石鹸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/26 17:23 UTC 版)
製法
油脂鹸化法と脂肪酸中和法、エステル鹸化法の3種類がある。原料は天然油脂とアルカリのみだが、製法によって最終製品に含まれない副原料を使用する。天然油脂として主に牛脂とヤシ油が、その他にもオリーブ油、馬油、こめ油やツバキ油など様々な油脂が用いられている。
- 油脂鹸化法
- 原料油脂を水酸化ナトリウムで鹸化し、食塩で塩析して分離する。原料油脂に前処理をしない古来からの製法で、釜炊きと通称される。品質がやや不安定だが個性的な石鹸を作れるため、主に小規模事業者が行う。
- 脂肪酸中和法
- 原料油脂を高温加水分解して得られた脂肪酸を蒸留してグリセリンから分離し、単独で中和する。アルカリの残留がない肌にやさしい石鹸が得られ、大量生産に適し品質も安定するため、大規模メーカーの製造(連続中和法)に使われる。なお、分離したグリセリンは保湿機能を持つため、後で戻し配合する場合もある。
- エステル鹸化法
- 前処理として、原料油脂(トリアシルグリセロール)にメチルアルコールを反応させ、エステル交換反応によって脂肪酸メチルエステル(バイオディーゼルの主成分でもある)に変換した後に鹸化する。低温・短時間で鹸化できるため、油脂の酸化などによる匂いや不純物の発生を抑える。アレルギー対策用などの製品で利用される。
成分
市販の石鹸は脂肪酸のアルカリ塩を主成分とし、洗浄補助剤として無機塩(炭酸塩・ケイ酸塩・リン酸塩など)や金属封鎖剤(キレート)、添加剤として香料や染料、グリセリン、天然油脂、ハーブ、ビタミンなどのほか保存料が加えられる製品も存在するが、無添加を謳った製品もある。
一方、脂肪酸塩以外の界面活性剤を含む製品もあり、含有量によって複合石鹸、合成洗剤、合成化粧石鹸などに区分される。
脂肪酸の種類
脂肪酸は、親水性のカルボキシル基に結合した親油性の炭化水素によって多くの種類があり、石鹸の性質はその親油性(炭素数が多いほど強い)により変化する。 炭素数が少ない脂肪酸で作った石鹸は、親水性が強い代わりに親油性が弱く、冷水に溶け易いが油に対する洗浄力が下がる。逆に炭素数が多いと、油汚れの洗浄力は強いが水に溶けにくい。このため、炭素数12から18のものが良く利用される。
脂肪酸名 | 炭素数 | 原料油脂の例 | 冷水での溶け易さ | 洗浄力 | 泡 | 皮膚刺激性 |
---|---|---|---|---|---|---|
ラウリン酸 | 12 | ヤシ油、パーム核油 | 溶け易い | やや大 | 持続性小 | 中 |
ミリスチン酸 | 14 | ヤシ油、パーム核油 | 溶ける | 大 | やや粗大 | 弱 |
パルミチン酸 | 16 | パーム油、牛脂 | 溶けにくい | 大 | 持続性大 | 弱 |
ステアリン酸 | 18 | 牛脂 | 溶けない | 特大 | 泡立ち中 | 弱 |
オレイン酸 | 18不飽和 | パーム油、牛脂、オリーブ油 | 溶け易い | 大 | 細かい | 微弱 |
アルカリの種類
洗浄用途では、脂肪酸のナトリウム塩とカリウム塩が用いられる。カリウム塩はナトリウム塩より溶解性が高く、固形石鹸や粉石鹸にはナトリウム石鹸、液体石鹸にはカリウム石鹸が使われる。たとえば浴用石鹸においては日本ではほぼナトリウム石鹸であるが、ヨーロッパなど水道水の硬度の高い地域ではカリウム石鹸も浴用石鹸とされている。
この他のアルカリ金属であるリチウム、ルビジウム、セシウムなどの塩も洗浄能力を持つが、ほとんど利用されていない。リチウム石鹸は洗浄用ではなく、グリースの増稠剤として広く使われている。
アルカリ金属以外の塩は水溶性が低く、金属石鹸と呼ばれるが、グリースに使う場合は水溶性を気にする必要はないので、カルシウムやアルミニウムの塩も用いられる。
金属石鹸は工業的に重要で、グリース以外にも塗料や印刷インキの乾燥促進剤(ドライヤー)として利用されるほか、軍事面では焼夷弾(ナパーム弾など)に使われる。洗浄用の石鹸が水中の硬度成分(カルシウムやマグネシウム)と反応すると、水溶性を失い洗浄力のない石鹸かすとなるが、これも金属石鹸である。
洗浄補助剤
アルカリ剤、軟化剤、水分調整剤として炭酸塩やゼオライト、ケイ酸塩などの無機塩が使用される。粉石鹸には水分を放出する作用を持つ炭酸塩やゼオライトが、固形石鹸には水分を保つ性質を持つケイ酸塩(水ガラス)が使われる。
金属封鎖剤
遷移金属も脂肪酸塩と反応して石鹸かす(金属石鹸)を作るが、これらは往々にして有色である(例えば銅石鹸)。硬度成分が洗浄効果を損ねる以上に着色による支障が懸念され、これを防ぐため遷移金属と優先的に結合するキレート剤のエチドロン酸(ヒドロキシエタンジホスホン酸)塩、エデト酸(エチレンジアミン四酢酸)塩が使われる。
添加剤
脂肪酸の匂いを和らげるため、しばしば香料が加えられるほか、洗濯石鹸を化粧石鹸と区別するために目立つ染料を添加した製品もある。また、化粧石鹸は添加剤による保湿や皮膚への有用性を謳った様々な製品が販売されている。一方、主成分の脂肪酸塩の腐敗やカビの繁殖を防ぐため、ジブチルヒドロキシトルエンなどが保存料として使用される(このため無添加の製品は、変質を防ぐために使用者が配慮する必要がある)。
