千葉ロッテマリーンズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 08:14 UTC 版)
マリーンズファンと応援スタイル
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- ユニフォーム右袖 LOTTE(1992年度 - ビジター用ユニは1992年度 - 2013年度、2019年度 - )
- ユニフォーム右胸 Gungho(2017年度 - )
- パンツ右側 フクダ電子(2018年度 - )
- ヘルメット LOTTE、新昭和(2020年度 - )
- キャップ左側 住宅情報館(2016年度 - )
歴代本拠地
- 1950年 - 1962年 後楽園球場 ※1
- 1962年 - 1972年 東京スタジアム ※1
- 1973年 - 1977年 宮城球場 ※2
- 1978年 - 1991年 川崎球場
- 1992年 - 千葉マリンスタジアム ※3
- ※1 1962年5月まで後楽園を使用、同年6月より東京スタジアムへ移転。
- ※2 東京スタジアムの閉鎖に伴う暫定処置。1973年シーズンは地域保護権を東京都に置き、宮城球場と首都圏の他球団本拠地などで主催公式戦を行った(このため名目上の専用球場としての届け出はこの年できなかった)。同年12月21日の実行委員会で翌1974年から暫定的に保護地域を宮城県に移転することが決まり、1974年から1977年の間は同県を保護地域とした。しかし球団事務所は従来と同じく東京都に置き、試合の開催方法も1973年とほぼ同様だった。
- ※3 呼称は2011年3月から2016年11月までは「QVCマリンフィールド」、2016年12月からは「ZOZOマリンスタジアム」
- なお、埼玉県さいたま市南区には二軍本拠地としてロッテ浦和球場が存在する。
歴代監督
※太字はリーグ優勝、◎は日本一
代 | 氏名 | 就任[※ 1] | 退任[※ 2] | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|
毎日オリオンズ | 1 | 湯浅禎夫◎[※ 3] | 1950年 | 1952年7月27日 | 1950年のみ選手兼任監督 ここから毎日オリオンズ |
2 | 別当薫(第1次) | 1952年7月30日 | 1952年 | 選手兼任監督 | |
3 | 若林忠志[※ 4] | 1953年 | 1953年 | ||
4 | 別当薫(第2次) | 1954年 | 1959年 | ここから毎日大映オリオンズ | |
毎日大映オリオンズ | |||||
5 | 西本幸雄 | 1960年 | 1960年 | ||
6 | 宇野光雄 | 1961年 | 1962年 | ||
7 | 本堂保次[※ 5] | 1963年 | 1965年 | ここから東京オリオンズ | |
東京オリオンズ | |||||
8 | 田丸仁 | 1966年 | 1966年 | ||
9 | 戸倉勝城[※ 6] | 1967年 | 1967年8月14日 | ||
10 | 濃人渉[※ 7] | 1967年8月15日 | 1971年7月23日 | ここからロッテオリオンズ 1971年7月24日から終了まで二軍監督 | |
ロッテオリオンズ | |||||
11 | 大沢啓二 | 1971年7月24日 | 1972年 | 1969年から1971年7月23日まで二軍監督 | |
12 | 金田正一(第1次)◎[※ 8] | 1973年 | 1978年 | ||
13 | 山内一弘 | 1979年 | 1981年 | ||
14 | 山本一義 | 1982年 | 1983年 | ||
15 | 稲尾和久 | 1984年 | 1986年 | ||
16 | 有藤道世 | 1987年 | 1989年 | ||
17 | 金田正一(第2次)[※ 9] | 1990年 | 1991年 | ||
千葉ロッテマリーンズ | |||||
18 | 八木沢荘六[※ 10] | 1992年 | 1994年 | ここから千葉ロッテマリーンズ | |
19 | ボビー・バレンタイン(第1次) | 1995年 | 1995年 | ||
20 | 江尻亮[※ 11] | 1996年 | 1996年 | ||
21 | 近藤昭仁 | 1997年 | 1998年 | ||
