教育
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教育と社会
教育問題
教育に関わる問題、とりわけ教育が社会に関わる問題のことを教育問題という。特にその深刻さを強調する場合には、教育病理または教育危機とも呼ぶ。教育活動は複数の人間が集まって行われる以上、そこに必然的に社会が生まれる。学校や学級などはその例である。そこにおいて何らかの問題が生じることがあり、いじめ・不登校・学級崩壊、教員と児童・生徒・学生との権力関係などがここに含まれる。
政治・経済・地域社会・文化などは教育活動に大きな影響を与えているが、こうした影響が問題を生じさせることがある。例えば、国の諸政策やマスコミによる報道などは、学校教育はもちろん家庭教育や社会教育にも大きな影響を与えている。
学校教育を含む教育活動は、社会一般に対しても大きな影響を与える。狭義で教育問題とは、この局面で生じる問題を指すことがある。学歴・管理教育・偏差値・非行・少年犯罪・学力低下など学習者、特にこどもを通じて結果として社会に与える影響の他にも、教師のあり方や学校・大学のあり方、学閥などの問題として、教育問題は広く社会病理の一領域をなしている。
教育社会学
教育社会学では、教育が社会に及ぼす効果として、経済・政治・社会などに与えるものが議論されている。
教育を行った結果としてどのようなことが起こるかについては、個人に与える影響と社会に与える影響の両面がある。エミール・デュルケームは、近代における教育の機能を「方法的社会化」であると捉え、政治社会と個々人の双方が必要とする能力・態度の形成であるとした[10]。なお、教育が適切な効果・機能を果していない場合には、「教育の機能不全」、教育がむしろ否定的な効果・機能を果している場合には「教育の逆機能」と呼ばれることがある。
学校を軍隊・病院・監獄などと同様の近代特有の権力装置であるとしたミシェル・フーコー [11]、学校教育が近代社会に支配的な国家のイデオロギー装置であると論じたルイ・アルチュセール[12]、教育が文化的・階級的・社会的な不平等や格差を再生産または固定化する機能を果しているピエール・ブルデュー、バジル・バーンスタイン、サミュエル・ボールズとハーバート・ギンタス、教育は家父長制を再生産しているとのフェミニズムからの議論、教育は社会の多数派の文化を押し付けているという多文化主義からの議論、などが有名である。
また、政治面では、開発学においては識字率の上昇が民主化に寄与すると考えられることが多いが、識字率と民主化との間の相関は一般に考えられている程には高くなくむしろその反例も見つかることから、この考えは「西欧市民社会の誤謬である可能性」を指摘する見解がある[13]。そのほか社会的な面においては、教育の普及が男女や階級の平等に寄与するといった主張や、教育水準の上昇が幼児死亡率や衛生状態の改善に寄与するといった主張などがある。
人間の幸福になれる、幸福になれないというのは、知能指数(IQ)ではなく、他の人々の気持ちが分かる、などといった感情指数(EQ)のほうが、影響が大きいということが、近年の研究で明らかになってきている[14]。それどころか、卒業後の人生を追跡調査してみると、IQばかりが高い人は、EQが高い人と比べてその後の人生では、職業や家族などの点で恵まれず、当人も幸福を感じる割合が低かった。端的に言えば、知能ばかりを上げることを目標とした教育を受けても、教育は幸福の役に立つどころか、かえって人を不幸にしてしまう[14]。
教育者の政治的傾向
政治面では、各国において教育年数が長いほどおおむね個人主義的・革新的価値観を持つ者が増えることが明らかになっている[15]。
アメリカ教員の政治的傾向
アメリカ合衆国の教育機関における教員の政治的傾向の調査によれば、リベラルは保守より優勢であり、特に大学でこの傾向が強く、大学の人文学専攻での割合は共和党支持者1人に対して民主党支持者5人、社会科学系では共和党支持者1人に対して民主党支持者8人にのぼった[16][17]。アメリカの四年制大学の教授を対象とした調査では、50%が民主党、39%が支持政党なし、11%が共和党支持で[18]、二年制大学を含む全大学教授を対象とした調査では、51%が民主党、35%が支持政党なし、14%が共和党だった[19]。リベラル優勢の傾向は、エリート校になるにつれ高まり、四年制のリベラルアーツ系大学と博士課程を持つエリート大学の方が、コミュニティカレッジよりも、リベラルの割合が高い[20]。また、K-12(幼稚園から高校)の教育でも同様で、K-12の公立校の先生の支持政党は、45%が民主党、30%が共和党、25%が支持政党なしという結果だった[21][17]。
民主党 | 共和党 | 支持政党なし | |
---|---|---|---|
四年制大学教員 | 50% | 11% | 39% |
二年制大学を含む全大学教員 | 51% | 14% | 35% |
K-12(幼稚園から高校)教員 | 45% | 30% | 25% |
日本の学歴別政党支持率
前節で説明した通り、アメリカの大学教員における政治的傾向では民主党支持者(左派リベラル)が50%で共和党支持者(保守)が11%と、リベラルが優勢である[17]。
これに対して、日本では自民党は学歴問わず最も支持される政党である[22]。ただし、学歴が高いほど自公支持率は低くなる傾向が見られ、支持政党なしが選択される傾向にある[22]。明るい選挙推進協会による2017年(平成29年)10月22日の第48回衆議院選挙の調査[22]、および令和元年(2019年)の第25回参議院議員通常選挙調査でも概ね同傾向にあった[23]。
自民党 | 民進党 | 立憲民主党 | 公明党 | 希望の党 | 共産党 | 維新の会 | 自由党 | 社民党 | その他の党 | 支持政党なし | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
中学卒 | 43.4 | 3.5 | 8.2 | 10.2 | 1.2 | 5.5 | 3.9 | 0.8 | 1.6 | 0.4 | 16.8 |
高校卒 | 38 | 2.1 | 10.2 | 4.5 | 0.9 | 3.3 | 2.3 | 0.2 | 0.9 | 0.4 | 31.1 |
短大・高専・専門学校卒 | 32.3 | 2.4 | 6.3 | 3.4 | 0.7 | 1.9 | 1.5 | 0 | 0.5 | 0.2 | 42.7 |
大学・大学院卒 | 35.9 | 2.2 | 9 | 2.8 | 0.9 | 2.1 | 2.6 | 0 | 1.2 | 0.2 | 39.2 |
自民党 | 公明党 | 立憲民主党 | 国民民主党 | 共産党 | 維新の会 | 社民党 | れいわ | N国党 | その他の党 | 支持政党なし | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
中学卒 | 48.8 | 6.1 | 13.4 | 0.6 | 1.2 | 1.8 | 1.2 | 0.6 | 0 | 0.6 | 16.5 |
高校卒 | 37.9 | 4.7 | 9.7 | 1.5 | 4.2 | 4.1 | 1.7 | 0.9 | 0.9 | 0.2 | 26.3 |
短大・高専・専門学校卒 | 29.9 | 4.1 | 6.1 | 0 | 2.9 | 4.5 | 0.3 | 1 | 0 | 1 | 40.4 |
大学・大学院卒 | 34.6 | 3.1 | 10.4 | 1.6 | 2 | 3.1 | 0.6 | 2.2 | 0.4 | 0.4 | 35 |
註釈
- ^ 聖書では子を教えるのは親の責任とされている(申命記(口語訳)#6:4-7)
- ^ a b 家庭教育のうち人間社会において基礎的な価値観・態度・徳をこどもに示すことは特にしつけと呼ばれる。
- ^ 例えば、昭和50年代の日本の製造業において、教育水準の高まりが1%ポイントほど経済成長の高まりに寄与した。参照、労働省 『昭和59年 労働経済の分析(労働白書)』第II部1(1)1)
- ^ 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第十三条 1 この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は、教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。
- ^ 例えば、男性標準労働者の生涯賃金(2004年)は、中卒2億2千万円、高卒2億6千万円、大卒・大学院卒2億9千万円。(独立行政法人労働政策研究・研修機構 『ユースフル労働統計―労働統計加工資料集―2007年版』 2007年 ISBN 978-4-538-49031-1 p. 254)
出典
- ^ a b c d e f ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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- ^ M・フーコー 『監獄の誕生――監視と処罰』 田村俶訳 1975=1977年
- ^ L・アルチュセール 『国家とイデオロギー』
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- ^ ドイツ教育費無料ってほんと?
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- ^ 「国立大学法人化は失敗だった」 有馬朗人元東大総長・文相の悔恨
- ^ 林寛平「グローバル教育政策市場を通じた「教育のヘゲモニー」の形成 ──教育研究所の対外戦略をめぐる構造的問題の分析─」『日本教育行政学会年報』第42巻、2016年、147–163頁。
- ^ 林寛平「比較教育学における「政策移転」を再考する ―Partnership Schools for Liberia を事例に―」『教育学研究』第86巻第2号、2019年、213–224頁。
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