上杉謙信 上杉謙信の概要

上杉謙信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/03/21 10:32 UTC 版)

 
上杉 謙信 / 上杉 輝虎
Uesugi Kenshin.jpg
上杉謙信像(上杉神社蔵)
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 享禄3年1月21日1530年2月18日
死没 天正6年3月13日1578年4月19日
改名 虎千代(幼名)→長尾景虎→上杉政虎
→輝虎→不識庵謙信
別名 平三(仮名)
宗心(臨済宗での名前)
越後の龍、聖将、軍神(渾名)
戒名 不識院殿真光謙信
墓所 上杉家廟所
春日山林泉寺
高野山ほか
官位 従五位下、弾正少弼?[注 1]従二位
幕府 室町幕府 越後守護代関東管領
主君 上杉定実憲政足利義輝義昭
氏族 府中長尾氏山内上杉家
父母 父:長尾為景、母:虎御前(青岩院
養父:長尾晴景上杉憲政
兄弟 長尾晴景長尾景康長尾景房?
仙桃院長尾政景室)、謙信
義兄弟:上杉憲藤上杉憲重上杉憲景
養子:畠山義春山浦景国上杉景虎
景勝
養女:山浦国清朝倉義景の娘)
猶子:織田氏[注 2]

上杉家の下で越後国の守護代を務めた長尾氏出身で、初名の長尾景虎(ながお かげとら)でもよく知られている。兄である晴景の養子となって長尾氏の家督を継いだ。のちに関東管領上杉憲政から山内上杉氏の家督を譲られるとともに「政」の1字を与えられて上杉政虎(うえすぎ まさとら)と改名し、それまで上杉氏が世襲していた室町幕府の重職関東管領をも引き継いだ。後に室町幕府の将軍・足利義輝より偏諱(「輝」の1字)を受けて、最終的には上杉輝虎(うえすぎ てるとら)と名乗った。謙信は、さらに後に称した法号である。

内乱続きであった越後国を統一し、産業を振興して国を繁栄させた。他国から救援を要請されると秩序回復のために幾度となく出兵し、49年の生涯の中で武田信玄北条氏康織田信長越中一向一揆蘆名盛氏、能登畠山氏佐野昌綱神保長職椎名康胤らと合戦を繰り広げた。特に5回に及んだとされる武田信玄との川中島の戦いは、後世たびたび物語として描かれており、よく知られている。さらに足利将軍家からの要請を受けて上洛を試み、越後国から北陸路を西進して越中国能登国加賀国へ勢力を拡大した。




[ヘルプ]

注釈

  1. ^ 歴名土代』に見えず。
  2. ^ 文書上でのやりとりのみ
  3. ^ 叙任の月日は、上杉家御年譜一・謙信公では4月23日[7]上杉家文書・上越七三では5月26日(大覚寺義俊の斡旋による)としている。なお、歴名土代には記載なし。
  4. ^ なお、「歴代古案」所載の景虎遺言では比叡山に隠棲したとしている。
  5. ^ かつて北条三郎は北条氏秀と同一とされていたが、『関八州古戦録』以外に出典がなく、現在では否定的意見が有力である[10][11]
  6. ^ その時歴史が動いた』(NHK、2007年4月4日放送[出典無効])では、「関東侵攻後、信長を打倒し京へ上洛」が有力説とされた。
  7. ^ 栗岩英冶、桑田忠親井上鋭夫花ヶ前盛明など多くの研究者が著書で指摘している。
  8. ^ 風湿(痛風リウマチに相当する漢方の語)。風毒ともいう。
  9. ^ 将軍義輝は病気見舞いとして大舘左衛門佐輝氏を坂本の陣所へ遣わし、同日、鉄砲火薬の調合書(『鉄放薬之方并調合次第』)一巻を謙信に贈った。
  10. ^ 近衛前久からの慰問の書状がある(「ふくちういかゝ候や、これのみあんじ申候。うけたまはりたく候。猶ゆたんなく、御屋うじやうかんよふにて候」6月10日付[23]
  11. ^ 雪の中、厠で倒れたと史料にあることも、死因が脳卒中だと考えられる一因である。
  12. ^ 『松隣夜話』の記述を基に、王丸勇が著書『英雄医談―病跡学こぼれ話』で推測した。
  13. ^ 池田嘉一は著書『史伝上杉謙信』において、北越軍記の史料価値の否定とともに謀殺説を痛烈に批判した[21]が、没地について論拠を求めた布施秀治の『上杉謙信傳』では、『謙信公御年譜』に記された永禄4年7月5日の死亡は明らかな誤りと著されている[17]。これは、永禄7年3月までの政景の文書が存在しているからであり、この点に関してだけは北越軍記の同年7月5日死亡が正しいものとしている。何れにせよ記録が錯綜しているため、どの説についても確証は得られない。
  14. ^ 長尾謙忠は詰腹。一族郎党は後任城代の北条高広に託した[30]
  15. ^ 中世史家の杉山博は「甲州塩市場の独占をねらった謙信の行為や、敵であろうと味方であろうとおかまいなしに、甲州の塩不足に目をつけて塩を送りこんだ「死の商人」たちの仕業を、カモフラージュするために」このエピソードが出来上がったのではないか、としている[要出典]
  16. ^ 関八州古戦録』では主従45騎、『常山紀談』では13騎、『名将言行録』だと23騎率いると記されていた。
  17. ^ 謙信は仏教を信仰していたが、信仰していたのは真言宗である。

