山汐丸とは? わかりやすく解説

山汐丸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/30 14:52 UTC 版)

山汐丸
基本情報
建造所 三菱重工業横浜船渠
運用者 山下汽船(陸軍特殊油槽船)
級名 特2TL型
艦歴
起工 1944年9月11日[要出典][注釈 1]
進水 1944年11月14日
竣工 1945年1月27日
最期 1945年2月17日大破着底
その後 船体はその後横浜船渠の岸壁となり、1956年撤去。
要目
基準排水量 15,864トン
総トン数 10,605総トン
全長 148.0m
20.4m
深さ 12.0m
ボイラー 改21号水管缶 2基
主機 甲50型1号蒸気タービン機関 1基1軸
出力 4,500shp[2]
速力 15.0ノット[2]
巡航速力 13ノット[3]
兵装 二式十二糎迫撃砲2門
25mm連装機銃8基
爆雷投下軌条2基
爆雷120発[2]
搭載機 三式指揮連絡機 6機[4]
レーダー 電波探知機[2]
ソナー 九三式水中聴音機
音響測深儀[2]
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山汐丸(やましおまる)は、日本特2TL型特殊油槽船[5][6]MACシップ商船改装空母とも評される、戦時標準船を改造した陸軍特殊船である[7]護衛空母兼用仕様のタンカー[8]、就役後は日本陸軍の指揮下で運用される予定であった[9]

概要

構造

「山汐丸」は、船体に全通飛行甲板を張って、船橋構造物を飛行甲板下に収めた平甲板型(フラッシュデッキ型)の航空母艦である[10]。船体後部に機関部があるので、煙突も飛行甲板と右舷船体後部の間から外に向けて飛び出している[11]。エレベーターは飛行甲板の前側に設けられた[11]

計画搭載機数は6機で、同時期に日本陸軍が整備した空母型の陸軍特種船である「あきつ丸」「熊野丸」よりも2機少ない[4]。陸軍機の中でSTOL性能に優れた三式指揮連絡機[12]を対潜哨戒機として運用する予定であり、海上公試に続いて発着試験が実施されている[13]。航空機用のガソリンとして、ドラム缶40本を搭載予定であった[2]

武装も潜水艦との戦闘を重視したもので、九三式水中聴音機逆探、音響測深儀などを備えている[2]対潜迫撃砲として二式十二糎迫撃砲[14]を船首と艦尾に搭載し、艦尾側には爆雷投下機が備えられた[11]。艦首に二式中迫撃砲を装備するためか、海軍の特TL船「しまね丸」よりも飛行甲板が短い事が外見上の特徴である[15]。対空火器として96式25mm連装機銃[16]片舷四基(合計八基)をスポンソンに設けた[11]

陸軍指揮下で[17]船団護衛の護衛空母兼用タンカーとして運用予定であったが[8]、形式上は民間船で船主は山下汽船のままであった。竣工したものの、戦況の悪化からすでに南方航路は著しく危険で本来のタンカーとしては使用の見込みが無いため、就役しないまま石炭焚きの貨物船への改造が決まった[10]

船歴

終戦後の「山汐丸」。向かって左は半没状態の「大指」の艦首。

「山汐丸」は、山下汽船の発注により、1944年昭和19年)1月27日三菱重工業横浜船渠で起工した[1]。日本陸軍により特2TL型としての設計変更が指示されたため、同型姉妹船(千種丸)よりも優先的に工事が進められた。同年11月14日進水、1945年(昭和20年)1月25日に海上公試を実施した[13]1月27日に竣工した。

1945年(昭和20年)2月16日日本列島本州近海に来攻した第58任務部隊艦上機は、関東地方の諸目標に対し空襲を敢行した[18][19]。このジャンボリー作戦は、硫黄島の戦い連合軍を掩護するため、日本軍の航空戦力を減殺する意図があった[20]東京湾の目標を攻撃したのは、おもに第58.1任務群(エセックス級航空母艦3、インディペンデンス級軽空母1[20]、戦艦マサチューセッツ[21]、戦艦インディアナ[22]、巡洋艦と駆逐艦部隊)である[23][24][注釈 2]。この日は天候が不順であったという[26][27]

本艦は、改造のため三菱重工横浜船渠において係留待機中、アメリカ海軍機動部隊の空襲に遭遇した[28]。技術者の目撃談によれば、2月16日の空襲では機銃掃射と至近弾多数、船体外舷への直撃弾1発という被害で、浸水が生じたが傾斜するには至らなかったという[28]。 翌17日も、第58任務部隊は関東地方への攻撃を実施した[29]。第58.1任務群の大部分は、引き続き東京湾周辺の目標を攻撃する[30][31][32]。空母ホーネットF6F戦闘機部隊は、爆弾とロケット弾を搭載して、横浜港の「護衛空母」に攻撃を実施した[33]。同部隊はワスプ攻撃隊と協同で、護衛空母に少なくとも爆弾6発命中、ロケット弾多数命中を記録している[34]。空母ワスプ攻撃隊も、横浜港の船渠軽空母1隻を撃沈と報告した[注釈 3]。 日本側の記録では、艦尾に250kg爆弾1発とロケット弾多数を受けて大破[28]、浸水もあって着底した[13]。直撃弾で艦尾が破壊され、飛行甲板は上方にめくれあがっている[2]

終戦後はGHQ日本商船管理局en:Shipping Control Authority for the Japanese Merchant Marine, SCAJAP)によりSCAJAP-X071[36]の管理番号を与えられたが[注釈 4]、船として動くことはついになかった。1946年(昭和21年)3月6日には、建造途上で工事が中止されたまま放置され、港内を漂流していた標的艦「大指」が、着底状態の「山汐丸」と衝突する事故を起こしている[10]。「大指」はこの衝突により浸水着底した[39]

7月から解体が進められたが、解体中に船首が折れて沈没[13]。費用的に引揚げは困難であったため、残骸を岸壁の一部として再利用することになった[40]。上部構造物を取り除かれた船体は、横浜船渠の北部にある第7岸壁脇に配置され、土砂を詰めて擱座状態で固定された。通称「山汐岸壁」と呼ばれた[41]1956年(昭和31年)に建造船大型化に対応した造船所拡張に伴い撤去されるまで、艤装作業用に使われた。なお、2008年に、みなとみらいセンタービルの建設工事の際、本船のが発見された。現在も、同ビルの脇の広場に展示されている[41]

同型船

タンカーとして就役した同型船「千種丸」。捕鯨船団に加入中の写真。

同型船として日本郵船所属の「千種丸」が三菱重工横浜船渠で建造中であり、1944年12月に進水したものの、戦局悪化のため工事中止となった[17]。係留中に空襲を受け大破。終戦後に再生工事を受けて、1949年(昭和24年)にタンカーとして就役、大洋漁業により運用されたのち、1963年(昭和38年)に佐世保にて解体されている[42]

同じくタンカーとして就役した同型船「瑞雲丸」。掲載元の舟艇協会出版部刊「日本船舶画鑑」では、「旧日本陸軍 特2TL型戦時標準船」のキャプションが付けられている。

また、史料によっては岡田商船所属の「瑞雲丸」が特2TL型の3番船として改装される予定であったとするものもある。瑞雲丸は戦後1964年(昭和39年)まで運用され、大阪で解体されている[43][42]

脚注

注釈

  1. ^ 『日本陸軍の航空母艦』(2011年)では1944年1月27日起工とする[1]
  2. ^ 第58.1任務群の全航空部隊が東京湾を襲ったのではなく、浜松飛行場制圧や、小笠原諸島攻撃を担当した空母もあった[25]
  3. ^ WASP fliers bombed and capsized one (1) Jap CVL in Yokohama Harbor.」(ワスプ戦時日誌より抜粋)[35]、「CVL in Yokohama Bay bombed and sunk by strike 1 Dog.」(ワスプ戦闘報告書より抜粋)[30]
  4. ^ SCAJAP-Y033は、1945年7月下旬に瀬戸内海で損傷した2TL型戦時標準船「雄洋丸」[37]SCAJAP-Y034は小型船[38]

出典

  1. ^ a b 日本陸軍の航空母艦 2011, p. 74b.
  2. ^ a b c d e f g h 写真日本軍艦4、空母(2) 1989, p. 225.
  3. ^ なつかしい日本の汽船 山汐丸”. 長澤文雄. 2023年10月26日閲覧。
  4. ^ a b 奥本, p. 92.
  5. ^ 写真日本軍艦4、空母(2) 1989, pp. 224a-225山汐丸(陸軍)YAMASHIO MARU ARMY
  6. ^ 日本陸軍の航空母艦 2011, pp. 74a-78特2TL型特殊油槽船 山汐丸
  7. ^ 日本の航空母艦パーフェクトガイド 2003, pp. 142–146陸軍の航空母艦〔 特殊船丙型 TOKUSHU-SEN HEI-GATA 〕
  8. ^ a b 建造中水上艦艇主要要目及特徴一覧表/返赤26002000 (国立公文書館) 」 アジア歴史資料センター Ref.A03032074600  画像3など〔 艦種:油槽船 艦名:特1TL 〕
  9. ^ 福井、世界空母物語 2008, pp. 229a-231大型油槽船兼対潜護衛船◇山汐丸
  10. ^ a b c 写真日本軍艦4、空母(2) 1989, p. 224b.
  11. ^ a b c d 日本陸軍の航空母艦 2011, p. 14.
  12. ^ 日本陸軍の航空母艦 2011, p. 27.
  13. ^ a b c d 奥本, p. 89.
  14. ^ 日本陸軍の航空母艦 2011, p. 25.
  15. ^ 福井、世界空母物語 2008, p. 230第40図、特TL船/山汐丸(特2TL船:陸軍用)/しまね丸(特1TL船:海軍用)
  16. ^ 日本陸軍の航空母艦 2011, p. 26.
  17. ^ a b 福井、世界空母物語 2008, p. 229b.
  18. ^ 第58.2任務群報告、1945年2月, p. 49第58任務部隊攻撃目標分担図
  19. ^ カボット戦闘報告、1945年2月, p. 14.
  20. ^ a b ベローウッド日誌、1945年2月, pp. 3–4.
  21. ^ マサチューセッツ日誌、1945年2月, pp. 1, 8–9.
  22. ^ インディアナ日誌、1945年2月, pp. 6–7.
  23. ^ ワスプ攻撃報告、1945年2月, p. 8.
  24. ^ ベニントン戦闘報告、1945年2月, p. 4.
  25. ^ ベローウッド攻撃報告、1945年2月, pp. 5–6.
  26. ^ カボット戦闘報告、1945年2月, pp. 7–8.
  27. ^ ベニントン日誌、1945年2月, pp. 7–9.
  28. ^ a b c 日本陸軍の航空母艦 2011, p. 75.
  29. ^ マサチューセッツ日誌、1945年2月, pp. 9–10.
  30. ^ a b ワスプ攻撃報告、1945年2月, p. 9.
  31. ^ ベニントン日誌、1945年2月, pp. 9–10.
  32. ^ ベローウッド日誌、1945年2月, p. 5.
  33. ^ ホーネット日誌、1945年2月, p. 5(2月17日記録) The fourth strike of the day, a coordinated attak against a CVE at Yokohama by VF loaded with bombs and rockets, was launched at 1110.(以下略)
  34. ^ ホーネット攻撃報告、1945年2月, p. 9.
  35. ^ ワスプ日誌、1945年2月, pp. 7–8.
  36. ^ SCAJAP日誌、1945年10月, p. 28〔 X071 Yamashio Maru Tanker 10605 Damaged 〕
  37. ^ SCAJAP日誌、1945年10月, p. 29a〔 Y033 Yuyo Maru Cargo 10045 Damaged 〕
  38. ^ SCAJAP日誌、1945年10月, p. 29b〔 Y034 Yushio Maru Weather Rept. 1500 Under Repair-Repatriation 〕
  39. ^ 丸スペシャル『日本の空母II』 p.64、および『写真 日本海軍全艦艇史』資料編 p.31。
  40. ^ 日本陸軍の航空母艦 2011, p. 76.
  41. ^ a b 日本陸軍の航空母艦 2011, p. 78.
  42. ^ a b #Chesneau pp.186
  43. ^ #松井(1) pp.170-171

参考文献

  • 奥本剛『日本陸軍の航空母艦 舟艇母船から護衛空母まで』大日本絵画、2011年6月。ISBN 978-4-499-23052-0 
  • 奥本剛『日本陸軍の船艇』大日本絵画、2016年。 ISBN 978-4-499-23177-0 
  • 福井静夫 著「第十一章 陸軍の航空母艦」、阿部安雄、戸高一成 編『新装版 福井静夫著作集 ― 軍艦七十五年回想第三巻 世界空母物語』光人社、2008年8月。 ISBN 978-4-7698-1393-4 
  • 「みなとみらい物語:変わり行く街で / 4 旧陸軍空母兼油槽船「山汐丸」の錨」 毎日新聞 2011年1月5日神奈川県版。
  • 松井邦夫『日本・油槽船列伝』成山堂書店、1995年。 ISBN 4-425-31271-6 
  • 雑誌『丸』編集部 編『写真日本の軍艦 第4巻 空母II』光人社、1989年10月。 ISBN 4-7698-0454-7 
  • 歴史群像太平洋戦史シリーズ特別編集 編「海陸軍全空母ガイダンス」『日本の航空母艦パーフェクトガイド』学習研究社〈歴史群像シリーズ〉、2003年4月。 ISBN 4-05-603055-3 
  • Chesneau, Roger, ed (1980). Conway's All the World's Fighting Ships 1922-1946. Greenwich, UK: Conway Maritime Press. ISBN 0-85177-146-7 

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