聞夕刊 1970年7月27日号)。事典 2000, pp. 337-339
  53. ^ 池田弘太郎「書評」(週刊読書人 1970年8月3日号)。事典 2000, pp. 337-339
  54. ^ 田中美代子「覗く者と覗かれる者の密通劇」(波 1970年7月8日号)。『ロマン主義者は悪党か』(新潮社、1971年)所収。事典 2000, pp. 337-339
  55. ^ 磯田光一「“見えすぎる眼”の情欲」(群像 1970年10月号)。『磯田光一著作集1』(小沢書店、1990年)所収。事典 2000, pp. 337-339
  56. ^ 磯田光一「『豊饒の海』四部作を読む」(新潮 1971年1月号に掲載)。『磯田光一著作集1』(小沢書店、1990年)所収。事典 2000, pp. 337-339
  57. ^ 田中美代子「書評」(週刊読書人 1971年3月15日号)。『日本文学研究資料叢書 三島由紀夫』(有精堂、1972年)所収。事典 2000, pp. 337-339
  58. ^ 粟津則雄「『豊饒の海』論」(日本読書新聞 1971年5月31日-6月21日号)。事典 2000, pp. 337-339
  59. ^ a b c 澁澤龍彦「ニヒリズムの凄惨な格闘」(文藝 1971年5月号)。澁澤 1986, pp. 86-91
  60. ^ 奥野健男「死との凄絶で孤独な闘い」(朝日ジャーナル 1971年5月号)。事典 2000, pp. 337-339
  61. ^ a b 「第十章 虚無の極北の小説」(井上・遺作 2010, pp. 230-250)
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  63. ^ a b c 「第六章 「みやび」としてのテロリズム――二・二六事件と『春の雪』」(柴田 2012, pp. 166-199)
  64. ^ a b c 文化防衛論」(中央公論 1968年7月号)。35巻 2003, pp. 15-51
  65. ^ 「第五章 現実への断念と彼岸への超出――『サド侯爵夫人』と戦後日本批判」(柴田 2012, pp. 134-165)
  66. ^ 「第七章 世界を存在させる『流れ』とは――『豊饒の海』の転生とアーラヤ識」(柴田 2012, pp. 200-231)
  67. ^ 「第四章 憂国の黙契」(生涯 1998, pp. 233-331)
  68. ^ 亡命 2007
  69. ^ a b 「徹底した関係論としての仏教」(発言者 1998年6月号)。宮崎 2001, pp. 127-131
  70. ^ a b c 「第二章 戦後天皇制に挑戦した三島由紀夫」(小室 1985, pp. 47-100、小室 1990, pp. 54-111)
  71. ^ a b c 「第三章 雪の転生」「第四章 瞼の転生」(柏倉 2000, pp. 87-130)
  72. ^ a b c 「作中人物への傾斜」(ポリタイア 1973年10月号)。小島 1996, pp. 81-126
  73. ^ エレノア・コッポラ原田真人ほか訳)『ノーツ コッポラの黙示録』(マガジンハウス、1992年8月 ISBN 4838703945)、新訳版(岡山徹訳)『「地獄の黙示録」撮影全記録』(小学館文庫 2002年、ISBN 4094025669
  74. ^ 島田雅彦「『みやび』なアナーキスト」(続・中条 2005, pp. 233-278)
  75. ^ 市川雷蔵『雷蔵、雷蔵を語る』(あとがき:藤井浩明)(飛鳥新社、1995年11月。朝日文庫、2003年9月)







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