出典

  1. ^ a b c d 小野榮 2006, p. 63.
  2. ^ 丸茂潤吉 2013, p. 102.
  3. ^ 小野榮, p. 64.
  4. ^ a b c 小野榮 2006, p. 64.
  5. ^ a b 丸茂潤吉 2013, p. 103.
  6. ^ 小野榮 2013, p. 64.
  7. ^ a b 上杉家御年譜 1989.
  8. ^ 小丸俊雄 『小田氏十五代―豪族四百年の興亡 下巻』〈ふるさと文庫―茨城〉、1979年3月、56-65頁。
  9. ^ 『静岡県史』資料編7、3491-3494号
  10. ^ 長塚孝「北条氏秀と上杉景虎」戦国史研究12号
  11. ^ 黒田基樹の論文、など
  12. ^ a b c d 小野榮 2006, p. 62.
  13. ^ 小野榮 2006, p. 66.
  14. ^ 『古老物語』[要高次出典]
  15. ^ 『犯罪学雑誌』29号(日本犯罪学会編1963年四月刊)による。
  16. ^ 『松隣夜話』
  17. ^ a b c 布施秀治 1917.
  18. ^ 『史論[上杉謙信]戦国孤高の名将の虚実』桑田忠親
  19. ^ 常山紀談
  20. ^ 『謙信公御年譜』
  21. ^ a b 池田嘉一 1971.
  22. ^ 花ヶ前盛明 2005.
  23. ^ 上杉家文書
  24. ^ a b 栗岩英冶 1943.
  25. ^ 王丸勇 『英雄医談-病跡学こぼれ話』 新人物往来社、1972年
  26. ^ 上杉家文書
  27. ^ 『柿崎景家―川中島先陣』室岡博
  28. ^ 花ヶ前盛明 1984.
  29. ^ 『北越軍記』
  30. ^ 関八州古戦録
  31. ^ 『北条記(相州兵乱記)』
  32. ^ 市村高男 『戦国期東国の都市と権力』〈思文閣史学叢書〉、1994年11月。ISBN 978-4784208555
  33. ^ 関八州古戦録
  34. ^ 『常山紀談』
  35. ^ 『名称言行録』
  36. ^ a b c 長谷川伸 「上杉謙信の虚像 ─上杉謙信画像と要門派越後流軍学の展開─」『新潟県立歴史博物館研究紀要』第5号、2004年3月、pp.107-125。
  37. ^ 『越佐史料』
  38. ^ a b 故上杉輝虎外四名贈位ノ件』 アジア歴史資料センター Ref.A10110299500 
  39. ^ 矢田俊文 2005, p. 124.
  40. ^ 矢田俊文 2005, p. 134.
  41. ^ 藤木久志 『雑兵たちの戦場』 朝日新聞社1995年
  42. ^ 市村高男『東国の戦国合戦』(吉川弘文館・2009年刊)
  43. ^ 笹本正治監修『川中島合戦再考』(新人物往来社・2000年刊)
  44. ^ 別冊太陽『戦国大名』平凡社・2009年刊、他
  45. ^ 甲陽軍鑑』品第39
  46. ^ 『歴代古案』
  47. ^ 笹本正治 2005, p. 78.
  48. ^ 天と地と”. 日本放送協会. 2015年2月3日閲覧。


「上杉謙信」の続きの解説一覧





上杉謙信と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

上杉謙信に関連した本

上杉謙信に関係した商品

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「上杉謙信」の関連用語

上杉謙信のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す

キク

ペンローゼ鉱

イエローポプラ

チョコレートゼブラ・プレコ L270

都府県

空手道

階高

エンゼルフィッシュ





上杉謙信のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの上杉謙信 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2015 Weblio RSS