殺菌剤
薬用石鹸の場合、塩化ベンザルコニウム、トリクロサンなどが有効成分となっている。ただし、これらが効果を発揮するにはpHを低くする必要があり、脂肪酸塩ではなく合成界面活性剤(アシルイセチオン酸ナトリウム(スルホン酸類)、アシルグルタミン酸ナトリウムなど)が用いられ、ここでいう石鹸に該当しない可能性が高い。
合成洗剤等にくらべ、5000年の歴史のある自然の石鹸は抗ウイルス作用が強く、高頻度の手洗いによる肌荒れ予防にも優れていることが知られている[23][24]。
界面活性剤の種類
医薬品医療機器等法の成分名では「石けん素地」と表示される。一方、合成界面活性剤は物質名で表示される。メーカーが製品をアピールする目的で純石鹸、無添加などを謳っている場合は脂肪酸塩が主成分である可能性が高い。
品名表示 | 表示の対象 | 界面活性剤中の 脂肪酸ナトリウム(純石けん分)の割合 |
---|---|---|
合成洗剤 | 主な洗浄作用が純石けん分以外の界面活性剤の働きによるもの。 | 0%以上 洗濯用70%未満 台所用60%未満 |
複合石けん | 主な洗浄作用が純石けん分の界面活性作用によるもので、 純石けん分以外の界面活性剤を含むもの。 |
洗濯用70%以上 台所用60%以上 100%未満 |
石けん | 主な洗浄作用が純石けん分の界面活性作用によるもので、 純石けん分以外の界面活性剤を含まないもの。 |
100% |
法規制
日本の法令体系では、身体洗浄用石けん(浴用、薬用)は医薬品医療機器等法における化粧品と医薬部外品として、家庭用石けん(洗濯用・台所用)は家庭用品品質表示法における雑貨工業品品質表示規程[25]で規格化されている。
医薬品医療機器等法ではすべての原料成分名を表示することが義務付けられているが、家庭用品品質表示法の様な石鹸・洗剤の区分や割合の表示義務はない。また、化粧石鹸の場合は含量の多い順に記載されるが、薬用石鹸は医薬部外品として有効成分とその他の成分を分けることが規定されているため、含量の多寡は明らかではない。なお、化粧石鹸にはJIS規格(K3301)がある。
家庭用品品質表示法では界面活性剤の種類と含有量により、洗濯用石けんは70%以上、台所用石けんは60%以上が脂肪酸塩であること[26]が義務付けられている。含有量の試験方法としては、JISの定める石けん試験方法(K3304)がある[27]。
手作り石鹸
眼や皮膚を護る保護具と、材料さえ用意すれば、石鹸の手作りは比較的簡単にできる。理科の実験、アレルギー対策、環境保護(リサイクル)などのために石鹸の手作りは行われている。
手作りの方法
以下に一例を記す。
材料(原料)は油脂・アルカリ剤・食塩を用意する。ただし、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムといった高濃度の劇物を使用するため、耐熱容器と保護具(ゴム手袋、眼を護るゴーグル)は必要である。
※作業の性質上、肌荒れや化学熱傷などの危険があるため、十分な知識を得て、経験者の監督下に行うことが望ましい。
- 反応に必要なアルカリの量を、使用する原料油脂の鹸化価と、アルカリの分子量から求める。
- アルカリを少量の水に溶解し、原料油脂を加えて撹拌する。
- 次第に粘度があがり、20分ほどで反応が完了する(固まらない場合、量が間違っている)
- 2週間放置後、飽和食塩水を加えて撹拌し、分離した固形分を取り出す。
- pH試験紙でアルカリ残留がなく石鹸のアルカリ性範囲内であることを確認する。
理科の実験
石鹸を作ることにより、油脂の構造、アルカリによる鹸化、塩析、界面活性、両性分子などといった様々な化学的知識を体験的に学ぶことができるため、かつて理科や化学の実験教育に利用されていた。
環境保護
1990年代、家庭で使用済み天ぷら油を下水道に流されていることが社会的な問題として取り上げられ、家庭で出る廃油(主に使用済みの天ぷら油)を使った石鹸作りが広まるきっかけとなり、現在にいたるまで、環境保護活動のためのリサイクル活動の実践のひとつとして家庭や地域コミュニティで石鹸作りが広く行われている。また各家庭での消費行動が地球環境にどのような悪影響を及ぼしているか、ということを周知するための環境教育の一環として行われることもある。
アレルギー対策
また、市販の石鹸では問題があって使えない人、たとえば市販の石鹸では添加物によりアレルギーを引き起こしてしまう人は、それを回避するためにメーカー製は避け、自分自身の眼と手で、自分にとってアレルギーを引き起こさない原材料を厳選し、たとえばオリーブ・オイルなどを原料として、自分のためだけに「安全な石鹸」作りを行う人もいる。できた石鹸には副生物のグリセリンが多少残留するが、無害である。
注釈
出典
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