22 | 山本功児 | 1999年 | 2003年 | ||
23 | ボビー・バレンタイン(第2次)◎[※ 12] | 2004年 | 2009年 | ||
24 | 西村徳文◎[※ 13] | 2010年 | 2012年 | ||
25 | 伊東勤 | 2013年 | 2017年 | ||
26 | 井口資仁 | 2018年 |
永久欠番
- 26 マリーンズファン(2005年 - )- 千葉ロッテマリーンズは2005年度以降、背番号26を東北楽天ゴールデンイーグルスの10番同様にファンのための欠番としている(ベンチ入り25人に次ぐ「26番目の戦士」の意)。最後に26を付けた選手は酒井泰志(2003年 - 2004年)。試合中はダッグアウトの壁に、個人ネームがなく背番号26だけが付いたユニフォームシャツがハンガーで掛けられており、試合に勝った時には、ヒーローインタビューを受けた選手が、ファンへの感謝を込めてそのユニフォームをファンの前に掲げる(マスコットのマーくんが掲げることもある)。2006年からはこれにちなみ、ファンクラブ制度を大幅にリニューアル、TEAM26と命名する。
- ^ 日付はシーズン途中で就任した場合のみ記載。
- ^ 日付はシーズン途中で退任した場合のみ記載(休養は含まない)。その他は原則として年度末退任。
- ^ 登録上は総監督。1952年は平和台事件の責任を取り辞任。
- ^ 登録上は1950年 - 1952年も監督だが、実際の指揮は総監督の湯浅が執っており、公式記録上も湯浅が監督として扱われている。1952年は平和台事件の責任を取り、湯浅と共に7月27日までで辞任。
- ^ 1965年は6月17日から7月1日まで病気休養。その間は濃人渉が代行。
- ^ 1967年は6月20日から7月31日まで休養。その間は濃人渉が代行。その後、8月14日に解任。
- ^ 1971年は7月13日の放棄試合の責任を問われ、7月23日に二軍監督に降格。
- ^ 1975年は4月23日から5月5日まで病気療養。その間高木公男が代行。
- ^ 1990年は6月24日から30日間の出場停止処分を受けたため、その間は徳武定之が代行。
- ^ 1994年は8月2日から休養、残り試合は中西太が代行。
- ^ 1996年は8月23日から25日まで病気療養、その間は江藤省三が代行。
- ^ レギュラーシーズン2位からプレーオフを制してパリーグ1位。
- ^ 優勝は達成無し、クライマックスシリーズを制して日本一を達成。
注釈
- ^ ただし、2010年はクライマックスシリーズを優勝して年間勝率3位から日本一になっており、日本一から最も長く遠ざかっているのは広島東洋カープで、最後の日本一は1984年まで遡る。
- ^ 一部の資料[要出典]では「株式会社大映毎日球団」とする記述もある。
- ^ 毎日新聞社がオリオンズの経営から手を引いたのち、元毎日新聞社社長の小池唯夫がパ・リーグ会長を務めた時期がある。
- ^ 本塁打95本、被本塁打76本。
- ^ ただし、プレーオフ勝者をリーグ優勝としていた2005年に優勝はしており、優勝から最も長く遠ざかっているのは横浜DeNAベイスターズで、最後の優勝は横浜ベイスターズ時代の1998年まで遡る。
- ^ 球団の経営権利譲渡で、連盟登記の球団名やユニフォームなどを全て従来のままとしたケースはこれが初めてであり、類似のケースとしては2001年の横浜ベイスターズが挙げられる(球団をマルハからTBSに譲渡した時、連盟登記の球団名やユニフォームなどは全て従来のままとした)。
- ^ 他に有藤通世27本、江藤愼一25本、アルト・ロペス24本、山崎裕之21本。
- ^ 野球協約が制定される以前は、阪神電気鉄道が東京ジャイアンツの株式を、読売新聞社が大阪タイガースの株式を、互いに持ち合った事例がある。
- ^ ただし、プレーオフ勝者をリーグ優勝としていた2005年に優勝はしており、優勝から最も長く遠ざかっているのは横浜DeNAベイスターズで、最後の優勝は横浜ベイスターズ時代の1998年まで遡る。
- ^ 大洋時代の1961年から横浜時代の1997年まで。
- ^ その後、1998年に現在の球団寮が竣工した。
- ^ その後、ホールは中日ドラゴンズに移籍するも、両膝を故障した影響で途中退団。
- ^ イチロー(オリックス・ブルーウェーブ)、田中幸雄(日本ハムファイターズ)と3人並んで80打点のタイ記録。
- ^ プレーオフ第2ステージ勝利チームがリーグ優勝チームとされていた。
