航空母艦 航空母艦の概要

航空母艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/01 00:45 UTC 版)

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アメリカ海軍の原子力空母エンタープライズ」(左)とフランス海軍の原子力空母「シャルル・ド・ゴール」(右)

当初は航空機の性能が低かったこともあって補助艦艇として扱われていたが、後に航空機の性能が向上して航空主兵論が台頭するとともに、機動部隊の中核となる主力艦としての地位を確立していった。

分類

1921年ワシントン軍縮会議では、「水上艦船であって専ら航空機を搭載する目的を以って計画され、航空機はその艦上から出発し、又その艦上に降着し得るように整備され、基本排水量が1万トンを超えるものを航空母艦という」と空母を定義している[2]1930年ロンドン海軍軍縮条約で基本排水量1万トン未満も空母に含まれることになった[3]

設計による分類

アメリカ海軍では、当初、航空母艦(Aircraft carrier)には一括してCV船体分類記号が付与されていた。その後、第二次世界大戦に伴う需要激増に対応し、特に船団護衛に投入するため、1941年には商船の船体を利用した小型・低速の空母として航空機護衛艦(Aircraft escort vessel)が登場し、AVGの船体分類記号が付与された。1942年8月20日には補助航空母艦(Auxiliary aircraft carrier)と改称し、船体分類記号もACVに変更された[4]

その後、1943年7月15日に整理が図られた。従来の航空母艦(CV)のうち、満載排水量5万トン以上の艦[5]ミッドウェイ級)は大型航空母艦(Large aircraft carrier)に類別変更され、CVBの船体分類記号が付与された。一方、巡洋艦の設計を流用して満載排水量2万トン以下の艦[5]インディペンデンス級サイパン級)は軽空母Light aircraft carrier)に類別変更され、CVLの船体分類記号が付与された。またACVについても、他の空母になぞらえて、護衛空母Escort carrier)と改称し、船体分類記号もCVEに変更された[4]

1952年には、正規空母(CV・CVB)について、下記のように役割による分類が導入された。また1956年5月29日には、核動力を導入した「エンタープライズ」が就役し、原子力攻撃空母Nuclear-powered attack aircraft)の類別が新設されて、CVANの船体分類記号が付与された。その後、役割による分類が薄れたことから、1975年には、在来動力艦はCV、核動力艦はCVNと、再び設計のみによる分類へと回帰した[4]

なおこのように、アメリカ海軍とカナダ海軍で空母を表す船体分類記号としては「CV」が用いられる。1文字目の「C」は"Carrier"とする説もあるが[6]、アメリカ海軍の公式webサイトでは、もともと巡洋艦の種別から派生したことから"Cruiser"の頭文字をとったものとしている[7]。また2文字目の「V」はVesselの頭文字とする説もあるが[6]世界の艦船ではこれを否定し、艦上機の主翼を模した象形文字としている[4]ドイツ連邦共和国においては空母はRB、軽空母はRLに類別されている。またポルトガル語圏ブラジル連邦共和国においては空母はNAe、軽空母はNAeLに類別されている。

役割による分類

1952年7月、アメリカ海軍は、CVの一部を対潜戦に投入することを決定し、対潜空母Anti-submarine warfare support aircraft carrier)の類別が新設されて、CVSの船体分類記号が付与された。また10月には、それ以外のCVとCVBが攻撃空母に類別変更されて、CVAの船体分類記号が付与された[7]

しかしその後、ベトナム戦争後の国防予算削減のなかで、対潜戦専従の航空母艦を維持することは困難になっていき、CVA/CVANに艦上哨戒機・哨戒ヘリコプターを搭載して対潜戦を兼務させることになり、CVSの運用は1974年までに終了して、CVA/CVANは汎用化されてCV/CVNと改称した[7]。一方、イギリス海軍インヴィンシブル級航空母艦もCVSと称されていた[8]

なお、大戦中よりヘリコプターが発達しており、対潜戦や上陸戦への応用が注目されていた。これは原理的には空母以外の艦船での運用も可能ではあったが、特に初期の機体はかなり大型だったこともあり、できれば空母での運用が望ましかった[9]。このこともあり、1955年には、CVEの一部が船団護衛でヘリコプターを運用するための護衛ヘリコプター空母(CVHE)に類別変更され、また「セティス・ベイ」が水陸両用作戦用の強襲ヘリコプター空母 (CVHA) に改装された。ただしCVHEについては特段の改修が行われたわけではなく、またCVHAについても、後には航空母艦の保有枠を圧迫しないように揚陸艦のカテゴリに移すことになり、ヘリコプター揚陸艦(LPH)という新艦種が創設された[10]

