天狗 神としての天狗

天狗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/24 09:50 UTC 版)

神としての天狗

として信仰の対象となる程の大天狗には名が付いており、愛宕山の「太郎坊」、秋葉山の「三尺坊」、鞍馬山の「僧正坊」(鞍馬天狗)、比良山の「次郎坊」の他、比叡山の「法性坊」、英彦山の「豊前坊」、筑波山の「法印坊」、大山の「伯耆坊」、葛城山の「高間坊」、高雄山の「内供坊」、富士山の「太郎坊」、白峰山の「相模坊」などが知られる。滋賀県高島市では「グヒンサン」といい、大空を飛び、祭見物をしたという。高島町大溝に火をつけにいったが、隙間がなくて失敗したという話が伝わっている。鹿児島県奄美大島でも、山に住む「テンゴヌカミ」が知られ、大工の棟梁であったが、嫁迎えのため60畳の家を1日で作るので藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使い、2,000人を山に、2,000人を海に帰したと言う。愛媛県石鎚山では、6歳の男の子が山頂でいなくなり、いろいろ探したが見つからず、やむなく家に帰ると、すでに子供は戻っていた。子に聞くと、山頂の祠の裏で小便をしていると、真っ黒い大男が出てきて子供をたしなめ、「送ってあげるから目をつぶっておいで」と言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。

山神としての天狗

鳥山石燕画図百鬼夜行』より「天狗」
土産物としてもよく見かける天狗の面(鉄輪温泉

天狗はしばしば輝く鳥として描かれ、松明丸魔縁とも呼ばれた。怨霊となった崇徳上皇が、天狗の王として金色の鳶として描かれるのはこのためである。また、山神との関係も深く、霊峰とされる山々には、必ず天狗がいるとされ(それゆえ山伏の姿をしていると考えられる)、実際に山神を天狗(ダイバ)とする地方は多い。現在でも、山形県最上郡の伝承にみえる天狗は白髪の老人である。山伏を中心とする天狗の信仰は、民間の仏教と、古代から続く山岳信仰に結びついたもので、極めて豊富な天狗についての伝説は山岳信仰の深さを物語るものである。

山形県などでは、夏山のしげみの間にある十数坪の苔地や砂地を、「天狗のすもう場」として崇敬し、神奈川県の山村では、夜中の、木を切ったり、「天狗倒し」と呼ばれる、山中で大木を切り倒す不思議な音、山小屋が、風もないのにゆれたりすることを山天狗の仕業としている。鉄砲を三つ撃てばこうした怪音がやむという説もある。その他、群馬県利根郡では、どこからともなく笑い声が聞こえ、構わず行くとさらに大きな声で笑うが、今度はこちらが笑い返すと、前にもまして大声で笑うという「天狗笑い」、山道を歩いていると突然風が起こり、山鳴りがして大きな石が飛んでくる「天狗礫」(これは天狗の通り道だという)、「天狗田」、「天狗の爪とぎ石」、「天狗の山」、「天狗谷」など、天狗棲む場所、すなわち「天狗の領地」、「狗賓の住処」の伝承がある。金沢市の繁華街尾張町では、宝暦5年(1755年)に「天狗つぶて」が見られたという。静岡県小笠山では夏に山中から囃子の音が聞こえる怪異「天狗囃子」があり、小笠神社の天狗の仕業だという[11]佐渡島新潟県佐渡市)でも同様に「山神楽」(やまかぐら)といって、山中から神楽のような音が聞こえる怪異を天狗の仕業という[12]岐阜県揖斐郡徳山村(現・揖斐川町)では「天狗太鼓」といって、山から太鼓のような音が聞こえると雨の降る前兆だという[13]

また夜中に明かりをつけ飛ばす「天狗の火」の話など、神奈川県津久井郡内郷村(現・相模原市緑区)で夜中に川へ漁に行くと真っ暗な中を大きな火の玉が転がることがある。河原の石の上を洗い清め採れた魚を供えると、火の玉が転がるのが止まる。また投網を打ちに行くと、姿は見えないが少し前を同じく投網を打つものがいる。また大勢の人の声や松明の灯が見えるが誰もいない、これは「川天狗」と称し[14]、川天狗に対して山に住む天狗を「山天狗」ともいう[15]

「天狗の揺さぶり」の話もある。山小屋の自在鉤を揺さぶったり、山小屋自体までガタガタ揺する。さらには普段住んでいる家まで揺する。埼玉県比企郡では天狗が家を揺さぶるのは珍しくなく、弓立山近くの山入では夜、山小屋を揺さぶる者が居るので窓からそっと覗くと赤い顔の大男がいたので、驚いて山の神に祈り夜を明かしたという話が伝わっている[14]

特に、鳥のように自由に空を飛び回る天狗が住んでいたり、腰掛けたりすると言われている天狗松(あるいは杉)の伝承は日本各地にあり、山伏の山岳信仰と天狗の相関関係を示す好例である。樹木は神霊の依り代とされ、天狗が山の神とも信じられていたことから、天狗が樹木に棲むと信じられたと考えられる。こうした木の周囲では、天狗の羽音が聞こえたり、風が唸ったりするという。風が音をたてて唸るのは、天狗の声だと考えられた。愛知県宝飯郡にある大松の幹には天狗の巣と呼ばれる大きな洞穴があり、実際に天狗を見た人もいると云う。また埼玉県児玉郡では、天狗の松を伐ろうとした人が、枝から落ちてひどい怪我を負ったが、これは天狗に蹴落とされたのだという話である。天狗の木と呼ばれる樹木は枝の広がった大木や、二枝に岐れまた合わさって窓形になったもの、枝がコブの形をしたものなど、著しく異形の木が多い。