- ^ この年のアジアシリーズも初回大会であり、毎日時代のパ・リーグのリーグ戦、日本シリーズ、ロッテ時代のセ・パ交流戦、アジアシリーズと4つの初代王者の称号を手に入れたことになる。
- ^ 同一チームから2ケタ勝利投手が6人出たのは1956年と1963年の南海ホークス以来である。
- ^ パ・リーグでは1966年の東映対阪急戦以来41年ぶり2回目の出来事。
- ^ 開幕2連戦の引き分けはパ・リーグでは1974年のロッテ対阪急戦以来33年ぶり2回目の出来事となった。
- ^ ただし、2010年も引き続き使用されていた応援歌やテーマも2011年以降は長らく採用されず、2016年には復活させる試みもあったものの、外野応援団・MVPのメンバーから抗議を受け、取り止めになっている。
- ^ 当時は前後期の首位同士のプレーオフの結果で優勝チームを決定しており、1973年のプレーオフに勝利した南海はシーズン3位扱いではなく、リーグ優勝扱いであった点が異なる。シーズン3位として日本シリーズに進出したのは2010年ロッテが初。
- ^ シーズンの通期勝率が2位以下で日本一となった例は1975年の阪急、1982年の西武、2005年のロッテがあるが、各当時のルールでは全てリーグ優勝の扱いとなっていた。
- ^ セ・リーグでは2007年の中日が2位から日本一となっている。
- ^ 本来は3月25日のKスタ宮城での楽天戦だった。
- ^ これまでの記録は1958年の435。
- ^ 同年は近鉄が27本、中西太(西鉄)31本、山内和弘(毎日)28本。
- ^ 巨人時代の登録名は本名の大村三郎。
- ^ ただし、平成17年(2005年)では第2位の状態でプレーオフを制してリーグ優勝し、そのまま日本一となっている。
- ^ 後にサッカーJリーグ・清水エスパルスの社長職に就くことが発表された[85]。
- ^ 年間最高勝率はプレーオフを制した2005年を除く4回。
- ^ アジアシリーズの振り替え大会。
- ^ 2021年は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から延長戦が無かった。延長戦がある年では1978年・1980年・1984年の15分が最多。
- ^ 1年を通してレギュラーシーズン1位の状態で日本一。
- ^ 2010年のこと。
- ^ 2018年と2019年に日本一になったソフトバンクはこの両年はいずれもリーグ2位から日本シリーズに進出し、日本一を達成している。
- ^ 因みに、消滅した9球団で全球団に負け越したシーズンの経験がある球団は、松竹ロビンス・大和軍・大阪近鉄バファローズ・高橋ユニオンズ・大映ユニオンズの5球団である。
- ^ 18時半開始はパ・リーグでは過去に西武ライオンズが1985年ごろまで実施。更にオリックスが阪急西宮球場本拠地最終年となった1990年の主催ナイターを18時半に全て開始した事例がある。セ・リーグではヤクルトが1989年まで神宮での試合を大学野球の都合もあり、通年で18時半開始としていた他、横浜ベイスターズも2009年の火曜日の一部の試合でテレビ中継(当時19時55分から21時48分にナイターを放送)の都合上18時半開始とした試合があった。
- ^ 平日のナイターで開始を15分ずれこませているのは、当初の18時開始では仕事終了後だと「試合開始に間に合わない」、18時30分開始では「帰宅時間が遅れる」という苦情が出たことや、駅からやや時間がかかるためでもある。
- ^ 2013年からはペナントレース期間中に球団のラッピング電車を独自に運行している[122][123][124][125]。
- ^ 日本のプロ野球チーム関係者に対する禁煙対策は、ロッテ以外では横浜DeNAベイスターズが2012年以降の新人選手に入団から2年間の禁煙を義務づけた例がある。
- ^ このときのユニホームデザインは、韓国・ロッテジャイアンツのユニホームにも応用された。
- ^ この年はヤクルト、ソフトバンク、西武、広島も交流戦を中心に過去のユニフォームを着用しており、復刻ユニフォームの当たり年である。
- ^ また小宮山は、最終的な選考結果は選手にもまったく知らされず、知ったのはお披露目記者発表の時が初めてだったと語っている。
