気象
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/04 09:00 UTC 版)
気象とその仕組みを研究する学問を気象学、短期間の大気の総合的な状態(天気)を予測することを天気予報または気象予報という。
定義と類義語
日本において、日本語の「気象」が一般的に大気現象の意味で用いられるようになったのは、明治時代初期のことである。それまでは人物の性格や気質を指して用いられており、現在の「気性」と同じ意味であった[2][3][7]。1873年(明治6年)発行の柴田昌吉、子安峻編『附音挿図英和字彙』においてMeteorologyを気象学と訳したのが初期の用例として挙げられ、1875年(明治8年)6月に設立された東京気象台(現在の気象庁)では行政機関の名として初めて使用された[7]。
「気象」には類義語がある。
- 気象 (meteorological phenomena) - 大気の諸現象を指す[2][3]。大気現象[8]。
- 天気 (weather) - 「気象」のうち、ある時点または2 - 3日間程度の、大気の総合的な状態を指す[8][9]。日常会話では晴天のことを指して使う場合もある[10]。
- 天候 - 数日から数ヶ月程度の大気の総合的な状態を指す[8]。ただし日常会話では「悪天候」「天候に恵まれる」のように天気と同じような意味で用いられる場合がある[10][11]。
- 気候 (climate) - 1年を周期として毎年繰り返す、大気の総合的な状態を指す[12][13][14]。
ただし、同じ大気中の物理現象であっても、地理的な観点から「ある土地固有の気象現象」として捉えた場合は「天候」「気候」と呼び、別の意味をもつ。
また地球を取り巻く諸現象(地球科学的現象)を考えたとき、大気の中で起こる現象を「気象」といい、大気圏外で起こる現象は「天文現象」、地面や地中で起こる現象は「地質現象」として区別される。ただ、これらは全くの無関係ではなく相互に影響しあう部分がある[2][注 1]。
気象の仕組み
気象現象が起こる範囲
地球の大気は地表から高度数百km程度までで、地表から順に対流圏、成層圏、中間圏、熱圏と命名され、これらの層内には地球の重力に捉えられた気体が存在している。地表から熱圏と中間圏の境界である高度約80kmまでは、大気の組成は窒素約78%・酸素約21%・その他微量成分1%で一定であり、それ以上の高度では高度が上がるに従い分子量の大きな重い成分から減少する。高度約80kmまで成分が一定なのは、この範囲で空気の混合が起こっているためである[注 2]。そのため、気象現象が起こる範囲はこの高度約80kmまでと考えることが多い[注 3]。
地表の気圧は標準気圧1 気圧(= 1013.25 hPa)の前後数十hPaの範囲内にある。高度が上がるに従い気圧は低くなり、また気温も低くなる。ただし、気温が低下するのは赤道付近では約16kmまで、中緯度では約11kmまで、北極・南極付近では約8kmまでである。これ以上の高度に行くと気温は一定か逆に上昇する[注 4]。この気温低下の止まるところを対流圏と成層圏の境界、対流圏界面といい、ほとんどの気象現象はこの対流圏内で起こる。地上に雨を降らせる雲は対流圏内に存在する。もくもくと湧き上がる背の高い積乱雲も、対流圏界面を突き抜けることはない。一方、成層圏や中間圏にも強い風が吹いている[注 5] ほか、真珠母雲や夜光雲が発生するが、対流圏に影響を与えることはほとんどない。
太陽・熱と気象
地球上に起こる気象は、太陽の活動により地球に供給されるエネルギー(放射エネルギー)に由来している。太陽が発している放射エネルギーを太陽放射といい、ほぼ全量が電磁波であり、そのうち47%が波長0.4 - 0.7μmの可視光線(人間の目に見える光)、46%が波長0.7 - 100μmの赤外線、7%が波長0.4μm以下の紫外線である。なお、生物に有害な波長0.2μm以下の紫外線のほとんどは散乱されたり大気上層(オゾン層)の成分により吸収されたりして、地表にほとんど到達しない。地球に入ってくる太陽放射を100とすると、30は反射によりすぐに宇宙に放出され、残りの70が地球の大気や地面、海洋などに吸収されて熱となる、
この熱が、気象の原動力となる。
なお、大気が存在することにより地表は保温されている。全地球を平均した表面温度は現在約15℃だが、大気がない場合には約-20℃と推定される[注 6]。大気中の成分が太陽放射や地球放射[注 7] を吸収して熱に変換しているからであり、これを温室効果という。
