幼児死亡率
乳幼児死亡率
(幼児死亡率 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/10 07:38 UTC 版)
乳幼児死亡率(にゅうようじしぼうりつ、英語: under-5 mortality rate、U5MR)とは、生まれた子供が5歳未満で死亡する確率を指す。通常は出生1000人に対する死亡数で表現され、例えばCMR 100は生きて生まれた子供1000人のうち、100人(百分率で10%)が5歳未満で死亡する状況を示している[1]。
歴史
乳幼児の死亡はワクチン接種を中心とする医療の発展によって下がっていった。17世紀から18世紀までのヨーロッパでは消化器系や呼吸器系の感染症で死亡する乳幼児が多かったが、感染症に関する医療の向上によって乳幼児死亡率は下がっていった。乳幼児死亡率の低下は、平均余命の上昇につながった[2]。
近世日本では、大名家の系譜を用いて17世紀後半から19世紀前半までの乳幼児死亡を復元した研究がある。53家系から抽出された標本のうち、より詳細な死亡率を算出できる1671年から1850年までの出生2,645人では、満1歳未満の乳児死亡率が193.2‰、満1歳から5歳未満の幼児死亡率が229.6‰、出生から5歳未満までの乳幼児死亡率が378.4‰であった[3]。時期別の乳幼児死亡率は1671年から1720年の422.5‰から1721年から1770年には227.2‰へ低下した後、1771年から1820年には366.3‰、1821年から1850年には547.8‰へ上昇している[3]。乳児死亡率と幼児死亡率は必ずしも同時に変化しておらず、18世紀後半には幼児死亡率の上昇が先行したのに対し、19世紀前半には乳児死亡率が先に急上昇した[4]。
この死亡率上昇の要因について、月齢別死亡率の分析では、1671年から1720年と1721年から1770年の間で出生後1か月未満の死亡率には大きな変化がみられなかった一方、1771年以降には1か月未満の死亡率も上昇した[3]。月別の生存期間と累積死亡率を用いた分析から、1771年以降の上昇には出生後の疾病環境の悪化が関係し、特に1821年以降には母体を取り巻く生活環境の悪化による出生以前の要因も影響した可能性が指摘されている[5]。また、乳幼児の死亡は死亡率の高い時期ほど夏季に集中する傾向がみられ、18世紀後半以降の都市化や人口移動による消化器系疾患の拡大が死亡率上昇の一因となった可能性が提示されている[6]。ただし、1820年代の急激な上昇は夏季死亡だけでは説明できず、疾病環境が母体に作用した具体的な過程や、17世紀後半から18世紀前半にみられる死亡率の上昇と低下についても未解明の問題として残されている[7]。
1950年代以降はアジア、アフリカなど他の地域でも乳幼児死亡率が下がっていった。国際連合が定義する開発途上国では、1950年代初頭で5歳の誕生日を迎える前に死亡する者の数が1/5を超える国が100以上にのぼったが、改善されていった[注釈 1]。主な理由は、サルファ剤の普及、第二次世界大戦中のペニシリンの普及[注釈 2]、媒介害虫駆除(ベクターコントロール)とされる[注釈 3]。UNICEFは第二次大戦直後にヨーロッパの子供に結核ワクチン接種を始め、1950年代に世界各地で結核、イチゴ腫、ハンセン病、マラリア、トラコーマ対策のキャンペーンを行った[注釈 4]。1974年に世界保健機構(WHO)が拡大予防接種計画(EPI)を始め、ジフテリア、百日咳、破傷風、はしか、ポリオ、結核の予防接種を進めた[11]。
予防接種以外の改善として経口補水療法(ORT)の普及があり、脱水による乳幼児の死亡が減少した[注釈 5]。女性への教育の向上も医療に関する理解を広め、妊娠・出産・育児における健康増進に影響を与えているとされる[12]。
人口ピラミッドが富士山型になる開発途上国は乳幼児死亡率が高い。この死亡率の高さが、多産の一因となっている。乳幼児死亡率の低下は、出生数の低下につながっている。アフリカの出生数は1950年代の6.6人から2000年の5.1人になり、同じ時期のアジアと中南米は6人から2人になった。出生数の低下は、女性の身体への負担軽減や社会進出への増加につながるとされる[13]。