- ^ このデザインのホーム用ユニフォームは2021年現在、NPB12球団で最も歴史の長い通常使用のユニフォームとなっており、また2021年で使用27シーズン目となり、1973年から1991年にかけて19シーズン使用されたユニフォームを上回り、球団史上最長使用のユニフォームともなっている(ただし提供メーカー・素材・背番号および胸番号のフォントなどの細かいマイナーチェンジは行われている)。
- ^ 両計画とも、本拠地は千葉マリンスタジアムとすることを構想していた。
- ^ 2015年1月に千葉ロッテの本拠地と同じ幕張新都心に本社があるイオンの傘下となった。
- ^ ロッテはこの他、東京ドームで開催された2010年4月20日の同4回戦でも2-8で敗れている。
- ^ なお同様例は巨人と西武(ドームを本拠としているため、天然光だけではボールが見えにくいなどにより開催が困難なため、主管開催の会場変更・開催日程の変更などが生じた)を除く他の在関東球団のホームスタジアムにおける主管試合でも行われた。
- ^ 震災前にも、消化試合の日程の関係で、ダブルヘッダーを含めたデーゲームとなった試合が数例ある。
- ^ 但し楽天の場合、仙台では春先でも夜間は冷えるため開幕当初の平日ナイターは極力避けたいという事情の方が大きい。なお、2015年はこれとは別に、コボスタ花火大会を行うため1試合だけ16時開始の試合を組んでいたが、試合が長引いたため花火大会は後日延期となった。また2016年度は開幕戦・3月25日のソフトバンク戦を16時、4月1日の西武戦を13時開始に設定した。
- ^ 日本ハムは現在は週末・休日は札幌ドームでの開催を優先していることもあり、地方開催のうち道内にある釧路・帯広・函館での主催試合は球場に照明設備がないこともあり平日デーゲームで開催している。また、西武もファンサービスで4月に平日デーゲームを実施するようになった。
- ^ そのため、球団は親会社から毎年「広告宣伝費」名目で赤字を補填してもらっていた。プロ野球球団は社会の公器でもあることから、親会社としては保有する球団が自社の宣伝媒体と認められれば、球団の赤字を補填する金額分は非課税扱いとされるなど税制上の優遇措置が受けられる[160]。
- ^ a b CBCラジオに加えて、東海ラジオ「東海ラジオ ガッツナイター」も金 - 日曜日に自社乗り込みを行う場合は、土・日曜でも金曜日に合わせてCBCラジオが文化放送への、ニッポン放送が東海ラジオへの技術協力を行うことが多い。
- ^ 編成上の都合により録画放送となり、生放送についてはスカチャンで迂回放送することがある。
- ^ 1970年から1972年まで日本テレビで解説者を務めた金田正一がロッテの監督に就任した1973年以降は、週末デーゲームを中心に中継を増加させ、時折全国中継も実施したが、千葉移転以後徐々に減少し、2010年代以降はビジター側地元系列局への技術協力による放送のみとなっていた。
- ^ 不定期。テレビ神奈川が担当する大洋(DeNA)、ヤクルトの試合放送がない時に行っていたが、巨人主催試合との重複開催である場合、18時台と21時前からは日本テレビとのリレーナイターをしていたため、ネット局があればその時間は裏送りだった。
- ^ テレビ埼玉は基本的に西武に絡む試合(西武主管はTBSビジョンとの提携で「TVSライオンズアワー」として放送)、または後楽園・東京ドームで行われた日本ハムの主管試合(東京ケーブルネットワークと提携)をメインとして編成したため、ロッテがビジター扱いとなる西武・日本ハム主催試合の中継で多数登場しているが、西武・日本ハムの試合中継がないか、どちらかがロッテとのビジターゲームとなり、かつテレビ神奈川が大洋・ヤクルトの試合中継と重複して放送に空きがなかった時に、テレビ埼玉が川崎球場や平和台球場などの地方球場に乗り込んで試合を放送した事例が何度かあった。
- ^ なお、文化放送ライオンズナイターでの対千葉ロッテマリーンズ戦中継時のベンチサイドリポーターにマリーンズ熱血応援レポーターかわのをとや起用は継続している。
出典
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- ^ 井上章一 2001, p. 163および永井良和 & 橋爪紳也 2003, p. 155。
- ^ 井上章一 2001, p. 166および永井良和 & 橋爪紳也 2003, p. 155。
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