暦 日本と暦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/28 04:23 UTC 版)

日本と暦

中国の暦が日本に伝えられたのがいつであるか定かではないが、『日本書紀』には欽明天皇14年(553年)に百済に対し暦博士の来朝を要請し、翌年2月に来たとの記事があり、遅くとも6世紀には伝来していたと考えられる[32]。この頃の百済で施行されていた暦法は元嘉暦であるので、このときに伝来した暦も元嘉暦ではないかと推測される。元岡古墳群(福岡県福岡市)出土の金錯銘大刀(庚寅銘大刀)には「庚寅正月六日庚寅」の銘文があるが、元嘉暦に基づけば570年1月6日と推定され、これが日本における最古の暦使用を示す考古資料となる可能性がある[33]。また、推古天皇10年(602年)に百済から学僧観勒が暦本や天文地理書などを携えて来日し、幾人かの子弟らがこの観勒について勉強したとある[34]

平安時代に編集された『政事要略』という本には推古天皇12年(604年)から初めて暦の頒布を行ったと書かれているが、『日本書紀』では持統天皇4年(690年)の条にある「勅を奉りて始めて元嘉暦と儀鳳暦とを行う」という記事が初めてであり、正式採用は持統天皇6年(692年)からという説がある。文武天皇元年(697年)8月からは元嘉暦が廃され、儀鳳暦が専用された[35]。儀鳳暦はで施行された麟徳暦のことである。元嘉暦と儀鳳暦の大きな違いは朔日の決定方法と閏月の置き方である。朔日については、前者は平朔を、後者は定朔を使用していた[36]。また、置閏法については、元嘉暦が19年7閏月という章法を採用していたのに対し、儀鳳暦では章法に拘らない破章法を用いていた。

儀鳳暦以降、天平宝字7年(763年)に大衍暦天安2年(858年)に五紀暦貞観4年(862年)に宣明暦と、唐で施行された暦法が相次いで輸入され施行されたが、その後改暦は行われず、宣明暦は江戸時代の1684年まで823年間も施行された[37]。実際の毎年の暦の作成・頒布は暦博士などの暦道の人々が行った。

貞享暦1729享保14)年版。国立科学博物館の展示。

江戸時代になると日本でも独自に天文暦学が発展した。長期にわたって改暦が行われなかったことから、置閏に必要な二十四節気測定に、誤差が累積してずれが目立ちはじめ、置閏に問題をきたすようになった(旧暦は朔日(新月)を1日とするルールだが、それは破綻していない)。このような中で、渋川春海が最初の日本独自の暦法である貞享暦を作るのに成功し、貞享元年(1684年)に改暦が行われた[38]

貞享暦以後、宝暦5年(1755年)宝暦暦が施行されたがあまり正確なものではなく、寛政10年(1798年)には高橋至時間重富らによって寛政暦が作製され施行された。そして弘化元年(1844年)には日本で最後の太陰太陽暦となる天保暦が施行された[39]。天保暦はこれまでに実施された太陰太陽暦の中で最も精密なものといわれ、当時中国で用いられていた時憲暦を上回ったと評されているが[40]、当時の世界の流れに逆行して不定時法を導入するなどの問題点もあった。

幕末に開国が行われ欧米諸国との貿易が本格化すると、日付や年のずれからトラブルが発生し、またこれら諸国の採用する太陽暦が使いやすく世界中で広く使用されていることから、日本でも太陽暦採用を求める動きが出はじめ、明治5年11月に明治政府によってグレゴリオ暦施行が決定されて、翌明治6年(1873年)から導入された[41]

現在でも民間では太陰太陽暦は年中行事や占いのために用いることがあり、これを旧暦と呼んでいるが、これは閏月の置き方を天保暦に借りはしているものの数値や計算法は現代の理論に従っているので、厳密には天保暦と同義ではない。また、すでに公的には廃止された暦であるため公的機関によるメンテナンスが存在せず、2033年には旧暦の月が決定できない旧暦2033年問題が発生することが予想されているため、いくつかの解決案が提唱されている[42]。現在の中国でも太陰太陽暦が農暦という名で使われており、基本的に日本の旧暦と同じであるが、1時間の時差のために日がずれることが少なからずある。


