推古とは?

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すい こ [1]推古

昔のことをおしはかって考えること。

推古天皇

(推古 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/16 06:38 UTC 版)

推古天皇(すいこてんのう、554年5月21日欽明天皇15年乙巳朔癸丑: 4月9日〉- 628年4月15日〈推古天皇36年3月7日[注 1])は、日本の第33代天皇(在位:593年1月15日崇峻天皇5年12月8日〉 - 628年4月15日〈推古天皇36年3月7日〉)。




注釈

  1. ^ 『古事記』では戊子年3月15日
  2. ^ これを採用した場合には欽明天皇32年(敏達天皇即位の年)に皇后となったことになり、広姫立后の記事と矛盾することになり、広姫立后記事か推古の立后時の年齢のいずれかが誤りの可能性がある。
  3. ^ 『古事記』分注では「甲辰年四月六日崩」
  4. ^ 実際には、俀国が推古天皇8年(600年)に遣隋使をおくっている。また、これは12年の誤差があり遣唐使の可能性もある。

出典

  1. ^ a b ベン・アミー・シロニー(著) Ben‐Ami Shillony(原著)『母なる天皇―女性的君主制の過去・現在・未来』大谷堅志郎(翻訳)、78頁。(第2章『女性統治者の出現』、5『最初の「天皇」は女性だった』、『日本で最初の「天皇」』)
  2. ^ 横田健一(著)『古代王権と女性たち』、吉川弘文館、1996年1月発行22頁引用ー『女帝・女王は当時の東アジア世界にはまだいなかった。新羅第二十七代の善徳女王が王位についたのが六三二年のことで、推古天皇崩後四年目のことである。』・・・。・ISBN 4-642-07408-2
  3. ^ 『古事記』推古天皇段には「妹(いも)、豊御食炊屋比売(とよみけかしぎやひめ)命、小治田(をはりだ)宮に坐しまして、天の下治らしめすこと、三十七歳(みそじまりななとせ)なりき。分注、戊子の年の三月十五日癸丑の日に崩りましき。)御陵は大野の岡の上にありしを、後に科長(しなが)の大木陵に遷しき」(『古事記』)とある。小治田宮奈良県高市郡
  4. ^ 『ビジュアル日本史ヒロイン1000人』20頁
  5. ^ a b ベン・アミー・シロニー(著) Ben‐Ami Shillony(原著)『母なる天皇―女性的君主制の過去・現在・未来』大谷堅志郎 (翻訳)、79頁。 (第2章5『日本で最初の「天皇」』)。
  6. ^ a b c d e 磯長山田陵(国史).


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