小沢治三郎とは?

小沢治三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/11/17 05:44 UTC 版)

小沢 治三郎(小澤 治三郎, おざわ じさぶろう、1886年明治19年)10月2日 - 1966年昭和41年)11月9日)は、日本海軍軍人。最終階級は海軍中将海軍兵学校37期生。第31代となる最後の連合艦隊司令長官を務めた。




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注釈

  1. ^ 「Basically it was TOYODA's idea.」と小沢が回答している質疑がそれである。
  2. ^ 「Although I thought it was very complex and difficult to carry out, I still believe it was the best possible plan under the circumstances.」と回答している質疑がそれである。
  3. ^ 「戦機熟し諸子に進発を下令す 諸子の将に屠らんとするは年来の頑敵にして過去累次に亙り幾千の英霊が撃滅に長恨を残し今之が驕慢横行は一億宿怨の籠る所なり 茲に諸子は決号作戦一億特攻の先陣として此の宿敵を粉砕以て敵進行の骨幹を疫徐して決勝の一路を啓開せんとす 誇りや高く任や重し往け 大君の御楯として生を受くる20数年 今ぞ畢生の精魂を傾倒して之を必成せよ」起案淵田美津雄大佐
  4. ^ 山岡は空母は主力艦の視界に拘置せずに風向、風速によって自由に行動させて偵察、攻撃に積極的に使用するべきとする主張者。樋端は空母の飛行機は全部集め集団として使用し総合的攻撃力を発揮すべきとする主張者。木田は母艦を飛び立った飛行機隊は通信によって艦上から自由自在に指揮官の思うようにしようすべきとする主張者。

出典

  1. ^ 吉田俊雄『エクセレント・リーダーズ 日本海軍四人の名指導者』光人社140-141頁
  2. ^ #提督小沢治三郎伝2頁
  3. ^ #提督小沢治三郎伝6頁
  4. ^ #提督小沢治三郎伝141頁
  5. ^ 阿川弘之『連合艦隊の名リーダーたち』プレジデント社79頁
  6. ^ #提督小沢治三郎伝7頁
  7. ^ #提督小沢治三郎伝14頁
  8. ^ #提督小沢治三郎伝17頁
  9. ^ #提督小沢治三郎伝18-24頁
  10. ^ #提督小沢治三郎伝24-27頁
  11. ^ 戦史叢書31海軍軍戦備(1)昭和十六年十一月まで198頁
  12. ^ #提督小沢治三郎伝118-119頁
  13. ^ #提督小沢治三郎伝116頁
  14. ^ #提督小沢治三郎伝28-29頁
  15. ^ #海軍参謀199 - 202頁
  16. ^ #提督小沢治三郎伝41頁
  17. ^ 提督小沢治三郎伝刊行会『提督小沢治三郎伝』原書房230-231、中田整一編『真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝』講談社84-85頁
  18. ^ #提督小沢治三郎伝303頁
  19. ^ 佐藤和正『連合艦隊かく戦えリ』光文社38頁、外山三郎『日清・日露・大東亜海戦史』原書房444頁、羽仁謙三『海軍戦記』81-88頁
  20. ^ #提督小沢治三郎伝32頁
  21. ^ #小沢治三郎伝「序」
  22. ^ a b c d 奥宮正武『太平洋戦争と十人の提督 下』学研M文庫282頁
  23. ^ 豊田穣『海軍軍令部』講談社415-416頁
  24. ^ 吉田俊雄『指揮官たちの太平洋戦争』光人社NF文庫317頁
  25. ^ #良い参謀良くない参謀272頁、吉田俊雄『指揮官たちの太平洋戦争』光人社NF文庫310、314頁
  26. ^ 戸高一成『証言録海軍反省会3』PHP研究所208頁
  27. ^ 奥宮正武『太平洋戦争と十人の提督 下』学研M文庫284頁
  28. ^ 奥宮正武『太平洋戦争と十人の提督 下』学研M文庫2825頁
  29. ^ 吉田俊雄『指揮官たちの太平洋戦争』光人社NF文庫316頁
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  31. ^ 吉田俊雄『指揮官たちの太平洋戦争』光人社NF文庫315頁
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  33. ^ 戦史叢書12マリアナ沖海戦付録
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  35. ^ #提督小沢治三郎伝118-119頁
  36. ^ 田中健一「マリアナ沖海戦 作戦指導批判に異論あり」『波濤』110号 1994年1月
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  38. ^ 奥宮正武『太平洋戦争と十人の提督 下』学研M文庫287-288頁
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  40. ^ 奥宮正武『太平洋戦争と十人の提督 下』学研M文庫289-290頁
  41. ^ 淵田美津雄奥宮正武『機動部隊』(学研M文庫、2008年)416頁
  42. ^ アメリカ戦略爆撃調査団による質疑 質問者James A. Field海軍予備少佐 1945年10月30日(英語版[注釈 1]
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  44. ^ アメリカ戦略爆撃調査団による小沢への質疑 質問者James A. Field海軍予備少佐 1945年10月30日(英語版[注釈 2]
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  49. ^ 戦史叢書93大本営海軍部・聯合艦隊(7)戦争最終期329頁
  50. ^ 戦史叢書17沖縄方面海軍作戦626頁、戦史叢書93大本営海軍部・聯合艦隊(7)戦争最終期273頁
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  52. ^ 瀬島龍三『幾山河』産経新聞社201頁
  53. ^ a b 戦史叢書93大本営海軍部・聯合艦隊(7)戦争最終期237-238頁
  54. ^ 戦史叢書93大本営海軍部・聯合艦隊(7)戦争最終期419-421頁
  55. ^ 戦史叢書93大本営海軍部・聯合艦隊(7)戦争最終期421頁
  56. ^ 中島親孝『連合艦隊作戦室から見た太平洋戦争』光人社NF文庫238頁
  57. ^ 千早正隆『日本海軍の驕りの始まり』並木書房125-127頁
  58. ^ 恵隆之介『敵兵を救助せよ』草思社317頁
  59. ^ #提督小沢治三郎伝183頁
  60. ^ 阿川弘之『連合艦隊の名リーダーたち』プレジデント社93頁
  61. ^ 『産経新聞』 2012年8月14日。
  62. ^ 児島襄『指揮官』(上)
  63. ^ 戦史叢書12マリアナ沖海戦付録
  64. ^ 源田実『海軍航空隊始末記』文春文庫299頁
  65. ^ 千早正隆『日本海軍 失敗の本質』
  66. ^ #提督小沢治三郎伝119頁
  67. ^ #提督小沢治三郎伝118-119頁
  68. ^ 戦史叢書12マリアナ沖海戦 付録、390頁
  69. ^ #提督小沢治三郎伝26頁
  70. ^ #良い参謀良くない参謀272頁


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