ハンモックナンバーとは? わかりやすく解説

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ハンモックナンバー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/02 07:26 UTC 版)

ハンモックナンバーとは、大日本帝国海軍における 『海軍兵学校(以下「兵学校」)の卒業席次[1]』、または 『兵学校同期生間の先任順位[2][3]』 の通称。本記事では後者の『兵学校同期生間の先任順位』の意味で用いる。


注釈

  1. ^ 『現役海軍士官名簿』は、「大正15年2月1日調」から「昭和12年2月1日調」までのものが「国立国会図書館デジタルコレクション」でインターネット公開されている(2020年1月現在)。
  2. ^ 海軍少尉候補生は「奏任官待遇」の「命じられる」身分であり、「任用される」ものではない[11]
  3. ^ 中将から大将への進級は、大将という階級そのものが親任官であるため、特に「親任」と呼んだ[14][15]太平洋戦争大東亜戦争)の開戦までは、大将親任も1年に1回、他の階級とは異なって4月前後に発令された[16]
  4. ^ 国立国会図書館デジタルコレクションで確認できる最古の『現役海軍士官名簿』は「大正15年2月1日調」であり、小林躋造と野村吉三郎はいずれも海軍少将(共に大正11年6月1日進級)で、先任順位は「小林・野村」である[25]
  5. ^ 兵37期が1909年(明治42年)11月19日に兵学校を卒業して海軍少尉候補生を命じられた際のハンモックナンバーが、官報(明治42年11月20日)で確認できる。
  6. ^ 陸軍では支那事変以前は海軍と同様だったが、支那事変以降に将官の必要数が増えると、まず少将、次いで中将について抜擢進級を行うように順次変化し、終戦前には抜擢による大将親任がなされるに至った[40]。例えば陸士20期を見ると、先任の木下敏中将を現役に残して、後任の吉本貞一中将・木村兵太郎中将が昭和20年5月に大将に親任された[40]
  7. ^ 1924年(大正13年)末の制度改正により、機関科出身将官と兵科出身将官の区別が廃止されたが、現実には区別が続き、機関科出身将官は海軍中将が最高位であった(「海軍機関科問題#機関科出身の大将」を参照)。軍医科士官、主計科士官、技術科士官、法務科士官は、制度上、海軍軍医(主計・技術・法務)中将が最高位であった(昭和17年11月1日以降)[44]
  8. ^ 帝国陸軍には、陸軍士官学校を卒業して現役兵科将校に任官し、「陸軍砲工学校高等科を優等卒業する」「員外学生として東京帝国大学などに派遣されて学士号を得る」などの履歴を経て『技術の専門家』になった者が、陸軍大将に親任された例が4つある[45]
  9. ^ 国立国会図書館デジタルコレクションで確認できる最古の『現役海軍士官名簿』は「大正15年2月1日調」であり、波多野貞夫と永野修身はいずれも海軍少将(共に大正12年12月1日進級)で、先任順位は「波多野・永野」である[25]
  10. ^ 出典には海上護衛司令長官と記載されている[51][53][54]
  11. ^ 出典の該当個所には3名の氏名がないが[51]、同じ書籍の他個所の記述より[52]小松輝久草鹿任一大川内傳七である。