  1. ^ 暦の大事典, p. 8.
  2. ^ 暦の大事典, p. 1.
  3. ^ 暦を知る事典, pp. 2–3.
  4. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, p. 31.
  5. ^ 暦を知る事典, p. 3.
  6. ^ a b 暦を知る事典, p. 34.
  7. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, p. 125.
  8. ^ a b 暦の大事典, p. 130.
  9. ^ 暦を知る事典, pp. 34–35.
  10. ^ 渡邊 2012, p. 29.
  11. ^ 暦を知る事典, pp. 4–6.
  12. ^ 「世界の暦文化事典」p362-363 中牧弘允編 丸善出版 平成29年11月25日発行
  13. ^ 「世界の暦文化事典」p404-406 中牧弘允編 丸善出版 平成29年11月25日発行
  14. ^ a b c d e f 暦を知る事典, p. 13.
  15. ^ 「日本史を学ぶための古代の暦入門」p34 細井浩志 吉川弘文館 2014年7月10日第1刷発行
  16. ^ 暦を知る事典, pp. 23–24.
  17. ^ 「日本史を学ぶための古代の暦入門」p32-34 細井浩志 吉川弘文館 2014年7月10日第1刷発行
  18. ^ 渡邊 2012, p. p63.
  19. ^ 暦を知る事典, pp. 24–26.
  20. ^ 中村士岡村定矩『宇宙観5000年史 人類は宇宙をどうみてきたか』東京大学出版会、2011年12月26日、8頁。 
  21. ^ 暦の大事典, pp. 47–48.
  22. ^ 暦の大事典, p. 69.
  23. ^ 暦を知る事典, pp. 29–31.
  24. ^ 暦の大事典, p. 191.
  25. ^ 暦を知る事典, pp. 10–14.
  26. ^ 暦を知る事典, p. 7.
  27. ^ 暦を知る事典, pp. 8–9.
  28. ^ 「世界の暦文化事典」p184-185 中牧弘允編 丸善出版 平成29年11月25日発行
  29. ^ 「日本史を学ぶための古代の暦入門」p33-34 細井浩志 吉川弘文館 2014年7月10日第1刷発行
  30. ^ 暦を知る事典, pp. 9–10.
  31. ^ 暦を知る事典, pp. 38–41.
  32. ^ 暦を知る事典, pp. 52–53.
  33. ^ 国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定等(文化庁報道発表、2019年3月18日)。
  34. ^ 暦を知る事典, p. 53.
  35. ^ 暦を知る事典, pp. 53–54.
  36. ^ 「日本史を学ぶための古代の暦入門」p92-93 細井浩志 吉川弘文館 2014年7月10日第1刷発行
  37. ^ 暦を知る事典, pp. 55–57.
  38. ^ 暦を知る事典, pp. 63–65.
  39. ^ 暦を知る事典, pp. 65–67.
  40. ^ 暦を知る事典, p. 67.
  41. ^ 暦を知る事典, pp. 67–70.
  42. ^ https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/topics/html/topics2014.html 「旧暦2033年問題について」国立天文台 2023年10月22日閲覧
  43. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, p. 183.
  44. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, pp. 169–179.
  45. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, pp. 179–181.
  46. ^ 暦の大事典, p. 92.
  47. ^ 暦の大事典, pp. 131.
  48. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, pp. 197–199.
  49. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, p. 184.
  50. ^ 暦の大事典, pp. 90–92.
  51. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, pp. 174–175.