地球の大気上端の太陽に対して垂直な面が受ける太陽放射の量を太陽定数といい、現在は平均1366W/m2[注 8] である。太陽放射の量は各地点の太陽の高度(水平線に対する角度)、すなわち季節と緯度により変わる。仮に大気による吸収がないとした場合、太陽高度α度における太陽光は
- I = 1366 × sin α (W/m2)
となる。緯度が高い地点ほど太陽の高度が低く、届く太陽光は少ない。また同じ地点では夏至に最も太陽の高度が高く、冬至に最も低い。春分や秋分の赤道は太陽高度が90度であるため、約1366W/m2になる。なお地上の場合、大気や雲による吸収を経て地上に到達するため、これよりも小さい値となる。
水と気象
地球には、表面の7割を占める海洋のほか、氷河、湖、川、地中、植物や動物の体内など様々な場所に、水が豊富に存在する。水は地球大気で起こりうる環境下で液体(水)、気体(水蒸気)、固体(氷)の3態で存在しうるうえ、常温でも大気に対して揮発性が高く、状態変化を起こしやすい。状態変化は周囲の物質との間で転移熱(潜熱)の放出や吸収を伴う。
大気中の他の多くの気体は運動する大気の中で顕熱のみを運ぶが、水は顕熱と潜熱の両方を運ぶため、熱の移動の面からも水は重要な役割を担っていて、天気を予測する際には重要な因子となる。例えば、低気圧の多くは雲の発生により放出される凝結熱(潜熱)による加熱が発達要因の1つとなる。
さらに、水は雨や雪などの降水現象をもたらし、地上の天気にも関与している。
気象現象の本質
大気に供給される熱は、緯度、地形、季節、時間などによって異なるため温度差が生じる。大気の場合、空気が部分的に温まると膨張して密度が下がり、周囲より浮力が大きくなるため上昇する一方、逆に冷やされると収縮して密度が上がり、周囲より浮力が小さくなるので下降する。これは一例ではあるが、こうしたある空間の物理的な不均一を解消しようとする働きによって、一種の乱れが発生する。気象の根本的な原因はこの乱れであり、気象学においてはこれを擾乱(じょうらん)(気象擾乱)とよび、「大気の定常状態(平衡)からの乱れ」と定義している。
擾乱や定常状態は物理的な気象要素として方程式に記述できる現象であり、天気予報ではこの方程式を活用して擾乱を予測する。気象に関係する方程式は熱力学や流体力学などが中心で、特にこれらの分野の理解が必要となる。また、気象は複雑系であり様々な外的要因、内的な不安定要因が存在する。外的なものでは地形の影響、地球の自転の影響、海洋の影響など様々なものが関係していて、総合的に考える必要がある。内的なものではカオス理論(バタフライ効果)で述べられているような初期値鋭敏性、例えば分子や原子レベルの振る舞いの違いが現象の現れ方の違いになりうるが、天気予報に用いるコンピューターの能力の限界からそれを完全に再現することは困難で、実際には近似によりある程度単純化して再現性の良いものを用いる、ということが行われている。
気象要素の一覧
大気の状態や気象現象はいくつかの要素で表すことができ、これを気象要素と呼ぶ。気象要素の多くは物理的な値だが、天気分類や雲形などの例外もある。
- 天気 - 地上から見た大気の状態。ある時点における雲の量、降水の種類や強さ、霧や砂嵐の状況などを総合したもの。快晴、晴れ、くもりや雨など。天気予報に供する国際的な報告で使用する国際気象通報式では96種類、日本の気象庁が独自に記録する天気では15種類、日本式天気図では21種類ある。
- 雲量 - 空全体に占める雲の割合。日本では十分率、国際的には八分率で表される。
- 雲形 - 雲の形状。積雲や層雲などの基本的な十種雲形のほか、副種や変種がある。
- 雲高 - 地表からの雲の高さ。
- 視程 - 大気の見通しの程度。降水や霧、砂嵐、吹雪などによって低下する。航空の分野では重要視される。
- 各方位の中で最も低い視程を指す最小視程、各方位の平均の視程を指す卓越視程などがある。
- 日射量 - 太陽放射の量。
- 太陽の方向からのみの日射を指す直達日射量、太陽以外の方向からの日射を指す散乱日射量、全ての方向からの日射を指す全天日射量などがある。
- 日照 - 日光の照射。120W/m2以上の直達日射があるものを「日照がある」という。
- 日照時間 - 一定時間当たりに日照があった時間。
- 気圧 - 大気の圧力。
- 地上や海上のそのままの気圧を指す地上気圧(現地気圧)、海面更正をした海面気圧、気球などで測る上空の気圧を指す上空気圧などがある。
- 気温 - 大気の温度。
- 湿度 - 大気中の水蒸気量。
- 可降水量 - 鉛直大気中の水の総量。
- 大気が持つエネルギー量の表現 - 大気の持つ顕熱、潜熱、位置エネルギーなどを総合的に表現する。
- 風 - 気圧差によって起こる大気の流れ。
- 降水 - 様々な形で降る水。雨や雪などの降水の種類は「天気」として表現する。
