人名
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/24 09:10 UTC 版)
概説
名前と人間の関わりは古く、名の使用は有史以前に遡るとされる。姓などの氏族集団名や家族名の使用も西方ではすでに古代ギリシアなどにその形跡があるとされ、東方では周代から後世につながる姓や氏の制度が確立されていることが確認できる。
ある社会においては様々な理由で幼児に名前を付けない慣習が見られる地域もあるが、1989年に国連総会で採択された児童の権利に関する条約7条1項は、「児童は、出生の後直ちに登録される」「ただの出生児から1つの名となる権利を有すべきである (shall have the right from birth to a name)」と定めている。
日本の場合は民法により「氏+名(=氏名)」という体系をもつ。他に「姓+名(=姓名)」や「名字と名前」ともいう。「名前」は「氏名」「氏」「名」のいずれかを指すため、「氏」を「上の名前」、「名」を「下の名前」と呼ぶこともある(縦書きにしたとき「氏」は上部、「名」は下部になるため)。他者から呼称される場合は、「氏」のみ、「名」のみ、あだ名、敬称・職名などとの組み合わせ、同一の人名の世襲などがある。
後述するように、「氏+名」という構成は日本の文化に基づいた体系である。人名は、共同体の慣習により異なる名付けの体系を持ち、また、呼称する場合も慣習によって独特の方法を持つことが多い。漢字文化圏において氏と姓、さらには日本における名字は本来は互いに異なる概念だが、今日では同一視されている。日本でも、明治維新以前は「氏(うじ)」「姓(本姓)」と「名字」は区別されていた。
人名は、呼ぶ側と呼ばれる側が互いに相手を認識し、意思の疎通をとる際に使われる(記号論)。多くの場合、戸籍など公的機関に登録される名前を本名として持つ。呼び名としては、戸籍名のままや、「さん」、「君」、「ちゃん」等の敬称が付け加えられたり、名前を元にした呼び方、あだ名との組み合わせなどとなることが多い。
名前にはその主要な属性として、発音と表記がある。例えば日本人の個人名が外国の文字で表記されることがあるが、これは1つの名前の「別表記」と考えることができる。逆に、漢字名の場合、複数の読み・音と訓の組み合わせによって読み方が変わることがある。こういった表記、発音の変化に対する呼ばれる側としての許容範囲は様々である[注釈 1]。
また、名は特定の個人を指し示す記号であることから、人名そのものが、自己、自我、アイデンティティ、自分というクオリアに大きく関係するという考え方がある。各国・各文化の歴史を見ても、霊的な人格と密接に結びついていると考えられていたり、真の名を他者が実際に口にして用いることに強いタブー意識を持っていたりする社会は多くあった。
たとえば日本では「諱」がこれにあたる。これは、元服前の「幼名」、「字(あざな)」、出家・死去の際に付ける「戒名」などと合わせて、名を単なる記号として扱おうとしない一つの文化である[注釈 2]。この文化は近世・近代と「諱」を持つ層が減り、逆に「名字」を持つ層が増えるにしたがい(苗字帯刀御免、平民苗字必称義務令)、希薄化してきたと言える。
だが、21世紀初頭の日本においても、名付ける者が名付ける対象に特別な読みを与えることで特別な意味を見い出そうとして名付けたと解釈する限りでの難読名などに見られるように、名に特別な意味を与えようとする思いは[注釈 3]、散見されるものである。
日本における状況
日本では現代社会の一般人の日常生活でもインターネットを用いたコミュニケーションが普及するにつれ、見ず知らずの相手には、名前は一切開示せず接触し、相手の素性を知ってから段階的に開示するということは、よく行われる。また、インターネット上のコミュニティなどでは、本名は出さず、ハンドルネームなどを示すのが一般的である。様々なことを考慮すると、やはり本名をあまりに安易に不特定多数に開示してしまうことはそれなりにリスクが伴う、という判断がある(関連する事象として、名誉毀損やプライバシーなどの項も参照可)。また、多少意味合いが異なることは多いが、芸術家・作家・評論家などで、ペンネーム・アーティスト名などを用いて、本名は開示しないことは多々見られる。
一方、個々の名前のアイデンティティの重要性は、幼名などが一般的だった江戸時代、養子などが一般的であった戦前などと異なり、増している。近年の選択的夫婦別姓を求める声などは、現代で、個々の名前のアイデンティティの重要性が増してきたことの表れである。
注釈
- ^ 作家・安部公房は本名「きみふさ」だが、筆名「こうぼう」と読ませるなど、逆に使い分ける場合もある。
- ^ 言霊信仰が影響している可能性がある。
- ^ 日本では、寿限無の噺において、縁起のよい特別な名を付けようとする笑い話がある。縁起のよい名を重ねたものを名とする実例としては、洗礼名であるが、たとえばモーツァルトのそれがある。すなわちヨハンネス・クリゾストムス・ヴォルフガングス・テオフィルス・モーツァルト (Johannes Chrysostomus Wolfgangus Theophilus Mozart)。3人の聖人の名を冠する。
- ^ 基本的には、その文化の言語においての被修飾句と修飾句の順に沿うことが多い。これは、個人名が個人を表すものであり、姓はそれを修飾している関係にあたる、と解釈することも可能である。
- ^ また、名以外に姓が必要になってくる場面に関しては、「名前空間」の概念も参考になる。近しいグループや集団では(名前が重ならないようにあらかじめ注意して名づけることが多いので)、個人名だけを使って呼び合っても名前が衝突(同一名が現れてしまう)することは少ないが、他集団と接触した時や別の場所に移動した時に名前の衝突が起き、個人名・固体名以外の名称(姓など)を使用する必要性が高まる。
- ^ 奈良時代の橘氏は橘宿禰姓を受けた県犬養三千代の姓を子の橘諸兄・橘佐為が継承しており[17]、また藤原弟貞が母の藤原朝臣を臣籍降下後に賜姓されたように母親の姓を名乗る例がある。
- ^ 多くの日本人は、ミドルネームを持たない。そのため、ミドルネームは、「名」の一部とするか、通称としての使用にとどまる。
- ^ 英語では、女性に限り結婚以前の姓を「maiden name」と言う。
- ^ Nom marital(婚姻姓)とも呼ばれる。
- ^ 浄土真宗では授戒がないため法名という。
- ^ 「ダルヴィーシュのような人」の意味
- ^ ただし、一般名詞にаやяで終わる名詞はほとんど女性名詞であることに対し、男性のファーストネームにイリヤ(Илья)、ニキータ(Никита)やサーシャ(Саша)など、аやяで終わるものも多い。なお、これらの人名の語形変化は文法上の語形の変化法則にのっとるが、修飾語はその人の性別の方で変化する。
出典
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