  52. ^ 所, 久禮 & 吉野 2018, pp. 28–32.
  53. ^ 所, 久禮 & 吉野 2019, pp. 20–24.
  54. ^ 所, 久禮 & 吉野 2018, p. 34.
  55. ^ 暦の大事典, pp. 90–93.
  56. ^ 渡邊 2012, pp. 125–126.
  57. ^ 所, 久禮 & 吉野 2018, pp. 48–49.
  58. ^ 所, 久禮 & 吉野 2018, pp. 55–57.
  59. ^ 所, 久禮 & 吉野 2018, pp. 63–65.
  60. ^ 所, 久禮 & 吉野 2019, pp. 37–38.
  61. ^ 所, 久禮 & 吉野 2019, pp. 39–42.
  62. ^ 「世界をよみとく暦の不思議」p87 中牧弘允 イースト・プレス 2019年1月20日初版第1刷発行
  63. ^ https://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Mid_e/koyomi.html 「ヒジュラ(イスラーム)暦・西暦換算表」アジア経済研究所 2023年10月19日閲覧
  64. ^ 「世界の暦文化事典」p190-191 中牧弘允編 丸善出版 平成29年11月25日発行
  65. ^ 「世界をよみとく暦の不思議」p87-88 中牧弘允 イースト・プレス 2019年1月20日初版第1刷発行
  66. ^ 「世界の暦文化事典」p94 中牧弘允編 丸善出版 平成29年11月25日発行
  67. ^ 「世界の暦文化事典」p44 中牧弘允編 丸善出版 平成29年11月25日発行
  68. ^ 「世界の暦文化事典」p36 中牧弘允編 丸善出版 平成29年11月25日発行
  69. ^ 「世界をよみとく暦の不思議」p54-56 中牧弘允 イースト・プレス 2019年1月20日初版第1刷発行
  70. ^ 所, 久禮 & 吉野 2019, pp. 42.
  71. ^ 暦の大事典, p. 430.
  72. ^ 野林厚志 編『世界の食文化百科事典』丸善出版、2021年1月30日、310-311頁。 
  73. ^ ホルフォード・ストレブンズ 2013, p. 61.
  74. ^ 「世界の暦文化事典」p190 中牧弘允編 丸善出版 平成29年11月25日発行
  75. ^ 「東洋天文学史」p90-91 中村士 丸善出版 平成26年10月30日発行
  76. ^ 暦の大事典, p. 150.
  77. ^ 暦の大事典, pp. 151–154.
  78. ^ 暦の大事典, pp. 154–157.
  79. ^ 閏週で曜日を固定する新しい暦”. ナショナルジオグラフィック (2012年1月18日). 2023年1月28日閲覧。
  80. ^ 暦の大事典, pp. 434–435.
  81. ^ a b 暦の大事典, p. 434.
  82. ^ 暦の大事典, pp. 440–444.
  83. ^ 暦を知る事典, pp. 58–61.
  84. ^ 暦を知る事典, p. 130.
  85. ^ 岡田芳朗『暦ものがたり』〈角川ソフィア文庫〉2012年8月25日、154-155頁。 
  86. ^ 暦を知る事典, pp. 151–156.
  87. ^ 暦を知る事典, pp. 156–158.
  88. ^ 暦を知る事典, pp. 69–71.
  89. ^ 「東洋天文学史」p51-52 中村士 丸善出版 平成26年10月30日発行
  90. ^ 岡田芳朗『暦ものがたり』〈角川ソフィア文庫〉2012年8月25日、11頁。 
  91. ^ 暦の大事典, pp. 223–228.
  92. ^ 所, 久禮 & 吉野 2018, pp. 42–44.
  93. ^ 所, 久禮 & 吉野 2019, pp. 19–20.
  94. ^ 所, 久禮 & 吉野 2018, pp. 38–41.
  95. ^ 岡田芳朗『暦ものがたり』〈角川ソフィア文庫〉2012年8月25日、199-200頁。 
  96. ^ 岡田芳朗『暦ものがたり』〈角川ソフィア文庫〉2012年8月25日、209-211頁。 





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「暦」の関連用語

暦のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



暦のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの暦 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS