教育 教育と経済

教育

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/28 14:09 UTC 版)

教育と経済

教育経済学

経済面においては、進学率の上昇による労働者の質的向上が経済成長を押し上げる効果があることが指摘されている(教育の経済効果)[註 3]

教育がもたらすこれらの肯定的な機能に対しては疑問の声も一部で上がっている。例えば、発展途上国においては、基礎的な教育の実施で期待される所得・生産性の向上や市場経済への移行などといった経済効果や、政治における民主化の前進、社会における人口の抑制などといった効果が、必ずしも顕著には現れていないことが指摘されている[24]

教育費・公教育・教育格差

国際人権規約教育を受ける権利を定めている[註 4]

フランスでは、教育を受ける権利の理念にもとづいた制度が徹底しており、国・公立の教育施設においては、幼児教育から大学教育まで授業料が一切無料で、教育を受けたい人は、親の経済状態などにかかわらず教育を受けることができる。誰が教育費を捻出するかは、《教育を受ける権利》と大いに関係してくる。教育費を子供が負担するとすると、収入が無い子供は捻出できず。また、親が全て出すとすると、富裕層が教育を受け、貧困層は教育が受けられず、教育を受ける権利が守られず、教育格差が生まれる。子供は親を選んで生まれてくることができない。親の状態によって教育が受けられる/受けられないなどという差が生まれてしまうようでは、本人の素質や努力によってどうにもならない「生まれ」によって人間が根本的に差別されてしまう、ということで、基本的に人道に反した状態であるということになる。つまり、《教育を受ける権利》を守るためには、教育費は公的に捻出されなければならない。すなわち、国家や地方政府が出すということにしなければ、子供が《教育を受ける権利》が守られないことになってしまい、非人道的な状態になってしまうわけである。[要出典]

フランスでは公共機関が行う教育(国立や公立の 幼稚園から大学まで)の授業料が全て無料である[25][26]。ドイツも小学校から、大学、大学院に至るまで、公立校ならば学費が無料である[27]

一方、イギリスではインデペンデント・スクールが運営財源を国に頼らず、授業料寄付、寄付の投資の利子で補っていおり、政府・国家からの独立・自立を実践している。また、ボーディングスクールスイス、ドイツ、イギリス、アメリカ、カナダ、香港、中国、日本にもあり、世界の富裕層に支持されている[28]スイスル・ロゼは年間学費は1200万円を超える[28]。元英国首相のウィンストン・チャーチルや、インドの首相ジャワハルラール・ネルーらを輩出したイギリスのハロウスクールなどもある[28]

日本では、教育費のうちで国や自治体が費用を出している比率が(世界の先進諸国の中で比較しても)低く、さらに少子化および少子高齢化が進んでいる[26]。また、日本での教育格差も厳然と存在しており、東京大学生徒の親の収入は平均約1000万円で、東京大学合格者は学費の高額な中高一貫校出身者が多くを占めている[29]

アメリカの公共経済学教授ブライアン・カプランは、学校教育は教育内容よりも学歴(シグナリング)が重視されるが、その点からいえば、学校教育のほとんどは無駄なシグナリングであり、政府も教育支出を削減すべきであるとする[30]。カプランは、歴史社会美術音楽外国語などは、社会に出ても役に立つことはなく、学生もすぐに忘れるほどで、単に時間の無駄となっており、必須科目から選択制にしたり、または授業の水準をあげて成績下位の生徒を落第にすれば無駄はなくなるともいえるが、しかし、「税金を使って非実用的な教科を教える授業の廃止」が最も有効であると主張する[30]。カプランは、「なぜ美術を勉強するという選択肢に公費をかけて納税者が負担しなければならないのか。それより、公立大学の非実用的な学部は閉鎖し、政府の助成金ローンを受けられない私立大学に非実用的な専攻の学科を創設すればいい」と提案し、現在問題になっている高額授業料にしても、無益な進学を抑制しているだけでなく、専攻の最適化にも役立っていると述べる[30]

教育と収入

収入面での効果が、比較的多くの人々の関心を集めている。各国においては、学歴が上がるほど生涯賃金も上がる傾向にある[31]

しかし日本においては、実際のデータを見てみると学歴による生涯賃金の差は比較的小さいという見解もある[註 5]。単年度の見かけの給与はともかくとして、学校に通うことで働いて収入を得る年数が減る分、生涯賃金があまり増えない。特に大学院などは、(全日制で)大学院まで進むと、統計的に見て大卒よりもかえって生涯賃金は下がる場合が多い、とのデータもある。一般論として言えば日本の企業は大学院修了者をあまり歓迎していない。日本においては、教育を投資と考える傾向は低い。また、2005年現在の日本の社会では、「勉強して良い大学に入れば、良い企業に入れる」という仕組みはすでに崩れてきたことが幾人かの論者によって指摘されている[32]。例えば関東圏で例を挙げると、東京大学や他の六大学などを卒業していてもフリーターになってしまう可能性もある。

教育の商業化

教育の商業化、教育の市場化なども問題とされている[33]

1950年代からマネタリスト経済学者ミルトン・フリードマンが教育の市場化を目指し、教育バウチャーを提唱した。近年は、元ハーバード大学学長のデレック・ボックが大学の商業化を批判している[34]。ほか、市場原理の大学への導入を「アカデミック・キャピタリズム」として批判されることもある[35]

日本でも高等教育の市場化が問題とされている[36]。 大学改革において、2004年に国立大学独立行政法人国立大学法人に移行したが、有馬朗人東京大学学長らが失敗であったと批判している[37]

グローバル教育政策市場

近年、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)事業において、成績の高い先進国がグローバル教育政策市場を開拓し、自国の教育モデルを海外に売る「教育の輸出」現象が生起していると指摘されている[38][39]


註釈

  1. ^ 聖書では子を教えるのは親の責任とされている(申命記(口語訳)#6:4-7
  2. ^ a b 家庭教育のうち人間社会において基礎的な価値観・態度をこどもに示すことは特にしつけと呼ばれる。
  3. ^ 例えば、昭和50年代の日本の製造業において、教育水準の高まりが1%ポイントほど経済成長の高まりに寄与した。参照、労働省 『昭和59年 労働経済の分析(労働白書)』第II部1(1)1)
  4. ^ 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第十三条 1 この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は、教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。
  5. ^ 例えば、男性標準労働者の生涯賃金(2004年)は、中卒2億2千万円、高卒2億6千万円、大卒・大学院卒2億9千万円。(独立行政法人労働政策研究・研修機構 『ユースフル労働統計―労働統計加工資料集―2007年版』 2007年 ISBN 978-4-538-49031-1 p. 254)