一方、アメリカ国外でもヘリ空母が登場し始めていたが、その一部は、ヘリコプターだけでなくV/STOL機も搭載するようになった。このように固定翼機の運用能力を獲得したヘリ空母も「軽空母」と称されることもある[11]

航空母艦の特殊装置

飛行甲板

ニミッツ」の飛行甲板

飛行甲板(flight deck)は、航空機運用のために船の甲板を発着陸用の滑走路としたもので、艦の全長にわたって、できるだけ長く、広く確保される。飛行の障害物となるような突出物は極力排除され、日本の空母の場合、探照灯などは全て電動昇降式(隠顕式)として、そのレセスの上には蓋が設けられた[12]

またこの方針を追求した結果、最初期には、艦橋構造物を廃止して昇降式の小型指揮所にとどめ、煙突も廃止して艦尾排気とした平甲板型も試みられたが、操艦や飛行甲板の指揮などの観点からは不利が指摘された。このことから、後には、小型艦では平甲板型とする一方、大型艦では、煙突や艦橋をまとめて舷側に寄せた上部構造物(アイランド)を設ける島型が常識となった。また小型艦でも、小さい艦橋構造物を飛行甲板の側方に設けるのが普通となった[13][注 1]

なお、1920年代のイギリス海軍「フューリアス」・グローリアス級大日本帝国海軍赤城」・「加賀」では、複数の飛行甲板を上下に積み重ねる多段式が試みられた。しかしこの方式では、実際には下部飛行甲板での航空機の運用は困難であり、また上部飛行甲板は長さが短くなって小型空母と同程度の性能まで低下してしまうという問題があり、実用性が低かった。アメリカやフランス共和国は当初から広い一枚甲板を採用しており、後にイギリスや日本も航空機の大型化に伴い一段甲板に統一された[13]

発艦装置

カタパルト

カタパルトを使い2機同時に発進するF/A-18C

航空母艦が実用化された直後は、まだ航空機が軽かったため、艦上機自身が飛行甲板上を滑走して得た力と、母艦が風上に突進することで生じる力とをあわせた合成風力だけでも、十分に発艦することができた。その後、第二次世界大戦期になると、航空機の重量が増して、発艦を補助する手段が求められるようになったため、カタパルトが用いられるようになった[14]

カタパルトは、1915年にアメリカ海軍の装甲巡洋艦ノースカロライナ」に搭載されたのを皮切りに、まず水上戦闘艦に搭載された水上機の発進のために用いられていたが[15]1920年代中盤には航空母艦での採用も試みられるようになっており、イギリス海軍では2代目「アーク・ロイヤル」、アメリカ海軍では「レンジャー」より装備されてその実用性を立証した。一方、大日本帝国海軍でも艦発促進装置として開発を進め、空母の多くに後日装備余地を確保していたものの、装備化には至らなかった[16]

従来のカタパルトは油圧式が主流だったが、出力向上に限度があり、航空機の大型化に対応できるような強力なものは極めて大掛かりで構造複雑なものとなった。この問題に対して、イギリスでは蒸気式カタパルトを開発して「アーク・ロイヤル」で装備化した。またその技術提供を受けたアメリカ海軍でもフォレスタル級より装備化し、既存の艦でも逐次に換装した[17]。また艦上機のジェット化が進むと、その排気による甲板への影響が無視できなくなったことから、カタパルトやスキージャンプなどのスタートポイント直後には、起倒式のスクリーン(ジェット・ブラスト・ディフレクター)が設置されるようになった[12]

その後、21世紀に入ると、リニアモーターを用いた電磁式カタパルトが開発され、アメリカ海軍ではジェラルド・R・フォード級から装備化された[18]。これは出力的には従来の蒸気式カタパルトと同程度ながら、機体の特性にあわせて加速度を調整できることから機体への荷重を軽減でき、また小型軽量化および整備性の向上も実現された[19]

なお、初期のカタパルトでは、シャトルと航空機の接続のためにブライドル・ワイヤーと呼ばれる鋼索を使用していた。これは機体の胴体下面などに設置されたフックと、カタパルトのシャトルとをワイヤーロープでつなぎ、機体を引っ張って射出する方式である。このワイヤーは射出と同時に機体から分離するため、当初は発艦ごとの使い捨てだったが、のちには回収して再利用することになった。そのために、カタパルト延長線上の飛行甲板前縁斜め下方に角のように突き出した構造(ホーン)が設けられ、ブライドル・レトリーバーと呼ばれた。しかし後には、艦上機の主脚にカタパルトのシャトルと直接接続できる機構を備えるようになり、ブライドル・ワイヤーが不要となったため、このような新世代機が増えるにつれて、ブライドル・レトリーバーも撤去されていった[20]

スキージャンプ

クイーン・エリザベス」のスキージャンプから発進するF-35B

1960年代より、イギリスのホーカー・シドレー ハリアーを端緒として、固定翼機としての垂直離着陸機(VTOL機)が登場しはじめた。これらの機体は、その名の通りに垂直に離着陸することはできるが、特に離陸については、垂直方向に行うよりは、(短距離であっても)滑走したほうが相当に搭載量を増やすことができることから、実際の運用では、垂直離陸(VTO)ではなく、短距離離陸(STO)と垂直着陸(VL)を組み合わせたSTOVL方式となることが多い[21][注 2]

そして短距離離陸をするさい、スキージャンプ勾配を駆けあがることで、単純に水平に滑走するよりも高い高度まで機体を押し上げることができ、搭載量を増加させられることが注目されるようになった。イギリス海軍では、当時建造していたインヴィンシブル級にスキージャンプ勾配を設置したほか、既存の「ハーミーズ」にも設置した。また他国でも、ハリアーを運用する軽空母を建造する際にはスキージャンプ勾配を設置することが多かったが[21]、スキージャンプ勾配を設置すると、その部分でヘリコプターが発着できなくなって同時発着数が減少するという欠点もあり、海兵隊ヘリボーン拠点としての性格があるアメリカ海軍の強襲揚陸艦では採用されなかった[23]

またソ連海軍の「アドミラル・クズネツォフ」では、政治的な理由からカタパルトの設置が実現しなかったため、CTOL機をスキージャンプで発艦させて、着艦時には制動装置で停止させるというSTOBAR方式が開発された[24]。ただしこの方式では、発艦のためにCATOBAR方式よりも長い滑走レーンを必要とするため航空機の運用効率が低くなり[25]最大離陸重量も制約される[26]

着艦装置

アレスティング・ワイヤーを利用して着艦するF-14

甲板上に浮かせた状態で数本張られたアレスティング・ワイヤーを、着艦する機体のアレスティング・フックで引っ掛けて、強力なブレーキ力を発生させる。制動機構としては油圧ブランジャー式が一般的だが、古い空母ではスプリング式を用いた例もあった[12]。なおアメリカ海軍のジェラルド・R・フォード級では、水とタービンを用いた制動機構 (Advanced Arresting Gearの導入も検討されている[19]

ワイヤーは着艦帯に対して横方向に張られるのが一般的だが、初期の英国空母では縦方向にワイヤーを張っていた[12]。黎明期には多数のワイヤーが張られていたが、アングルド・デッキ化によって着艦復行を行いやすくなったこともあって減少した。アメリカ海軍の場合、アングルド・デッキ化第一号のフォレスタル級では6索型だったが、後に4索型に変更した[27]。またこの4本のうち、最も艦首側のNo.4ワイヤが使われることはめったになく、保守整備の手間を削減するため、ニミッツ級「ロナルド・レーガン」からは3索型となった[19]

またワイヤーでの制動に失敗し、着艦復行も困難な場合などの非常時に使う、機体全体を受け止めるバリケード(滑走制止装置)もある[12]

斜め飛行甲板

飛行甲板

従来、飛行機は艦の中心線に沿って着艦していたが、着艦時に事故を生じた場合、飛行甲板前方にある停止機に衝突する危険があった。特にジェット機の配備が進むと、機の能力向上と比例して、この危険は著しく増大した。イギリス海軍は1948年よりこの問題への研究を開始しており、その解決策として創案されたのが斜め飛行甲板(アングルド・デッキ)であった[17]

これは艦の後部から左舷に向けて着艦帯を斜めに設けるもので、着艦機が艦橋や停止・待機機と衝突する事故は回避でき、最悪の場合でもその1機だけの損失で済むようになった。またエレベーターや駐機スペースは着艦動線から外れた部分に設置されるため、飛行甲板作業も容易となり、カタパルトを増備すれば同時発艦機を増加させることもできる[17]

まず1952年2月、イギリス海軍の「トライアンフ」にアングルド・デッキを模した塗装を施して実験を行ったのち、アメリカ海軍の「アンティータム」を改装して本格的な運用が開始された。以後に建造された空母のうち、CATOBAR方式やSTOBAR方式のものは全てこの配置を採用しており、また英米両国では既存の空母の改装も実施した[17][28]

一方、垂直着艦を行うSTOVL方式の軽空母では、特に必要性がないため、基本的にはアングルド・デッキは採用されない。ソ連海軍のキエフ級航空母艦では、VTOL・STOVL方式ながら飛行甲板を斜めに配置したが、これは艦橋の前部にミサイル艦砲などの兵装を搭載したためで、発着を重視したアングルド・デッキとは意図が異なる[29]

着艦誘導装置

第二次大戦当時のアメリカ海軍では、飛行甲板の後方舷側にいる着艦指導指揮官(Landing Signal Officer, LSO)が着色被服や手旗によって着艦機に対し指示を与えていた[17]。これに対し、日本の空母では艦に誘導灯を備えており、パイロット自身がこれを見て機位を保つようにして着艦していた[20]

その後、艦載機のジェット化に伴って着艦速度が高速化すると、LSOの指示では間に合わず、パイロット自身の判断によって着艦を行う必要が出てきたことから、戦後のイギリス海軍では、ミラー着艦支援装置を開発した[17]。これは誘導灯を元に発展させたようなシステムで、アメリカ海軍では、5個のフレネルレンズを中心としたフレネルレンズ光学着艦装置(FLOLS)を採用している[20]

また現代の空母では、視界不良時に使用するための計器着陸装置も備えていることが多く、地上の飛行場の着陸誘導管制ground-controlled approach, GCA)になぞらえて着艦誘導管制 (carrier-controlled approach, CCAと称される。このような艦の場合、航法用の中距離捜索レーダーのほかに精測進入レーダー (Precision approach radarを備えている。空母特有のレーダー波を発射することは、相手に空母の存在を知らせてしまうことから、電子戦では不利も指摘されているが、全天候作戦能力の向上の方が優先するとして装備化された[20]

格納・補給

格納庫

飛行機の格納庫Hangar)としては、日本とイギリスでは閉鎖式の2層式(「赤城」と「加賀」では3層式)が用いられていた。この場合、格納庫の高さは、ギリギリで搭載機の発動機換装ができる程度のものとなる[12]。また船体の強度甲板は飛行甲板または上部格納庫甲板に設定されており、格納庫は外板または上部構造物の囲壁内となる[30]

これに対し、アメリカでは開放式の1層式が主に用いられ、搭載機は主に露天係止とされていた[12]。この場合、船体の強度甲板は格納甲板に設定されており、上甲板上に格納庫と飛行甲板を設定するかたちとなる。ただしNBC防御の観点もあり、アメリカ海軍でも、フォレスタル級以降では飛行甲板が強度甲板として設定されるようになった[30]

エレベーター

ひゅうが」のエレベーター

下層にある格納庫甲板から最上甲板である飛行甲板に搭載機を上げるためにはエレベーターが用いられる。従来は艦の中心線上に設置され、前部は帰着機の格納庫収納、後部は格納庫からの搬出に主に用いられた[12]

しかし中心線上へのエレベーター設置は格納庫面積を圧迫してしまう事になり、格納可能な機数が減少するという問題があった。また特に後部エレベーターでは、着艦した機体がエレベーター上を通過する際に衝撃が加わるという問題もあった[12]。このことから、アメリカ海軍はエセックス級で舷側エレベーターを採用し、フォレスタル級以降では全てのエレベーターを舷側配置に統一した[27]。ただし小型の艦では舷側にエレベーターを設けると悪天候時に海水が格納庫に浸入する恐れがあるため、引き続き、中心線上にエレベーターを設けている[31]

航空燃料タンク

空母では、艦自身の行動用燃料のほかに、航空燃料として航空用ガソリン (Avgasを搭載する必要があった。しかしガソリンは引火点が低いこともあって、そのタンクの修理・整備には手間がかかり、またダメージコントロール面でも留意事項が多かった。日本の空母の場合、溶接構造のタンクを船体固有構造と別個に作って艦内に搭載し、その外囲は空所として、後には注水したりコンクリートを流し込んだりして防御を強化した。またタンク自体も、ガソリンガス発生を制限するために海水補填式とされ、燃料が使用されて減少すると自動的に海水が補填されて、常に液面を「満」の状態に保つようにされていた[12]

その後、艦上機としてジェット機が用いられるようになったが、ジェット燃料はガソリンよりも引火点が高く、安全性の観点では優れていた。これに伴ってレシプロエンジン搭載機の運用が終了すると航空用ガソリンを搭載する必要がなくなり、空母で最大の弱点といわれるガソリンタンクも廃止された[32]


注釈

  1. ^ 現在まで左舷側にアイランドを設けたのは日本の「赤城」と「飛龍」のみ。
  2. ^ a b クイーン・エリザベス級では、垂直ではなく斜めに着艦するSRVL (Shipborne rolling vertical landing方式とすることもある[22]
  3. ^ ただしその後も、アメリカ海軍の対潜空母(CVS)と同様にS-2艦上哨戒機やA-4艦上攻撃機、ヘリコプターを搭載して行動を継続した艦もあった[67]
  4. ^ 他の2種類はAH-64攻撃ヘリコプターF-117ステルス攻撃機であった[70]

出典

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