南方熊楠 エピソード

南方熊楠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/22 06:06 UTC 版)

エピソード

  • 手紙でも原稿などを書き出したら決して反故にせず、書き損じて破ったりするような事も一切なく、続けて一気に書いた。休むにしても2時間程で起き出して、夜中の何時であっても構う事は無かった[34]
  • 机の上では書き物をせず、の上で何も敷かずに描いていた。手紙を書く時も座布団を除けて畳の上へ巻き紙を置き、座って書いた。若いうちは机にしたりテーブルにしていたが、晩年は足の具合が悪いので畳だった[34]
  • 本を読んだり書き物をしている時は八畳の離れで過ごし、そこから一切出る事が無かった。「飯も言うてくるな」と自分に食事をさせるなと言ったが、そのうち出てきて「今朝から飯食ったか」と食べたかどうかさえ覚えていない程、没頭していた[34]
  • 夏は離れの部屋でうたた寝する程度の就寝習慣で、蚊帳に入って寝たことがなく、大抵は起きて過ごしていた。このような睡眠時間であっても3日くらいは大丈夫だった[34]
  • 熊楠が飼っていた2001年(平成13年)7月まで生きていた。正確な年齢はわからないものの、100歳程といわれる。
  • 1941年(昭和16年)11月2日、海南市藤白にいる熊弥に、『日本動物図鑑』を届けたことが日記にある。11月16日、『今昔物語』上巻(辻本尚古堂、1896年、江戸時代の井沢長秀注本を活字にしたもの)に「此今昔物語二冊、代金三円、昭和十六年一月十六日東京神田神保町一誠堂書店より購収、娘文枝ニ与フル者也、南方熊楠」と書き入れた。12月8日の真珠湾攻撃の報道を知っていたかどうか、当日には何の記載もない[43]
  • 大英博物館の図書館で閲覧者に人種差別発言を受けた熊楠は大勢の前で頭突きを喰らわせ3か月の入館禁止となった。1年後に再度同じ者を殴打したため博物館から追放されたが、学才を惜しむ有力イギリス人たちから嘆願書が出され復職した。
  • 電灯が嫌いで常に提灯を使用していたが、ある時、本棚へかけて燃えだすぼやを起こしてしまい、これをきっかけに電灯を使うようになった[34]
  • 熊楠が昼寝中に来客があった時の事、留守だと言うのだが伸ばした両足が玄関から見え、居留守だと分かっていた。客が「本当なのですか」と尋ねると「本人自身でそう言ってるので間違いなし」と答えるので家の者たちは冷や汗をかいた[34]
  • ストーブは無かったため、妻はいつ熊楠が起きてもいいように火鉢に炭団をくべて暖をとり、お茶はいつでも沸いているようにしていた[34]
  • 風呂から上がっても濡れた体を拭くこともせず浴衣も着ずに裸でいたので、妻が風呂から台所までゴザを敷き詰めていた。寒い日でも変わらずに同じ行動をしていた[34]

注釈

  1. ^ 熊楠の生まれた時、父弥兵衛は39歳、母住が30歳であった。ちなみに、この二人の間には、長男藤吉、長女くま、次男熊楠、三男常楠、次女藤枝、四男楠次郎の6人が生まれている。生誕地は橋丁二十二番地、その跡地に当たる駐車場の角に、和歌山市によって熊楠の胸像が1994年に建てられている[7]
  2. ^ 速成中学校(旧制の高等小学校と同じ)で希望者のみ入学した。
  3. ^ 中国代の辞書『正字通』にある「落斯馬」という動物がイッカクであると書いたシュレーゲルに対し、熊楠はセイウチであると主張した論争。熊楠が勝利。
  4. ^ 発見場所は、稲荷村(現・田辺市)の糸田にある猿神(古くは山王権現社と呼ばれていた)で、高山寺のある台地の会津川に臨む見晴らしの良い場所にあった[13]
  5. ^ 当時の『ネイチャー』誌における投稿論文は、現在の査読を行わない読者投稿欄のようなものであった[要出典]
  6. ^ 写真多数の図版本。長谷川興蔵(1924-1992)は、編集者として生涯かけ平凡社・八坂書房で著作資料の校訂を担当した。
  7. ^ 同じ谷川健一編で、熊楠を柳田国男・折口信夫と比較論考した『南方熊楠、その他』(思潮社、1991年)がある。
  8. ^ 著者没後に刊、編者ほか3名による共著。