出典

  1. ^ a b c d e f ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
  2. ^ 分析哲学の影響を受けたリチャード・ピーターズによる。Peters, R. S. Ethics and Education London, Allen and Unwin, 1966.
  3. ^ アリストテレスニコマコス倫理学』・『政治学
  4. ^ J・デューイ 『民主主義と教育』など
  5. ^ I・カント 『教育学講義』
  6. ^ プラトン国家
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 川本亨二『教育原理』日本文化科学社、1995年。 
  8. ^ Enhancing Education”. 2016年2月1日閲覧。
  9. ^ Perspectives Competence Centre, Lifeling Learning Programme”. 2014年10月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月1日閲覧。
  10. ^ E・デュルケーム 『教育と社会学』 佐々木交賢誠信書房 1922=1976年 (新装版 1982年 ISBN 978-4-414-51703-3
  11. ^ M・フーコー監獄の誕生――監視と処罰』 田村俶訳 1975=1977年
  12. ^ L・アルチュセール 『国家とイデオロギー』
  13. ^ 藤原郁郎 「民主化指標の考察と検証―識字率との相関分析を通じて―」『国際関係論集』(立命館大学) 第4号(2003年度) 2004年4月 pp.67-95.
  14. ^ a b ダニエル・ゴールマン『EQ こころの知能指数』講談社 1996年
  15. ^ Wiekliem, D. L. 'The effects of education on political opinions: An internationalstudy' International Journal of Public Opinion Research Vol.14 2002 pp.141-157.
  16. ^ Gross and Simmons 2007,p33,Rothman et al.2005,p6,Klein and Stern2009
  17. ^ a b c d ブライアン・カプラン、月谷真紀訳 『大学なんか行っても意味はない? 教育反対の経済学』みすず書房、2019,pp.346-350.
  18. ^ Rothman et al.2005,pp5-6
  19. ^ Gross and Simmons 2007,pp31-32.
  20. ^ Cardiff and Klein,2005,p243,Gross and Simmons 2007
  21. ^ Moe,2011,pp84-87.
  22. ^ a b c d 第48回衆議院議員総選挙 全国意識調査」財団法人明るい選挙推進協会,平成30年7月,p.53-54
  23. ^ a b 第 25 回参議院議員通常選挙全国意識調査令和2年、財団法人明るい選挙推進協会,p.54-55.
  24. ^ 国際協力開発事業団 国際協力総合研修所 『開発課題に対する効果的アプローチ』2002年5月 p.23.
  25. ^ フランス政府の公式ページ
  26. ^ a b 中島さおり『なぜフランスでは子どもが増えるのか -フランス女性のライフスタイル』講談社 2010[要ページ番号]
  27. ^ ドイツ教育費無料ってほんと?
  28. ^ a b c 1年間の授業料「900万円」でも入学希望殺到…超富裕層向け「全寮制スクール」の実態
  29. ^ 勝間和代 『自分をデフレ化しない方法』 文藝春秋〈文春新書〉、2010年、180頁。
  30. ^ a b c ブライアン・カプラン、月谷真紀訳 『大学なんか行っても意味はない? 教育反対の経済学』みすず書房、2019,pp.2-10,285-305.
  31. ^ OECD 2014, p. 103.
  32. ^ 例えば、山田昌弘希望格差社会筑摩書房 2004年 ISBN 978-4-480-42308-5中野雅至 『高学歴ノーリターン』 光文社 2005年 ISBN 978-4-334-93370-8
  33. ^ The Commercialization of Education,The Ney York Times.Commercialization in Education:https://doi.org/10.1093/acrefore/9780190264093.013.180
  34. ^ デレック・ボック、 宮田由紀夫訳 「商業化する大学」 玉川大学出版部2003
  35. ^ 上山降大 2010 『アカデミック・キャピタリズムを超えて~アメリカの大学と科学研究の現在~』 NTT出版,Slaughter. S,Leslie. L1997,Academic Capitalism politics,policies, and entrepreneurial university,The Johns Hopkins University Press.
  36. ^ 大場淳「日本における高等教育の市場化」 日本教育学会『教育学研究』第 76 巻第 2 号(平成 21 年 6 月)185-196,堀谷有史「高等教育における商業化についての考察― アカデミック・キャピタリズムと知識の公共性―」早稲田大学大学院教育学研究科紀要 別冊19号2,2012.
  37. ^ 「国立大学法人化は失敗だった」 有馬朗人元東大総長・文相の悔恨
  38. ^ 林寛平「グローバル教育政策市場を通じた「教育のヘゲモニー」の形成 ──教育研究所の対外戦略をめぐる構造的問題の分析─」『日本教育行政学会年報』第42巻、2016年、147–163頁。
  39. ^ 林寛平「比較教育学における「政策移転」を再考する ―Partnership Schools for Liberia を事例に―」『教育学研究』第86巻第2号、2019年、213–224頁。






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