目標
SDGs では、ターゲット 3.2 として
全ての国が新生児死亡率を少なくとも出生1,000件中12件以下まで減らし、5歳以下死亡率[注釈 6]を少なくとも出生1,000件中25件以下まで減らすことを目指し、 2030年までに、新生児及び5歳未満児の予防可能な死亡を根絶する。
を掲げている[14]。
内訳
2019 年における世界の乳幼児死亡は530万人と推定されており、主たる原因は早産合併症(17.7%)、下気道感染症(13.9%)、分娩関連事象(11.6%)、下痢(9.1%)であった。ワクチンで予防可能な死亡(Vaccine-preventable deaths)は21.7% を占めた。また、新生児死亡(日齢28未満の死亡)が46%を占めた[15]。
出典・脚注
注釈
- ↑ 日本でも1950年の統計では年齢別人口構成がピラミッド型であり、生まれた子供の5%(CMR50、すなわち出生1000あたり50人)が5歳までに死亡していた。
- ↑ 当時、ペニシリンを水で薄めて密売したために子供らに被害を及ぼしたという事件も起きた。グレアム・グリーン原作の『第三の男』は、この事件をもとにしている[8]。
- ↑ 媒介害虫とは、マラリアを媒介するハマダラカなど病気を媒介する昆虫を指す。害虫駆除剤だったDDTが環境への悪影響のため使用中止となったが、予防対策は続いた[9]。
- ↑ UNICEFは世界の子供に対する活動で1965年にノーベル平和賞を受賞した[10]。
- ↑ ORTは、1973年のバングラデシュとインドの難民キャンプにおけるコレラの流行時に有効性が証明された[12]。
- ↑ 5歳未満死亡率の誤訳であり、実際には5歳における死亡は含まれない。
出典
- ↑ “ユニセフの主な活動分野|保健”. UNICEF. 2022年12月2日閲覧。
- ↑ ディートン 2014, p. 115-119.
- 1 2 3 村越 1999, p. 20.
- ↑ 村越 1999, p. 19.
- ↑ 村越 1999, pp. 21–22.
- ↑ 村越 1999, pp. 24–25.
- ↑ 村越 1999, pp. 25–27.
- ↑ グレアム・グリーン著『第三の男』早川書房〈ハヤカワepi文庫〉、2001年
- ↑ ディートン 2014, p. 117.
- ↑ ディートン 2014, pp. 117–118.
- ↑ ディートン 2014, pp. 116–119.
- 1 2 ディートン 2014, p. 118.
- ↑ ディートン 2014, pp. 169–170.
- ↑ “SDGグローバル指標(SDG Indicators) 3: すべての人に健康と福祉を”. 外務省. 2022年10月18日閲覧。
- ↑ Perin, J. “Global, regional, and national causes of under-5 mortality in 2000-19: an updated systematic analysis with implications for the Sustainable Development Goals.”. Lancet Child Adolesc Health 6 (2): 106-115. doi:10.1016/S2352-4642(21)00311-4. PMID 34800370.
参考文献
- アンガス・ディートン 著、松本裕 訳『大脱出―健康、お金、格差の起原』みすず書房、2014年。(原書 Angus Maddison (2013), The Great Escape: Health, Wealth, and the Origins of Inequality, Princeton University Press)
- 村越一哲「大名の乳幼児死亡率1651~1850年―大名系譜の分析―」『人口学研究』第24号、日本人口学会、1999年、15-31頁。
関連項目
「幼児死亡率」の例文・使い方・用例・文例
- 幼児死亡率の増加
- 幼児死亡率.
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