出典

  1. ^ 松居竜五・岩崎仁編『南方熊楠の森』(方丈堂出版、2005年)4〜13頁
  2. ^ a b c d e f g h i j k 南方熊楠大辞典. 勉誠出版. (2012年1月30日) 
  3. ^ a b 田村義也「語学力」(『南方熊楠大事典』129-133頁)
  4. ^ 飯倉照平「熊楠伝説」、『南方熊楠大事典』(勉誠出版、2012年)124〜129頁などを参照。
  5. ^ a b c d e f 唐澤太輔「南方熊楠 日本人の可能性の極限」. 中央公論新社〈中公新書〉. (2015年4月) 
  6. ^ a b c d 読売新聞』よみほっと(日曜別刷り)2021年10月24日1面【ニッポン絵ものがたり】南方熊楠「菌類図譜」F.4198
  7. ^ 飯倉 2006, p. 2.
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk 南方熊楠大事典(第六部 年譜). 勉誠出版. (2012年1月30日) 
  9. ^ a b c d e f g h i 漱石と熊楠 同時代を生きた二人の巨人. 鳥影社. (2019年4月3日) 
  10. ^ Collectors of the UNC Herbarium(英語) - ノースカロライナ大学チャペルヒル校植物標本館ノースカロライナ植物園英語版の一部門でもある。)
  11. ^ William Wirt Calkins - ウェイバックマシン(2019年3月13日アーカイブ分)(英語) - イリノイ州自然史調査所英語版
  12. ^ 松居竜五「ジャクソンヴィルにおける南方熊楠」『龍谷大学国際社会文化研究所紀要』第11号、龍谷大学、2009年6月30日、 210-228頁、 NAID 110008739278
  13. ^ 飯倉 2006, p. 206.
  14. ^ 飯倉 2006, p. 200.
  15. ^ 松居竜五「南方熊楠宛スウィングル書簡について」『龍谷大学国際社会文化研究所紀要』第7号、龍谷大学、2005年3月25日、 149-156頁、 NAID 110004628956
  16. ^ a b 南方熊楠顕彰会>ゆかりの地
  17. ^ 変形菌分類学研究者 - 日本変形菌研究会
  18. ^ Minakatella longifila G. Lister -- Discover Life
  19. ^ Minakatella longifila G.Lister, 1921 - Checklist View
  20. ^ Gulielma Lister - Wanstead's Wildlife(英語)
  21. ^ 変形菌分類学研究者の紹介(国外) - 日本変形菌研究会
  22. ^ 雲藤等「『南方熊楠全集』(平凡社)と書翰原本との異同 : 上松蓊宛・平沼大三郎宛書翰を中心に」『社学研論集』第20巻、早稲田大学大学院社会科学研究科、2012年9月、 139-155頁、 ISSN 1348-0790NAID 120005300994(18)の異同を参照。
  23. ^ 紀田順一郎「南方熊楠─学問は活物で書籍は糟粕だ─」においては、ブレサドラの『菌誌』とも。
  24. ^ 南方熊楠顕彰館所蔵資料・蔵書一覧(南方熊楠顕彰館2012) 5.関連p.14の"関連0958"に資料名として『ブレサドラ菌図譜』とあわせて「名誉賛助名簿」とある。
  25. ^ a b c d e f g h 南方熊楠大事典(第二部 生涯). 勉誠出版. (2012年1月) 
  26. ^ 南方熊楠大事典(第三部 人名録). 勉誠出版. (2012年1月) 
  27. ^ 飯倉 2006, p. 36.
  28. ^ 飯倉 2006, p. 277.
  29. ^ 飯倉 2006, p. 279.
  30. ^ 飯倉 2006, p. 273.
  31. ^ 萩原(1999)、p.244
  32. ^ a b 南方熊楠大事典. 勉誠出版. (2012年1月) 
  33. ^ 和歌山県神社庁公式サイト 鬪鷄神社
  34. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 南方文枝「父 南方熊楠を語る」、付神社合祀反対運動未公刊史料. 日本エディタースクール出版部. (1981年・昭和56年7月) 
  35. ^ 唐澤太輔「〈研究論文 ワーキングペーパー 報告書〉「南方曼陀羅」と『華厳経』の接点」『2015年度 研究活動報告書』、龍谷大学世界仏教文化研究センター、2016年3月、 191頁、 NAID 120005969550
  36. ^ 『日本学者フレデリック・ヴィクター・ディキンズ』秋山勇造 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇
  37. ^ 飯倉 1974, p. 290.
  38. ^ 平家蟹の話」
  39. ^ 紀田(1994)
  40. ^ 資料 (PDF)”. 和歌山県教育センター学びの丘. 2018年4月28日閲覧。
  41. ^ 大本泉『作家のごちそう帖』(平凡社新書 2014年)pp.33-42
  42. ^ 世界的植物学者、奇行の巨人死去『東京日日新聞』(昭和16年12月30日)『昭和ニュース辞典第7巻 昭和14年-昭和16年』p747 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
  43. ^ 飯倉 2006, pp. 334–335.
  44. ^ 英国科学誌での熊楠の研究に、志村真幸『南方熊楠のロンドン 国際学術雑誌と近代科学の進歩』慶應義塾大学出版会、2020年 がある。
  45. ^ “知の巨人に和歌山・田辺市が名誉市民章授与 10月22日、紀南文化会館で南方熊楠生誕150周年記念式典 - 産経WEST”. 産経新聞. (2017年9月27日). https://www.sankei.com/article/20170927-JEJTPM3RCBNZDNFNVGM6LW2QTQ/ 2018年10月16日閲覧。 
  46. ^ “「熊楠は日本人の夢」 生誕150周年で中沢新一さんら”. 紀伊民報. (2017年2月22日). http://www.agara.co.jp/news/daily/?i=341710 2017年2月24日閲覧。 
  47. ^ 清酒 世界一統-知られざる巨人-南方熊楠-南方熊楠と世界一統の歩み
  48. ^ a b c II 南方熊楠をめぐる人名目録南方熊楠を知る辞典
  49. ^ 縛られた巨人、南方熊楠 -何によって縛られていたか『天皇と日本国憲法(毎日新聞出版): 反戦と抵抗のための文化論』なかにし礼PHP研究所, Mar 7, 2014
  50. ^ a b 南方熊楠 履歴書(口語訳5)ロンドンに渡るMikumano.net
  51. ^ 南方熊楠 履歴書(口語訳13)母と兄Mikumano.net
  52. ^ 南方熊楠 履歴書(口語訳15)帰国Mikumano.net
  53. ^ 南方熊楠 履歴書(口語訳16)和歌山Mikumano.net
  54. ^ 熊楠を支えた弟/和歌山『毎日新聞』2017年3月20日
  55. ^ 南方熊楠の家族と日常南方熊楠記念館
  56. ^ 飯倉 2006, p. 359.
  57. ^ 飯倉 2006, p. 337,360.
  58. ^ 遺著に『長谷川興蔵集 南方熊楠が撃つもの』南方熊楠資料研究会






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