民俗学者・早川孝太郎の『三州横山話』によると、愛知県北設楽郡東郷村出沢の三作という木挽きが仲間8人と山小屋に居たとき、深夜に酒2升を買い、石油の缶を叩いて拍子をとり乱痴気騒ぎをした。すると、山上から石を投げ、岩を転がし、小屋を揺さぶり、火の玉を飛ばし、周りの木を倒す音がした。一同は酔いが醒めて抱き合い、生きた心地もしなかった。夜が明けたら木1本倒れていなかった。天狗の悪戯であったという。この話は「天狗倒し」「天狗礫」「天狗火」「天狗の揺さぶり」が一挙に現れたもので興味深い話である。これらの話は大体天狗の仕業とされる代表的なもので、全国津々浦々少しずつ話を変えて伝えられている[14]

信州佐久稲子(長野県小海町)の山奥に「天狗沢」という所がある。ここに天狗が住み、里へ出て悪事を行うので、天狗をとして祀ったら、それはなくなった。天狗の宮を木霊神社(こだまじんじゃ)と言う[16]

天狗と猿田彦

天狗面をかぶった猿田彦役
面掛行列御霊神社

古事記・日本書紀などに登場し、天孫降臨の際に案内役を務めた国津神サルタヒコは、背が高く長い鼻を持つ容姿の描写から、一般に天狗のイメージと混同され、同一視されて語られるケースも多い。

祭礼で猿田彦の役に扮する際は、天狗の面をかぶったいでたちで表現されるのが通例である。


注釈

  1. ^ ただし、『太平記』の中で、天狗が鎌倉幕府滅亡の予兆を示す際に、動乱の兆しであるヨウレボシ(妖霊星)に言及しているのは天狗が本来流星だった名残と考えられている[3]。また、江戸時代に書かれた『天狗経』に記載された天狗真言には金星を意味する「アロマヤ」の語が入っており、ここでも流星の様な兵乱の予兆となる星と関連付けられている[4]
  2. ^ 日本における天狗像には流星である天狗の他に、『山海経』に記載された風雨を司る山の神である天愚の影響も指摘されている[5]

出典

  1. ^ 正法念処経巻第十九”. 仏教典籍検索. 広済寺. 2010年8月12日閲覧。
  2. ^ 大正大蔵経 T0721_.17.0111a02:一、T0721_.17.0111a03: 切身分 光焔騰赫 見是相者 皆言憂流迦、T0721_.17.0111a04下 魏言天狗下
  3. ^ 小松和彦監修『日本怪異妖怪大事典』東京堂出版、2013年、381頁。ISBN 978-4-490-10837-8 
  4. ^ 『妖怪の本』学研、1999年、66,70頁。
  5. ^ a b c 伊藤信博「天狗のイメージ生成について―十二世紀後半までを中心に―」『言語文化論集』第29巻第1号、名古屋大学大学院国際言語文化研究科、2007年11月15日、75 - 92頁、doi:10.18999/stulc.29.1.75ISSN 0388-68242021年1月11日閲覧 
  6. ^ banbanzai777.blog76.fc2.com/blog-entry-361.html 「江戸のお化け・妖怪」(キャーッツ!)。2011-08-15
  7. ^ 天狗草紙絵巻 e国宝
  8. ^ 東京国立博物館(2巻[7])や個人蔵などに分蔵。また、詞書の古写本が称名寺金沢文庫寄託)に伝わる。
  9. ^ 『吾妻鏡』内の脚注より。
  10. ^ <お宝発見!> (9)古代ザメの歯:中日新聞Web”. 中日新聞Web. 2022年2月9日閲覧。
  11. ^ 高山建吉「遠州の天狗囃子」『民間伝承』15巻第2号、民間伝承の会、1951年2月、19頁、NCID AN10219431 
  12. ^ 大藤時彦他 著、民俗学研究所 編『綜合日本民俗語彙』 第4巻、柳田國男監修、平凡社、1955年、1644頁。 NCID BN05729787 
  13. ^ 千葉幹夫『全国妖怪事典』小学館〈小学館ライブラリー〉、1995年、116頁。ISBN 978-4-09-460074-2 
  14. ^ a b c 岩井宏實『妖怪と絵馬と七福神』青春出版社〈プレイブックスインテリジェンス〉、2004年、57-58頁。ISBN 978-4-413-04081-5 
  15. ^ 倉田一郎「青根村の霊怪」『民間伝承』1巻第20号、民間伝承の会、1936年8月、6頁、NCID AN10219431 
  16. ^ 『南佐久口碑伝説集南佐久編限定復刻版』発行者長野県佐久市教育委員会 全232P中 99P 昭和53年11月15日発行
  17. ^ researchmap 勝俣 隆
  18. ^ a b c d 天狗の古典文学における図像上の変化に関する一考察 : 烏天狗から鼻高天狗ヘ - 勝俣隆、長崎大学教育学部紀要、2005年
  19. ^ a b c 杉原たく哉『天狗はどこから来たか』大修館書店、2007年、ISBN 978-4-469-23303-2、115-117頁。






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