- 海水温 - 海水の温度。
- 大気安定度 - 力学的・熱力学的観点からみた大気の静的・動的な安定の度合。
- 対流有効位置エネルギー(CAPE)、対流抑制(CIN)、ショワルター安定指数(SSI)、リフティド指数(LI)などがある。
これらの要素の中には、一定の期間やある地域内における最高値、最低値、平均値、閾値以上の回数や日数などを統計で取りまとめるものがある。例として気温では、最高気温、最低気温、平均気温を一日、1カ月、1年などの単位で算出するほか、日本の気象庁は最高気温30度以上の真夏日、最低気温0度未満の冬日などの日数を算出する。
また、気象要素を他の分野に応用したものとして、体感温度や不快指数、湿球黒球温度(WBGT)などの快適性指標や、火災の起きやすさを示す実効湿度などがある。
注釈
- ^ 例えば、雨や風は地形の形成に大きく関与している。また、大気の温度や気圧などと海洋の温度などが影響しあう海洋大気相互作用などがある。
- ^ 80kmより上空では組成が変化し、約170km以上では酸素が主成分、約1,000km以上ではヘリウムが主成分、そのさらに外側では水素が主成分となる。
- ^ 一例として、日本の気象業務法は第2条1項で「気象」を「大気(電離層を除く。)の諸現象」と定義しているが、電離層は一般に高度80 - 500km程度とされる。
- ^ 緯度や季節により異なるが、中緯度では高度50kmまで気温が上昇、50 - 80kmでは再び低下していく。
- ^ 成層圏と中間圏ではブリューワー・ドブソン循環と呼ばれる循環構造を持つ風が吹いている。
- ^ 大気が存在しない場合、地球の表面温度は太陽放射と等しい黒体放射温度となると考えられている。これを平均すると-20℃となる。
- ^ 地球が発している放射エネルギーを地球放射という。地球放射は主に赤外線で、波長8 - 11μm付近が最も強い。
- ^ 太陽活動の変化や地球と太陽の距離の変化により数%の変動がある。
出典
- ^ a b 『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』. “気象”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ a b c d e 根本順吉、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “気象”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ a b c 小学館『デジタル大辞泉』. “気象”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ 三省堂『大辞林』第3版. “気象”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ 日立デジタル平凡社『世界大百科事典』第2版. “気象”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “気象”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ a b 八耳 2008.
- ^ a b c 仁科 2014, p. 1.
- ^ a b 平塚和夫 [1]、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “天気”. コトバンク. 2017年8月1日閲覧。
- ^ a b 小学館『デジタル大辞泉』. “天気”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ 小学館『デジタル大辞泉』. “天候”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ 仁科 2014, p. 2.
- ^ 吉野正敏、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “気候”. コトバンク. 2017年8月1日閲覧。
- ^ 小学館『デジタル大辞泉』. “気候”. コトバンク. 2020年2月3日閲覧。
- ^ “地上気象観測”. 福岡管区気象台. 2020年2月3日閲覧。
- ^ “地上気象観測”. 金沢地方気象台. 2020年2月3日閲覧。
- ^ “京都大学、豪雨の発生を人工抑制 大気中の熱や気流制御”. 日本経済新聞 (2023年6月19日). 2023年6月19日閲覧。
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