出典

  1. ^ a b c d 池田 1981, pp. 167–180, III 海軍の体質-(4)教育・進級・人事
  2. ^ 井上成美伝記刊行会 1982, pp. 24–27, 第一章-自由と規律と夢の青春―兵学校生徒時代-英語が苦手の三号生徒
  3. ^ a b c 森 2012a, pp. 125–131, 第二章 誇り高き艦長-3
  4. ^ a b c d e f g 雨倉 1997, pp. 32–35, 雲上の人 - 海軍中将
  5. ^ 昭和一七年度現役海軍士官名簿の件送付」 アジア歴史資料センター Ref.C04014916800 
  6. ^ 小泉昌義 『ある海軍中佐一家の家計簿』 光人社NF文庫、2009年、102頁。
  7. ^ a b 田中 2010, pp. 545–611, 第一 山本のおいたち - 二 海軍兵学校への入校 - 江田島の教育システム
  8. ^ a b 雨倉孝之 『海軍ジョンベラ軍制物語』 光人社、1997年、160頁。
  9. ^ 井上成美伝記刊行会編著 『井上成美』 井上成美伝記刊行会、1982年、資料篇 204-206頁。
  10. ^ 山口宗之 『陸軍と海軍-陸海軍将校史の研究』 清文堂出版、2000年、43-44頁。
  11. ^ 雨倉 2007, p. 14-17, スノッティー
  12. ^ a b 雨倉 1997, pp. 184–186, 宮様も中佐までは平民なみ
  13. ^ a b 雨倉 1997, pp. 20–23, アドミラル - 期待は可か?
  14. ^ 額田坦 『陸軍省人事局長の回想』 芙蓉書房、1977年、213頁。
  15. ^ 井上成美伝記刊行会編著 『井上成美』 474頁。
  16. ^ a b 雨倉 1997, pp. 163–164, 大将の定年
  17. ^ 雨倉 1997, pp. 23–24, 海軍少将当確!
  18. ^ 瀬間 1974, pp. 109–116, 女房は三等兵の次(公私の別の明らかだった海軍)
  19. ^ a b c d 吉田 2012, pp. 290–294, 第六章 教育と人事-日本海軍の人事行政
  20. ^ a b c d e f 秦 2005, pp. 663–665, 第3部 陸海軍主要学校卒業生一覧-II 海軍-5.海軍兵学校卒業生
  21. ^ a b 半藤 2013, 位置No. 2045 - 2072, 第六章 条約派か艦隊派か - 小林躋造 早期終戦の提唱者
  22. ^ 秦 2005, pp. 206–207, 第1部 主要陸海軍人の履歴-海軍-小林躋造
  23. ^ 秦 2005, p. 241, 第1部 主要陸海軍人の履歴-海軍-野村吉三郎
  24. ^ 任海軍大将 海軍中将 小林躋造」 アジア歴史資料センター Ref.A03023470400 
  25. ^ a b 現役海軍士官名簿. 大正15年2月1日調 - 少将 (31 - 34コマ)”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2020年1月11日閲覧。
  26. ^ a b 官報(明治42年11月20日)印刷局、479-481頁https://dl.ndl.go.jp/pid/2951275/1/12 
  27. ^ 井上成美伝記刊行会編著 『井上成美』 31頁
  28. ^ 官報(大正元年12月2日)印刷局、11-14頁https://dl.ndl.go.jp/pid/2952200/ 
  29. ^ a b 官報(明治43年12月16日)印刷局、403-404頁https://dl.ndl.go.jp/pid/2951600/ 
  30. ^ 官報(明治44年2月28日)印刷局、403-404頁https://dl.ndl.go.jp/pid/2951658/ 
  31. ^ 千早正隆 『日本海軍 失敗の本質』 PHP文庫、2008年、218-219頁。
  32. ^ a b c d e 秦 2005, pp. 269–288, 第1部 主要陸海軍人の履歴-期別索引
  33. ^ 『日本陸海軍総合事典 第2版』194頁・240頁。
  34. ^ 『日本陸海軍総合事典 第2版』 218・240・256・260頁。
  35. ^ 『ある海軍中佐一家の家計簿』 68頁。
  36. ^ a b 『ある海軍中佐一家の家計簿』 210頁。
  37. ^ 『ある海軍中佐一家の家計簿』 268-269頁。
  38. ^ a b 『ある海軍中佐一家の家計簿』 191-197頁。
  39. ^ a b c d e 神立 2000, pp. 29–54, 鈴木實 名戦闘機隊長からレコード業界へ
  40. ^ a b 『陸軍省人事局長の回想』 27・446-451頁。
  41. ^ a b 雨倉 1997, pp. 39–40, 中将進級 - 評価基準が変わる?
  42. ^ a b c d e 雨倉 1997, pp. 165–166, 大将栄達への条件
  43. ^ a b c d 雨倉 1997, pp. 43–46, 異色のバイス・アドミラル
  44. ^ 雨倉 2007, p. 57, 5表 海軍士官の階級(S.17.11.11以降)
  45. ^ 山口 2005, pp. 14–15
  46. ^ 秦 2005, pp. 269–288, 第1部 主要陸海軍人の履歴-期別索引
  47. ^ 現役海軍士官名簿. 昭和3年2月1日調 - 中将 (30 - 31コマ)”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2020年1月11日閲覧。
  48. ^ a b 秦 2005, p. 243, 第1部 主要陸海軍人の履歴-海軍-波多野貞夫
  49. ^ 吉田俊雄 『良い指揮官悪い指揮官』 光人社NF文庫、1999年、20頁。
  50. ^ 現役海軍士官名簿. 昭和7年2月1日調 - 中将 (27 - 28コマ)”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2020年1月11日閲覧。
  51. ^ a b c d e f g h 雨倉 1997, pp. 199–201, 海軍総司令長官
  52. ^ a b c d e f g h i 雨倉 1997, pp. 171–174, 小沢大将実現せず
  53. ^ a b 秦 2005, p. 190, 第1部 主要陸海軍人の履歴-海軍-小沢治三郎
  54. ^ 秦 2005, p. 476, 第2部 陸海軍主要職務の歴任者一覧-IV 海軍-8.艦隊-A 水上・水中-海上護衛総司令長官
  55. ^ 野村 1996, p. 32
  56. ^ 雨倉 1997, pp. 186–188, 朝融王の超特急進級
  57. ^ a b 小原國芳 『教育と我が生涯 小原國芳』 南日本新聞社 編、玉川大学出版部、1977年11月、234頁。
  58. ^ Vol.6 狭山高校(大阪・府立) 校長 竹本三保先生”. リクルート進学総研 キャリアガイダンス. リクルートマーケティングパートナーズ. 2020年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月23日閲覧。
  59. ^ (対談)奈良女子大学長 今岡春樹 X 元・1等海佐 竹本三保 (2017年10月). “奈良女OGが築いた女性自衛官の道” (PDF). 奈良女子大学. 2020年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月1日閲覧。





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